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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第五章 TURNING POINT
152/201

【配信】裏 リリシア・ハート Ⅱ




 目を閉じて歌っている、一人の少女。

 足元から、編み上げのブーツから覗くタイツとレザータイプの黒いホットパンツで作られた絶対領域に、モノトーンカラーのぴっちりとしたインナーシャツとは裏腹に、大きすぎる白を基調にしたジャケットを二の腕まで下ろした、ピンクの髪に黒いメッシュの入ったサイドテールの少女。

 腰元から生えた印象的な小悪魔の羽と尻尾はピンと伸びていて、光輪代わりに少し斜めに浮かんだ赤黒くてギザっとしたそれがゆるゆると回っている。


 そんな少女がステージでスポットライトを浴びて現れたかと思えば、目を閉じて響かせた高音。

 耳から入ってきて身体の中を擽るように走り抜けていき、思わず言葉を、呼吸を忘れてしまいそうな程に衝撃だった。


「……ぅ、ゎ……。やば……っ」


 横から聞こえてきた、絞り出したような声。

 私――滝 楪――の所属するジェムプロダクションの中でもトップに近いVtuber、エフィール・ルオネットが発した声は、ひどく震えていた。


 声にはならないものを吐き出すこともできず、ただただ画面を見やる。


 歌われている曲は、聞き覚えのない賛美歌か何かのような歌。

 多分オリジナルの楽曲だとは思うのだけれど、力強く、けれど儚くて、ブレる事のない美しい歌声がアカペラで流れ、それに追従するようにピアノが、コーラスが少しずつ存在感を増すように流れ出した。


 伴奏の音量が徐々に大きくなっていくにつれて、少女の歌声が力強さを増していく。


「……これ、すご……」


「……力強くて、きれい」


 一緒に配信を観ている、スタジオでレッスンに臨んでいたエフィ以外のVの子たち。

 彼女たちもまた、茫然自失といった様子で呟いた。


 ウチもお世話になっている、〝新技術〟。

 そんな技術を突然、当たり前のように世間へとお披露目してみせた凛音ちゃんの配信は、一般視聴者よりも、むしろ業界関係者からの注目度の方が高いとさえ言える。


 そんな彼女のところからデビューするという、新たなVtuberたち。

 必然、ウチの子たちも今日の『魔王軍』の配信を無視するなんて事もできるはずもなく、スケジュールに余裕がない中でも時間を捻出して、今日の配信を見守っていた。




 ――『魔王軍』は、所詮ヴェルチェラ・メリシスとその周囲の者たちだけが突出しているだけ。


 ――新参メンバーも比べる相手が陛下になっちゃうんじゃ霞むかもしれない。


 ――話題があるとは言っても、今ある事務所に比べれば二番煎じになるんじゃないか。




 インターネット上のSNS。

 純粋な応援や期待だけではなく、そんな自分勝手な推測を、悪びれもせず、悪気もなく批評家よろしく語っている素人たちの言葉の数々が溢れていた。


 当然、私は凛音ちゃんを知り、ヴェルチェラ・メリシスを応援している。

 でもそれ以前に、Vtuberという人気商売に挑み、配信に臨む新人たちがいつもどれだけ苦しみながら、それでも期待に応えようと踏ん張って。時には心ない一言に心が折れて、それでもなお嗚咽を漏らしながらも耐え忍び、どうにか立ち上がってこなくてはならない厳しい業界であることを、私は誰よりも見てきて、知っている。


 そんな私だからこそ、『大手でデビューするVtuberの苦しみ』を誰よりも理解していると言っても過言ではない。

 凛音ちゃんの――魔王ヴェルチェラ・メリシスという革命児の下でデビューするという重みを、その双肩にかかる重圧や苦しみというものが如何なるものかを理解した上で、応援するためにこうしてモニターを見つめている。




 ――でも、と隣を見やる。




 ウチの黎明期を駆け抜けてきたエフィはともかく、大手となってから入ってきた他の子たちが見ているのは、決して純粋なもの――ただただ応援してあげたいから、なんてモノだけじゃない事を、私は知っている。


 彼女たちは、苦しみを乗り越えてきた存在だ。

 そんな彼女たちだからこそ、心のどこかで「自分たちこそが最大手の事務所に所属している力ある存在である」という矜持を持っている。


 黎明期の迷走した時代を駆け抜け、どこに答えが落ちているのかも分からず、明日も知れない我が身のまま活動を続けてきた訳ではないからこそ、その矜持は人によっては肥大化し、場合によっては人を腐らせる事もある。


 実際、それが原因で〝卒業〟したVもいたからこそ、重々承知している。




 ――あの魔王の技術には感謝している。けれど、その下でデビューしたからと言って、業界最大手の看板を背負っている自分たちが無条件に受け入れるかどうかは筋違い。


 ――もしも光るものが感じられなかったら、魅力的でなかったのなら、関わるつもりはない。


 ――見せてよ、何者であるかを。




 心のどこかに確かに存在していた、この子たちの矜持と多少の驕り。

 それは決して悪いモノではない。

 彼女たちが自分を誇れるだけの努力をひたすらに続け、視聴者の願いに応えられるようにと頑張り続け、そうやってようやく築き上げてきたものがあるからこそ、抱いた誇りでもあるのだから。


 だからこそ、私はそんな彼女たちの気持ちを認めている。




 ――――けれど、そんなただの第三者の勝手な物言いも、築き上げてきた自信や誇りを持つからこそ湧いた闘争心すらも。

 それらを正面から向けられてなお、彼女(魔王)は嘲笑うのだろう。




 ――「これを見てなお、文句があるとでも?」。




 配信画面越しに、何故か私は彼女(魔王)が嘲笑いながらそうやって挑発してきたような気がして、獰猛に口角をつり上げた。




「……は、はは……っ。やってくれるわね、魔王……っ!」


 一曲が歌い終わる。

 それと同時に吐き出した一言は、叔母という立場の私ではなく、ジェムプロダクションを立ち上げ、ここまで育ててきた一人の社員としての言葉だった。


「……くくっ、あっはははははっ! サイッコーだよ、ヴェルちゃん!」


「……負けてられないね」


「……うん、ホントに」


 停滞しつつあったVtuber業界に吹き荒ぶ、新たな風。

 そんなものを求めていたエフィは、愉しげに、待ってましたと言わんばかりに大いに笑う(牙を剥いた)


 ジェムプロのVtuber。

 Vの業界の中でもチャンネル登録者数で言えば上位十本の指に入る二人は、闘志を燃やす(微笑み呟いた)


 まるで正反対な態度と言動だというのに、この子たちは感じ取ったのだろう。


 彼女がこれまで行ってきたVtuber活動は、常人のそれとはあまりに違い過ぎた。

 正直に言えば、土俵が違うというか、何しろ進むべき道があまりにも違い過ぎて、この子たちの好敵手とは成り得なかった。


 今にして思えば、それは当然だ。

 彼女はマルチな、それこそ稀有な才能の数々を持ち、さらに魔法なんてものを使って、その独自の力と技術をもって、Vtuber業界にその名を刻んできたのだから。


 地を進む動物と、大空を羽ばたく鳥。

 お互いの存在を認知しても、同じ世界は共有していない。

 文字通り、全く違う環境に生きる存在として受け入れるだけに留まるのは道理というものだ。




 ――――けれど、『魔王軍』の在り方は彼女(魔王)とは違う。




 間違いなく、この子とその同期、そしてその次に続いて出てくる子たちはきっとエフィ達の、V業界で第一線を駆け抜け続けていたこの子たちの、好敵手と成り得る存在だ。


「……練習、再開しよっか」


「うん。――絶対、負けない」


 たった一曲で価値を証明してみせた、歌声。

 まだ始まったばかりの配信だというのに、二人は最後まで見届ける事すらなくその場を後にした。

 そんな二人を笑顔で見送ってから、エフィが再びモニターに目を向けた。


「……これだよ、これ。これを、待っていたんだ。最高だよ、ヴェルちゃん」


「……あなたはいいの?」


「……業界のトップとして頑張ってこそいるものの、どこか張り合いのないマンネリ化しつつあったレッスンの日々。完璧にこなして、パフォーマンスに妥協はしなかったけれど、どうにも負けん気とか気迫がなかったはずのあの子たちが、今、確かに再燃したんだ。その喜びに、少しぐらい浸らせてよ」


「……はあ。まったく……。あなたもね(・・・・・)、エフィ。そんな獰猛に牙を剥いておきながら、高みの見物なんて似合わないわよ」


 喜びに隠れる獰猛な気配。

 笑顔は動物で言うところの威嚇、なんて言葉は聞いた事があるけれど、エフィのそれを見ると「確かにそうだ」なんて腑に落ちる。


 そんな彼女が、あたかも高みの見物よろしく語るなんて。

 それはあまりにもちぐはぐだ。


 そう思ってじとりと見つめてみれば、エフィが若干気まずそうに力なくにへらと笑った。


「……ちょっとはカッコつけさせて? あの子たちが燃えて出て行くのを余裕の笑みで見送った私が、今から慌てて向こうに行ったら、ほら、かっこつかないって思わない? ね?」


「……はいはい」


 歌を終えて自己紹介を始めた少女――リリシア・ハート。

 彼女の明るく、元気が貰えそうな声を耳にしながら、私は呆れて苦笑を浮かべ。




 そこに飛び込んできた言葉に、耳を疑った。




《――わー、すっごい褒め言葉! ありがとー! でもでも、私から見ても、同期のメンバーは私よりもずっとすごいと思うんだー! だから私だけが特別ってワケじゃないと思うよー!》





「――……今、なんて……?」





 同じく目を大きく見開いたエフィと、思わず向かい合って固まってしまった。








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