『魔王軍』一期生デビュー配信に対する反応 Ⅰ
《――はい、という訳で、デビュー配信の反省会配信始めまーす!》
《反省することなんてあったかしらぁ?》
《ぇ、ぁ、っと……ゎ、わー……い》
《ちょっと!? ちゃんと打ち合わせ通り反応してよっ!?》
『草』
『ルチア姐さん、初手裏切り?w』
『リリシアちゃんがまとも枠かぁ』
『ノアちゃんがちっちゃく賛同してくれてるで』
凛音ちゃんのトコからデビューした、3人のデビュー配信直後に設けられた雑談枠。
衝撃のデビュー配信から始まった初コラボ、初絡みを目にしようと多くの視聴者が集まるその配信を眺めながら、私――滝 楪――は乾いた笑いを浮かべた。
天性の歌声と、それを伸ばすための特訓を続けてきたであろうテクニックとパワーのある歌声を披露した、リリシア・ハート。
あの反則じみたプレイヤースキル持ちの凛音ちゃんに対し、冷静な分析と精密なキャラコンを駆使して勝利にあと一歩に迫ってみせた、ルチア・ルベリア。
そして、可愛らしく、聞いていても「守ってあげたい」と思うような天然の〝愛され声〟の持ち主であり、どこかおどおどとしていて小動物的な魅力を持つ、ノア・フリージア。
――ハッキリ言って、〝異常〟な組み合わせ。
ジェムプロという業界最大手のV事務所を支える私だからこそ、そんな事を思う。
常軌を逸した才能、規格外とも言われるソレを持つ子たち。
その傾向も、向いている方向もバラバラで、それぞれの個性もまとまりがない3人組を同時期にデビューさせるというのは、なかなか難しい。
特に、サポートのノウハウもない新興事務所であるのなら、その難しさはウチのような事務所に比べて段違いに跳ね上がる。ましてや、ウチのように向いている方向が統一されているのならばともかく、それぞれに目指す未来が違う以上は、なおさらに。
足並みが外れ、歩調が合わなければ、集団は容易く瓦解する。
それは過去、ジェムプロとしても試みとして異色なタレントを抱えた結果、卒業してしまった数名の子たちが物語っている。
だからこそ、ある程度の基準を一期生毎に設けるようにしている。
けれど……。
《デビュー配信はおかげさまで大盛りあがり! 私もルチア姉もノアちゃんも、おかげさまで、なななんと、すでにチャンネル登録者数が10万人超えましたー!》
《ふふふ、凄いわよねぇ》
《は、ぇ……10、まん……? ぇ、正気……?》
『おめでとー!』
『そりゃそうよw』
『あんだけ圧倒的な才能を見せてればなぁw』
『リリシアちゃんの歌声はマジで神』
『ルチア姐の腕前がヤバ過ぎて惚れた』
『正気は草』
『ノアちゃんは俺が養う』
『いや、ノアちゃんのパパはワイ』
『じゃあママ枠はもろた』
《うっひゃーっ、すっごい反応!? あっ、歌声褒めてくれたありがとー!》
《ありがとぉ~。次こそは陛下に勝ってみせるわねぇ》
《ぅ……ぉぇ……っ》
《え゛っ!? ノアちゃん!? だいじょぶそ!?》
《ノアちゃん~、一回ミュートにしてお水飲んでいらっしゃいな~》
『虹を量産する宣言してたからなw』
『ノアちゃんの反応、リアル俺らっぽいw』
『てぇてぇ……?』
『さすが陛下からの配信中スカウト組。面構えが違う』
『面構え(顔面蒼白)』
……うん、まあ、配信慣れもしていないのにいきなりそんな数字出されたら、それはそうなるわよね。
実際、過去にウチの子も吐き……こほん、虹を生んだもの。
あれ以来、ウチの子はデビュー前のレッスン期間で色々シミュレートして、なんとかボロを出さないように繕ってはいるけれど……凛音ちゃんのトコはそういうのしてなさそうだもの。
《ノアちゃん、「すすめてて」ってチャットだけ飛んできてたし、ルチア姉、進めてよっか》
《えぇ、そうね~。あら、彼女のマネちゃんからも報告がきたわね~。ちょっとフラフラしてるから少し聞き専で休ませます、ですって~》
『フォローはやw』
『そういうとこしっかり対応してくれるんやなw』
『報告助かる』
『陛下の立ち上げた新事務所、マネちゃんってまさかのレイネたそ?』
《あはは、助かっちゃったかー。あ、レイネさん? ううん、違うよっ! ちゃんとマネジメントの専用スタッフがいてくれてね、私たちにも一人ずつちゃんと専属のマネちゃんがいるよー!》
『手厚いなw』
『というかもうそんな人員いるんか、魔王軍w』
『まだ新技術カメラのレンタル事業も大きく動き出してないのに、どこにそんなお金あるんや……?』
『スパチャだけでどうこうできる規模じゃなくね?』
『新技術開発だのなんだのでも投資してるはずだから、まあスパチャ額がぶっ飛んでるとは言っても余裕はないと思われ』
『新事務所って割とバタバタしそうな印象なんだが』
それはそう。
凛音ちゃんのチャンネルは確かに凄まじい額のスパチャが飛んでいるけれど、それにしたって人員やら何やらが現実的ではなかったりするもの。
まあ、実際はレイネさんの実家……つまり、篠宮のバックアップとか、魔法っていうイレギュラーそのものな技術があるからどうにかなっているんでしょうけれど。
裏事情を理解している私や姉さんはともかく、視聴者にとっては謎でしょうね……。
《あはは、みんなが言う通り、正直言うと私も新事務所って言うぐらいだからサポート体制とか厳しいかなって思ってたんだよねー。でも、すっごい丁寧にサポートしてくれるんだよねー》
《えぇ、そうね~。技術スタッフの人達もマネジメントをしてくれるマネちゃんも、その他のスタッフさんも、みんなすっごい優秀よねぇ~》
『技術スタッフもいるん?』
『万全のサポート体制とは、さすがだなぁw』
『やっぱパトロンとかいるんかねぇ』
『そらそうよw 魔王様、忘れがちだがJKぞ?w』
……そうなのよね……あの子、まだ女子高生なのよね……。
なのに推定年商数億レベルの会社の代表なのよね……。しかもスパチャだけでも私の年収とっくに超えてるし……。
……若さに嫉妬する訳ではないけれど、なんかこう、改めてこうして考えると凄いわね。
まあ姉さんっていうもっと凄かった存在が身近にいただけに、そういうのもない訳ではないんだなって理解はできているけれども。
《まあほら、そーゆー訳で、私たちはすっごく良い環境を与えてもらって活動してるんだよねー》
《そうね~。最大手の事務所でもこうはいかないんじゃないかしら~?》
《うんうん、多分そうだと思う!》
『いいね』
『どこぞの最大手事務所はライバーがガチギレするような事件とか起きてるしなぁw』
『クロ……おっと、誰かきたようだ』
『草』
『コメ欄V業界に無駄に詳しくて草』
ホントそれ。
コメントというか、視聴者の人達って断片的な情報をあちこちで収集してるからか、妙に詳しい人いるのよね。
そんな事を思ってついつい苦笑が浮かぶ。
《って、そうじゃなくってねー。今日は初配信だとあんまり詳しくお話しできなかったり、私たちの場合、色々企画もやってたからさー、今日改めて視聴者とお喋りしようと思いまーす》
《そうね~。じゃあ、言い出しっぺのリリシアちゃんから答えてもらおうかしら~?》
《うぇっ!? 私!? 私司会役だから最後なんじゃ!?》
《ふふふ、その予定だったけれど~、ノアちゃんも今はお休み中なんだもの~。だったら、最初はリリシアちゃんからにしようかしら、って思ってね~。ねぇ、視聴者の皆さんも、リリシアちゃんのお話、聞きたいわよねぇ~?》
『ききたい!』
『いや、全員聞きたいけどね』
『言い出しっぺの法則というやつがあってな』
『リリシアちゃんならノアちゃんが戻るまで頑張れるはず!』
『ほらはよ』
《リ、リスナーが手玉に取られてる……っ!? ぬぬっ、いいでしょう! だったら私から話すよー!》
和気藹々としたやり取りだけれど、キャラクター性がよく見えてきた。
リリシアちゃんは元気だし、それでいて周囲を気にすることができる、視野の広いタイプ。
それだけで、その気になればグループのリーダーとして立ち振る舞う事だってできるでしょうね。
でも、状況を分析し、コントロールする事に長けているのはどちらかと言えばルチアさんの方が上、というところ。
もっとも、ルチアさん自身がリーダーになりたいとは思っていないのか、あくまでもリリシアちゃんのフォローに徹する、という感じかしら。
ノアちゃんは……そうね、言わずもがなリーダーとかは無理なタイプ。
彼女は黙々と、こつこつと自分の事に集中していくタイプになりそうね。
そんな3人を一つのグループとして考えてみると、バランスも悪くない。
ついついジェムプロで幾つものグループを見てきた私なんかの視点だと、リリシアちゃんとルチアさんっていうリーダータイプを同じグループに置いておくのはもったいないと感じてしまったりもするけれど。
ただ一方で、リーダータイプの子は色々と〝溜め込みがち〟になってしまう。
自分がしっかりしなきゃと思うせいか、ついつい自分の殻を守ろうとしてしまったり、気を遣いすぎてしまったり。
特にこの業界のタレントは、他人の感情の機微に対して繊細な子が多い。
俗に言う〝普通の仕事〟につけずにVtuberという業界に踏み入ったような子は特にそう。
精神状態が安定していれば、赤の他人が吐いて捨てたようなSNSの言葉も無視していられるけれど、ちょっと落ち込んだ時にそういう言葉がクリティカルに働いてしまい、心を病む、なんて事も珍しくはない。
そんな状況だと、リーダーという肩書きがかえって本人を追い詰めてしまうこともある。
グループのリーダーともなると、周囲もそのリーダーに頼りやすくなる。
だからかえって、ちょっとした相談なんかもできないような関係性が出来上がってしまうこともある。
――重責を分散しつつ、リーダーという立場にあっても相談しやすい相棒を、立場という枠で用意する。
そういう意味で、二人もそういう立ち位置で動ける人材が同じグループにいるというのは、かえって負担を和らげる一手になったりもするのかもしれない。
……うん。
考えれば考えるほど、良い手な気がしてきたわね。
「――……ウチも、そういうグループ作ってみようかしらね……」
これまでの定番――スタンダードを捨てる、一つの転換点。
後に、私はこの時の事をそうやって思い返すようになるとは、この時は思いもしなかった。




