魔法への姿勢
自分自身の進路を選ぶ。
大学もそうだし、今後の自分の在り方というものもそう。
そういった諸々を決めて、将来に向けての自分のビジョンがようやく明確になったというか、定まったというか。
おかげでなんとなくスッキリした気分で、私は終業式の日を迎えていた。
「なんかさー、一年ってすっごい長いようで、めちゃくちゃ短いような感じだよねー」
「それなー」
校門でばったり出会ったトモとユイカの二人と、そんな話をしながら昇降口へと向かって歩いていると、ユイカが思い出したように私を見た。
「そいやさー、リンネが今みたいに自分の見た目を隠さなくなったの、今年の初めっからだったくない?」
「うん、そうだね」
「よくよく考えれば、バレンタインにあの東條の一件があったり、アレ教えてもらったり、なんかすっごい一年だったわ……」
「ほんとそれ。なんていうか常識が壊れるって感じだったし」
いや、まあ確かにトモとユイカの常識は私が魔法を教えた時点で壊れたかもしれないね。
というか私も前世を思い出して常識が壊れたというか、まあ色々あったのは間違いないけどね。
「てかさー、一年が終わったなって感じするのに春まで学年上がらないって変じゃね?」
「それ毎年思う」
「ねー。年末だとか年越しなんて言うのに終わってない感あるくない?」
「あるわー」
一瞬で話が飛ぶのも相変わらずというか、もうさすがに慣れてきたよ。
トモとユイカってこういう会話が普通に続くからね。
外履きの靴から上履きに履き替えて教室へと向かって歩き出してしばらく。
ちょうど私たちが階段を登っていると、前方に見慣れた後ろ姿を見つけてトモとユイカが声をかけた。
「あ、このみんおっはー」
「おはおはー」
「おはよう、3人揃っていたのね」
「だいたい登校時間ウチら一緒だねー」
「たまによく会うね」
「どっちよ、それ。というか、トモとユイカは家から一緒に来てるから分かるけれど、リンネもよく朝から一緒にいるわよね」
「たまによくここで会うよ」
「ユイカの真似しなくていいわよ」
私も朝早くから登校しようってタイプじゃない。
電車登校でいつも同じ時間の電車に乗ってるらしいトモとユイカは、だいたい毎日同じぐらいの時間に登校しているし、そうなるとお互いだいたいこうして校門あたりで会うことが多かったりする。
「むしろこのみん、だいたいいつも早いのに今日は遅めじゃね?」
「……冬だからよ」
「え、何それ?」
「どゆこと?」
「ほら、部屋が寒くて布団が気持ち良すぎると、ついね。起きたくなくてダラついちゃうのよね」
「わかる」
「ほんそれ。朝マジ布団が神」
「ユイカと家離れてたりしたら冬は気温次第で遅刻かサボりが絶対多かった」
少し恥ずかしそうに告白したこのみんだったけれど、そんなこのみんに返ってきたトモとユイカの反応は思いっきり同意するようなもので、ちょっとだけほっとしているこのみんが可愛い。
そんなこのみんを見て和んでいたら、私の視線に気が付いたらしいこのみんがむっと私を見上げてきた。
「リンネはどうなの?」
「……フ、キミたちのような不慣れな存在とは違うのだよ。私には常にコレがある」
そう言いながら自分の肌に触れるか触れないかといったところで撫でるような素振りをしてみせれば、トモとユイカ、それにこのみんの顔つきが変わった。
「……ま、まさかリンネ……」
「起きてすぐに、それを……?」
「いいや、違うよ。――眠っている時も、だよ」
「――ッ、なん、だって……!?」
「そんなことが、可能だと言うの……!?」
「…………あなたたち、いきなりそのノリやめなさいよ。周りにすっごい見られてるわよ」
「いや、ごめんて」
クラスの中じゃ見慣れたもの扱いされているのかスルーされるけれど、廊下で始まった寸劇は妙に注目を集めてしまったらしい。
いや、反省反省。
まあ実際、私の場合――というかレイネもそうだけど、寝てる間も基本的に魔力障壁を纏ったまま寝てるから、別に寒さとか暑さとかはあんまりないんだよね。
「で、リンネ。それどうやるのか教えてくんない?」
「一回試したけど、逆に集中して寝れなかったんだよねー」
「私もそうだったわね」
「うーん。正直言うとこればっかりは慣れというか、日常的に無意識に張り続けられるようなレベルにならないと難しいかも」
「あー……、さすがにそれウチら無理くない? 意識してないとできないもん」
「あーね。ちょっと気ぃ抜いたら解けちゃうヤツ」
「私もね」
さすがに寝ている間もずっと魔力障壁を展開し続けるのはトモやユイカ、それにこのみんには難しいらしい。
実はこれ、魔族として生まれたなら物心ついた頃にはできるようになっている、当たり前の技術なんだよね。
もともと魔界ってお世辞にも過ごしやすい環境ではないし、そういう風に魔力障壁使って環境に耐えられないとそもそも生きていけないんだよね。
「んー、基本的には張りっぱなしにしながら何かをする癖をつけるしかないんじゃないかな。たとえば、3人とも家で夏だったら冷房とか除湿とかつけたり、冬に暖房とかストーブつけて適温になったら解いてたりしない?」
「あー……解いちゃうね」
「うん」
「そうね。割と使いっぱなしで神経使っているから」
「そういうところだね。そういう時も常に張りっぱなしにして、無意識に張り続けていればできるようになると思うよ」
「そっかー。じゃあちょっと今日から早速やろうかなぁ」
「今日は終業式だけだし、ずっとやり続ける感じで良さげ?」
「それな」
「意識してみましょうか……。朝起きれないのは致命的だわ」
こんな会話ができるぐらいには、トモとユイカ、このみんにも魔法というものがだいぶ浸透したんだなぁ、なんて思う。
最初の頃はずいぶんと魔法に驚いて目を輝かせていたのに、今じゃ当たり前のものって感じで受け入れてるし。
これからは特に新技術を通して世界に魔法を広めていくんだし、みんなトモやユイカ、このみんみたいに素直に受け入れてくれればいいんだけど……まあ、難しいんだろうなぁ。
魔法は力だから、どういう風に利用するかは人によって異なる。
魔法を使って、今よりもより快適に暮らすだけの人だってもちろんいるだろう。
でも、力を使って悪事を働く人もいるだろうから。
ただまあ、正直に言えばそれはそれ。
個々人の考え方、魔法の利用方法については特に厳しいことは言わない。
もう止まる気はないし、迷いもない。
もしも、魔法という力が結果として何か大惨事を引き起こすとしても、それは引き起こした者の選択であって結果だ。
すでに私の手を離れたところにまで責任を取ろうなんて思うほど、私は優しくない。
――まあ、もしも酷すぎる真似をする国とかが出ようものなら、こちらも力を示すけど。
そんな事を改めて考えつつ、私はトモとユイカ、それにこのみんと一緒に教室に足を踏み入れた。




