交渉 Ⅱ
「提案?」
「えぇ、そうよ。順を追って話していくけれど、さっきも言った通り、我々ジェムプロは今後メタバースに向けて進んでいくつもり。けれど、まだまだVR業界の発展には時間がかかるわ。実際、VR機器を持っている一般視聴者層自体も少ないでしょう? だから、一気にそちらに本格的に移行するというのは現実的ではないというのが現状なの」
「へー、そうなんだ?」
VR機器は私も持ってないし、トモとかと話しても聞かないもの。
そもそもスマホ、タブレットを持ってる子は多いけれど、パソコンだって持ってない子も珍しくないぐらいっぽいんだよね。
多分、パソコン買ってたり使ってたりするのはゲームをやる層ぐらいかな、私たち世代だと。
あとは親がそういう系の趣味を持ってて持つようになったとか、そういう環境があったらやってるというぐらいだもの。
「動画視聴者層はゲームとかやってる人も多いし、パソコンがあるとかも珍しくないんだけれどね。でも、それでもライト層というか、スマホとかタブレットしか持ってない人もいるのよ」
「意外かも」
「部屋公開企画とか視聴者参加型とかを見ていると、色々やれる人がいるイメージはありますね」
「ああいうのは応募して参加しようっていうコアなファンがいるおかげでできることよ。それでも、ゲームでも数少ない枠なのに毎回同じ人が参加していたりするでしょう?」
「あ、言われてみればそうかもしれない」
なんかゲームの視聴者参加型とかの配信、「この人毎回見るなぁ」って人とか割といるもんね。
チャンネル登録者数はともかく、視聴者数数万っていう配信をしているのに同一人物が毎回参加できてるってことは、なるほど、確かに競合が少ないからできることって言えるかもしれないね。
「実際、アナリティクスを参照してもパソコンの方がスマホ、タブレットに比べて圧倒的に少ないもの。もっとも、ジェムプロの場合、これは視聴者の年齢層に比例して変動しているのだけれど」
「年齢層?」
「えぇ。年齢層が上の方――つまり、生活に余裕のある層はパソコン視聴者が割と多いわ。あとは長時間見る人なんかもパソコンが多いわね。ま、パソコンならバッテリーとかを気にせずに観ていられるという利点もあるでしょうし、無理もないのだけれど」
「へー……レイネ、知ってた?」
「はい。私もアナリティクス分析は頻繁に行っていますので、そういったデータは蓄積しています」
私、知らなかったんだけど。
いや、まあ私の場合はそもそも分析とかマーケティングとか、プロデュースも含めて活動の大部分はだいぶレイネに任せちゃってるから、気にしてなさ過ぎたんだろうけどさ。
きっと世のVtuber活動者の人たちは、そういうアナリティクスを確認して、視聴者層なんかも分析して配信ジャンル、比率、プレイするゲーム分野なんかを決めたりしているんだろうなぁ。
しかも個人勢となると、セルフマネジメント、セルフプロデュースもしなきゃいけない訳だし、大変だ。
……個人勢出身なのにやりたい放題やってきただけの私って一体。
「凛音ちゃん?」
「ううん、なんかこう、自分にちょっと刺さるものがあっただけ……」
正直、Vtuber業界は甘くない。
個人配信をしていて、好きなことだけをやって上手くいくっていうのは、ただただ本当に運が良かっただけの話でしかないし、何年もやっていても鳴かず飛ばずという人は少なくない。
それでも応援してくれている視聴者のコメントとのやり取りが「ファンを大事にしている」という意図であったとしても、新参の視聴者からは「身内ノリでやられても」という目線になりやすいため、新規視聴者の獲得に繋がらないというパターンが多い。
実際、私も今のように記憶を取り戻す前、Vtuberとして活動を開始する前に色々な新人Vtuberの配信を観ていてそう感じたのは否めない。
それでも、何かのきっかけで発掘されて人気を得るようなVtuberの人もいるらしいんだけど、そういうのは本当に運がいい珍しい例だよね。
ただ、それを言ったら認知されるためには全て運の要素も当然絡んでくるんだけれど、そこに実力が伴っていなければ運すらも意味がないからね。
「ともあれ、今はパソコン環境からでもインターネットゲームと同じようにログインしてもらって、視聴者にもアバターを作ってもらって一人称視点からウチのメンバーがそこでライブをして視聴できるようなサービスも作っているけれど、当面時間はかかるのよね。とは言え、VR技術にまで新規参入するというのは正直厳しいわ。何せ海外の大手企業が相手となると、こちらも地力が足りない状況ではあるもの」
「そうなの?」
「VR業界の世界的なシェアは海外ブランドから広まっているような状況です。なかなか入り込みにくいというのは事実でしょう」
うん、私にはさっぱり分からないけれどね。
ごめんよ、レイネ。
私、そこまで詳しく調べたりはしてないんだよ。
そんな謝罪を目配せで伝えてみれば、レイネは小さくふっと私に微笑んでみせてから、再びユズ姉さんを真っ直ぐ見つめた。
「つまり、ジェムプロとしては早めにメタバース化に取り組むためにも、我々の魔法技術――つまり〝新技術〟と絡めて、メタバース化により近づきやすくなる独自システムの開発を優先的に行ってほしいということですね」
「正解。その代わり、資金はもちろん、現在ウチで作っているシステムの開示を行う。それだけではあなたたちにとってもメリットが薄いでしょうから、さらに業界最大手とも言える私たちジェムプロのマネジメントのノウハウの教育、ウチとは合わなかった企業案件で紹介できそうな会社との繋ぎもできるわ」
「それが先ほど仰っていた提案の内容、という訳ですね。確かに、資金よりも余程魅力的と言えます」
お、レイネが合意に傾いたっぽい。
まあでも、確かにジェムプロのノウハウというのは値千金の価値があると言える。
Vtuber業界最大手の事務所という存在は伊達ではなく、そのプロデュース能力はもちろん、どういった問題が発生しやすくて、どう対処していくのかというような引き出しは多いに越したことはない。
私の会社――『魔王軍』は圧倒的にそうしたノウハウが足りていない。
一応、レイネの実家である篠宮が協力していた芸能人事務所、アイドル事務所なんかで働いていたという経験者、それに相談役という人は用意されているのだけれど、ことインターネット業界だけで見れば経験が浅いとも言える。
新しい業界だからこそ、そういった問題に対する知識と経験というのは簡単には手に入らない。
その点、ジェムプロとの協力関係が約束され、お互いに関連会社のような立ち位置を築けるのであれば、踏み込んだ質問や相談ができる先が生まれる。
そういう存在がいてくれるというのは、ウチの会社のスタッフにとっても心理的な支えになってくれるだろう。
「もちろん、本来ならこんなこと、普通の取引先に対して行うことはないわ。かと言って株式の買い上げなんかもするつもりはないし、決定権が欲しいとかグループ会社化しようと言うつもりもないわ。だけど、どうしても協力してほしいと私は考えているの」
「何故、そこまで? 御言葉ですが、正直そこまで急ぐ必要もないですし、我々にジェムプロ側のノウハウを公開してまでやるような事でもないと思いますが」
うん、それは私も思う。
正直、私たちが魔法を使って技術を提供するのは構わない。
別に独占したいという訳ではないし、むしろ魔法技術を広めるという意味であれば、ジェムプロという名前の売れた会社が魔法技術を使って新システムを公表してくれたら、私たちみたいにぽっと出の会社よりも信用されるかもしれないな、とは思う。
でも、メタバースは確実にこの数年で近づいている。
ここで私たちが魔法技術を利用して利便性の高いものを開発しなくても、そう遠くない内に実現可能になる可能性は非常に高い。
だったら、ジェムプロがノウハウを出してまで急ぐ程の事なのかは私にも疑問だ。
けれど、ユズ姉さんはそんな私たちの疑問に対して、苦笑してみせた。
「……私もそう思うわ。確かに急がなくても、いずれはやりようも出てくるでしょう。でも、これを実現させるのが私と社長の夢の一つだから、かしらね」
「……へ?」
「夢、ですか……?」
「えぇ、そうよ。笑っちゃうでしょうけれど、私も社長も、この業界に夢を持っているの。それを実現可能にしたい。海外のシェアにそれを奪われてしまっていると、私たちの夢が邪魔されるかもしれない。そんな真似、されたくないの」
なんだか気恥ずかしそうに告げるユズ姉さんだったけれど……うん。
なんか、夢を追いかけるためって言われると……なんだろう、企業だとか売上だとかシェアだとか、そんなものじゃないんだったら、なんだか応援したくなっちゃうよね。




