【Pioneer】
寮として篠宮家が提供してくれているマンションは、一般的にタワーマンションと呼ばれる基準とも言われている、20階以上もあるようなものではない。
それでも階数も15階まであるのだから、充分に大きいよ、ホント。
最上階は持ち主の一族が使っていて、その下の階――つまり14階については親戚用、あるいはゲストルームとして利用する予定であったのだとか。
とは言え、滅多に使う事もないらしい。
というのも、1フロア12部屋もあるからね。
そんなに客を呼ぶ事はないし、そもそも最上階で部屋も余っているという状況らしかった。
レイネはそのワンフロアをまるっと12部屋分、全てを篠宮本家としてお買い上げ。
そこからウチの会社に賃貸として契約している。
今回の一期生で3人3部屋。
さらにそれぞれのマネージャーの社宅兼作業部屋としても貸し出しているようで、追加で3部屋が埋まっているらしい。
残り半分を社員用の社宅にしてしまうか、次に入ってくる二期生なんかのために空けておくかについては検討中。
ともあれ、そんな新築マンション。
エントランスから部屋番号で呼び出してドアを遠隔で開けてもらうか、カードキーを翳せばロビーへと入る事ができるらしく、今回はマンションの管理者用の扉――こっちは指紋認証らしい――を通ってロビーへ進む。
広々としたロビー内には、ホテルのロビーみたいにソファーと机の置かれた来客用の応接スペースなんかがいくつも用意されている。
正面にはコンシェルジュとか立っていそうなカウンターもあるけど、そこに人はいなくて、アンティーク調の電話が置かれている。
なにあれおしゃれ。
「あちらの受話器を手に取れば、コンシェルジュサービスに直通で繋がります」
「電話はアンティーク調なのに、サービスは妙に現代的だね。あのタブレット端末は?」
「通話よりもメール、メールよりもチャットが好まれる時代ですので、あちらを利用して連絡を取る事も可能なようになっております」
「……そう」
「ロビー内の施設、設備はマンション関係者は自由に使えるようになっています。あちらの扉の向こうは入居者用のスポーツジム。その隣は24時間利用可能の地下プールへと続く階段となります。反対側にありますあちらは地下駐車場へと繋がっております。また、地下駐車場内には万が一災害が起こった際に備えて各種物資の保管された倉庫もございます。もちろん、太陽光発電システムによってライフラインを確保できるよう配慮されております」
「……もちろん、なんだ」
「はい」
なんかこう、社宅ってレベル超え過ぎなのでは……?
というかこんなところを借りれるとか、福利厚生凄いね、我が『魔王軍』よ。
魔王軍って名前に似合わなすぎてネットだったら草生えるよ。
そんな事を考えつつちらりとロビーの奥に目を向ければ、3人の女性が何やら強張った表情をして、こちらを見たまま直立不動で固まっていた。
……何アレ。
なんであんな緊張感漂ってるの?
「あぁ、すでに待機していたようですね。まいりましょう」
「なんか固まってない?」
「気にする必要はございません」
いや、気にしようよ、そこは。
まあ気にしていたってしょうがないっていうのは分かるけどもさ。
ともかく、私も気持ちを切り替えて3人に向かってゆっくりと足を進めた。
レイネが先を進んでくれるならともかく、基本的にレイネは斜め後方をついて来る形で歩くため、必然的に私が先頭に立つ事になる。
……大丈夫?
なんか3人とも、私の顔を見てぎょっとしたような顔というか、近づくにつれて明らかに気圧されているような空気が強まっているのだけれど。
ある程度近づいてから足を止めれば、すっとレイネが私の横から前に出た。
「お待たせ致しました。3人とも、こちらが我が『魔王軍』の社長、魔王ヴェルチェラ・メリシスこと滝 凛音お嬢様でございます」
「よろしく」
……え、無言なんだけど??
どういう事かと3人を見て――うん、把握した。
見開かれた目、引き攣った口元。
どう見ても固まっているような、そんな状態であるらしい。
魔力も極力抑えているし、常人に固まられるような威圧感を敢えて纏ったりもしていない。
私と3人の斜め横に立っているレイネだって、いくら私の前だからって固まらせるような威圧を放っていたり、なんて事もしてないし……何がどうしてそんな反応に?
私もついつい困惑して二の句が継げない有り様となってしまったのだけれど、そんな私の状況に気が付いたらしい一人の女の子がはっと我に返った。
「――っ! す、すびましぇん! み、みみ、見た目が、ほ、ホンモノだ、って思って、その!」
「あ、ううん。大丈夫。えっと、あなたが汀さんでいいのかな?」
「ひぇっ、は、はひ……! な、なな汀、です! 汀 結愛、です!」
最初に口を開いてくれたのは、以前配信で私に匿名質問アプリの『バブル』で質問してくれて、その時にスカウトした汀 結愛ちゃん。
年齢は今年でちょうど二十歳になるんだっけ。
お世辞にも整えられているとは言い難いストレートヘアだけれど、長く黒曜のような綺麗な黒髪は手入れ次第では輝きそう。
童顔の女の子……なのだけれど、なんか胸の主張が凄い。
服装はもうちょっとスタイルに合ったものを選べばいいんだけど、胸に視線が集まるのが苦手というか不慣れな女子あるあるで、スタイルを隠そうとした少しだぼっとした服を選んでいるらしい。
妙に身体のラインが太く見えて勿体ない。
彼女の持ち味は、コンプレックスでもあったその声だ。
「よろしくね。それでそっちが……」
「あっ、はい! えっと、柚月 玲愛です! よろしくお願いします!」
続いて挨拶してくれたのは、確か元々は地下アイドルの研修生だったという結月 玲愛ちゃん。彼女は結愛ちゃんの一つ上で、今年で21歳。
彼女は篠宮家の付き合いのあった会社がバックアップしていたアイドルグループにいたそうなのだけれど、その会社がアイドル事業から撤退。地下アイドルグループの研修生をわざわざ拾うようなもの好きはなかなかいない。行き場を失くしていたところ、レイネが拾ってきた人材だ。
茶色い肩下あたりまである髪のゆるふわウェーブ。
可愛らしい顔をしているけれど、アイドルとして特筆するほどかと言うと、ちょっと難しい。
身体も小さく、胸の発育ぶりは少々控えめ。
ただ、彼女の持ち味はその歌唱力にある。
私もレイネにデータを聴かせてもらったけれど、彼女の歌声を聞いて鳥肌が立った程だ。
そんな彼女が売れなかった理由を調べてみたけれど、どうやらチームのマネジメントをしている男が原因だったようだ。
どうもアイドルというものに興味なんてない、ただただ仕事として与えられた業務をこなすぐらいしかできない類の人間だったようで、アイドルを「顔とスタイルが良くて男に媚びていれば売れる」という偏見のみで考えているような、そんな男だったらしい。
その男のせいで稀有な才能と言える歌声がスポットライトを浴びる事もなく、舞台に上がれず、ただただ訓練生という名の飼い殺しを受けて3年経って撤退という形で埋没しかけていたのだから……実力だけじゃ売れない業界なのだと本当によく分かる。
そして、最後の一人。
「挨拶が遅れてすみません~。ちょっとぉ、びっくりしちゃって~。萩野 薫子。24歳ですぅ」
「うん、よろしく。まさかあなたが来てくれるなんて思わなかったよ」
「そぉですかぁ? うふふ、わたしぃ、陛下とは是非一度は過激なプレイしてみたいと思っていたんですよぉ?」
「か、過激なプレイ……っ!?」
「……語弊を招くような言い方しない。eスポーツプロチーム【SLUG】に所属していた、アマネさん」
「んふふ、はぁ~い」
若干一名――結愛ちゃん――が見事に釣られたけれど、わざわざそういう言い方をした辺り、なかなかいい性格してるよ。
薫子さんは、長いミルクティー寄りのブラウンヘアの毛先を縦巻きにして、右肩から豊満な胸にかかるように下ろしているお姉様系。
ゆっくりとしていて妖艶さすら感じさせる口調、ぷっくりとした唇。
切れ長だけれどキツさを感じさせない、潤んだ垂れ目。
なんかこう、全体的に醸し出す空気がアダルティな感じだね。
彼女は元々eスポーツのプロチームに所属していた女性。
女性プロチームの結成と活躍を目標に作られたチームだったそうなのだけれど、チーム内で恋愛沙汰の諸々があったとかで解散したらしい。チームメンバー同士の百合とかじゃなくて、チームメンバーの彼氏が他のメンバーと、みたいな方向でね。
ちなみに薫子さんはその騒動の純然な被害者。
第三者として騒動に巻き込まれただけだし、そもそも当人はビジネスライクを貫き通していて、そんな騒動があったという事も事務所を経由して聞かされたのだとか。
新しいメンバーを入れ、薫子さんがリーダーとなってチームを引っ張ってほしいと言われたそうだけれど……「めんどいからイヤ~。ついでに抜けま~す」と宣言して脱退したらしい。本人談。
ただ、薫子さん曰く、もともとプロゲーマーとなってみたものの、「コレジャナイ感」が酷かったらしい。
なので脱退するタイミングを個人的にも欲していたらしい。
そんな中、私が参加した『OFA VtuberCUP』を見て、「この人と一緒にプレイしたい」という熱が上昇したらしく、わざわざ私のアカウントに熱烈なアプローチを続けていたみたいだ。
その結果、レイネの目に留まり、今回一期生としてデビューしてもらうに至ったという経歴の持ち主だ。
――……こうして見ると、なかなかに異色の組み合わせだなぁ。
挨拶もそこそこに応接用のソファーにお互い腰掛ける。
対面に座る姿を見て、改めてそんな事を思う。
見た目もバラバラ、キャラクターも、得意分野も全然違う。
歩んできた経緯も、経歴も、考え方だってそれぞれに違い過ぎて、被らない。
でも、それでいい。
だからこそ、ウチの一期生に相応しい。
これから彼女たちは、我が『魔王軍』の尖兵として活動する。
何が正解か、どれが正しいかも分からない道なき道と、既知ではない未知へと向けて、それぞれの個性だけを武器として、切り開いてもらうのだから。
――――『魔王軍』、Vtuber部門の一期生。
チーム名、【Pioneer】。
その3人と向かい合って腰掛けた私は、小さく気付かれない程度に口角をつり上げた。




