神楽魅琴の悪夢
――私の通う学校には、化け物がいる。
そんな一言だけをもしも書き出したとしたら、それは学園ミステリーだかホラーだか、なんだかそういったものを彷彿とさせるかもしれない。
けれど、私――神楽 魅琴――にとって、これは冗談でも妄想でも、なんでもない。
何せそれは、純然たる事実なのだから。
私の家は、俗に言う『歴史のある家』というヤツだ。
今時分珍しい、純和風のお屋敷。
子供の頃にはうろうろしているだけで自宅の敷地内、その庭で迷子になった、なんていう少々恥ずかしいエピソードが生まれた程の広大な庭。
塀の近くはさながら森のように背の高い木々に囲まれていて、少し昔の映画やドラマの悪の親玉が庭の池にいる鯉に餌をやる、なんていう描写があったけれど、まさにそんな池が実在していて、ご丁寧に鯉もいる。
もっとも、私にとってはそれは自分の家でしかなく。
比較するべきもの、世間一般というものを知らなかった私には、それが特別な事だとは気付いていなかった。
そんな私は、物心ついた時から、花宮カレンという子役としてカメラを向けられていた。
どうやら私は周りから愛されやすい体質なようで、そのおかげか、色々な人に気に入られて仕事を貰える機会が多かった。
そんな自分だから思わず天狗になりかけた事もなかった訳ではないけれど、幸いにもそういった性格の矯正は、割と早い機会に訪れた。
――――私の自尊心やら、肥大化しつつあった心を粉々に砕いた相手は、家の付き合いで連れて行かれたパーティー会場にいた、一人の女性だった。
烏の濡れ羽色、なんて表現が似合う、美しく長い黒髪の女性だった。
まだ小学校低学年ぐらいだった私には、中学生か、或いは高校生ぐらいのキレイなお姉さん、という印象ではあったものの、彼女は周囲に一切の興味を示そうとはせず、淡々と、あるいは渋々とこの催しに参加したであろう事が窺えて、少しだけ怖かった。
お父さんとお母さんも、その人を遠巻きに見ていた。
でもその顔は引き攣った笑みを張り付けているようで、どこかぎこちなく、いつも朗らかな両親には珍しく、あまり近寄らないように距離を取っているかのようだった。
そんな相手であるというのに――いや、そんな相手であったからこそ、だろう。
大人に愛される自分なら、あの女性もきっと一緒だ。
私に優しくしてくれるし、受け入れてくれる。
撮影現場で怖がられていた監督が、私を見てくしゃりと笑みを浮かべてくれたように。
怖いと評判の俳優さんが、私だけは膝の上に抱き上げてくれたように。
愛される私なら、両親が怖がっているような相手だってどうにかできるんだ、と。
そんな風に、侮った。
今にして思えば、天狗もいいところだ。
子供ならではの浅く、安い自尊心と、薄っぺらい打算とが確かにあった。
そんなものに突き動かされて近寄った私を――漆黒とも呼べるような双眸が、見据えた。
「……趣味の悪い愛玩人形が。安い矜持のために、私に近寄るな。すり寄るな。浅ましい人間風情が」
ぞわり、と悪寒が走った。
路傍の石を見るような目を向けて、彼女はそんな風に私を評した。
私は震えながらその場に立ち尽くし、慌ててやって来た父に抱き上げられてその場を辞した――らしい。
というのも、彼女の目と言葉が鮮烈過ぎて、その後にどうやって帰ったかなんて憶えていなかったのだ。
ともかくその日以来、私は天狗になりかけていた己を戒め、常に自分を律してきたつもりだ。
もちろん、自分の容姿が優れていることや、愛されやすい存在であるという事を頭ごなしに否定している訳じゃない。
それらを理解して、上手く利用するのはもちろんだけれど、絶対に天狗になったり、それが当たり前のものだとは思わないし、それを鼻にかけて他人を愚弄したりは絶対にしないよう心掛けている。
ただ、まあ、それでも……ね?
自分に自信を持つっていうのは、悪い事ではない訳で。
それなりの矜持というものぐらいは、しっかりと培っていたりもする。
女の子だもの、それぐらい持っていて当然だ。
あの日、あのパーティー会場で出会った女性とはあれ以来顔を合わせなかった。
なんでも、あの女性はどこぞの家の跡取りではあるけれど、その家をしっかりと掌握したかと思えば、海外に飛んでいってしまったのだとか。
その話を聞いた時、私は思わずほっとしたのを憶えている。
あの目で、あの声で告げられた言葉は、今でも私の胸の中に残っている。
できることなら、もう二度と会いたくない相手、と言えた。
そんな出来事から数年ほど経って、私はある日突然、とある力に目覚めた。
きっかけは、ドラマ撮影で泊まった旅館だ。
少し古臭い……ううん、趣のある旅館ではあったのだけれど、そこに入った時から、なんだか妙に肌寒く感じるというか、息苦しいような、そんな奇妙な感覚を覚えた。
始めは風邪かと思ったりもしたのだけれど、夜になるなりそれが強まってきて、今度は誰もいない部屋で視線を感じたり、なんだか気配を感じたり。
それらが〝人ならざるモノ〟によるものだと、私は初めて知った。
偶然近くに仕事で来ていた父が夕飯に私を誘ってくれて、そこで相談した結果、家の話と一緒に聞かせてくれたのだ。
両親の仕事がカウンセラーだと聞かされていたけれど、実はそれは表向きの話でしかなく、古くからそういうものを祓う家系であり、それを仕事としているのだということ。
子供の頃の私は、そういう力が一切感じられなくて、今まで黙っていたのだそうだ。
突然力に目覚めてしまったけれど、この力を制御し、上手く使えなければ、そこを付け入れられる可能性もあるらしい。
彼ら〝人ならざるモノ〟は、自分たちに気がつく存在を強烈に意識するらしい。
迷惑な話だけれど。
そんな事もあって、あれ以来、私は表向きは女優として、その裏では家のお仕事の見習いとして色々な修行を続けている。
――――だから、気付いてしまった。
それは今年の始め、冬休みが明けた頃。
仕事が落ち着いて学校にやってきたその日に、違和感に気が付いた。
――〝人ならざるモノ〟が、いない。
人に害を及ぼすものであれば祓うけれど、大した力も持たず、無害なモノまでは祓うことはない。
無意味に祓っていたら身体が保たない、というのも現実的なところであったし、害を齎さないモノは敵ではない、というのが我が家の教えでもあった。
だから私もそうやって過ごしてきたし、視えるのは不便だけれど、気が付かないフリをして日常を過ごしてきた。
彼らは良くも悪くも人が好きだ。
廃墟だとか心霊スポットだとかが挙げられるけれど、そういう場所は〝場〟が力を持っていて、具現化しやすいだけで、大量にいるという訳じゃない。
彼らは害を齎すかどうかはともかく、人の集まる場所にいたがる。
学校、駅、人の行き交う街中に多くいる。
けれど、学校にいたはずのそれらがさっぱり消え去っていたのだ。
一体何があった、なんて迷う必要もなかった。
――――化け物が、いた。
周囲の〝人ならざるモノ〟を簡単に消滅させる程の、力の持ち主。
おそらく本人はそんなつもりはないだろうし、もしかしたら気が付いてすらいないだろうけれど、そんな、明らかに人間離れした力の持ち主が、忽然と姿を現していたのだ。
冬休みに入る前に学校に来ていた時は、なんともなかったのに。
冬休みが終わって年が明けたら、それはそこにいた。
――滝 凛音。
化け物――いいえ、彼女の名前を調べるのは簡単だった。
美しい銀色の長い髪に、金色の瞳。
聞けば、今まではウィッグとカラコンで隠していて、それを隠すのをやめたのだとか。
その美しさと人外じみて整っている容貌に、男子は熱をあげ、女子は羨望を向けていた。
あぁ、確かに人外じみている。
彼女の持つ力は、その常に身に纏っている力は、人の身に扱えるような代物ではない程に強大なのだから。
あんな力を正面から向けられたら、私には到底耐えられない。
アレは私が関わっていい存在じゃない。
――――なのに。
「――神楽先輩、少々お時間よろしいですか?」
――――どうして避けているはずのあなたが!!
しかも、かつてのトラウマとなった黒髪の美女を引き連れて!!!!
タッグでやってくるんですかねええええぇぇぇっ!?!?!?




