男女の機微
「――お待たせしましたー! 高木様3名様、こちらのお席へどうぞー!」
「すみませーん、ただいま満席となりますので、こちらにお名前を書いてお待ちくださいー!」
「ひーっ、忙しすぎるぅぅ……っ!」
クラスの女子生徒の叫び声が響き渡る、教室内。
次々とやってくるお客さん――というか、ほぼ他の学年やらクラスの生徒たちを次々に捌きつつも、開店から間もなく満席状態が続いているせいか、疲労の色が濃い。
そんな光景を眺めつつ、与えられた役割上、あまり手伝いに動く事のできない私は罪悪感でいっぱいだよ。
……まあ、こっちはこっちで忙しいんだけど。
「――王子、3卓で写メ依頼!」
「……はーい」
呼ばれて3卓へと進んでいくと、そこに座っていた女子生徒3人組がキャーキャー言いながら顔を赤くしてこちらを見つめてくる。
こちらもそんな視線やら熱を向けられ、仕事に意識を切り替えて、目を細め、口角を僅かにあげてみせつつ、気持ち声を低くするために僅かに顎を引いた。
「お待たせいたしました、お嬢様方」
「ふ、ふひっ、い、いえいえっ!」
「ちょっ、薫!? 変な笑い出て恥ずかしいからっ!」
「お、おおお、王子様感ヤバ……!」
にっこりと笑ってみせ――れていたら、いいなぁ。
いや、内心本当に苦笑というか、軽く引き攣った笑みになっているんじゃないかって不安だよ。
――――そもそもこうなったのは、つい先程のこのみんへの王子様風対応のせいだ。
あのせいでウチのクラスに王子様がいるだとか、なんかすっごい反響を生み出してしまい、クラスの生徒たちが祭りの空気に当てられて悪ノリした結果、私の王子様プレイが始まってしまったのである。
……いや、当然私も最初は断ったんだよ。
男装しているだけであって、そもそも王子様プレイなんてするつもりなかったし。
けれど、このみんや現場を見ていなかった他の女子たちに「見てみたい!」とか言われ、一回だけだと前置きして他の生徒にこのみんと同じような事をしたら、キャーキャー言われたんだよね。
で、本番開始。
最初にやってきた女子生徒二人組が、「あの王子様と写メ撮らせてください!」と大声で宣言。
それを聞いたこのみんが、私への意趣返しというか、ちょっとした腹いせのつもりで「500円でいいですよ」と回答。
そこから収拾がつかなくなってしまった。
次から次に撮影一人あたり500円、5分間枚数制限なしとかいうサービスが広まってしまい、私だけではなくトモやユイカ、男子も女子もその対象になって、手書きの看板みたいなものまで即席で作られている状況である。
このみんもさすがに悪かったと思っているのか、さっきから写メ依頼を受けた人間から目を向けられる度に、本当に申し訳なさそうに手を合わせて拝むように謝罪している。
でもまあ、みんな恨みがましい目を向けているというより、どちらかと言うと「やりやがったな」と笑いながら文句を言うような、そんなノリだけどね。
お祭りだからね。
こういうノリも悪くない、といったところなんだろう。
ただし、王子様プレイをしなきゃいけない私と、誰からも写メ依頼されない生徒を除いては、だけど。
一応ウチのクラスにもオタクっぽい感じというか、ぼっちな感じの生徒はいたりもするけれど、そういう生徒はそもそも裏方の作業しかしていないから、無駄に火傷しなくて済んでいる。
では、そういうタイプ以外に一体誰が哀愁すら漂わせるハメになっているのかと言うと、お調子者くんである。
なんていうかこう、ノリと勢いでうぇいうぇいやってる系の生徒なんだけど、知り合いや友人がクラスに来ても、「なんでお前なんかと金払って写真撮らなきゃいけねーんだよ草」みたいな反応しかされていなくて、依頼なしが続いている。
最初は「誰か俺のこと指名してよー」なんて笑いながら言っていたけれど、あまりにも誰にも相手にしてもらえなさすぎて、段々と口数が減り、今では死んだ目をして給仕に徹している。
他の生徒は、顔を赤くしながら指名する男子、指名された女子とか、その逆とか、ちょくちょく甘酸っぱい空気が流れて、プチロマンスとか生まれているのに。
お調子者くんは泣いていいよ。
ちなみに私、何故か女子からしか依頼されていない。
いや、モテたいだとか恋愛には一切興味なんてないけど、なんかこう、それはそれでJKとしてどうなんだろうって思ったり思わなかったり。
「――そりゃリンネはそうでしょ」
「わかる」
「そうね。特にリンネに対しては、男子も近寄り難いと感じているんでしょうね」
時刻はお昼に差し掛かる頃。
ようやく自由時間がきて他の生徒に交代後、本気で謝罪してきたこのみんを笑って許してから、色々なクラスを立ち寄りつつ移動。
トモとユイカがどうしても演劇部の演劇が観たいらしく、学校内の講堂に向かっている最中にトモたちに写メの件を愚痴ってみれば、返ってきたのはそんな反応だった。
「えー、なんで?」
「だってリンネ、男子と喋らないじゃん?」
「話しかけられても、いつも一言しか返してないし~」
「リンネの態度は、明らかに脈なしって判るものね。男子もすぐに察するわよ」
「え、そう? まあ確かに特に話したいと思ってる訳でもないけど、質問されたらちゃんと無視しないで答えてるよ?」
別に私、男嫌いとかそういう訳ではないよ。
そう思って答えてみれば、トモとユイカは呆れたようにため息を吐き出し、このみんにもなんだかそんな空気を纏ったかのように目を細めた。
「はぁ……。リンネは質問された事に対して答えているだけでしょう?」
「うん」
「そこよ、そこ。普通、会話を広げようとしたりするのよ」
「え、なんで?」
「なんでって、ほら、一応はクラスメートだし? ちょっとは気遣うじゃん?」
「……? そういうもの?」
「まあ、一般的にはそうかしら」
……ふむ、そういうものなんだ。
そう考えると、私は別にそういう気遣いとか特にしてないかな。
なるほど、確かに男子から見たら素っ気ないというか、冷たく見えたりするのかも。
「ま、そういうのやり過ぎもどうかと思うけどねー」
「それなー。ちょい話しただけで自分に気があるんじゃ、とか思っちゃう男子も多いしね~」
「え、こわ」
「いるんよ、実際さ。普通に話しただけじゃん、ってなるヤツ」
ちょっと話しただけで、好きとかどうとかって思われても。
いや、単純に好意を向けてもらえるのは嬉しいかもしれないけれど、勘違いされるとなるとなんとも言えないね……。
「それに、中学ん時は男子に媚び売ってるとか言ってきた女子もいたわ」
「あーね。ウチらのこと目の敵にしてたのいたよね」
「いたねー。で、それがメンドくて男子の言葉とか聞き流すようにしたら、今度は調子乗ってるとか言われたわー」
「えぇー……」
トモとユイカの話を聞いて、ドン引き。
ついでにちらりとこのみんを見たら、そっと目を逸らされた。
「……このみん?」
「……いえ、つい、こう、黒歴史みたいなものが……。気にしないで」
「そう? でも、そっかー。だったら私はこのままでいいかな」
勘違いされて面倒な事になるよりは、直接文句を言われた方が、心を折……げふん、説得すればいいだけで済む訳だしね。
今のところ恋愛どうのこうのとかよりも、Vtuberとしての仕事というか、魔石の流通だのなんだのと色々とやりながら、トモとユイカ、それにこのみんとこうしてお喋りしている方が楽しいし。
そんな結論に達したところで、私たちは学校の敷地内にある講堂へと到着した。
学校行事だったりを行う時だけに使われるこの講堂は、私も入学式の時以来、特に用事もなくて来た事のない場所だ。
前方にはステージがあって、しっかりと観客席というか、映画館みたいに固定された座席があって、1階席と2階席もあって、生徒が全員入っても余る程度に席数も多い。
発表会とかでも会場を貸す事があるとかなんとか。
1階席に繋がる扉から入ってみたけど、すでに前の方の席は埋まっていて、後ろの方の席もまばらに空いているって感じで空席はかなり少なそうだ。
「んー、やっぱ混雑してるっぽい」
「あーね」
「二人とも、混雑している事が予想できていたかのような口ぶりね」
「うん。ウチらが観に来たのは、子役っていうか女優でテレビとか映画に出演してる子がいるからなんよね。その子が有名だから、混雑してるだろうなーって」
「演技の勉強になるかなって思ってさ」
「なるほど、そういうことね」
へー、ウチの学校にそんな有名人いるんだね。
確かにこの学校、芸能関係とかもいるっていうのは知っていたけれど、どれぐらい有名な生徒がいるのかなんて気にした事もなかった。
「これじゃ1階席はキツそうだし、2階席いこっか」
「だねー」
短くやり取りをして踵を返す――その瞬間。
私たちは誰が何を言わずとも、一斉に舞台の、さらにその横の舞台袖あたりへと振り返った。
「……今のって、気のせい?」
「……私たちが、揃って一斉に勘違いで振り返っているのに?」
「だね。てか、リンネも振り返ってるって事は、やっぱ今のって……」
「……うん、そうだね。今のは……――」
――確かに魔力だったよ。
そんな一言は、改めて3人に告げなくとも伝わっていた。




