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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第五章 TURNING POINT
153/201

【配信】ルチア・ルベリア――萩野 薫子―― Ⅰ




 玲愛ちゃんことリリシアちゃんによる、トップバッターでのデビュー配信。

 その衝撃は、多くの視聴者を虜にしてみせたらしい。

 実際、彼女の持つ歌声は、音楽とは無縁で畑違いの私――萩野 薫子――であっても鳥肌が立って、胸の内を揺さぶるような凄まじさがある。


 甲高く、けれど耳障りにならない程よい力強さのある高音。

 美しく乱れないビブラート。

 低音を口にすれば、その力強さに思わず耳を、心を奪われる。


 ――大人の汚さに機会を奪われてしまった子。


 それが、私という人間から見た玲愛ちゃんの印象だった。


 他人にすり寄ったり、分かりやすく気に入られるように懐に入った人間だけが『評価という名の贔屓』の対象になる。そんなのは社会においては珍しい事でもないけれど、まだまだ社会経験という点では世間の世知辛さを知らない年齢の玲愛ちゃん。


 結果、割を食う羽目になった、というのが彼女らしい。


 アイドル事務所の裏事情なんて私は知らないけれど、閉鎖的な環境というものは、容易く世間の常識を捻じ曲げ、それを当たり前のものとして刷り込んでしまう。




 ――――そう。それはかつて、私が初めて就職した職場のように。




 始まりは、善意で始まったもの、優しさで助けようとしただけのものだと思う。

 先駆者となった誰かが頑張って(・・・・)、無茶を通してしまった。

 そうして、そんな姿を見て、手伝う人間が現れて。

 新しく人が増えれば、先人を目の当たりにした新人もまたそれを真似しなくてはいけない同調圧力に駆られる。


 そうして出来上がっていったものが、〝当たり前〟になって定着した。


 同調できない出る杭は打たれる、右に倣え、前に倣え、年上を敬え。

 この国はそういう風潮の国だから、前例に倣わない歪なものを目の当たりにしても異論を唱えない。唱えたら、異物として、()となるから。


 だけど、本当は誰だって「嫌だな」って思っている。

 なのに、自分たちがその立場を脱した途端、自分が体験してきた事を、自分たちの通ってきた道を、苦しみを強要する。

 そうやって強要された側が苦しむ姿を見て、心のどこかでそんな過去を乗り越えた己を慰め、悦に浸る。


 それは体育会系の運動部にありがちな後輩いびりという名の悪習のように。

 それは廃れた古い村に残る、意味のない苦しい慣習のように。


 脈々と受け継がれ、悪循環が悪循環を生んで、劣悪な環境が熟成されていった。


 私が高校卒業後に就職した職場は、そういう場所だった。




 ――――まあ、私はそんな場所に耐えるつもりなんてさらさらなくて、2年と経たずにさっさと辞めたクチではあるのだけれど。




 学生時代の成績は上の下から上の中をいったりきたり。

 勉強なんか嫌いで、そんなものを学んで何になるのか分からなかった。

 将来の為に、なんて言われてもピンと来なかった。

 ただ、テストで悪い点を取ると、まるで人格を否定するかのように見られるから、だから申し訳程度に勉強してきた。


 それから高卒で働き始めたのだけれど……そんな私だから、仕事を辞めてもまともな仕事に就けるかは微妙なところだった。


 ブラック企業なんてものにいたせいか、仕事を辞めてからは燃え尽きたような気分だった。

 何かをしたいとも思わなくて、だから、バイトをしながら、現実逃避というものも僅かながらにあったのか、趣味のゲームに没頭していった。


 楽しかった。

 分かりやすい指標があって、そこに向かっていくことが。

 次はこうしよう、今のはもっとこうしようと、次から次に新しい目標が更新されて、それをクリアする度に、私は前に進めている――そんな気がして。


 幸い、才能もあったんだと思う。

 学生時代には気付かなかったけれど、FPSというジャンルにおけるプレイヤーとしての才能が。

 学ぶ度に、練習する度に、私は上手く、強くなっていった。


 そうして没頭して、研鑽して、また没頭して。

 そんな日々を続けていた時、私は女性だけのeスポーツチームに声をかけられた。

 だから、迷うことなく飛び込んだ。


 けれど、どうにもチームプレイというのは私には向いていなかったみたい。


 フラッシュバックするブラック企業時代の社員たち。

 信頼という名の無茶振り。

 空気を悪くしないという暗黙の了解のために、本来なら直すべき部分についても中途半端に肯定しあう。


 その在り方が、そのやり方が。

 私が思い描く姿とはあまりに乖離していて、私には馴染めなかった。


 それでも、社会で生きていくには己の気持ちを押し殺すしかない。

 だから当たり障りなく、周りに同調しながら日々を過ごして。


 結果、色恋沙汰でチームが空中分解。


 あの時は……正直、笑ってしまった。

 だって、恋愛って、なにそれ。

 方向性の違いとか、チームの方針の違いとかそういうのですらないんだもの。


 そんな場所に傾ける私の情熱は、あっさりと消えてしまった。


 また、空虚な日々が始まる。

 そう思って、お酒に逃げながら動画を漁ろうとして、その時だった。


 私が、私の魔王(憧れ)を見つけたのは。


 圧倒的な強さを見せつける、絶対的な強者。

 堂々とした立ち振る舞いに、他者に一切媚びずに己を貫く在り方。

 卑怯な手段を用いる面々すら、歯牙にも掛けずに一蹴してみせる姿に。


 私は初めて、誰かに対して強い憧れを抱いた。


 ――あの人に、追いつきたい。


 ――あの人のアレを、再現してみたい。


 ――あの人の見た世界を、見てみたい。


 溢れてくるそんな気持ちをぶつけるように、私はひたすらにOFAをプレイしながら、何度も何度も、サブアカウントで作った鍵付きの動画を送り続けた。




 ――――そうして今、私はここにいる。




『お、始まった』

『さすがにリリちゃんほどのインパクトはないと思われ』

『ん?』

『暗転のまんま?』

『お、映った』

『は?』

『え?』

『これ、OFA?』

『カスタム、しかもシングルマッチしとるやん』

『え、相手! おい、マジか!?』

『陛下じゃん、相手!?』

『おおぉぉぉ! 陛下復活待ってた!!』

『いやwwスコア陛下に追いつきつつあるじゃんww』



 配信が始まったと同時に映し出された映像。

 それはOFAのカスタムマッチにある、フレンドと1対1で戦うシングルマッチモードの画面。

 制限時間中に何度キルしたかでポイントを競うモードだ。


 視聴者の人たちに挨拶する余裕もなく、コメント欄を読み込む余裕もない。

 ただただ意識を集中させながら、私はキャラクターを操作して射線が通っていないポイントに向かって突き進む。


 僅か一瞬。

 跳弾によって一瞬だけ狙えるポイントが生まれてしまうけれど、駆け抜ければどうにでも――なんて、甘い予測はしない。


 キャラクターをジャンプさせてそのポイントを抜ける、その瞬間。

 ズドン、と被弾する音と同時に、たった一発で自分のキャラクターのHPが7割ほど削れた。


 確殺だけは免れたけど……当ててくるのね、やっぱり……ッ!


《――くははっ、やるではないか、ルチア。ギリギリでヘッショ回避とはのう》


「――っ、負けま、せんよぉ……っ!」


『え』

『は?』

『え、今の何?』

『さすが陛下! って思ったら……』

『なんで弾が来るって分かったんだ?』

『チート?』

『いや、相手が陛下なんだから来ると分かっていてジャンプしたんだろ』

『だからなんで分かるんww』

『というかこの声、聞いたことあるかも』


 爆速で流れるコメント欄をいちいち気にしている余裕なんてない。

 即座に安全な位置に飛び込んで、回復キットでHPを回復させていく。


「さっきのショット、銃声も聞こえなかったですねぇ~……。そんな遠距離から通せる位置にいるなら、今の私を狙える位置までポイントを移動するにはぁ、最低でも20秒はかかりますよねぇ?」


《くくく、正解じゃな》


『いや、は?』

『どゆこと?』

『位置把握してるん!?』

『陛下は相変わらずとして、このヒトも普通じゃねぇだろww』

『うわぁマジか』

『すげぇ……』

『ありえんの、これ』


 こうして、私の――ルチア・ルベリアの初配信は始まった。







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