第二章 プロローグ
新章スタートです
――『Vtuber』に必要なモノはなんだ?
もしもそんな質問をされたら、私は『モデルの可愛さ』と『声の良さ』、それに『媚びる上手さ』だと答える。
そもそも『Vtuber』という存在は台本もシナリオもないアニメキャラのようなものだ。
キャラクター性を生み出す背景となる設定なんかはあるかもしれないけれど、それが所詮は設定に過ぎないものでしかないし、忘れられても構わないようなネタにしかならない。
視聴者だって『Vtuber』を演っている本人だって、結局は『中の人』がいる事を理解しているし隠す訳でもないのだから、設定とか背景なんて武器にはならない。
結局、『Vtuber』として売れるには見た目の良さ、声の良さ、視聴者に媚びる可愛らしさに尽きる。設定とか年齢とか、そんなのどうでもいい。
それでも、最近じゃ次々に増えている『Vtuber』の中で突出した人気を得るには至れない。
だから私は、さらに『圧倒的なゲームの上手さ』を手に入れるために睡眠時間を削ってでもゲームを続けて、そこに特化する事にした。
私が選んだゲームは、『OFA』。
ファーストパーソンシューター――FPS――と呼ばれる、自分が操るキャラクターの一人称視点でプレイするゲームであって、日本だけじゃなく世界的に人気があり、プロリーグだって存在していて、知名度もかなり高い。
そんなゲームでも活躍できれば有名になれるかもしれないと考えて、私は『OFA』を徹底的に練習してきた。
V一本で生活できない時だって、寝る間を惜しんでひたすらに戦った。
野良で組んだ相手に罵倒されても我慢して、泣きたくなって投げ出したくなっても、それでもしがみついてきた。
そうして私は今、名だたるVの中でもかなり高い実力者として多くの人に知られている。
個人勢でありながらチャンネル登録者も20万人を超えていて、今回の『OFA VtuberCUP』にもその名を連ねているし、私がいれば優勝候補だって言われてるんだから。
なのに――――
《――ふぅむ、なかなか良い武器が見つからんのう》
『とか言いつつしっかりキル取ってんの草』
『エイムうっまw』
『初心者……? これが?』
『マジ陛下』
――――ギリッ、と思わず歯噛みしてしまう。
たった二ヶ月とちょっとで私のチャンネル登録者数を抜き去り、あの超大手事務所の『ジェムプロ』とも何喰わぬ顔でコラボしている新人Vtuber、ヴェルチェラ・メリシス……ッ!
寝不足になりながら練習して、最近になってやっと仕事を辞めてV一本になった私と違って、『中の人』は高校生だとか。
……フザけるな。
大した苦労もしないで、偶然人気が出たからって大手と気軽にコラボして、しかも同じチームで行動するせいか、チャンネル登録者数はジェムプロの新人が受ける箱ブーストみたいな勢いで伸ばして私を超えるなんて許せない。
チート並のエイム能力を持っていて、けれど初めてのジェムプロコラボで運営がチート容疑を否定したせいで、今更チートだのなんだのと噛みつく視聴者もいない。
でも、絶対何かをやっているのは間違いない。
じゃなきゃ跳弾なんてあんなに操れるはずもないし、エイムだってブレる。
私だって『魅せプ』のために跳弾に手を出した事はあるけど、今でもまともに使えないんだ。
なのに新人が、素人ができるなんて明らかにおかしい。
――どうすれば、化けの皮を剥がせる。
目の前でプレイでもしてくれれば一番手っ取り早いけれど、私とヴェルチェラ・メリシスとの間に一切接点はないし、そもそも見ず知らずの人間といきなりオフコラボなんて絶対しないだろうし。
《エフィ達とのコラボはともかく、一度模擬戦をしないかという話が出ておるようじゃな》
『模擬戦?』
『お、なにそれ?』
『大丈夫? そんな情報まだ出てないけど』
『おっと、お漏らししちゃった?w』
《別段秘密にしておらぬよ。大きなコラボだとかではなく、時間が合ったら参加しないかというようなものであるそうじゃ。昨日の夜の内にエフィがモノロジーで発表する予定だったんじゃが……》
『これはw』
『エフィがやらかしたんかw』
『エフィール・ルオネット〆:ごめんよ……!』
『本人おって草』
《うむ、寝てしまったようじゃな。で、代わりに妾が発表すると同時に募集する事になったという訳じゃな。まあエフィを責める必要はなかろ。妾の配信で言ったところで宣伝になるかは知らぬが》
『視聴者数5桁で言うセリフじゃないんよw』
『陛下のOFA配信はチャンネル登録者数に対して同時視聴者の数が異常なんよw』
『参加者も見てるらしいからなw』
『敵対チームの偵察として見に来る視聴者もいるからなぁ』
《まあそんな訳での、今度の金曜に『OFA VtuberCUP』の模擬戦をする予定じゃ。都合がつく参加者を優先して、足りない分は視聴者から参加を募る予定じゃ》
『おおおぉぉぉ!』
『ちょっと3年ぶりに会う友人との飲み会キャンセルしてくる』
『ちょっと上司との接待ゴルフキャンセルしてくる』
『キャンセル続出で草なんだが』
《いや、予定があるなら無理せんでよかろうよ。まだ本番という訳でもあるまいに》
『陛下の魔王エイムを体感したい』
『いっそ撃ち抜かれたい』
『偶然マッチして撃ち抜かれたわい、高みの見物』
『キルされておきながら高みの見物とか笑うわそんなん』
……金曜……?
配信から流れてきた情報に唖然としていると、『OFA VtuberCUP』のメンバーが集まってる『Connect』がピコンとチャットの受信音を鳴らした。
――『親交を深める為の模擬戦、『ゆるゆるかすたむ』のお知らせ』。
そんな一言から始まった説明文には、確かにヴェルチェラ・メリシスが言う通り、金曜日に参加できる有志を集めて模擬戦をしないかという提案が記載されていた。
しかもそのチャットの送信者は……ジェムプロのマネージャーアカウント……。
この『ゆるゆるかすたむ』自体がジェムプロの企画であるらしい。
……公式大会じゃないけれど、でも。
《妾とエフィ、リオとスーは出る予定じゃぞ》
『フルメンバーじゃん』
『おい、モノロジーでエフィがモノロジーした瞬間反応してるメンバー多いぞ』
『これもしかしてほぼ全員出るんじゃね?』
『あー、でも全員って感じでもないな。わいの推し、予定あって出れないって叫んでるw』
……へぇ、出るんだ。
これならもしかして……忌々しいヴェルチェラ・メリシスの化けの皮だって剥がすチャンスになるかもしれない。
――でも、もしも本当にチートとかじゃなかったら?
……ううん、そんなのあり得ない。
だって、あんなに勉強して練習した私にだって、私より上手いプロでさえできないんだから。
絶対に何かカラクリがあるはずだ。
そこまで考えて、私はふと思いついた名案に口角をつり上げて、その人にすぐにチャットを送った。
「……あは……っ」
これだ。
これならヴェルチェラ・メリシスを確実に潰せる。
……ふふ、久しぶりに楽しくなってきた。
ヴェルチェラ・メリシス。
アンタが何をどうしてるのかは分からないけれど、たとえチートであってもそうじゃなかったとしても、これでおしまいだね。
送ったチャットをじっと見つめてから、私はゲリラ配信を始める事にした。




