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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第五章 TURNING POINT
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求めるもの




「――以上が、あなた達のデビュー配信時の流れとなっています。ここまでは事前にお伝えしている通りです」


 デビュー配信、そのスケジュールの再確認。

 レイネが持ち運んでいたタブレット端末に表示されたスライドと一緒に改めて説明をしてから、そんな風に言葉を区切って3人の顔を見やる。


 トップバッターを務める玲愛ちゃんの顔からは、自信と少々の緊張感。

 それでも地下アイドルとしてアイドルを目指していただけあって、人の前に立つ事に対する忌避感は一切見えず、いっそ表舞台に立てる日が近づいてきていることに、闘志すら燃やしているように見える。


 一方、2番手に控えた薫子さんからは、自身のスマホに保存されているらしいデビュー配信スケジュールの時間配分を改めて頭の中で再計算しているのか、虚空でしなやかな指が動き続けていた。

 真剣な表情を浮かべてこそいるものの、しっかりとしたスケジューリングや細かな時間計算をしていたようで、問題ないと確認したのか余裕のある表情を浮かべて頷いた。


 そして当日の最後を飾る事になっている結愛ちゃんは、少しばかり顔を蒼くさせながらも慌てた様子でレイネのタブレットと自分のスマホに視線を行き来させている。

 過去の経歴もなく、特殊なスキルも持たないせいか、確固とした己の自信というものを持ち合わせていないだけあって、気持ちが揺らいでいるようにも見えるけれど……それでもしっかりと前に進もうという決意が確かにそこにある。


「今ならば当日にやれること、思いついた事をねじ込むだけの余裕もありますが、何かありますか?」


「あ、じゃあ私からいいですか? この挨拶と自己紹介のところなんですけど、急なんですけど、今改めてこういうのをやりたいなって思って――」


 早速とばかりに声をあげたのは玲愛ちゃんだった。

 積極的に己のアピールを詰め込もうとする彼女の熱量に、薫子さんは柔らかく微笑み、結愛ちゃんはぽかんと目と口を丸くした。


 素直に驚いている結愛ちゃんとは対照的に、元プロeスポーツ選手として配信される事に慣れている薫子さんに至っては余裕の笑みといったところかな。

 彼女は彼女付きのマネージャーを通して何通りものプランを提案し、採用したものをすでに捩じ込んだ上で調整を済ませているしね。


 もっとも、玲愛ちゃんみたいに今になって提案するというのも、薫子さんのように事前にきちっと準備するのも、どちらも正解であって、間違いという訳じゃない。

 直感めいた思いつきかもしれないけれど、そういうものが場を動かすというのは配信者には求められる。けれど、プロモーションが絡んだり告知が控えていたり、時間通りに予定を動かすための段取りやスケジューリングが必要にもなるからね。その辺りの塩梅は慣れていく内に掴めるようになるだろう。


 ちなみに結愛ちゃんは、事前に決められたメニュー以外の追加はない。

 もちろんそれが問題という訳ではなく、彼女はまず〝喋る〟という事に慣れてもらうのが最優先の課題だから、焦る必要もないしね。


 あわあわした様子の結愛ちゃんに、薫子さんがそっと手を触れて落ち着かせる。

 うん、二人にはそういう風にバランスを取っていってもらいたい。

 玲愛ちゃんもたまに突っ走り過ぎそうだけど、薫子さんのバランス感覚なら上手く手綱を締めてくれたりもしそうだし。


 彼女たちのマネージャー陣から、すでに3人が一緒にご飯を食べたり相談したりと頻繁に交流していて、3人が姉妹のような関係を築いているという話も聞いているし、仲良くやってくれていそうで何よりだ。


「――他には大丈夫ですか?」


「私は大丈夫です! 薫子さんと結愛っちは?」


「えぇ、私は大丈夫です~」


「ぴっ!? だっ、だだ、だいじょぶ、です!」


「分かりました。何か他にも思いつくようなら、気軽に言ってください。配信日当日の配信中の思いつきによるアドリブはなるべく避けてほしいところです。ただ、それについても自分が今そうするべきと感じたのであれば、絶対にやるな、とは言いません」


「それは……いいんですかぁ~?」


「構いません。あなた達は『魔王軍』の一期生、【Pioneer】。その名の通り、これからあなた達があなた達で道を切り拓く事こそが、私達の求めるものです。公序良俗に反するものでないのであれば、これといって遠慮はいりません」


 淡々と言い放ってみせるレイネの言葉。

 薫子さんが確認を取るかのように私を見てきたので、私も頷いてから口を開く。


「私も協力はするし、コラボにも応じる。けれど、あなた達に私と同じようになれとか、ウチがこうだからあなた達もこうしてほしい、みたいなものは一切求めていないよ。あなた達は本当の意味で〝一期生(はじまり)〟であってほしいと思ってる」


 驚いた様子の3人の視線を受けつつも、そこで言葉を区切ってから、肩をすくめてみせた。


「今回はたまたま女性が3人集まったけど、男女で区切るつもりもない。同じ箱内で付き合っても、配信にその変な空気を持ち込んだりしなければ構わないよ。外に恋人がいようが匂わせようが、明言しようが構わない。ただ、Vtuberとして自分で築き上げたもの、キャラクターから逸脱したものをしないのであればね」


 たとえばクールキャラなVが、色恋沙汰に発展したがためにバカップルの片割れみたいになったりしたら目も当てられない。恋愛は個人の自由だし、私生活にまで口は出さないとは言っても、解釈不一致は視聴者だって困惑してしまうしね。


「私が言えるのは、〝好きにやってくれていいよ〟の一言だよ。玲愛ちゃんならアイドル路線を目指してもいいし、薫子さんならゲームで大会とか出てもいい。結愛ちゃんなら、色々な事に挑戦して、自分の好きなものをたくさん見つけていけばいい」


「……そんなバラバラでもいいんですか?」


「ある程度足並みが揃っている方が、特定の視聴者層に広くリーチできると思いますけどぉ~……」


 玲愛ちゃんに続いて薫子さんも、似たような事を感じたらしい。

 ついでに結愛ちゃんも、イチ視聴者としてVtuberを見てきたからこそか、こくこくと小さく頷いている。


 そんな3人に対して、私は敢えて不敵に笑ってみせた。


「特定の視聴者層を集めれば、なるほど、確かに全員がある程度安定してチャンネル登録者を獲得できるだろうね。――でも、そこまで(・・・・)だ」


 驚いたように目を丸くして、3人が息を呑んだ。


「ハッキリ言うけど、私はあなた達に『安定して視聴者(数字)を獲得できる配信者』になって欲しいなんて思っていないよ。私が求めているのは、『なりたい自分になって活躍できる配信者』。それぞれにそれぞれの分野を、そして自分自身の進みたい道を開拓していく。だからこその【Pioneer(開拓者)】なんだから」


「……たとえ数字が取れなくても、ですか?」


「ずっとずっと売れないまま、活動も精力的に行わないとなったらまた話は変わってくるけれど、急いで数万、数十万もの視聴者を獲得してほしいなんて思っていないよ。言い方は悪いかもしれないけれど、あなた達の活躍を収益の柱として考えた事はないからね。もちろん、いずれは成功してそうなってくれればいいなとは思うけど、私の配信と〝新技術〟のカメラレンタル、それに今度から始まるスタジオレンタル事業で充分に収益は出るよ。ね、レイネ」


「はい。一般的なVtuber事務所は総合マネジメント契約こそしますが、個人事業主との契約として対応しています。が、ウチの場合は固定給プラス歩合という形で雇用契約にしている時点で、他の事務所とは在り方自体も異なります」


 この辺りは私もいまいち分からない部分ではあるんだけど、個人事業主との契約と社員としての雇用じゃ色々違うらしい。経費にできる部分とできない部分なんかも違うみたいだしね。


「……そりゃあいきなり売れたり人気になれないっていうのは、私も分かっています。でも……」

「……そのぉ、私たちにとっては自由にやらせてもらえるっていうのも、急がなくていいっていうのもありがたいんですけど~……。だったら、声をかけてくれたのはどうしてなんです~?」


 ……うん?

 あれ、なんか不服そう?

 そういえば、私って玲愛ちゃんと薫子さんに説明しなかったっけ?

 ……結愛ちゃんには直接才能を証明するって話とかしたけど、玲愛ちゃんと薫子さんについては言ってなかったかも。レイネ経由で話を聞いて、実力を見せてもらって、「この子、採用で」って言っただけだった気が……。


 ……なるほど。まあ確かに、私の今の話を聞いたらそうも思うよね。

 ぶっちゃけ今の私の言葉って、あまり期待してないよって言っているような物言いにも受け取れちゃうからね。


「ごめんごめん、言ってなかったね。単純な話だよ。私が、あなた達の才能を信じたから」


「――ッ」


「玲愛ちゃんの歌、薫子さんの楽しそうにゲームをする姿。そして、結愛ちゃんのその声。あなた達の持つ才能は、間違いなく光る。そう私が感じたからこそ、あなた達を引き入れた。さっきも言ったけど、『なりたい自分になって活躍できる配信者』、それを支える場を作り出そうっていうのがウチの方針だからね。だから、私たちがサポートするから、あなた達はあなた達らしくやればいいって言いたかったんだ」


「っ、す、すみません! 私、てっきり……」


「申し訳ございませんでした」


「いや、私が言ったつもりになっちゃってたのが問題だからね。ごめんごめん」


 一瞬、険悪になりかけた空気が霧散していく。

 玲愛ちゃんが慌てて頭を下げて、しかも薫子さんからも間延びしたいつもの調子もなくなってるし。結愛ちゃんなんて明らかにほっとした表情を浮かべているしね。

 ホントごめんよ。


「でも……うん、こうして話してみて、よく分かったよ。良かったよ、こうして会いに来て」


 結愛ちゃんは私が半ば強引に引きずり出した相手ではあったけれど、玲愛ちゃんも薫子さんも、自分がこれから活躍してやろうっていう熱意も確かにあって、本気だって事が分かった。


 玲愛ちゃんは、己の掴み取りたい夢のために。

 薫子さんは、自分が自分らしく自然で在りたいという願いのために。

 結愛ちゃんも、この機会に変わりたい、胸を張って生きていきたいという、理想の自分になろうと決意してくれている。


 みんながみんな、真剣に向き合っていこうとしているのが、こうして見ていて理解できた。




「――だから、私もまたその熱意に、誠意をもって応えるよ」




 パチンと指を鳴らす。

 空間が揺らめき、3人を伴って転移したのは、魔王城のバルコニーに置かれた椅子とテーブル。こうして3人が違和感なく移動できるよう、事前に準備していたそれに3人を座らせる。


「――え……?」


「……こ、れは……」


「……ひゃわ……」


 玲愛ちゃん、薫子さん、結愛ちゃんの3人が目を大きく見開き、周囲を見やる。


 天気は雲一つない晴天で、秋らしく涼しい風が吹き抜ける。

 バルコニーの繋がる魔王城と、その反対であるバルコニーの先に広がる広大な海に、小さく声を漏らしてからというものの、絶句して表情を固まらせたまま、周囲に顔と視線を彷徨わせる。


 ……まあ、そりゃそうなるだろうね。

 私だって前世の記憶が蘇らず、突然こんなところに転移させられようものなら、そうなるよ。


「ようこそ、私たちの居城へ」


 にっこりと微笑みながらそんな言葉をかければ、3人は相変わらず目を丸くして、口までぽかんと開いたままで視線をこちらに向けた。





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