文化祭の終わりと
「おっ、リンネー! こっちこっち!」
神楽先輩との話し合いを終えて戻っていくと、人混みの向こう側から手を振るユイカが見えて、私とレイネはそっちに向かう。
……なんで私を見て、他の生徒たちは素直に道を開けるんだろうか。
しかもレイネはそれが当然と言わんばかりに少し自慢げだし。
私、ただのJKぞ?
魔王だった頃とは違うけど?
コスプレしてるし目立ってなんぼって感じだから、いつもに比べて認識阻害を弱めているのは確かだけれど、そこまでの反応はしなくても良くない?
「いやぁ、さすがリンネ。軍服王子様系になって見事に周りから触れちゃいけない扱いされとるね」
「え、そういうこと?」
「なに、気が付いてなかったの? 元々リンネは高嶺の花みたいな扱い受けてるし、そんなリンネが軍服で王子様系になっているんだもの。そりゃあんな風になるわよ」
「このみん、何を当たり前のことを、みたいな顔して」
「当たり前だが??」
「それな?」
「気が付いてないのはリンネだけよ」
「凛音お嬢様ですから。民衆が畏れ敬い、道を開けるのは至極当然のことかと」
解せぬ。
何故にみんなして呆れたような顔を向けるのか。
そもそも私、別にそういう扱いを求めた覚えはないし。
というか、それを言ったら目立つのは一部レイネのせいでもあるでしょ。
メイド服着こなしてしっかり付き添ってるんだから。
自分を棚に上げて私の威光がどうのみたいに言わないでよ。
「それでそれで、どうだった?」
「あー、まあ前向きに検討するみたいだよ」
トモが訊ねてきたのは、神楽先輩の件だ。
一応、トモたちにも神楽先輩が先天的に魔力――というか、特殊な力を持っているだろう事を話し、その上で彼女に提案してくると告げての行動だったため、気になっていたんだろう。
もっとも、相手は芸能人としてもメディアに露出している先輩だ。
そんな彼女の名前を出して接触や繋がりをアピールしたがるような人もいるらしい。
虎の威を借る狐、というヤツかな。
ともあれ、私たちはそんな真似をするつもりもないし、周囲はなんかこちらに注目しているし、一応濁しておいた、という感じかな。
なので私も濁して答えておいた。
細かく聞きたいみたいなんだけど、なんか私たち目立ってるしね……。
「さすがにこの衣装だと注目されるわね」
「移動しておこ」
「んだねー」
3人と一緒になってレイネを連れて動き出し、曲がり角を曲がった瞬間を狙って一時的に認識阻害を強める。
軍服のトモとユイカと私、和メイドに仕上がっているこのみん、西洋系のクラシックなメイド服を着こなすレイネという謎の組み合わせは、まあやっぱり目立つだろうしね。
ともあれ、一度注目を集めてしまって動きにくくなっても面倒なので、一旦私たちは教室へと戻る事にした。
◆
「――……さすがに疲れたわ」
「だろうね。マジでお疲れ、このみん」
「ホント。まさかあんな売り切れが続出するとは」
文化祭は、結局慌ただしく終了を迎えた。
実際、ミスコンとかバンド演奏とか色々やってたみたいだけれど、あの初日の観劇以降、私はVtuberの仕事、トモとユイカはそれぞれに自分たちの仕事もあって、2日目は不参加とさせてもらった。
まあ、そのせいで色々大変だったみたいだけどね。
私たち目当てで来た生徒とかいたみたいで。
ともあれ、地域のお店とのコラボという事もあって、しっかりと目的通りの効果も得られたし、商店街側でも若い層の取り込みについては意欲的らしく、そっちはそっちで文化祭の後続イベントと称して若い客層向けのイベントを大々的にやるのだそうだ。
たかが高校の文化祭でしかないのに、そこまでの効果を生み出し、文化祭だけの盛り上がりで終わらせずに商店街にまでその熱を波及させたこのみんの手腕は、学校の教師陣からもかなりの高評価を貰えたらしい。
まあ、周りがただのお祭りをしている中で、このみんの狙いとかクオリティは頭ひとつ飛び抜けていたレベルだったしね。
しっかりと評価されて良かった。
そんな訳で、代休の本日。
トモとユイカ、それにこのみんを連れて、私たちは魔王城へとやって来ていた。
現在、謁見の間の奥、バルコニー部分でお茶をしている最中である。
もう10月の終わり。
夏らしい陽気はすっかり鳴りを潜めたものの、もうすぐ11月だというのにまだ半袖で気持ちがいいような日もあったりと、服装に悩むこの時期ではあるけれど、魔王城は南の洋上にあって暖かい。
まあ私の場合、魔力障壁でそもそもある程度快適に過ごせているから、あまり迷わないんだけどね。
「それで、リンネー」
「ん?」
「今日は運動しよう、なんて言ってたけれど、何するん?」
「うん、ちょっと待ってね。あと一人来たら説明するから」
「あと一人?」
「うん。――あ、来たね」
魔力の揺らぎを感じてそちらに目を向ければ、無表情で先導する形で歩いてくるレイネと、何やら目を白黒させた様子でキョロキョロ周りを見回している件の待ち人――神楽先輩が謁見の間からこちらへと歩いてくるのが見えた。
「え……?」
「花宮カレン!?」
「ホンモノ!?」
予想だにしていなかったらしいトモたちの声を受けて、神楽先輩がビクっと肩を震わせて立ち止まりそうになってから、それでも構わずこちらに足を進めているレイネに気が付いて小走りで寄ってきた。
そうして私たちの前、丸テーブルを囲う空いている席にレイネに誘導されて、そのまま腰掛けた。
「いらっしゃい、神楽先輩」
「えぇっと……、ご、ご招待ありがとうございます……?」
……ん?
なんか状況を全然飲み込めてなさそうな空気なんだけど……。
「……レイネ、事前に軽く説明しておくって話じゃなかったっけ?」
「はい。この魔王城があり、そこで凛音お嬢様が待っているので、修行に適した動ける格好で準備をするように、と」
「……あー……なるほどね」
つまり、具体的な説明はしていない、というね……。
多分だけど、なんか篠宮の家の関係もあるみたいだし、私の友人という枠に入っている訳じゃないから、レイネ的にはいちいち噛み砕いて説明してあげなくちゃいけない、という認識がないんだろうね……。
こういうところ、レイネの悪癖かもなぁ。
まあ私は困らないけれども。
「ごめんね、神楽先輩。いきなりこんな所に連れて来られてビックリしたでしょ」
「え、えぇと、そう、ですね……。あっ、いえっ! 別に責めてる訳じゃないですからっ、はいっ!」
「え、いや、気にしなくて大丈夫だよ。とりあえず、紅茶でもどうぞ」
「えっ、いつの間に!? あ、あああ、ありがとうございます……!」
「ウケる」
「天下の花宮カレンがたじたじじゃん」
「……むしろ私は、こうなるのも無理はないと思うけれど……」
トモとユイカは笑いながら状況を見守っていたけれど、このみんからは憐憫というか同情というか、なんだか可哀想なモノを見るような目を向けられている。
ともあれ、そんな状況を改善して、今後のためにも認識をすり合わせるために私の正体――Vtuberのヴェルチェラ・メリシスであるという事や、この魔王城が出来た経緯と魔法の存在、その魔法をトモ達も学んでいること等を説明していく。
目を白黒させてこそいたものの、しかし元々神秘に携わっていた家の人間であるおかげもあってか、割とすんなりと魔法という存在にも納得した――というより呑み込んだ――らしい神楽先輩が落ち着いたところで、以前配信で使ったアニメのオープニング風映像をタブレット端末で見せる。
「これ凄すぎだよねー」
「ホント。どうやって撮影したん?」
「……まさか……」
「わー……」
トモとユイカは素直に驚いていて、神楽先輩もすっかり映像に釘付けになっている。
けれど唯一このみんだけは、徐々に顔を引き攣らせていた。
勘がいいね、このみん。
やがてアニメが終わり、タブレット端末をブラックアウトさせたところで、私は全員の視線を受けてからにっこりと微笑んだ。
「はい、という訳で、これからみんなでこのダンジョンに行きまーす」
「「は?」」
「へ?」
「はあ。やっぱり……」




