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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第五章 TURNING POINT
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悩みと遠慮





「ふふふーん! わたくしめも遂に上司に! 先輩になるのでございまする!」


 配信終了後、魔王城の玉座。

 玉座に座る私と近くにいるレイネの元へトテトテと小走りに駆け寄ってきてから、小さな胸をぐっと前に張って宣言するロココちゃん。


 そんな姿に苦笑する私の横で、紅茶の準備をしてくれていたレイネが小さく口を開いた。


「彼女たちとあなたとで絡む事はしばらくありませんよ」


「え」


「新人として動き出したばかりの段階では、コラボ配信は組まないという方針でやっていきます」


「えっ」


「特に今回、当然ながら成功するといった確信があって一期生として迎えたのは確かですが、彼女たちは今後の事務所の方針を形作っていくと同時に、今後に繋がるか――いわば試金石のような側面もあります。今後の二期生、三期生と抱えていくタレントの事を考えると、零期生とも言えるような凛音お嬢様や私、そしてロココさんによってコラボで引き上げるというような動きは好ましくありません」


「えぇ……っ?」


「つまり、ロココさんが先輩ムーブできるようになるのはずっと先の話です」


「……ぁぃ」


 がっくりと肩を落として項垂れているロココちゃん。

 彼女には悪いけれど、こればっかりはレイネの言う通りなんだよね。


 Vtuberとしてタレントを抱えていく事を考えると、これまでの私のやり方を踏襲させるって訳にもいかないし。ほら、私ってそれなりに炎上というか、売られた喧嘩は正面から買っていくような感じで対応していたし。


 もっとも、今後もそのスタンスは変わらない。

 もしも一期生となった面々に向けて心ない誹謗中傷を書き込むような存在がいれば、厳しく対処をしていくつもり。


 それが法的措置か魔法的報復であるかと言えば、なるべくなら前者の方が好ましいね。

 見せしめにもなるだろうし、抑止力としても目に見える制裁があった方がいいだろうし。


「ロココちゃんも落ち着いたらコラボとかもできるようにするから、それまでは我慢だね」


「むむむー……、承知でございまする。でもでも、そろそろコラボとかしてみたいと思っておりまする!」


「ん、それって私と? それとも外部の人?」


「最近、『じぇむぷろ』のところの方に声をかけられているのでございまする!」


「おー、そうなんだ。レイネ、何か聞いてる?」


「具体的なスケジュールは出ていませんので、今はまだ確定ではありませんが、打診自体はいただいているようです」


「そっか。……ロココちゃん、出せそう?」


 言下に諸々を込めた意味で訊ねた言葉に、レイネは僅かばかりに瞑目して逡巡し、目を開けてから頷いた。


「最近はだいぶ安定してきていますので、特に問題はないかと。彼女の発言についてはだいたいが〝そういう設定〟として受け入れられ、多少おかしな事を言い出してもそれはそれで彼女の持ち味となっております」


「んにゃっ!? お、おかしな事なんて言っておりませぬっ!」


 訂正を~~、なんて言いながらレイネの前でぴょんぴょん跳ねてアピールするロココちゃんの可愛い抗議。けれどレイネは訂正するつもりはないようで、しれっと視界に入っていないかのように真っ直ぐこちらを見つめている。かわいそかわいい。


「まあいいんじゃない? ジェムプロが相手ならそこまで過敏にならなくていいでしょ」


「……一応、先方は業界最大手ですが」


「だって、ユズ姉さんがいるし、私もそれなりに面識のある事務所だし。なんかもう、半分身内みたいな状況だしね」


 ジェムプロには私がコラボした面々以外にも、すでに〝新技術〟こと魔道具カメラのレンタルに関するあれこれで大体のライバーと面識がある。

 例外は、キャラクター的に自他共に認めている圧倒的陰キャな感じで有名なキャラの子たちぐらいかな。

 まあ、あの子たちは外部コラボ自体全然やらないって有名ではあるけどね。


「では、コラボについてはこちらも問題ないということで、先方と詰めておきます」


「ありがと」


「よろしくお願いいたしまする!」


 レイネがタブレット端末をいじってメールの対応を始め、ロココちゃんがそれをきらきらとした目で見上げる。

 そんな二人の横で、私は私で先程からスマホで書いていたアプリ画面に意識を戻した。


 アプリは、いわゆるToDoリストと呼ばれるような代物を作成、管理するためのもの。

 そこには一期生のデビューに向けてこれまで進めていたタスクなんかがチェックを入れられていて、ある程度のタスクが片付いてきている事が窺い知れる。


 あと残っている私のタスクは、たった一つ。




 ――「一期生(一般人)への魔法育成はどうするか決める」。




 唯一空欄のまま、チェックの入らないその場所に書かれた文言。


 これから先、魔道具を、そして魔石を一般に流通させるにあたって、魔法という存在は否応なしに広まっていく。というより、篠宮という家の力を使う事にはなるけれど、私が広めていくことになる。

 そうなる前に魔法について手ほどきをしてしまってもいいかな、なんて思ったからこそ、お母さんやユズ姉さん、トモとユイカ、このみんには魔法を少しばかりレクチャーしているのが現状だったりする。


 でも、一期生は、言ってしまえば私にとってはまだ『他人』の領域にいる存在だ。


 魔法を使えるようにするのは構わない。教えるのだって別に嫌ではない。

 ただ、魔法という力は便利な代物だからね。

 当然、持っていれば使いたくなるだろうし、そうなってしまう気持ちも理解できる。

 今生を生きてきて、前世を思い出したという私だからこそ、魔法という存在は便利だし、なんなら普通に使っている。


 みんなに魔法を教えたのは、そういう感情が生まれることも想定しているし、それで使ったが故に魔法という存在が知られてしまっても、私が責任を持って守るという覚悟があるからこそだ。だから気軽に教えた。


 ただ、そこに一期生も含むかと言われると、薄情な言い方かもしれないけれど、「まだそこまでの関係ではない」と思ってしまう。

 いや、ウチの事務所に所属してくれているんだから、当然雇用主としては守るつもりはあるけれど、ね。

 いや、守れなくはないんだから、別に普通に教えてしまってもいいんだけれど。


 なんとなく一歩が踏み出しにくいというか、言語化できない何かがもやもやと残り続けていて、これだと決めて行動できないというか……。


「凛音お嬢様」


「ん?」


「迷っていらっしゃるのであれば、まずは一度、直接会ってみてはいかがでしょうか?」


「……私が何に迷っているのか、見当がついてる感じ?」


「はい。だからこそ、改めて直接会ってみてお考えになればよろしいかと」


 まっすぐこちらを見つめて、あっさりとそう言い放ってみせたレイネ。

 そんな彼女に唖然とした表情を向けていると、レイネはほんの少し、柔らかく微笑んでみせた。


「昔から、凛音お嬢様は思考をまとめる際にお悩み事があると、そのように人差し指でゆっくりとトントンと机を叩いておりましたから。この状況で凛音お嬢様がお悩みになる事といえば、推測すれば察するのはそう難しくありません」


「おぅふ」


「そもそも、凛音お嬢様はむしろ遠慮していたのでございましょう」


「え? 遠慮?」


 予想していなかった言葉に首を傾げてみせれば、レイネは小さく頷いた。


「凛音お嬢様は魔法を教える事に対し理由をつけて迷っておりますが、何よりも巻き込みたくないのではございませんか?」


「巻き込みたくないって、どういう意味?」


「魔法が公のものとなり、その際に『知らなかった』のと『知っていて黙っていた』のでは彼女たちの心持ちも異なります。故に、知らさずにいた方が彼女たちの為になるのではないかと、そのような事をお考えになっていたのでは?」


「……あー」


 言われてみて、すとんと胸の内側に落ちるような。

 それこそまさに腑に落ちるというのはこういう事なのかもしれない、なんて思いつつ、それこそまさにと情けない声が零れた。


 そっか。

 言語化できないもやもやとしたものは、それだったのか。

 ……そっかー……。


「なるほどね。レイネの言う通りだね、ホント」


「はい。すでに寮にはいるのですから、会いに行ってみましょう。そこで魔法について触れてみて、本人たちに決めさせれば良いかと」


「……そうだね。じゃあ、そうしようか。ロココちゃんは顔合わせ、もうちょっと待っててね」


「うぅ、仕方ありませぬ。早くわたくしめも先輩ムーブしたかったのでございまする……。焼きそばパンなるものを買って来てもらうという伝統芸を……」


「いや、それは確かに伝統芸っぽいノリだけど……仲良くもなってないのにそんなこと言ったら、むしろ引かれるんじゃない?」


「なっ!? そ、そうなのでございますか!?」


「いきなりそんな事を言われても、ネタかどうか迷いそうではありますね」


「……うぅ、まだまだこの時代の常識を学ばねばなりませぬ……。わたくしめ、先にお部屋に戻ってお勉強に勤しんでまいりまする……」


 肩を落としてとぼとぼと出ていくロココちゃんを見送って、私もまた玉座から立ち上がった。


「レイネ」


「はい、行きますか?」


「いや、行くんだけどその前に――いつもありがとうね」


「……いえ」


 まっすぐ御礼を告げてみれば、レイネはふいっと僅かに目線を逸らして小さく答える。

 気付かれない程度にお腹の前で組んだ手をもじもじさせて、耳まで赤くしていて。

 なんか可愛い。


 そんなレイネのレアな姿を見て満足したので、私はレイネを伴って一度自宅へと転移した。





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