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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第三章 『魔王軍』始動
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当事者なのに蚊帳の外な件について




 配信が終わって翌日。

 夏休みらしくゆったりとした朝を過ごそう――なんて思っていたら、ユズ姉さんが朝からウチにやって来た。


 ちなみにお母さんはこの一週間程は撮影で不在である。

 そんな訳で、家には私とレイネしかいない。


「――それで、早速だけど、昨日のあれってどういうこと?」


「あれって、どれ?」


「新技術よ、新技術!」


「どうどう、落ち着いて」


 レイネが淹れてくれた紅茶を飲んでゆったりとした空気を壊そうともしない私に対し、持参したスポーツドリンクのペットボトルを机に叩きつけるように置いて声をあげ、直後に頭痛を堪えるように顔を顰めてこめかみに手を当てるユズ姉さん。


 もしも蓋が開いてたら中身が噴水みたいに飛び出したかもしれないなぁ、なんて思いつつも、これは昨日結構な深酒でもしたのかなぁ、なんて推測もする。

 いつもより沸点が低い気がするし、スポーツドリンクはお酒のせいで軽い脱水状態だから、その対策というところかな。


「昨日の配信を観てたってこと?」


「当然よ。凛音ちゃんをVtuberの業界に引き入れたのは私だもの。配信を始める前から、アドバイスを含めてどういう対応をした方がいいかとか、そういう面倒は見るつもりだったから、絶対に観るようにしてるわ。……もっとも、今じゃウチの子たちと肩を並べそうなぐらいの人気Vtuberになっちゃったけど」


「それは言い過ぎでしょ、さすがに100万人とかいる訳じゃないし、エフィの150万人の3分の1にも満たないよ」


 ジェムプロのチャンネル登録者数は、トップの人で200万人間近という凄まじい人数だったりする。そんな人数に比べればまだまだ大人しい方だし。

 そんな事を考えながら応えてみせれば、ユズ姉さんは呆れたような目を私に向けてきた。


「……凛音ちゃん、昨日の配信から自分のチャンネル確認してないでしょう?」


「ん? 別にしてないけど」


「……やっぱり。昨日の配信で凄まじい注目を集めたせいで、チャンネル登録者数60万人まで一気に伸びてるって事にも気付いてないわね……?」


「え、ナニソレ」


 60万人?

 さすがにそんな一気に増えるなんて思ってなかったんだけど。

 思わず唖然としてしまう私に、レイネがわざわざタブレット端末で私のチャンネルを表示して差し出してくれた。 


「……65万人になってるけど」


「それはそうよ。あんなクオリティの配信をしたら当然注目を集めるし、今後は貸与もするなんて言い出すんだもの。当然、色々なVtuberファンがあなたの動向に目を光らせるようにもなるわ。これからはもっと伸びるでしょうね」


「あー……、そういう感じかー」


 ぶっちゃけ、そういう影響がすっぽりと頭から抜け落ちてたんだよねぇ……。


 実のところ、私の技術を貸与するっていう事は、必然的に昨日私が撮影した場所とかについてもユズ姉さんには言及される事になるんだし、昨日の夜はその辺りについてどう説明したものかと頭を悩ませていたもの。


 魔法の存在、前世の記憶ってものを洗い浚い白状しまってもいいのだけれど、そんなの聞かされたって「ナニソレ中二病?」としかならないだろうし。

 というより、私がそれを吐露したところで、それって結局、私が隠し事をしたくないから伝えるだけで、伝えられた方の気持ちとか、そういうのをまるっと無視した行いだと思ってしまう。

 そうやって、「言ったよね、前世の記憶があるって。だから理解して」って自分勝手に都合良く過ごせる環境を生み出そうとしているだけにしか思えないんだよね。「あ、そうなんだ」とはならないでしょ、そんなの聞かされた周りの人も。


 だから、匂わせはするけど伝えるつもりはなかったりする。

 どうしようもなくなったら言うかもね、ぐらい。


 そんな訳で、レイネという特殊スキル――「篠宮家のものです」を発動するつもりだ。

 なのでレイネが説明を請け負ってくれるらしい。

 島自体はそうなのだし、完全に嘘って訳でもないよね、うん。


「そういう感じって……。凛音ちゃん、分かってる?」


「何が?」


「凛音ちゃんが表に出した技術は、文字通り世界を震撼させるぐらいの革新的な技術なの。昨日あなたとレイネさんが言っていたけれど、企業だってこれからどんどんオファーを出してくるでしょうね。かくいうウチだって、あなたが配信の中でウチに貸与するなんて言い出したから、こうして休日なのに私が朝イチから動いたのよ?」


「あはは、それはごめんて。ユズ姉さんには一言ぐらい伝えておいた方が良かった?」


「……いいえ、伝えられても何もできなかったでしょうから。そうじゃなくて、個人で対応できるキャパシティをあっという間に超えてしまうと言いたいの」


「それについては問題ございません。お嬢様の配信における新技術、撮影場所についても我が篠宮家が全面的にバックアップしております」


 不安げなユズ姉さんの懸念を、レイネがぴしりと一蹴した。


「……そうだとは思っていたけれど、どういう意味かしら?」


「あくまでも凛音お嬢様は実演によるプロモーションを行った個人勢であり、篠宮家が技術提供及び窓口を担う、と。ただそれだけの話です。先日の配信で凛音お嬢様が主導で行ったというのは、イラストとモデルを作り、実際にVtuberとして活動している凛音お嬢様にアドバイザーという形で外部顧問のような立場でご参加いただいたと、表向きは(・・・・)そう演出する、というお話でございます」


 なるほど、そういう事だったんだね……。

 いや私、レイネに「私にお任せください」としか言われてないから、そんな話になってるなんて知らないんだけど。


「それってどういうこと……? まるで凛音ちゃんが今回の新技術を思いついたかのように聞こえるのだけれど……」


「ご認識の通りです。開発者の名義は凛音お嬢様となります」


「え……っ」


「え?」


 初耳なんだけど?

 配信上は私の主導って事にはしたけど、ぶっちゃけこれ、レイネの発案だしレイネの開発なんだけど?


「もともと、この技術は凛音お嬢様の案を試すところから始まったものです。そういう意味で、間違っているという訳ではありませんから」


 いや、しれっとぶっ込むね、レイネ。

 私の案じゃないんだが??


「ちょっと待ってちょうだい。そうだとしても、その場合は共同開発という名目でいいと思うのだけれど」


「いいえ、そうはいかないのです。篠宮家という家が関わる以上、問題を複雑化させてしまう恐れがありますから」


「……どういう意味かしら?」


「篠宮家は華族の系譜に連なる家系であるため、あまり目立ち過ぎるのもそれはそれで問題なのです。華族の繋がりを利用して下手な横槍を入れられる可能性もありますので。そのため、凛音お嬢様から委託されたものであり、篠宮の一存でどうにかできるものではないという体裁を守る必要があります。故に、そういった部分の名義についてのみ真実を公表します」


「……そういう事もあるのね。私も会社の法律とか、取引とか特許とか、そういう専門知識はそこまで持っていないなりに勉強はしているけれど、さすがにそこに華族だとかの問題までとなるとついていけないわね……」


 うん、私も。

 いや、さすがにこの状況で私がそれを口にしたらユズ姉さんに怒られそうだけど。


「ご安心を。確かに華族の繋がりという問題が複雑化させるのは確かですが、華族に連なる篠宮の名は一般企業に対しては牽制にもなります。ですので、もっと簡単にお考えください。篠宮家がバックアップをし、篠宮家としても利権を程々に押さえられる。その代わり、凛音お嬢様には名義を用意してこそもらいますし、開発者として名乗ってはもらいますが、無理や苦労を強いる事もない。そう思っていただければ良いかと」


「……信頼してもいいのね?」


「はい。篠宮家、及び華族に連なる者達が凛音お嬢様に手を出そうとした瞬間、確実に篠宮家が――いえ、私がこの手で相手を潰す、と。そう明言しておきましょう」


 ぞくりと背筋が寒くなるような冷笑を浮かべてレイネが断言するものだから、ユズ姉さんの表情が強張った。


 普通、出会って数ヶ月程度の住み込みメイドがこんな事を言っても、ユズ姉さんの立場なら「実はレイネが凛音をうまく利用しようとしているのでは」と勘繰ったりしてもおかしくはない。

 けれど、レイネが私に対して従順で、そんなレイネが私に手を出そうとしただけで確実に潰すなんて言い放っているのだから、どんな手を使ってでも潰しにかかるのだろうな、なんて思えてしまう程度には、ユズ姉さんもレイネという存在の性質を理解できている。


 ちなみに、昨日の夜にお母さんからも連絡が来て、配信を観ていたっていうのは聞かされていたけれど、何故か「レイネちゃんに任せておけば安心ね~」とにこにこして言ってたしね。


 お母さん、レイネの本質……というか、私に敵対した相手に対して容赦がない性質だという事を、何故か悟っている節があるんだよなぁ……。


「……はあ。分かったわ。そういう事なら任せるわね、レイネさん。この子はまだ十七歳の子供だもの。守ってあげてちょうだい」


「言われるまでもなく。たとえ世界が敵に回ろうものなら、その際には世界を滅ぼすのも辞さない程度には守るつもりでございます」


「あはは、凄い覚悟ね」


 ……ユズ姉さん、それ笑い事じゃないんだよ……。

 レイネのそれ、ガチなヤツだから……。


「さて、凛音ちゃん。そろそろ教えてもらっていいかしら?」


「ん? 何が?」


「何が、じゃなくて……。だから、あなたの昨日の配信、その撮影に必要な設備とかよ。ウチに貸与してくれるって話が出てから、早速とばかりにウチの子たちの配信に期待する声があがってるのよ。……まあ、内部からの突き上げも凄いけど……」


「それ絶対エフィでしょ」


「……正解よ」


 昨日の配信でしっかりコメントに参加してたからね、エフィってば。

 エフィの性格を考えるなら当然配信でやりたがるだろうし、そもそもVtuberであるならば誰だって最高のクオリティで配信したいとは思うだろう。設備とか金額とかの面でできるかできないかっていう現実は置いておくとしてもね。


「ジェムプロから貸与する、なんて言われた以上、ウチとしても全力で必要な準備に投資する事が決定したの。だから、何が必要なのかとかは遠慮なく言ってちょうだい」


「おぉ、すごいね」


「凄いのは新技術の方よ。たった一晩で稟議も素通り、社長の一声で可決したぐらいだもの。……まあ、だから私の今日の休日が潰れたんだけどね……社長から直々に電話かかってきて、凛音ちゃんにコンタクトを依頼されたから……。ほら、社長は凛音ちゃんが私の姪っ子だって知ってるし」


「別に休みなら明日でも良かったのにね」


「ふ……、いいのよ……。実際、今日は聞きに来ようとは思っていたし、ね。それに出社はしなくていいんだもの……。と、まあそんな私の事情なんてどうでもいいわ。ともかく、ジェムプロが対応が遅いせいで他の事務所が借りれない、なんて言われたらマイナスイメージになりかねないの。だから、全力で準備を調えたいっていうのが正直なところなの。だから言って」


 哀愁漂う遠い目をした表情から一転、ジェムプロのプロフェッショナルとして気合を入れて、真剣な表情でユズ姉さんが断言する。

 その気持ちはなんとしてでも達成してみせると言いたげな、凄まじく気合の入ったもので……私としては、なんとなく気まずいんだよなぁ……。


「……じゃあ3Dデータ」


「それは当然ね。他には? 設備は?」


「別にいらないかな。あ、撮影場所を押さえた方がいいかも?」


「あの特殊な映像を生み出せる設備の撮影場所、という事ね? 具体的にどういうカメラと処理ソフトが必要になるのかも教えてもらえるかしら?」


「ん? そうじゃなくて、背景に相応しい撮影場所の話なんだけど」




 …………。




「……えっと、機材諸々も含めて貸与してくれる、という事かしら?」


「いや、だってカメラがあれば実写したものをそういう風に見せる技術だから。いかにも事務所みたいなところとかスタジオ風なところでやったら、背景もそうなるよ」





 ………………。





「…………ちょ、ちょっと待って……? じゃあ、なに? え? 凛音ちゃんが昨日配信していたのは、その……本当にお城、ってこと……?」


「うん、そうだね」


「そうはならないでしょう!?」


「ちなみに、こちらがカメラですね」


「えっ、これだけ!? 最低でも複数台のカメラとか、機材とか、諸々は!?」


「いらないですね」


「いらないねぇ」








 この後、ユズ姉さんはしばらく魂が抜けたかのように動きを止めた。







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