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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第五章 TURNING POINT
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古い家柄





 開演のブザー。

 照明がゆっくりと落とされ、それに合わせてステージの幕が上がっていく。


 ステージ上のセットは、なかなかに凝っている。

 どこにも繋がっていないセットの螺旋階段、アンティーク調の小道具やテーブル。

 背景部分にもドアがある辺り、多分洋風のお屋敷のエントランスホール、といったところかな。


 今回の劇は、オリジナルの創作劇とのこと。

 タイトルは『正義の行方』。

 どうやら革命――いわゆる絶対王政や貴族、上級国民支配に対し、負担をかけられる形となった平民が革命を起こすようなお話を題材にしているらしい。


 ステージ上に現れた、貴族然とした衣装に身を包んだ青年。

 日本人には似つかわしくない、貴族衣装とカツラに、観客席の一部――多分青年の友人知人――から無粋に笑うような声が聞こえたけれど、周りから視線を向けられ押し黙る。


 なんというか学生らしい催しの空気感である。


 どうやら青年はこの物語の主軸となる人物のようで、若いながらに宮廷貴族として高い地位にいるらしく、執事役、メイド役の女性たちの前で宮廷貴族の華麗なる暮らしを体現し、胸を張って贅沢ぶりを語っている。

 学生の演劇とは言っても、ウチの高校は多くの芸能関係に携わる生徒もいるだけあって、その演技は仰々しくなく、それに辿々しくもない。


 なかなかにレベルが高い。

 観客もしっかりとその世界観に入り込んでいるような気がする。


「……メイドとして失格ですね。アレが主人であるならば、メイドは立ち止まらずに目線を下げて即座に立ち去るべきです」


「レイネ、これ創作だから」


 メイドに一家言あるウチのメイドに、やんわりと釘を刺しておく。

 そんなこと言い出したらキリがないからね。


 劇の背景や世界観は、2時間程度の上演時間内にまとめるためにシンプルなものになっているらしい。

 青年ら特権階級と言うべきか、支配者階級と呼ばれるような者達は贅を尽くしているそうだ。しかし、このままでは国庫が破綻しかねないというまともな意見が上がってきた。

 それに対し、自分たちの生活を変えようとはせずに「平民から搾り取れば良い。我々が贅を尽くすのは当然の権利なのだ」と言い放ってやったと、己の行いを正しいものだと疑ってもおらずに堂々と高らかに語っている。


 そんな青年が笑いながらステージ上から出ていくと、執事役の青年にスポットが当たった。


 どうやら彼は貴族らの在り方に対して怒りを覚えているようで、そんな者達にこの国を任せておけない、もう我慢の限界を迎えたと語るなり、誰かに会いに行くことを決意してステージから離れていく。


 ここで一度幕が下りて、時代背景を補足、説明するためのナレーションが入った。

 きっと幕の向こうではセットを動かして場面転換のために慌ただしく動いているのだろう。


 ナレーションを聞く限り、どうやら先程の貴族役の青年の考え方は支配者階級の者達にとっては正しい考えとして捉えられているらしい。

 そんな自分たちの考えは常に正しく、反論を叫ぶ国民たちは無知で愚かなだけ。特別な階級であり、贅を尽くしている自分たちを妬み、自分たちもその恩恵に与りたいと叫ぶだけの存在、という認識であるそうだ。


 すごいな、貴族。

 前世でもそこまでの阿呆は……まあ、たまにいたね。

 全部処刑したけど。


 再び幕が上がり、今度は多少は良い仕立てながらも派手過ぎない衣装に身を包んだ青年が現れ、似たような青年たちとテーブルを囲んで語り合う。


 彼らは商業貴族であるらしく、宮廷貴族の特権を少しでも削ぎ落とし、国の改革を進めるべきだと考えているようだ。

 とは言え、彼らは貴族とは言っても形ばかりの減免税特権と社会的な名誉を与えられるだけで、形ばかりの貴族として貴族社会では見下されているようで、実権はほぼ与えられなかった。

 そのため、改革は宮廷貴族らに毎回握り潰されてしまい、なかなか上手くいかないらしい。


「……フランス革命あたりがモチーフかしらね」


「あーね」


「マリー・アントワネットみたいなの出てくるんかな?」


「パンがないならお菓子を食べればいいじゃないってヤツ?」


「それ、別にマリー・アントワネットが言ったって訳じゃないわよ」


「えっ、それマ?」


 なんかこのみん達が盛り上がってる。

 まあこの劇の流れだと、革命は成功するだろうし、処刑される側にそこまでスポットを当てるとは思えないけどねぇ。


 ともあれ、商業貴族役の青年たちの会議は続く。

 国民の怒りがどうのとか、地方では革命の気運が高まっているとかの話も出始めているとか、このままでは国がどうとか。


 そんな中、ノック音が響き渡り、扉を開く効果音。

 そうして舞台袖から出てきた一人の少女を見て、思わず目を細める。


「――あの子だね」


「間違いないかと」


 先ほど感じた魔力の持ち主。

 探りを入れていた相手は、間違いなくあの少女だ。


「……ウチらが観に来たの、あの子なんだよね……」


「……天才子役として注目されてからというものの、今では現役の若手女優としてトップとも言われている有名な子――花宮 カレン、だったかしら」


「そそ。まあ芸名らしいけどさ。ほら、アタシ今度ちょい役でドラマ出演するって言ったじゃん? あれの主役があの子なんよ。まあ会ったことはなかったけど……」


 トモが会った事のある相手なら、とっくに魔力にも気が付いていただろうしね。


 見た目は、どちらかと言えば童顔だろう。

 ぱっちりとした目に、桜色の唇。パーツのバランスが整っていて、なるほど、確かに人気が出るのも頷ける。


 何より、魔力が垂れ流されているせいか、魔力を感知したり操ったりできない人達から見れば、彼女はやたらと存在感があるというか、こう、惹き付けられるものがある、という印象を抱く事になるだろう。


 いわゆる、カリスマ性というものにも繋がるかもしれないね。

 実際、彼女が出てきてセリフを口にする度に、惹き込まれるように観客たちの意識が集中していくのが見て取れる。


 実際、このみん達もその影響は受けているらしい。

 今はステージだけを――というより彼女だけを見つめていて、私が自分の前で軽く手を振ってみせても反応がない。

 いや、さすがに目の前で手を振れば反応はするだろうけれど。


 ちなみに彼女の役柄は、商業貴族の令嬢。

 国の在り方、宮廷貴族の排斥を急ぐべきだとしている、革命推進派といったところだろうか。

 先陣に立つ事すら厭わないつもりのようだ。


 ……あれ、ジャンヌ・ダルク的な要素も入れてたりするの?

 まあ、創作劇だしアリか。


 そんな事を考えてからちらりとレイネに目を向ければ、レイネは明らかに不愉快そうな表情を浮かべていた。


「……やはり」


「どうしたの?」


「あのゴミ屋敷――いえ、彼女の魔力ですが、どうやら古い術式のような代物が幾つも混ざり合っているようです」


「古い術式?」


「はい。意味のあるもの、ないものが多重に展開された結果、あの有り様になっているようです」


「なにそれ」


「おそらくですが、私の家と似たような家の者である可能性があります」


「……なるほど?」


 いや、レイネの家って……いわば旧華族というか、そういう?

 私にとっては「由緒ある家でお金持ち、ただしなんか色々面倒くさそうだから自分がそこに生まれたいかと訊かれればノーと言う」みたいな印象しかないんだけど。


「ん? あれ、レイネの家みたいなトコって、色んな術式を施すような習慣があるの?」


「いえ、申し訳ありません、語弊を招いてしまったようです。分かりやすく言えば、古くから続く家柄、とでも言いましょうか。その中でも特殊な部類の――おそらく、陰陽師、あるいは退魔師といった類の家系であったのではないかと」


「……ロココちゃんが前に配信で言っていた、神秘のあった家ってこと?」


「はい。おそらく、その家系の者なのでしょう。脈々と継がれた力が、世代によって弱まったり、あるいは失伝してしまった技術が歪められ、結果としてゴミ――いえ、あの少女の状態が生み出されたのではないかと思われます」


 なるほど、納得した。

 この世界の人間にしては強い魔力を持ち、けれど、私たちの前世の世界の力に比べればあまりにも弱々しい力を持った存在の正体。


 もしかして、私たちみたいな転生者がいたりするのか、なんて考えが頭を過ぎったりもしたけれど……私やレイネをこの世界に転生させた自称神は、そんな存在をいちいち認めたり助力したりなんてしそうにないしね。


 ともあれ、この世界特有の力の持ち主、そしてその家の出身者、か。


「……あの子、引き込めたりしないかな?」


「必要とあらば、篠宮の伝手を使って根回ししますが」


「うーん、それよりも直接話せる方がありがたいかな」


 家を使って退路を断ってから、というのも別に悪くはないんだけれど、そもそも本人が魔力とか家の事とかに対して自覚があるのか、どう考えているかも分からないしね。

 本人は家なんて関係なく、女優を続けたいと思っているのに、レイネの家である篠宮家から手が回ってきたせいで、家から強制的に私たちと行動する事を命じられる、とかになったら、ねぇ……。

 そんな事になってヘソを曲げられたり、いっそ敵対されたりしても逆に面倒くさい。


 とりあえず、この劇が終わったら、タイミングを見計らって接触してみよう。

 そんな事を考えながら、自国に刃を向けるタイプのジャンヌ・ダルクっぽい感じになった劇の行方を見守る事にした。






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