自宅でお仕事
「――凛音お嬢様、スタジオの件ですが、本日竣工いたしました」
「そっか、報告ありがとう」
学校から帰って、レイネの報告を受ける。
最近は学校から戻るなりこうして会社の動きについて報告してもらうのが日常と化していて、なんだか自宅の私室が執務室みたいになってきた。
うーん、そろそろ魔王城に執務室を作って、家では仕事の話をしないとか、そういう体制を作ろうかな。
まあ、おいおい考えよう。
さて、ここ最近は完成した元倉庫スタジオを順にジェムプロ、クロクロのイベントのためにフル稼働させて、改装が完了したものから順次開放して使えるスタジオを増やしてきた。
さすがに全部のスタジオを動かせれば常に全部のグループで稼働しても余裕はあるのだけれど、さすが業界最大手の2社だけあって、タレントの数は非常に多い。
とは言え、それらの全員が全員小分けにしてスタジオを利用するかと言うと、そうでもない。
というか、イベントが控えている事もあって、両社ともスケジュール調整はしっかりできているみたいだから、大量にスタジオを使うような日はそう多くもないのだ。
おかげでイベントと工事を並行していく事が充分にできた。
「予定通り、イベント完了と同時に一般公開には進めそうだね」
「はい、滞り無く。すでにホームページの予約システムの準備も進めており、イベントまでにはそちらも完成します。一般公開と同時にネット予約受付も公開できるでしょう。また、〝新技術〟の一般レンタルについても同時に開始いたします」
「あ、そうだったね。あぁ、撮影用の魔道具――〝新技術〟カメラはスタジオでも貸与するんだったよね?」
「はい。設置型のカメラ以外に、スタッフの手持ち用レンタルカメラはすでに用意できております。ちなみに、盗難防止用にセキュリティシステムと共に、盗難防止用の魔法を仕掛けてあります」
「さすが。それなら人間には突破できないだろうね」
「はい」
魔道具カメラのレンタルについては、個人情報をしっかりと登録してもらうという形を採用するつもりだけれど、スタジオのレンタルについては割とその辺りは簡単なもの――一般的なスタジオのレンタルと似たようなレベルの身分確認などに留めている。
「でもさ、そこまでする必要あるの? スタジオを使う相手は個人事業主なら身分証明書を提示してもらうし、法人なら信頼もできるよね。下手な真似とかしないんじゃない?」
「個人事業主なら身分証明書なので良いのですが、警戒しているのはむしろ法人の方です」
「え、法人?」
「はい。法人だからと信用できるとは限りません。特に〝潰し〟の効く形だけ、登記だけで実態のない会社なんかを使われてしまう可能性も考えると、安易に法人だからと信用する訳にはまいりません。スタッフに盗まれ、追いかける頃には倒産処理をされている、なんて事になれば、追いかけるにも時間がかかります。その間に分解し、解析。または売られてしまうと足取りも追えなくなるなどが考えられますから」
「まあ、分解とか売られるとか分かるけど、法人でそんな下手な真似するの? 問題が大きくなるのは分かると思うんだけど」
せっかく会社を起ち上げたのに、そんないちいち潰すような真似をするなんて勿体ないと思うんだけど。
それに会社を起ち上げるのって結構お金もかかったり、色々とやる事も多かったり大変だと思うし。
「税逃れや経費の逃がし先として複数の会社を起ち上げる企業は、それなりにいるのです。そういった会社は登録情報だけ見れば確かに存在していますが、いつ潰してしまっても痛手にはなりません。そういう会社を使われる可能性がありますから」
「あぁ、そういう……」
「はい。そういった会社が使われる事を考えれば、法人だからといって信頼できるとは限らないのです。かといって、必要以上に会社の情報を知ろうとするとなると他のお客様方に迷惑がかかります。であれば、常人には突破できないセキュリティを組む方が何かと都合が良いと判断しました」
レイネからの話を聞いて、思わず頬杖をついてため息を吐き出した。
「なんというか……ずいぶんと管理された社会だというのに、そういう逃げ道とかを作るあたり、どの世界も似たようなもんだね」
「それをしなければならない程に税が重いというのが問題の一端でもあるかとは思いますが。そもそも国民が税をそこまで支払わなければならない程、不便な世の中ではないと思いますし。もっとも、どこまで下げてもこのような存在は湧いて出てくるものですね」
「変わらないものだね、私たちのいた世界も、この世界のこの国も。ただまあ、私たちは税金なんて本当に最低限しか取らなかったけどね。平和だったし」
税というのは、国民の暮らしを守るとは限らない。
あまりにも緩めすぎれば国は立ち行かなくなり、取りすぎれば民が飢える。
そのバランスは国が平和であればある程にかえって難しくなるものだけれど、普通、平時には税は下がるものだし、民の暮らしをある程度は豊かにしなければ、かえって国が貧しくなる。
故に、平和であればある程に貴族は貧しくなりやすく、戦争が起これば潤沢な金が舞い込んでくるという、額面だけを見て喜び、戦争をしたがるなんていう馬鹿もいた。
戦争というのは、憎悪、あるいは国の利権を求めるだけでは起こり得ない。
その裏側で私腹を肥やしたい者が、あるいはその流れを利用して名を売りたい者が、それらを大義名分として掲げ、背中を押したがる。
欲望とは坂道を転げ落ちる雪玉のように、様々な思惑に膨らみ、大きくなり、勢いを増すものだ。それこそ、理性的な判断すらも見失ってしまう程に。
そんな者たちに、他人の不幸なんてものが見えるはずもない。
我欲に目が眩んだ存在にとって、他人とは文字通り他人だ。
その者がどうなろうが、飢えて死のうが、苦しんで這いずり回ろうが、そんな事はどうでも良くなる。
ただ己が得られるものだけに目を向けて、転がり続けるだけ。
そうして引き起こされた戦争で苦しむのは、兵として参加した国民と、なんの利益も得られないのに国のためになんていう理由で家族を送り出す事になる国民だ。
そんなことも理解しない、考えようとしないのだから。
「……陛下、魔力が漏れ出しております」
「……あぁ――」
レイネが私をその呼び方で呼んだのは、私が国というものを思い出し、前世の感覚で怒りを覚えた事を察したから、かな。
ふうっと深くため息を吐いて気持ちを切り替える。
私は、『ヴェルチェラ・メリシスとしての記憶を持つ、滝 凛音』だ。
決して『滝 凛音という人間に転生したヴェルチェラ・メリシス』ではない。
字面にすればあまり変わりはないかもしれないけれど、これは私にとっての拘りであり、矜持とも言える。
「――ごめん、もう大丈夫だよ。ついつい思考が飛躍したみたい」
「政治に関わってしまうと、以前の記憶が強く出てしまうようですね」
「ん、まあね。どうしたって強く思い出すよ。王として生きた時間が前世の半分以上を占めているぐらいだし、今生の生活に関係のない分野だったから。そういう分野の記憶の引き出しは前世にしかないもの。そのせいかな」
私、ただのJKぞ?
というか高校生っていう年齢で政治どうの税金どうのなんて、授業の一部で学ぶぐらいでしかないんだもの。
今生で学んだ知識の中だけで考えたって、持っている知識なんてほんの一部でしかないよ。
「もしも思い出したくないのであれば、国や政治に関係するようなものは私が――」
「――いいや、それはダメだよ。何せ私は社長様だからね。確かに任せられるのは助かるしありがたいけれど、分かってて任せるのと知らないまま丸投げするのじゃ全然違うから。ちょっとずつ学んでいくよ」
「承知いたしました。では、手始めに税関連の参考書類をご準備させていただき、みっちりと勉強していただきます」
「……めんどくさ」
「凛音お嬢様?」
「あはは、半分冗談だよ。半分本気で面倒臭いなとは思うけどさ」
だって、税金以外にも税金と同じような内容のものを、手を変え品を変えって感じで大量に存在しているんだもの。
もっとシンプルなものにすればいいのに、細分化してあれもこれもって後付けしていて無駄に分かりにくいし。
どうせそうやって細分化していれば目につきにくい、バレにくいっていう魂胆なんだろうけどさ。
口を尖らせる私を見て、レイネが苦笑を浮かべた。
「こちらも冗談半分でございますので、ご安心を」
「へ?」
「基本的に税については全てを網羅していただく必要はございませんので。必要なものは私がまとめ、覚えておけば良いものをピックアップしてお渡しいたします。専門家も契約していますので、基本的に凛音お嬢様が積極的に対応する事もないでしょうから」
「あー、まあそうだよね。ん、ありがと」
くすくすと笑うレイネに渡された紅茶を口にして、気持ちを切り替える。
「それで、【Pioneer】のメンバーたちはどう?」
「はい。唐突に参加を申し付けられて戸惑ってはいましたが、ダンスレッスン、ボーカルトレーニングに精を出していますね。リリシアさんについては言うことなしと太鼓判を押されています。ただ……」
「あとの二人については、まあしょうがないよ。本番で歌って踊るのは基本的にリリシアちゃんだけで、あとの二人はどっちかと言うと司会進行役でしょ?」
「はい。ですがボーカルトレーニングはそういった司会進行にも役立ちますし、ダンスも体型の維持、リズム感を育てるという意味では有用ですので、ルチアさんとノアさんは気長に育てていく、という形になります」
「うん、それでいいよ」
「承知いたしました。もっとも、どうやらルチアさんもノアさんもリリシアさんのおかげで、想定以上にやる気はあるようです」
「意外だね。そうなんだ?」
ルチアさんは元々プロゲーマーだっただけで、ダンスとか歌とかはあまり興味がない感じだと思ったけどなぁ。
ノアちゃんに至っては、まずは緊張せずに喋れるぐらいになってくれないと、歌とか無理そうだし、引っ込み思案だからあまり乗り気じゃないと思っていたもの。
「どうやら、ルチアさんもノアさんも、リリシアさんに触発されたようです」
「触発?」
「はい。彼女の圧倒的な歌声に、惹かれ、憧れたというべきでしょうか。ですが自発的に申し出る事はできないものの、レッスンを受けられる事になって喜んでおりました」
「……まあ、分からなくはないかな。リリシアちゃんの歌声は、凄い、としか言えないし」
「はい。一方で、ルチアさんのゲームの腕前にリリシアさんやノアさんが触発されてゲーム練習をしたり、という具合に、互いにとっていい刺激になっているようです」
「そっか……。ノアちゃんは大丈夫? 自分だけそんな特技がないって気にしていたから、気にしてたりしない?」
リリシアちゃんの歌、ルチアさんのゲーム。
それらが刺激になっているというのは喜ばしい事だし、気後れせずに挑戦するというのは私としても望むところではある。
でも、ノアちゃんは唯一、そういう他人に誇れる分かりやすい特徴のようなものは、あまりなかったはず。
自分だけ疎外感を覚えてしまったりしていないか心配。
けれど、私のそんな質問に、レイネは一瞬きょとんとした表情を浮かべてから、くすくすと笑ってみせて、タブレット端末を操作して私に寄越した。
何事かと思って見てみると……――あぁ、なるほどね。
「ノアちゃんがトップなんだね」
「はい。確かに最初こそ、特色の分かりやすいリリシアさんとルチアさんのチャンネル登録者数が跳ね上がり、ノアさんは控えめというところでしたが……彼女はそのキャラクター性と、長時間配信を苦にしない事からじわじわと伸び続け、今では3人の中でもトップのチャンネル登録者数を誇っています。さすが、陛下から〝Vtuberの才能〟の持ち主だと言わしめただけの事はあります」
「……それは私を持ち上げ過ぎだよ。でも、そっか。頑張ってるんだね」
「はい。彼女たちも一生懸命やってくれています」
アナリティクスを見て、その動きをさらに比較にしたグラフを見せてもらって、ついつい頬が緩む。
よし、私も頑張らなきゃね。




