本番前の舞台裏にて
『ついに今日か』
『待機』
『マジですげぇよなw』
『待機人数やっばw』
『待機だけで27万人はやばいw』
『まだ待機画面だが??w』
『緊張してきたww』
『ジェムプロとクロクロの特大イベント初めてだからなw』
『何人かのライバーがコラボすることはあったけどな』
次々と流れるコメントは、イベントの本番並という印象。
正直、私――滝 楪――というかジェムプロにとっても、初めての視聴者数というだけあって、あれだけ準備したというのにスタッフのみんなの表情も硬い。
「――ほら、みんな。私たちのやる事は変わらないわ。しっかりと準備をしてきたのだから、今さら怖気づくものなんて何もない。そうでしょう?」
私の声を聞いて、力なく笑みを浮かべる者、笑う者などが反応を返してくる。
うーん、なかなかに響かないものね。
もっとインパクトのあるもの……――あ、そうだ。
「はい、じゃあ緊張しているみんなに一つだけ暴露しちゃいまーす」
さすがにこの一言には気を惹かれたのか、つい先程まで聞いているようで聞いていない、そんな反応をしていたみんなの目がしっかりとこちらを向いた。
「実は今回、私たちに新技術、新スタジオを提供してくれたヴェルチェラ・メリシスさんですが、実は彼女、私の姪っ子です」
………………しん、と水を打ったような静けさが広がった――その直後。
「――は、はああぁぁぁぁッ!?」
「え、えぇ!? ちょ、え!?」
「マジっすか!?」
「ええぇぇぇぇ!?」
……うるさ。
次々に響いてきた声の数々は要約するとそんな声ばかりだった。
いや、凛音ちゃんがヴェルチェラ・メリシスだって知ってるのってごく一部の後輩とかエフィぐらいだものね。
そりゃこんなことをいきなり言われたらビックリもするでしょ。
ちなみに、凛音ちゃんはこういう使い方とか、私が叔母であることとかは特に隠すつもりもないようで、「別に言っても言わなくてもどっちでもいいけど、言ったら言ったで面倒じゃない? 大丈夫?」とむしろ心配されたりしている。
ふふん、凛音ちゃん、甘いわね。
秘密を隠すとか、そういうのは私も慣れている。
というか、姉さんの存在がある時点で私はそういう秘密を隠し通す地力が培われていると言える。
私とて、伊達に芸能界の裏方なんてものを経験していないのだ。
叔母を甘く見ない方がいいわよ。
「じゃ、じゃあ、この新技術とかこのレンタルスタジオとか借りやすかったり!?」
「はいはいはーい! もしかして新技術が何か知ってたり!?」
「陛下のご趣味は!?」
「陛下のシャンプーとヘアトリートメント教えてくださいっ!」
「……ちょっと落ち着きなさい」
いや、百歩譲って何名かが新技術とか新スタジオに関して訊ねてくるのは、まあいいわよ。
でも、シャンプーとかトリートメントとかって何よ。
ぶっちゃけ特別なものは使ってないのよね。
だってあの子もレイネさんも、魔法でケアしてるし。
まあ私も姉さんも髪と肌のケアをする魔法は必死で覚えたけれども。
まあそんな話はともかく。
実際、この新技術もスタジオも、できれば全力で確保しておきたいのは確か。
そもそもウチの事務所が建てた新スタジオは、既存の3D配信という点では他の追随を許さない程度には、ずば抜けたものを用意できていると自負している。
ただ、凛音ちゃん、それにレイネさんが生み出した新技術――というか魔法だけど――を利用した撮影にはハッキリ言って適していない。
私たちのスタジオはカメラとか諸々は用意できていても、3D技術で編集することを前提としていて、お世辞にもちゃんとしたステージとは言えない造りだもの。
その点、ここのスタジオは……なんかもう、映画スタジオみたいなものだしね。
姉さんの仕事でついていったスタジオを思い出す。
普段は物置きみたいになっていて、撮影の時に大道具の人とか小道具の人とかがセットを作っていたりもしていたんだっけ。
でも、ここはすでに箱が完成しているのよね。
一つずつが倉庫というよりも体育館みたいな感じで、小道具置き場とかにもそのセットで使える類の小道具がいっぱい入ってるし。
……初期投資費用、どんだけ……?
いや、起ち上げたばかりの会社がやる規模じゃないし、どう見ても凛音ちゃんの稼ぎだけでどうこうなる量じゃないよね。
……レイネさんのとこ、つまり篠宮家の財力かしら。
怖いから考えないでおきましょ。
ともかく、みんなの意識もいい具合に解消したみたいなので、一安心。
お茶を飲みながら、すでに司会進行の挨拶予定で中継が繋がっている凛音ちゃん、それにレイネさんの映っているモニターを見て――思わずお茶を噴いた。
「た、滝さん!?」
「ふ、げっほ、えほ……っ!」
咳き込みながらも何があったのかと私に声をかけてきたスタッフに、無言で凛音ちゃんとレイネさんのモニターを指差す。
すると、その直後に他の面々から噴き出すような音と、「えぇ……?」と困惑するような声が周囲に響いた。
モニターに映る凛音ちゃんことヴェルチェラ・メリシスとレイネさん。
二人は何故か空中に浮かんでいて、凛音ちゃんに至っては寝転ぶように横になったまま頬杖をついてふよふよと上下左右に動き、そんな凛音ちゃんの横に立っているかのような位置でレイネさんが追従して動いているのだ。
「……浮いてる……」
「なんかもう、あの二人ならなんでもアリに思えてきた」
「わかる」
「それな」
「いっそこれ、全部魔法だろ? 知ってた知ってた」
いや、それ正解だから。
というか凛音ちゃんもレイネさんも、魔法についてはいずれは広めるつもりとか言っていたから、こういうところから毒していくつもりなのかしら。
……あ、こーれマズいのでは????
「で、滝さん? あれって何?」
「魔法でしょ」
「知ってるんですよねー? ほら、キリキリ吐けー」
「もう認めちまってくだせぇ。ネタは上がってやすぜ」
「小悪党風のクセに裁く側っぽいのは草」
ですよねー!
そりゃ姪っ子って言ってからこんなもの見せられたら、私に質問来るよねー!
これがあったから凛音ちゃんも「言ってもいいけど大丈夫?」なんて心配してたのね……!
はい、魔法なんてものを隠し通す地力があるとか勘違いでした。
さすがに魔法というか、超常現象を誤魔化すのはせいぜいCGとか合成とか言えばどうにでもなるけど、ウチのスタッフ、もう新技術が〝現実にあるものに映像を被せている〟というのを知ってるから、そんな言い訳できないんだけど……!?
……こうなったら巻き込んじゃおうかしら。
「……実はね、みんな。ヴェルチェラ・メリシスさんは魔法が使えるの」
「はいはい、知ってた」
「ぶっちゃけ、そうとしか思えなかったです」
「やっぱりね」
「やっぱ魔法ってあったんだなーって」
ねえ、待って?
これ信じたようでみんな揃って「コイツ適当なこと言ってんな」みたいな反応してくるわけ?
私悪くなくない??
「――オープニング入りましたー!」
なんとなく腑に落ちないものを抱きながらも、それでも時間は進んでいく。
12月23日、12時。
枠が開かれてオープニング映像が流れ始め、ついに本番が始まろうとしていた。




