アンフェア
ようやく訪れた『OFA VtuberCUP』の本番も一日目が終了。
エフィ達とも配信終了後に少しだけ話をしたものの、どうせ明日もある。
チームによっては明日の試合時間前から集まって練習したりもするらしいのだけれど、さすがに天下のジェムプロ所属のエフィ達は忙しいらしく、練習は断念する事に。
大人しく明日の試合前にまたVC集合という約束を取り付けて、あっさりと会話を切り上げて通話を終了した。
ゲームプレイ中に動かずにいたせいか凝り固まってしまった気がする身体を解すように、両手の指を絡ませたままぐっと頭上に上げて伸びー。
そのまま椅子の背もたれに身体を預けた。
「……はふぅ、肩凝りそう」
「お疲れ様でした、凛音お嬢様。どうぞこちらを」
「あ、うん。ありがと、レイネ」
テーブルに置かれた淹れたての紅茶。
ノンカフェインでリラックス効果のあるダージリンを出してくるあたり、さすがのチョイスという感じだ。
よきよき、程よい甘さ。
「軽くマッサージ致しますので、シャツを脱いでいただけますか?」
「え、わざわざそこまでしなくても……――あー、うん。じゃあお願い」
「――っ、はいっ!」
断ろうかとも思ったんだけれど……ちらりとレイネを見たら明らかに残念そうな顔をしている事に気が付いてしまった。
レイネってば、お世話をしようとして断られると文句は言わないけど悲しそうな顔するんだよね……。
なんかこう、居た堪れなくなって私が折れるまでが様式美というか、お約束になってしまっている。
おかしい、主導権を握られてる気がする。
そんな事を考えつつシャツを脱いだところで、レイネの手が優しく肩に触れてきた。
そっと置かれた手を通して、じんわりと熱が内部に伝っていくのを感じる。
はふぅ……、気持ちいい……。
「んあ゛ー……なんかレイネ、魔法上手くなったね……」
「そう、ですね……。こちらの世界では魔法は異端の力ですので、隠しながら使うという方向に特化させてきましたので」
「あー、なるほどー。そのおかげで力の微調整というか、繊細な操作ができるようになったんだね。昔は全然だったのにねぇ……食器どころか机にまでフォーク貫通させたり」
「そ、それは昔の話ですっ!」
かつてのレイネと言えば、どちらかと言えば大雑把な魔力の使い方をしていたものだったからね。
闇竜魔人という種族自体が魔族の中でも凄まじい力を持つ種族だったせいもあって、繊細な魔力操作とかそういうものに向いていないっていう種族だったのも大きな理由ではあるけれど……拾ったばかりの頃は人化させても尻尾であちこちのものを吹き飛ばすし、掴んだドアノブをそのまま握り潰したり、それはもう色々とやらかしてくれたものだった。
顔をあげてにまにまとからかうようにレイネの顔を覗き込むと、レイネは耳まで赤くしてそっぽを向いてしまっていた。
それでも私の両肩を優しく揉んでほぐしてくれているので、本気で逃げ隠れるつもりはないらしいし、あまり昔の事を掘り返してからかうのはやめよう。
親戚のおばさんみたいになりたくないし。
「……レイネは、窮屈じゃない?」
「え?」
「この世界――人間の世界での暮らしが、窮屈じゃないかなって思って」
私は私――『滝 凛音』という日本人の少女としての生を受け、ゼロから自我を構築してきた。そんな私が前世の記憶と力を取り戻したとは言え、ベースとなる考え方は日本人として生まれた私に寄せていられる。
だから、この世界が特に窮屈だとまでは思わないし、魔法が使えないという事も当然のものとして捉える事ができている。
でも、レイネはこの世界に、かつてのレイネの記憶のままやってきている。
常識や考え方が完成した後で手に入った、この世界、この社会の常識というものは、レイネにとっては異文化に触れているような生活だとも言えるはず。
まして、魔力も魔法も使えない生活というのは、向こうの世界に比べて圧倒的に不自由に感じる事も多い。空飛べないし、転移魔法も気軽に使えないし。
もしも私が今のように記憶を取り戻したのではなかったら、きっと窮屈に思ったかもしれない。
だから、レイネもそうなんじゃないかなと思う。
「……まったく不自由ではない、とは言いません。たまには竜の姿になって空を飛びたくもなりますし、思いきり暴れたくもなります。正直に言えば、この世界へと転生して、陛下――いえ、凛音お嬢様を見つけられずにいた間は、何度もこの世界を支配してしまった方が早いのではないかと考えました」
「……それは武力で?」
「はい、それが一番手っ取り早いので」
……あー、うん。
まあ、レイネの場合はそうなりかねないよね。
この世界の科学によって生み出された兵器だとかじゃ、私とかレイネにかすり傷一つつけられない。
いくら私やレイネが人間という貧弱な種族の肉体になったとは言っても、魔力が使える以上はどう足掻いても人間に負ける事はない。たとえ不意打ちで刃物を突き立てようとしても、まったく気付けない位置から狙撃されようと、ミサイルを打ち込まれても身体には届かない。
閉じ込められて毒ガスを散布されようとも私とレイネはその場から転移もできるし、常に回復魔法をかけているような状態の私達に毒なんて意味もない。
「凛音お嬢様」
「ん?」
「まさかとは思いますが、私に向こうの世界に帰れと……」
「違う違う、そんなつもりないよ。――ただ、コレを見るとフェアじゃないなぁって思って、ね」
正面のモニターに映し出された『Connect』のチャットに貼られている、先程までやっていた『OFA VtuberCUP』の一日目のリザルト表。
キルポイント、順位によって点数が加算される事になるゲームの大会において、私とジェムプロの今日のキルポイントは他のチームを大きく上回っている。
「確かにチートツールなんて使ってないし、プレイ条件はフェアでやってる。でも、プレイヤー自身のスペックでどうにかなってしまっているっていう事実は否定できないんだよね」
「ですが、ゲームでは往々にして有り得る事なのでは? プレイヤースキルと呼ばれるような差は否定できるものではないはずです」
「確かにそれはそうだね。でも、それはあくまでも普通の人間同士での話だからね。私とかレイネの場合はそれに該当するとは言えないかな」
この『OFA』のようなFPSゲームは特に、やり込むだけ上手くなるゲームと言える。
どれぐらい手を動かせばいいか、どの角度で撃てばいいかという操作に対する慣れと、どのように逃げればいいか、どのルートを選ぶべきかという判断力も含めて、やり込めばやり込むだけ、知識と慣れで上手くなれるし、プレイ中の選択の幅が広がる。
でも私の場合、前者となる操作の慣れという部分を慣れずとも完璧にこなせてしまうし、画面内の動きに対する反応速度も視野の広さも人間のそれを大幅に上回ってしまう。
しかもこれは魔力を使って意識的にそうなっているのではなく、常態的にそうなっているというのが現実だ。
跳弾を当てる事ができるのも、瞬時にエイムを完全に調整できてしまうのも、それらは身体強化によって通常の人間以上の判断、精密な動きが可能だからだ。
「ただの才能で片付けられる代物ではない以上、どうしたってアンフェアに思えてしまうんだよね」
「それは……」
「もちろん、必ず勝てる訳でもないし、私だって倒される事もある。予想外な奇襲、予期せぬ攻撃がきたら、ゲームのキャラクターに私の能力が受け継がれる訳じゃあない以上はダメージを受けるからね。でも、それはあくまでもまだ私が知らない方法があるからだよ。このゲームに慣れれば慣れるほど、そういう熟練のプレイヤーが考え得る行動さえ予測がついてしまう。そうしてこのゲームに慣れてしまった時、私は負けないプレイヤーになっちゃうだろうね」
自惚れではなく、私は私というスペックを理解している。
このゲームをあと3ヶ月もやっていれば、おそらく私に死角と言える死角はなくなってしまうだろうし、そうなってしまったら死なない、負けないプレイヤーが出来上がってしまう。
「FPSはこの大会限りだね。やるとしても対人じゃなくて対NPC系のゲームにしようかな」
「そういうゲームもあるのですか?」
「うん、ゾンビを撃って進んでいくゲームとかあるよ」
「……ゾンビ……?」
「グールみたいなの」
「あぁ、あれですか。魔法で焼き払えばいいのでは?」
「あはは、それできちゃったらゲームにならないよ。あー、きもちいい……」
レイネのマッサージに蕩けながらも、思考を巡らせる。
レイネもたまには身体を動かしたいだろうし、何か考えないと。
できれば気分転換できるような無人島とか、まったく人の目が届かないような場所を探すっていうのもありなんだけど、この世界でそういうのを見つけるのはなかなかに難しいし……となると、位相をずらして異空間に飛ぶというのもありかもしれない。
あ、でもそうなるとこの世界の理を知らなきゃいけなくなるって事でもあるし……うー、あー……マッサージのせいで思考がまとまらないぃ~~……。
結局、私はそのままレイネにお世話をされてその日はぐっすりと眠ってしまったのであった。




