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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
最終章 集大成
179/201

Vtuberとアイドル




 イベントまで残り3日。

 平日はジェムプロ、クロクロがそれぞれに最終リハに追われていて、スタジオは余裕があったはずなのに、この数日は常にフル稼働状態が続いている。


 振り付け確認もしっかりとできているし、それぞれの動きも完璧に仕上がってきていたらしいのだけれど、クオリティを最高のものにしようというタレント陣からの声が強いそうだ。

 結果、みんな自分でスケジュールを捻出して自主的に集まり、ダンスの一部修正だったりを行っている、とユズ姉さんから聞いたので、空いているスタジオとカメラの使用許可を与えている。


 私はこの日、レイネと共に一期生の3人を連れて、ジェムプロとクロクロの最終リハを見学しにやって来ていた。


「タンタン、ン、ン、タン……んー、リズムびみょい?」


「あ、だったら、タンタン、ン、ンタン、で腕をこうした方が良くない?」


「あー! それいい! 衣装もその方が綺麗に広がるかも」


「おけおけ、カメラ確認やろ! マネちゃーん、カメラおねー!」


 ダンスの振り付けに修正を入れているのは、ジェムプロのメンバーたちだった。

 真剣な表情で話し合い、おそらく振付師の人と思しきスタイルのいい女性と話し合いながら、身振りを交えてやり取りしている。


 クロクロはダンスとかにはあまり力を入れていない。

 生誕ライブみたいなイベントよりも、誕生日企画とかそういう系になりがちだけれど、その企画はどれも盛り上がるし、何より視聴者を楽しませる事に長けている。


 一方、アイドル路線をメインとしているジェムプロはダンス、ボーカルトレーニングなんかに凄まじく力を入れているグループだ。

 プロの振付師相手に真っ向からぶつかって意見交換しつつ、より良いものを生み出そうとしているその表情はプロフェッショナルそのものだね。


 そしてそれは、何もタレントだけの話ではない。


 冬本番の寒さがやってきているというのに、スタジオに入った瞬間、熱気とも言えるようなものが感じられた。


 タレント陣だけじゃなく、マネージャーさん、スタッフさんも身動きが取りやすいジャージとかを着ていて、小走りに駆け回りながらコミュニケーションを取ったり、スマホで喋りながら駆けていったり、みんながみんな本気でこのイベントに取り組んでいるのだということがよく分かる。


 かと言って、ただ慌ただしい、忙しいというだけではない。

 誰もが楽しそうというか、湧き上がってくる熱に身体を突き動かされてしまっているような、そんな表情をしているのだ。


 その熱気、あるいは熱意の波を前に、私が連れてきた【Pioneer】の面々の足が止まる。


 唖然とした表情を浮かべた薫子(ルチア)さんと結愛(ノア)ちゃんの反応は予想通りと言えば予想通りのものだった。


 彼女たちは元々Vtuberというジャンルにあまり詳しくなかった人種だ。

 もっとも、薫子さんの場合はたまに配信での絡みでVtuberとゲームでコラボをする、みたいな企画もあったから、全く知らないという訳ではないだろうけれども。


 まあ、薫子さんの事情はともかくとして。


 Vtuber視聴者の中でも表面的なものだけを見て、「簡単で楽そうな仕事。それで稼げるなら自分もゲームは好きだしやりたい」なんて単純に考える人は一定数いる。


 面白ければバズって有名になる。

 運良くそうなったり、あるいは売れている箱――事務所――に所属したおかげで人気が出ているんだから、自分だってそこに入れれば人気が得られる、みたいにね。


 でも、それは大間違いだ。


 たとえばバズって人気が出たとして、その人気が続くとは限らない。

 そもそも面白くもなく、光るものもなかったのでは、バズりすらしないだろう。


 ましてやインターネットという匿名性の高い環境であれば、注目を浴びた分だけ、心無い言葉を吐いてくるような人間の目にもつく。

 そういう存在は一定数いるし、そういう言葉をぶつけられて心を病んでいってしまうこともよくあること。


 私の場合は魔法という存在があったり、レイネという存在がいてくれているからどうとでもできるけれど、普通の人間にとってみれば、その多くはどうにもできないものが多い。


 そういう言葉を吐いても本人は「自分が思ったことをネット上で呟いただけ」というレベルであったり。

 明らかに攻撃的で、自分を示唆したような文言であったとしても、違法性がないから開示請求対象にすらできない、とか。

 そもそも開示請求対象であっても手続きや手間を考えると、我慢していた方が手間もかからないし大事に至らなくて済むからと呑み込む、なんてこともある。


 そういうものに耐えて、時には呑み込んで。

 それでも自分の思い描く夢に向かっていくだけの熱量と、想いが必要な職業だ。


 ジェムプロであれば、視聴者やファンのために、これだけの規模で多くの人々が裏で動き、時にはぶつかり合いながら研鑽して、完成したものを届けようと必死に努力している。

 その完成したものを表面的に見て、感動してくれるファン、楽しんでくれるファンとは裏腹に、評論家ぶって内容を評するような文言もまた溢れる。


 それでも折れず、真っ直ぐ進んでいる。

 視聴者の見えないところ、見せないところでの努力や苦しみ、悲しみや挫折といったものを呑み込んで、立ち上がり続ける。


 その在り方は、まさにアイドルと呼ぶに相応しくて。


「……あはっ」


 身震い、あるいは武者震いのようなものかな。

 僅かにぶるりと身体を震わせてから、込み上がってくる熱を笑みと共に吐き出したような声を漏らしたのは、元アイドルグループの一人、玲愛(リリシア)ちゃんだ。


 彼女には理解できたんだろうね。

 かつての自分と同じものを持っている人達が目の前にいるのだということに。


 だから、笑みという威嚇を纏って、そんな人達と自分がこれから共に同じステージに立つのだと改めて理解して、笑うように吐き出した。

 ギラギラとした目をして、闘争心を剥き出しにしていることにも、本人は一切気が付いていないみたいだけれど。


「……玲愛ちゃん。もうちょっと抑えてね」


「えっ? あー……、す、すみません、つい……」


 私が声をかけてようやく我に返ったらしい玲愛ちゃんは、ようやくその闘争心を内側に収めてくれた。

 もっとも、まだまだ漂ってはいるけれど、まあ表面的にでも少しは隠してくれるなら問題はない。


「ふぅー……。すごい、ですね……。これがジェムプロ……」


「数多くのライブイベントを成功させてきた、業界最大手のVtuber事務所ですからね。こちらのスタッフも今回のイベント準備、動きなどは勉強させてもらっています。リリシアさんのライブにも活かせるところは多いでしょう」


「え?」


 レイネから告げられた言葉に目を丸くする玲愛ちゃんに、つい思わず笑いが込み上がる。


「ウチで一番歌が上手くて踊れるのは玲愛ちゃんだからね。当然、今後はジェムプロに負けないパフォーマンスを私はあなたに期待している。できる?」


「……っ、やります!」


「分かった。なら、どういう人材が欲しいか、どういう仲間が欲しいかを専属マネと話し合って、まとめておいて。薫子さんはゲーム、結愛ちゃんは、自分にとってどういう人材が仲間にいてほしいかをそれぞれにまとめるように。二期生からはそれぞれの強みを活かした、独自のチーム作りを検討しているから」


「えぇ……!?」


「……ふふ、いいんですかぁ?」


「構わないよ。あなたたちは〝開拓者〟だからね。自分の道、自分の理想を突き詰めてみて。私たちは会社としてそれをサポートするから」


 二期生以降のコンセプトは、そういう形を意識している。

 要するに、一期生である彼女たちのコンセプトに応じられるポテンシャルを持つであろう人材の発掘だ。


「やりたい事が決まっていない、という意味では、この中で一番迷うのは結愛ちゃんだろうけれど、そこは急かすつもりはないからね。自分のやりたいこと、本当に好きなものを見つけるまで、結愛ちゃんはゆっくりでいいよ」


「……あの」


「ん?」


「どうして、そこまでしてくれるんですか……?」


 結愛ちゃんの疑問は玲愛ちゃん、薫子さんにとっても同様だったのか、二人もまた真剣な表情を浮かべたままこちらを見つめてきた。


 そんな3人の様子を見てからちらりとレイネを見れば、何故かレイネは自信満々といった様子で小さく頷いてきた。

 私らしく、ありのままに答えてくれればいい、という意味みたいだ。


 一呼吸してから、私は改めて3人を見つめて口を開いた。


「私にとっての最高の3人だからこそ、あなたたちが突き詰めて進んだ先、あなたたちの創り出す世界を見てみたいと、そう思ったからだよ」


 目を丸くして固まった3人の表情に、思わずくつくつと笑ってしまう。


「私は確かにVtuberとして活動を開始した。でも、正直に言ってしまえば、私自身がどうしてもVtuberになりたかったとか、どうしても叶えたい夢があったかと言うと、本当はそういうものがあった訳じゃないの。強いて挙げたとしても、もうそれは叶った、とも言える」


 始まりはユズ姉さんとお母さん。

 私がVtuberを始めたきっかけは、あの二人だった。

 それでも新しい世界に飛び込んで、窮屈に自分を隠して過ごすような生活から解放されたくて、私はその提案に乗ったのだ。


 そうして流されるまま準備をして、そして前世の自分を思い出した。

 結果として私は、レイネという前世からの長い付き合いである大事な存在を見つけられた。


 ある意味、私にとってのVtuberとなる理由や夢――なりたい自分で、自由に振る舞いたいというそれは、とっくのとうに叶ってしまっている。


 そう考えると、私がVtuberと活動して何かをしたい、何かを為したいかと言うと、正直に言えば今のところはかなり曖昧だ。

 魔法を広げて、さらに自分にとって都合の良い、暮らしやすい生活を手に入れたいというのはあるけれど、その下地作りという意味ではレイネのおかげで整いつつある。


「だから、私は今後、会社の広告塔のような役割に落ち着きつつ、私が選んだ最高の3人をサポートする側に回ろうと思っている。私からはあなたたちに、どういうことをやってほしい、とは強制も強要もしない。もちろん、助言を求められれば助言ぐらいはするし相談にも乗るけれど、基本的にあなたたちがなりたい自分になる為の場の整備、必要な準備しか行わない。その代わり、見せてほしい。あなたたちが何者になるのかを」


「……っ」


「……それは、また……」


「ひぇ……」


 3人の反応はそれぞれに異なっていた。


 玲愛ちゃんはぶるりと震えて歓喜に頬を緩めつつも、己の思い描いた未来に想いを馳せているのか、わくわくとした様子。


 薫子さんは冷静で、驚いたようにも見えるけれど……その裏で何かに火が点いたことが見て取れるぐらい、獰猛に口角をあげている。


 結愛ちゃんは情けない声を漏らしてプレッシャーを感じているようだけれど、その拳が小さく、力強く握られている。

 決して心から逃げようとはしていないあたり、やはり根っこの部分で強い子だ。


「くくっ、期待している。採算なんて最初から取らなくていい。むしろ、最初にしっかりと準備をするように」


 こちらも微笑んで告げてみれば、何故か3人は少々引き攣った笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 …………え、なんで?





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