衣装選び
「――どうよ、これ!?」
トモとユイカ、それに男子生徒2名が教卓のある方の扉から入ってきて、それぞれに身に纏った文化祭用衣装を見せつけるように両手を広げ、その場でくるりと回ってみせる。
そんな姿にあちこちから感嘆した様子で声が上がったり、女子陣営からは衣装に合わせて髪の色を黒くしようかとか、何やら楽しげな声が聞こえてくる。
でもトモ。
トモが決めたり手配した訳でもないのに、その発言とドヤ顔はちょっとおかしい気がするよ。
文化祭のコンセプトを決めたのも、その衣装を手配したのもこのみんだし、わざわざ運んでくれたのだって補佐役を務めてくれているメンバー達だからね。
「テーマは明治後期から大正時代――一般的に大正ロマンと言われるようなものですね。女子は足首上までの袴、靴はブーツです。男子は当時の軍服にマント、小道具は演劇部からサーベルを借りようかと。純和風ではなく、和洋折衷を取り入れた雰囲気のものです。この辺りはコスプレとしても最近は人気のジャンルですし、動きやすく着替えも楽なので。接客用と案内用で衣装は一人2種類、バリエーションタイプのサンプルを配りますのでこの中から――」
ポージングするトモ達を横目に、このみんが淡々と説明してくれている。
俗に言う『ハイカラ』というやつ?
実際、あのタイプの服装は時代感よりもコスプレ感があるおかげか、男子も女子も反応がかなり好ましい。
私も髪の色が明らかに日本人にはいないようなタイプだから、ああいうコスプレ感がある方が違和感が減ってくれていいかも。
それにしても、男女問わず盛り上がってるなぁ。
目新しいもの、これまで触れてこなかった世界に触れるというのは刺激的で、でもそのせいか、ついついはしゃいでしまうというか、ペース配分を見誤るよねぇ……。
私もつい先日、まさにそう表現するに相応しい光景を目の当たりにしてきたから、なおさらそう思うよ。
何せ、魔法という存在を初めて目の当たりにした、我が『魔王軍』一期生。
あの3人が、挙って大興奮して魔法習得に集中して、キャッキャし過ぎて夜更かしまでして、翌朝のあの疲弊感溢れた姿を見てきたばかりだからね……。
――――結局私は、あの3人に魔法の実在を証明し、魔法を教えた。
もちろん、お母さんやユズ姉さん、それにトモとユイカ、このみんとは違って、魔法を用いて契約し、他人に対して口外できないよう制限はかけさせてもらったけど。
これから先、私の身内とも言える立場にいるのであれば、魔法を目の当たりにする機会もあるだろうしね。
そもそも魔石を篠宮家から流通させて、魔法技術を徐々にこの世界に浸透させていくつもりだし、いずれは魔法だって公表するつもりだし、そうである以上、結局いずれは魔法が実在する事を知るという事には変わりない。
だったら最初に引き込んでしまった方が、下手に隠していて露呈するよりも事態をコントロールしやすいだろうなとか、そういう打算が皆無でなかったと言えば嘘になる。
けど、あの3人なら制約せずとも魔法を使えるようになったからっておかしな真似はしないだろうし、変に増長したりもしないだろうと確信したからね。
いずれはダンジョンにも連れて行こうかな、なんて考えていたりもするけど、まあゆっくりと成長していってくれればいい。
あとはまあ、言い方は悪いけれど、『この世界の人間がどこまで魔法を使えるようになるのかという限界が知りたい』というのもある。
お母さんやユズ姉さんを鍛えるのは難しい。
何せあの二人は魔法に対して「便利なツールになる」という意識はあるけれど、強さや力は求めていないからね。
一方で、トモやユイカ、このみんも気軽に鍛えるというのも、ある意味難しい。
あの子たちはそれぞれに自分の人生があって、目標があって、夢があるだろうから。
協力を頼めば協力してくれそうではあるけれど、邪魔してしまうのもどうかと思うしね。
その点、一期生のメンバーは違う。
私がスカウトしたりっていう背景もあったりはしたけれど、それでも彼女たちは大人で自分の意志で選んでもらってウチに来ている。今のところ、「ノウハウを手に入れたらさっさと独立したい」とかっていう考えもない。
これについては3人からも伝わってきたし、レイネも深層心理を覗いて確認してくれた事だ。
そのため、私からもすでに『大人になってから初めて魔法を操る人が、どこまで魔法が自在に扱えるようになるのか。その限界を知りたいから協力してほしい』と伝えて、了承してもらっている。
もちろん、無理な許容量の限界突破テストとかはしないけど、あくまでも自然に成長できる範疇で実験に付き合ってもらうつもりだ。
……そういえば、ロココちゃんにも会わせてあげれば良かったかなぁ。
先日魔王城に【Pioneer】の面々を連れて行った日は、ちょうどロココちゃんも仕えている神様――宮比神のところに里帰りというか、報告会に行っちゃってたからね。
ちなみに、ロココちゃんには【Pioneer】が魔王城に来たことは伝えていなかったりする。
あの3人を魔王城に連れて行ったなんて知られたら、後輩に先輩ムーブしたがっているロココちゃんのことだし、すぐにでも会いたがるに違いない。
さすがに【Pioneer】も初配信を間近に控えているのにしょっちゅう連れ出す訳にもいかないし、初配信後は少し配信に集中してほしい。
そんな状況でロココちゃんが会いたがっていたとしても、断ることになる。
ロココちゃんも状況が状況なだけに理解こそしてくれるだろうけど、きっと目に見えて落胆するだろうしね……。
なんかほら、こう、小さな子が我慢して悲しそうに納得するような、そんな光景が目に浮かぶのよ。涙目になりながらしょんぼりとして「そう、でございますか……」とか言われたら胸が痛い。
だから魔王城に彼女たちを連れてきたってことは、レイネにもロココちゃんには内緒にするように口止めした。
そういうのを容赦なく無視して告げちゃう系のレイネでさえ、そうなるであろう私の予測を聞いてから、想像して納得してくれた。
「――リンネ、聞いてるー?」
「え? あ、ごめん。何か言ってた?」
不意に声をかけられて意識を教室へ戻せば、大正ロマンな衣装に身を包んだユイカが私の斜め前に立っていた。
「なになに、リンネお疲れ?」
「ん、ちょっと考え事してただけだよ。それより、似合ってるね、ユイカ」
「えっへへへっ、そーかなー?」
ユイカが着ている衣装は、紫をアクセントにした矢絣柄と呼ばれる白基調の紫をアクセントにした袴。卒業袴、なんて呼ばれたりするよね、こういうの。
「リンネが似合ってるって言ってくれたのは嬉しいんだけどさ、アタシら男装の麗人っぽく軍服着ない?」
「軍服?」
「そそ! 髪の毛後ろで縛って男装の麗人風にしてさ!」
「あー……、面白そうだね、それ」
「だっしょー? 特にリンネとかチョー似合いそうじゃん?」
「そうかな?」
まあ、髪の色的に私みたいに明る過ぎる色合いだと、ぶっちゃけ着物とか袴よりも軍服の方が似合いそうではあるよね。
その気になれば、髪の色なんて魔法で幻影を被せて黒く見せるぐらいはできるんだけどね。しれっとウィッグつけてる風に振る舞っていれば誤魔化せるだろうし。
なんて事を考えて、了承しようとしたその瞬間。
「――え゛っ!? た、滝さん男装するの!?」
「マ!?」
「いいじゃん、絶対似合いそう!」
「ちょい目つきキツめだから絶対似合う!」
突然、普段から挨拶するぐらいでしかなかった女子集団がぐるんと顔を向けて、しかも何故か目を血走らせて私を見て声をあげた。
いや、こわ。
なんかちょっと鼻息荒いよ?
あと、目つきキツめっていうのは褒め言葉なのかな?
「やっぱ日本人だとどうしても腰の位置も低いから、理想的な男装の麗人ってなかなかいないんだよねー!」
「分かる! その点、滝さんなら絶対いける!」
分からんが。いけるって何よ。
当事者である私を他所にそっちで勝手に盛り上がらないでくれないかな。
「あちゃ~……。リンネ、がんば」
「え、何? というかあの子たちのテンション凄くない?」
「あの子たち、子役出身の女優グループなんだけどさ、この夏休みに演技勉強ということで、どうもあのお姉様ミュージカルを見に行ったらしくてね……」
「あぁー……、ヅカってヤツね」
「そそ。で、そこから最近、男装コスプレイヤー漁りにハマってるらしくて……」
「察した」
そっち系に興味を持って開拓し始めちゃったかー。
そちらはなかなかの沼ぞ。
私は興味ないけどさ。
そういえば前世でもいたなぁ、男装の麗人タイプ。
あとは男なのに女性以上に美しいとか言われていたのもいたっけ。
残念ながら、ラノベなんかでよく見かけるような、マッチョなのにやたらと令嬢っぽい名前を騙ってるような、ゴリゴリの漢女キャラなんかはいなかったけど。
むしろ私はそっちが見てみたい。
「ねぇ、滝さん! 衣装、私たちに選ばせて!」
「え」
「やっぱ白!? でも黒のオーソドックスな感じで氷の貴公子みたいなのも良くない!?」
「あの」
「滝さんの見た目なら、クール系! マストだよ!」
「いや、ちょっと?」
「はぁー? 逆に爽やか陽だまり系とかありだと思いまーす」
「それもアリ! なんなら、その辺りは帯とかでアクセントつければ良くない? どんなのあるんだろ? このみーん、カタログぷりーず!」
「軍服の方!」
「ねぇねぇ、だったらアタシとトモ、それにこのみんのも選んでよー」
「えっ!? いいの!?」
「おっほっ、滾ってきた」
「ちょっ、女優がおっほとか言うなし」
いや、当事者の私を置いてどんどん進むじゃん。
選んでくれるのは楽だし、いいんだけどさ。




