花粉症とJK
4月に入ってからというものの、すっかり朝の寒さも緩和された。
朝の震えるような寒さもなく、制服のブレザーの上にジャケットを羽織る必要もない。
……まあ、私の場合は魔力を纏っているから、そもそも冬の寒さなんて感じてなかったけどね。
服装に違和感がない程度に調整はしてたけど。
登校中に行き交う人々を見て「暖かくなってきたんだなぁ」なんて他人事のように思っていただけで、私の体感はあまり変わらない。
風情もへったくれもなかった。
「ずび……っ、リンネ……、おぁ゛ょ゛ゔ……」
「……おはよ、トモ。ユイカも久しぶり」
「あはは……。おはよ、リンネ」
上履きに履き替えたところで後ろから声をかけてきたのは、マスクをしながら目を赤くして泣いているかのように見えるトモと、そんなトモの横で苦笑してるユイカだった。
「花粉症?」
「ん゛」
「大変そうだね……」
「んぁ゛ー……、眼球と鼻を外してまるっと洗いたい゛……」
「なにそれホラー?」
想像したら普通にホラーなんだけど。
のっぺらぼう、だっけ?
なんかそんな感じになりそう。
「トモは花粉症ヤバいからねぇ……。リンネは平気そうだね?」
「北欧の血が入ってるからね」
「おぉ、すげーな! 北欧の人って花粉症にならないの!?」
「さぁ?」
「えぇっ!? 言ったのリンネじゃん!」
適当に言っただけだし知らないよ、聞いた事ないし。
アレルギー反応だから体質とかは関係してそうだし、海外で花粉症がどうなのかなんて調べた事はないんだけど、あるんじゃないかな。
「ユイカは花粉症じゃないんだね」
「あー、アタシはちょっとむずっとする時があるくらいかな? だから花粉症じゃない!」
「それ花粉症の初期症状じゃないの?」
「花粉症だって認めない! だから花粉症じゃない!」
「……そう」
そういう問題ではないと思うけど……うん、まあ本人がそれでいいならいいんじゃないかな。
どうしようもなくなったら諦めて病院行ったりもするだろうし……。
「んぁ゛ー……」
「トモ、なんかゾンビみたいだね」
「あ、分かる。でも熱出て鼻水出て身体しんどい時ってこんな感じにならん?」
「それって普通に休んだ方がいいと思うんだけど」
「できるなら゛休みたい゛……。ずびっ。てか、家から出たくない゛……。んぁ゛ぁ゛……シャワー浴びてすっきりしたい……」
「休んでいいんじゃない? 無理したってかえって効率悪いし」
勉強なんてしたって頭に入らないだろうし、大人で言うなら仕事にだって集中できないって事になりかねない。
こんな便利な時代なんだからオンラインで授業も受ければいいんだし、仕事だって花粉症に対策するためにリモートで対応したりっていうのも普通に許容すればいいのに、なんでダメなんだろ。
今どき、「花粉症は病気じゃない。だから休むのはおかしい」みたいな根性論とか同調圧力みたいな感じって、時代錯誤だと思うけど。
そんな事をつらつらと話しながら教室に向かっていると、あちこちで気怠そうにトモと同じく花粉症に苦しんでる生徒の姿がちらほら見える。
……ゾンビものの映画みたいだね。
誰かが泣きながら噛みつかれたり、逆に叫びながら自分たちが助かるために倒したりし始めるのかもしれない。
そんな事になったら私は焼き払うけど。
「あ、このみん」
「……おはよう゛」
「ここにもゾンビが」
「ぶふっ!? けほ……っ! リンネ、不意打ちやめて……! いちごミルク鼻から出るかと思った……!」
いや、ごめんて。
ゾンビものみたいだなぁ、なんて思ってたせいか、ついね。
というかユイカ、それはそれで面白いから大丈夫だよ。
もうユイカは私の中でオチ担当になりつつあるから、是非やってみてほしい。
見た目は美少女なんだけど、そういう愉快なところがあるのは私も好きだよ、うん。
そんな私たちのやり取りに構う気力もなさそうなぐらい花粉症で辛そうなトモとこのみんが、お互いの顔を見合わせてお互いに頷き合った。
なんかこう、辛い戦いの中で芽生えた友情みたいだね。
分かり会えたのかもしれない、花粉症で。
「……ユイカ……」
「ん? なに、このみん」
「……言っておくけど、私、去年までこんなに花粉症辛くなかったわよ……。それが今年、先週あたりからいきなりこうなったの……。この意味、分かるわね……?」
「……ッ、なん、だって……?」
「……フフ、ある日突然なる人もいるみたい、ね……?」
「――ッ!?」
「せいぜい、油断してるといいわ……。ふふ、待っているわよ、ユイカ……。あなたもこちら側に来る、その日を……」
「……っ、私は、負けない……っ!」
……何してんだろ、この二人。
なんかいきなりダークサイドこのみんと勇者ユイカみたいな構図になってるけど。
そして私、疎外感。
トモに至っては相変わらず「んぁ゛ー……」ってしてるし。
「ねぇ、このみん。私は?」
「……リンネは、ならなそうだもの……」
「あ、分かる」
「え、なんで」
「なんか花粉吹っ飛ばしそう」
「何それ。っていうかトモまで頷いてるじゃん」
華のJKに向かってまさかのパワー解決評価とはこれ如何に。
解せぬ。
いや、割と当たってるけどさ。
そもそも私の身体には触れないようにシャットアウトしてるしね。
それにしても、この教室の花粉症被害者結構多いなぁ。
周りを見ると結構な人数が苦しそうにしてるし、机の上に保湿ティッシュと箱ティッシュを並べてる生徒とかもいるし。
「この時期って洗濯物とかにも花粉つくから、乾燥機ないと死ぬのよね」
「ホントそれ」
「おいこらそこの男子、窓開けんな。殺すぞ」
「ひぇ」
「暴れんな、花粉が飛ぶ」
「あ、はい」
花粉症勢の放つ殺意と苛立ちが割と本気過ぎて、非花粉症勢がドン引きしてる。
これ、もし魔法で花粉を全部吹き飛ばして除去してあげたら崇められたりするのかな。
いや、しないけど。
「そういえばさ、リンネ」
「ん?」
ユイカが声をかけてきて私の腕を引っ張り、壁際に寄せてきた。
なんだなんだ。
「……もしかしてなんだけど、動画配信とかしてる?」
「うん、してるよ?」
「……それ、Vtuber?」
「うん。なんで知ってんの?」
「……ていうか、もっと慌てたり驚いたりするトコじゃない? Vだし、中身バレしないように気をつけてるんでしょ?」
……あぁ、そっか。
基本的にVtuberって中身バレは絶対NGというか、まあ『中の人など――いるけど――いない』みたいな部分あるからね。隠したりもするよね。
「ユイカ、なんの゛話……?」
「内緒話……?」
「ゾンビが寄ってきた」
「ぶふっ」
「私が動画配信してるって話だよ。ユイカが気がついたみたい」
「……え゛、そうなの?」
「動画配信……? リンネが……?」
「うん。Vtuberだけど」
「……いやいやいやいや、隠しなさいよ、リンネ」
「なんで? 別に赤の他人に知られるならともかく、ユイカとトモ、それにこのみんには知られたって問題ないじゃん。それに、ウチの高校なら大丈夫だよ」
そもそもウチの学校自体、芸能活動をしている生徒だって多いんだし、守秘義務という程ではないけど、徹底的に情報を外に出させないように釘を差す学校だから、みんなその辺りはしっかりと理解しているし、守っているんだよね。
ネットリテラシーが「道徳」とかいう道徳を学ばない授業の時間を完全に潰してるし、なんならテストとかもあるぐらいだし。満点取れなきゃ補習っていうね。
そういう点もあるからこそ、必死になって隠そうとは思っていなかったんだよね。
そもそもチャンネル登録者数も何十万って数字がいるし、リアルの私と酷似したモデルなんだから、まあリアルの私を知ってる人なら気付いてもおかしくないからなぁ。
そんな事を説明していると、ユイカとトモは納得してくれたみたいだし、逆にこのみんは何故か目を丸くして私を見て……何やら震えていた。
「……へ、陛下……!?」
「貴様、臣下じゃな」
身近過ぎる位置にガッツリ系の視聴者がいた。




