13,井戸の底は考えものpart2。
枯れ井戸の底に降下。とたん王都内にある平凡な井戸内とは思えない圧迫感を感じさせる。アークの前世で培った直感──またはいまの動物的本能からしても、ここに潜んでいるのは、先のヒュドラ程度の敵ではないようだ。
この井戸の横穴は、すっかり日が入らず真っ暗。
探索魔術ではまだ視界内に危険はないとみて、アークは光明魔術を使った。
とたん暗いと思っていたのが、そのまま闇の凝結体だったことが分かる。これは魔界からにじみ出た物質で〈忌もの〉と呼称される──という記憶を、アークは前世時代の古い書物で読んだ。それにしても実物が、こんな王都井戸に潜んでいるとは。
記録によると、たとえばある地方での、長く続いた、得体のしれない感染病による大量死。これの原因となったのが、やはりそこの地に潜んでいた〈忌もの〉。ついに正体がわかり、〈忌もの〉の脅威がさらに広まらないようにと、精鋭を集めた討伐隊が組まれた。
そして討伐隊の半数を失いつつ、その〈忌もの〉は撃退したそうだ──というのが、だいたい50年ほど前だったか。
いまのところ王都で、感染病などは発生していない。ということは、この〈忌もの〉がここに住み着いて、まだ数日ということだろう。ここで撃退できれば被害は最小限におさえられる。
「にゃぁ~(聖魔術level10《イカロスの槍》)!」
闇属性魔物なら触れるだけで霧散、人間でも直撃を受ければ、すべての防御結界を破壊して貫く、光属性の集結槍。それの直撃を受けながらも、〈忌もの〉はナメクジのように這って逃げていった。ただし速度自体は、ナメクジの比ではないが。
「可愛い鳴き声でえげつない攻撃魔法──さすがミィさん」
と感心するケイトに、アークは指示した。
「にゃい(あの〈忌もの〉は、このまま放置しておくと大変なことになる。お前は冒険者ギルドに行き、事情を伝えるんだ。おれが取り逃したときは、クレリックあたりを集めて、すべての出口をふさぐんだ。しかしこんなに長い伝言は、さすがに理解できないか)」
「ミィくん、了解。事情をギルドに伝え、井戸の横穴のすべての出口に聖職ジョブ冒険者を配置するように言う」
「にゃい(おまえ、動物翻訳スキル持ち??)」
ちゃっかり落ちていた財布も拾って、ケイトは井戸の上に出た。
それを見届けてから、アークは〈忌もの〉の追跡に入る。闇のかたまりたる〈忌もの〉にダメージを与えられるのは、聖魔術くらいなもの。物理攻撃はもちろん、他の攻撃魔法も通じない。そして手持ちの聖魔術では〈イカロスの槍〉が最高格。だが先ほどは致命的ダメージとはいかなかった。これはもっと接近して撃ち込まねばならないか。
などと考えながら猛スピードで走っていると、前方を進んでいた〈忌もの〉に追いつく。
そこで跳躍し、アークは〈忌もの〉に肉薄して、〈イカロスの槍〉を叩きこむ。今回は期待どおりのダメージとなったが、とたん〈忌もの〉が拡散。危うく飲み込まれるところを、とっさの壁蹴りで、〈忌もの〉と壁の隙間を通り抜けた。
「にゃぁ(いまのは猫だから良かったなぁ。いや厳密には猫ではないが、猫ではないが、猫のような生き物でなかったら死んでた、うん)」




