石だけに!
とてつもない量で山積みにされた石材は、ご丁寧に切り揃えられている訳でも、キレイに並べられている訳でもなく、乱雑にその場所に集められている。
瓦礫の山か、或いは倒壊した建物があった、とでも思うような光景だね。
あれだけの量を何処かから運ぶのも、魔法で亜空間に収納して運んできたというより、乱暴に投げて集めたように見えるんだよなぁ。砕けて破片落ちてたりしてるし。
崖が崩れないように魔力を流して地面を硬化してるみたいだから、陥没とかはしてないけど、明らかに転がった形跡もある。
もしかしたらレイネがこの島の崖の一部を崩したのかな。
あとで島をぐるっと飛んで回って見てみるのも面白いかもしれない。
そんな事を考えつつ魔力を展開して魔法を構築していく。
魔法建築とは、物質に干渉して変質させる魔法を用いたオリジナルの魔法だ。
実はこれ、膨大な魔力が必要になるから普通の人にはオススメできないんだよね。
レイネでさえ倒れるまで頑張っても、あの量は扱いきれないと思う。
対象の岩などの無機物を液状化させて、粘性を帯びた泥のようになったものを魔力を通して操りながら捏ねるように形成していくのだけど、魔力量的になんの問題もない私にとってみれば、粘土遊びのようなものだ。
魔法建築なんて言ってるけど、当然ながら材料がなければ建物なんて建てられないし、地面からこう、ズゴゴゴゴ、と浮かび上がってきたりもしない。
そんな事をしようものなら、周辺が全て沈下するんじゃないだろうか。
やらないけど。
とは言っても、石材の量から察するにそれなりに大きいものは造れそうだけど、無駄に大きくても持て余すんだよね。
海外の大聖堂にあるような細工の細かい尖塔を増やして、見た目だけは超立派なお城にしておきつつ、実は見た目の割に部屋数が少ないとか、そういうお城にしようかな。
魔力を練り上げているせいで生じる波動が物理的に風になって吹き荒れるせいで、眼下に広がる森の木々が凄い勢いでしなっているのも構わず、次々に石材の再構築を進めていく。
「ひぃ……っ!? い、石が溶けちゃったのでございますっ!? 石がまるで己の意思を持っているかのように動いているのでございまするっ! 石だけに!」
「落としますよ?」
「ぴえっ、ご、ごめんなさいでございまする! つい思いついてしまい、言わずにはいられなかったのでございますればっ!」
レイネのツッコミが辛辣過ぎて笑いそうだったよ。
傍から見れば、めちゃくちゃに積み上げられている石材の山の真下に巨大な幾何学模様とでも言うような魔法陣が浮かび上がっていて、その上で石材が溶けるようにぐにゃりと歪んで踊るように揺らめきながら泥の化け物みたいに蠢いている。それらが魔法陣の中心部に向かって集まりながら、空へと吸い上げられるようにどんどんと高くなって、そのまま左右に広がっていく、という光景だからね。
私のイメージを形作るように流れて動いているのだけれど、ロココちゃんの言う通り、確かにそういう化け物が生まれて己の形を形成している登場シーンか何かに見えなくもない。
もっとこう、カッと光って次の瞬間にはお城が建っている、みたいな感じじゃなくてごめんよ。
泥魔神襲来、みたいな見出しが似合いそうだし、いっそ人の顔を思わせるように動かして、手を伸ばしてくる、みたいな演出を……うん、やめておこう。
ロココちゃんに嫌われそう。
そんなどうでもいい事を考えながら、およそ五分程。
ああでもないこうでもないと細工させていく。
これを手で作ったりできたら、私の美術の成績はきっと凄い事になるんだろうね。
魔法はイメージ要素が強いから、「こういう感じ」というイメージを強く持ってそれを焼き付けるように意識するだけで済むけど、手で作るとかだとこうはいかない。
職人の技術は凄いね、ホント。
あ、あとは魔王城だけにガーゴイル的な彫像とかも置いておこう。
あまり悪魔っぽい感じにはしないけど、ちょっとキモカワイイ的なレベルのアクセントで。
いざという時には切り離して遠隔で戦わせるとかもできる。
何と戦うのかは私にも分からないけど。
「んー、サイズ的にはこんなものかな」
部屋数は大量にあるけれど、ほぼ使わないだろうね。
扉をつけたら扉ごと空間封印系の魔法で時を止めて放置する部屋が多くなりそう。
「レイネ、窓とかのガラスは?」
「原料はすでに調達しておりますので、そちらにつきましては私の方で魔法を使って加工いたします」
「分かった。じゃあ窓枠部分は空けておいて木材を嵌め込む形にしておく」
「はい、お任せください」
ある程度の整形が終わったのでちらりとレイネを見れば、レイネが無表情ながらに心なしか嬉しそうな、楽しそうな気配を醸し出していた。
どうしたのかと思っていると、私の視線に気が付いたレイネがロココちゃんを抱えたまま、少し恥ずかしそうに頬を赤らめて微笑を浮かべた。
「気付かれてしまいましたか」
「うん、なんか嬉しそうというか」
「嬉しい……、そうですね。嬉しいというよりも、懐かしくてつい童心に帰ってしまったようです」
「あぁ……。そういえば、昔もレイネと建てたんだったね」
「はい。あの頃は他にもヴルヴァがいましたが」
「そうだね。あの子がいれば、絨毯とか用意するのも楽だったんだけどね」
〝間蜘蛛人〟の族長の一人娘だったヴルヴァ。
レイネを連れて旅をしていた私が魔物の暴走を止めた際に、危機を救ってくれたと付き従うようになった子だ。
そろそろ腰を落ち着けようとしていた頃だったものだから、拠点というか住処というか、そういうものを最初に建てようとした時、彼女が魔力で出す糸を編んで布を作る事もできたおかげで絨毯とかも用意できたんだよね。
「……レイネ」
「……ヴルヴァは、お嬢様が消えてしまった後、お嬢様の意思を継ぐのだと魔界に残る決意をしておりました」
「そっか。……元気でやってるかなぁ」
転生してしまってから魔界がどうなったかも、そもそもどれだけの時間が経ったのかさえ、私にもレイネにも分からない。
世界が違うのだし、何年、何百年、何千年という時間が流れていてもおかしくはない。
私が向こうの世界で命を落としたのは、神族とのとある取引の為だった。
結果として私は転生という形でこの世界に生まれ変わった訳だけれど、そんな私が前世の見た目と全く同じ見た目になる人間が生まれるまでの時間まで考えるとすれば、それなりに時間が経っているのは間違いない。
神は人の心を操る事はしないけれど、運命を演出する事ぐらいはできるからね。
お母さんと父親を出会わせたというのがそうだと言うのなら、最低でも私が生まれる数年前あたりからだから、同じ時間の流れ方で考えても二十年。いや、レイネの年齢を考えればもっと前から、かな。
前世の話を、私はあまりレイネに訊いたりしないようにしてる。
私の役目はあの時に終えていて、そこから先は次代を生きる者達の築く新しい時代だからだ。
そこに私が想いを馳せるなんて、それは烏滸がましいというもの。
私はあの時代、多くの臣下達の声を無視するようにして、あの世界を後にしたのだから。
気を取り直すべく苦笑してみせると、レイネもまた表情を引き締めて口を開いた。
「取り急ぎ、床に敷くものやベッドマット等の寝具については篠宮家に準備をさせましたのでご安心を」
「……ずいぶんとお金がかかりそうだけど?」
「問題ございません。お金を出したのは私ですので」
「え」
「でなければ、城を建てるというようなお話は致しません」
「ア、ハイ」
まあ、レイネは実家とあまり仲良くないというか、屋敷を半壊させて家を出たりとかもしたって話だし、そんな家に泣きついてどうのこうのしよう、なんて柄じゃないもんね。
どうやって稼いでいたのかは知らないけれど、せいぜいお金を渡して仕事を外注しているような、そんな対等な関係を築いているんだろう。
ともあれ、お城の形成が完了したから魔法を消して、城の近くに近寄ってみる。
うん、液状化させて形成したものだから表面つるつるだ。
なんというか偽物感が酷いけど、まあいいか。
お城の大きさは前世の城に比べればコンパクトではあるのだけれど、日本で暮らしている今の私の感覚からすると無駄に広い。
お城な外見をしている通常の一軒家サイズとか情けないというか虚しいし、中途半端なサイズだといかがわしい系のホテルっぽく見えそうだし、仕方ないね、うん。
日本サイズで言うところ、片田舎の五階建てショッピングモールぐらいの大きさかな。
外観は尖塔を増やして石材を細工に回したりもしたおかげで、ゴシック様式の大聖堂とかそういう系に近い。
映画の撮影とかコスプレイヤーの撮影会レンタルなんてやったら大人気になりそうだ。
送迎とレンタル料だけで充分生活できそう。
「ぴゃあぁ~~……。す、凄まじいのでございまする……」
「さすがでございます。この見た目ならば、ステンドグラスも似合いそうですね」
「まんま大聖堂になりそうだけど、まあ任せるよ。採光用のステンドグラスとかつけるなら適当に穴あけていいよ。この城自体が魔道具みたいなものだから、定期的に私かレイネが魔力を補充すれば崩壊はしないだろうし」
「かしこまりました。お任せください、腕が鳴るというものです」
「私だったら腕が鳴るどころか辟易としそうだけどね、こんなバカでかい建物の内装を一人でどうにかするなんて」
「あのあの、一人で建てた御方がそれを言うのもおかしいと思うのでございます……」
「それはそうだった」
むーん。
ついつい日本人感覚というか、人間感覚側に思考が優先されたけれど、魔王的な感覚とレイネの実力を考えれば、「半日もかからない」という答えに行き着くんだよね。
この齟齬みたいなのが地味に厄介というか、たまに思考にエラーを起こすんだよね。スマホ手に持ってるのに「スマホどこいった?」ってなってるような、あんな感じ。
「では、夕方頃までには済ませておきます。凛音お嬢様は島を散策なさってはいかがでしょう?」
「あー、うん。そうしようかな」
「あのあの、わたくしめはレイネ様のお手伝いをさせていただきまする!」
「はい。転移門を設置しますので、部屋もある程度決めておきましょう。お嬢様はどこかご希望はございますか?」
「任せるよー。あ、謁見の間風にしてるところ、裏手がバルコニーになっててそこから出れば海が見えるようになってるから、そこをメインの配信部屋にしよう」
「かしこまりました」
そういう事になった。




