【配信】裏 変わらぬ魔王節 Ⅰ
《――待たせたの、皆のもの。魔界の頂点、魔王ヴェルチェラ・メリシスじゃ》
『きたーっ!』
『毎回開幕の挨拶が割りと適当で草』
『待ってました!』
『毎秒配信して』
最近ではメディアにも取り上げられ、世間一般にも認知されてきたVtuberという存在。
初期投資費用は嵩むものの、自分の顔に僅かにでもコンプレックスを持っている人でも、そんな自分の現実の顔を見せずに活動できることや、プライベートをしっかりと守りやすいことなんかも含めて、新規参入する人は増えてきている。
そうして広まった結果として、玉石混淆とも言えるVtuber業界。
しかしこの業界で成功を収めるには、大手の事務所に所属しなくては難しいとさえ言われている。
その先駆けとなったのが、Vtuber最前線を走り、アイドル的な活動に舵を切ったところ、見事に成功を収め、今では業界でも最大手の一角として名を知られている、私の所属する会社――ジェムプロダクション。
そして一方、男女問わず様々なタレントを擁し、性別の垣根を越えて仲良くゲームをしたりイベントをこなしたりといった姿を楽しめる、『CLOCK ROCK』ね。
結果としてVtuber業界は大きく盛り上がり、最近は女性プロゲーマー、eスポーツに力を入れている事務所であったり、いわゆる下ネタなんかも堂々と扱っていく芸人にも近いスタイルで人気を得ている事務所なども台頭してきていて、方向性によって強みを活かして活動の幅を広げている。
そんな中、個人勢としてデビューして成功を収めるような稀有な例も存在するのは確かなのだけれど……現在のVtuber業界で、個人勢の代表格は誰かと言えば、彼女の名が挙げられる。
それが、魔王ヴェルチェラ・メリシス。
私――滝 楪――の姉であり、この日本はもちろん、海外でも名が知られている大女優でもある私の姉――滝 紅葉――の娘、凜音ちゃんである。
《ふむ。それにしても、なんというかまぁ、同接人数バグっておらんか? 妾、まだ配信始めて1年経っておらんぞ? 今日も大きなイベントではないというに、13万人ってどうなっておるんじゃ?》
『陛下だからでは?w』
『自覚してw』
『あなたが色々やらかしまくるからよ?w』
『タイトルに重大告知なんて書かれたら、そらもう同業者もヒヤヒヤよw』
『一般視聴者もヒヤヒヤよ、色んな意味でw』
「それはそう」
配信のコメントを見て思わず口を衝いて出た、シンプルな同意。
ただの新人Vtuberが相手なら、なるほど、確かに凄まじい数字だとも言えるかもしれない。
でもね、凜音ちゃん。
あなた、ほんとに……ほんっっっっとに色々やらかしているのだから、そりゃあ視聴者からも注目されるというものなのよ。
まず、彼女の独特な――いえ、それこそ姉さん譲りのカリスマ性、だろうか。
他人を惹き込むような声、息づかい、堂々とした物言いや態度のそれらだけでも、充分過ぎる程に人気を博する理由に成り得る。
その上、Vtuberという、いわば二次元での活動が主となる以上、切って離せないゲームというアイテムを用いた配信。視聴者も受け入れやすい代物であり、上手い下手はともかくとして、話題になる便利なツールと言えるそれで見せた、超人的なプレイヤースキル。
そして、これまでの業界の常識を置き去りにした、〝新技術〟の発表。
その技術のレンタル事業を行う会社の設立に、さらに専用の貸しスタジオの経営まで発表。
さらにこの夏、とある政治家のスキャンダルに関与したのではないかと思われる、〝新技術〟を用いたオープニング映像付きの生配信。
……そりゃあ、業界も注目するわよ。
私だって、もしも凜音ちゃんが親戚でなかったとしたら配信を見逃す訳にはいかないと齧りついてでも見ていたでしょうね。
まあ、色々と背景を知っていて、しかも私の味方をしてくれているって分かっている今の私は、缶チューハイ片手に落ち着いて観てられるけれども。
《まあ良い。ともあれ、今日はサムネにもある通り、ちょっとした重大発表があっての。その発表前に、最近やたらと多い匿名質問を割っていくかの》
『ちょっとした重大発表という矛盾w』
『ロココちゃんがお漏らししたアレでしょw』
『なんだろう、気になるー(棒)』
『引っ張るねぇ』
視聴者たちの反応を特に気にする様子もなく、凜音ちゃんが画面上に表示させた匿名質問の数々。
たまに反応しようもない、俗に言うクソ泡なる代物も紛れ込んでいるみたいだけれど、それはともかくとして。
……やっぱり、あの政治家スキャンダルに関しての真偽を問うような質問が多いのね。
《ま、この通りでの。あの議員のスキャンダルに本当に関与していたかについては、妾は答えるつもりはない。関係していないと言っても納得せぬであろうし、かと言って認めたところで、貴様らとて信じることもそうそうできまい》
『まあそれはそうなんよな』
『もしアレがガチだったら、陛下はガチで魔法使ってるってことよねw』
『かと言って関係ないとも思えないんだがw』
『※ このメッセージは削除されました。』
『むしろ真実であってほしいとは思う。法で裁けないような連中がデカい顔していい思いしてるのは面白くないし』
『※ このメッセージは削除されました』
『ちょいちょい過激なコメントもあってカオスw』
「うわぁ……、堂々とそこに触れるんだ……」
まさか堂々と触れるとは、なんて思ったら、予想通りコメント欄は凄まじい勢いで流れている。
最近、この国の政情が不安定だ。
無理な増税、国民の主張を無視した国会の在り方なんかに、今まで政治に興味を持たなかった若い層も、政治家の自分勝手さ、愚かさを目の当たりにして怒りの声をあげている傾向にある。
もっとも、そんなものはこれまでに知られていなかっただけの、氷山の一角でしかないとは思う。
今が特別に不安定になったという訳じゃなくて、ただただこれまで若い層からは目も向けられてなかっただけ。水面下で黙殺されてきただけ、とも言えるかもしれない。
ともあれ、そういった問題が噴出して、最近は何しろ荒れている。
過激な発言や動画もインターネット上で飛び交っているぐらいだしね。
《さて、こんな中で一定数あったのがこの質問じゃな》
――『陛下は魔王として魔王時代に国を運営する側の立場でしたが、そんな陛下から見てこの国はどう思いますか? また、どうすれば良くなると思いますか?』。
『それは気になる』
『大丈夫か、それ触れてw』
『さすが陛下、普通なら避ける質問に堂々と触れていくぅ!w』
『この前の動画では議員(?)相手にボロクソ言ってたしなぁw』
……さすがにこれは……。
いや、うん、ジェムプロだったら絶対に触れさせない質問だなぁ。
思わず頬を引き攣らせつつ、そんな感想を抱く。
コメント欄でも触れている通り、普通なら触れない問題だ。
というのも、政治と宗教なんて代物が絡んでくると、こういう配信は必然的に荒れやすくなる傾向にある。
だからこそ、不用意に触れてしまうと痛い目に遭うとも言える。
コメント欄でもそういう傾向にある事は理解している人は一定数いるのか、ちょっと心配そうなものもちらほらと見えた。
けれど、あの子は――そんなコメントを見て嗤った。
《くくっ、何を慌てておる。議論、反論、大いに結構ではないか。何せこの国は民主主義なのであろう? つまり主権を持つのは他ならぬ国民のはず。そうであるのなら、どのような主義主張があり、どのように考えるかを口にするのに何に憚る必要があると言うつもりじゃ。触らぬ神に祟りなし、と賢しげに――いいや、小賢しく、当たり障りのない対応を取って、臭いものに蓋をするかのように隠し、目を向けずにきた無関心こそが何よりも腐敗を招くというものであろうよ》
『腐敗w』
『言うねぇw』
『※ このメッセージは削除されました』
『あー、まあそれはあるかも』
《して、妾の考えについてなんじゃが、妾は元魔王じゃ。故に王侯貴族のいる政治――つまり、君主制、貴族制度しか知らぬ。そんな妾から見ればこの時代、この国の民主主義は、妾が知っておる政治に比べて随分と風通しの悪い代物といったところじゃな》
『民主主義なのに風通しが悪いとは』
『封建制度ってヤツ?』
『いや、貴族なんていたら特権階級のやりたい放題になりそう』
『不敬罪とか出てくるんじゃね?w』
『お貴族様とか厄介では? 悪徳貴族とかいそうだし』
『ちょっと分かる』
《コメントを見る限り、どうにも貴様らが王侯貴族にどのようなイメージを抱いているのか分かりやすいのう。まあ権力に胡座をかくような者は確かに存在していたがの。もっとも、今のご時世でそのような真似をすればあっという間に拡散されるであろう。貴族は個人だけではなく、家や一族の看板を背負っておる。そのような者がこの時代に分かりやすい無体な真似をできるはずがなかろう》
『今の時代なら確かにそうなるかw』
『拡散希望のハッシュタグが火を噴くのかw』
『拡散される貴族の不祥事w』
『まあ中世やら後世やらの典型的な悪徳貴族なんて、現代じゃ無理だわな。顔も知られるだろうから、悪いことしたらSNSで拡散されて槍玉に挙げられるし』
そうかもしれない、と思う。
確かにファンタジーものなんかで見るような、絵に描いたような悪い貴族とか、特権階級を振り翳すような貴族のイメージは強いけれど、今の時代にそんな真似をすれば、あっという間にSNSやらで拡散されるでしょうね。
《まあそれはさて置き、妾が知る国は領によって分かれ、その領や派閥によって競争が、そして互いに隙を見せぬよう牽制が生まれておった。当然、貴族であっても家や一族の繁栄のために利益に絡むのは確かじゃ。先程も言った通り、人間はそもそも欲と切り離せるものではないしの。しかし一方で、領を管理する貴族が腐敗し、しっかりと領の手綱を握れないのであれば、その貴族は淘汰される事になる。領を広げ、収入を増やし権力を持ちたがる者や、派閥の違う他領の貴族なんかは、常に虎視眈々と他所の貴族の攻めどころを探っておるからの。まあともあれ、国の中でそうした競争による自浄作用が働いておった、とも言えるやもしれぬ》
『ラノベ政治あるあるだなぁ』
『同じ国であっても領によって政策が違ったりするんだっけ?』
『なんか不便よな』
『弱みを見せないようにするって緊張感あるし、その方がいいのかもな』
《税率も領を治める貴族の采配によって調整できる。貴族は領主として、しっかりと住みよい環境を提供する必要もある。先程、現代に置き換えたらSNSで拡散される、なんて話をしたが、この時代に特権階級である貴族が愚かに私腹を肥やそうものならば、ある日、忽然と自領から人が消えていて、さらにSNSで拡散までされる、なんて事もあるであろう。当然、そのような事実が発覚すれば言い逃れなどできるはずもない。待っておるのは没落、破滅じゃ。そうして新たな貴族が領を治める事になるであろう。ある意味、そうして腐敗を取り除きやすい環境であったからこそ、今の政治は風通しが悪い、という印象なのじゃよ》
『より良い領に人も移るだろうし、人がいなきゃ税も取れない。民衆も学がある以上、選択することができるし、貴族は自分たちが良い暮らしをするためにも良い政治をしなきゃいけない訳か』
『むしろそう聞くと、形だけの選挙なんかよりその方がいい気もする。今って政治家変わってもバックにいる連中はなんも変わらんし』
『そして悪徳貴族はさくっと断頭台へ……w』
『責任の所在がハッキリするから管理も強化されるかもね』
『貴族めっちゃ大変だな……w』
『自分の領で下手なことされたら責任を取らなきゃならんのか』
……なんていうか、コメントにもある通りだけれど、そう考えると貴族って大変よね。
私も中世、後世ヨーロッパの歴史なんかは知っているし、そういう題材が出てくるライトノベルなんかで悪徳貴族なんかがいる話を読んだりもしてきたけれど。
でも、こうして改めて考えれば、貴族は領を栄えさせて、税をしっかりと徴収して、それを国にも収めて、自分たちも贅沢に暮らすために、しっかりと領の手綱を握って領を守り、育てなくちゃ罰せられる事もあるという。
今の時代に君主制、貴族制度なんてものが適用されたりしたら、上からは国の王様、あるいは爵位の高い貴族に見られるという重圧。下からは、下手な真似をすれば領民によってスキャンダルを挙ってSNSで拡散されるという恐怖が付き纏う、それが貴族ということね。
……それは必死にもなるでしょう……。
特権ぐらいもらわないと割に合わない役割よね……。
《本来、国を運営する立場になるとはそういう事じゃ。それに携わる重圧をしっかりと学び、義務を果たしておるからこそ、初めて貴族には特権が認められておるのじゃ。義務を果たさずに特権を享受するなんぞ論外であろうよ。誰のような、とは言わんが》
『草』
『どこぞの暴露謝罪会見w』
『あれかよww』
『陛下の話を聞くと、封建制度は逆に今の時代にはありかもしれないって思えてしまう』
『正直、今って政治家が変わっても期待できないしな』
『どうせまた知らない爺さんが出てくるだけでなんも変わらん』
コメントに溢れる若い視聴者層の政治への印象。
期待できない、変わらないだろうという諦念を抱くというのも、なかなかに根深い問題よね……。
《ともあれ、そんな政治しか知らぬ妾に、この国の政治に対してどうこう言える事はないのう。せいぜい妾が言えることは、水の流れが堰き止められ、古い水が残り続け、新たな水も入らぬような湖は、やがて腐敗し腐臭を撒き散らす、ということぐらいかの。まぁ何がとは言わんが、そんなちょっとした独り言ぐらいかの》
『ふぁーーww』
『割りとずばっと言っているヤツw』
『草』
『どういうこと?』
『あー、与党政権が長く続き過ぎてるってのはあるかもだしな』
『なるほどww』
……凜音ちゃん、実は本当に魔王だった記憶とかあったりしない?
むしろそう言ってくれた方が納得できちゃいそうよ、私。
《ま、政治の話については以上じゃな。そろそろ時間もそれなりに進んできたし、重大告知に進むとしようかの》
『待ってましたー!』
『政治の話で同接減るどころか増えてて草』
『これまた配信後にあちこちでこの話取り上げられるやつw』
『ホント、毎回毎回色々な意味で爪痕残しやがる、この陛下ww』
……うん、ホントそうね。
ちょっとエフィや他のメンバーに、今回の凜音ちゃんの配信には触れないように釘を刺しておかなきゃ――なんて思いつつキーボードをカタカタと打っていたところ、凜音ちゃんが軽い調子で続けた。
《――という訳で、本日の重大告知はこちら。我が魔王軍にて、妾やレイネ、ロココは別枠として、正真正銘に正式に第一期生として3人のVtuberがデビューするので、その告知じゃー》
『は?』
『え』
『もしかして、以前のバブル配信の子もおる!?』
『はあ!?!?』
『ちょっ、マジかw』
『えええぇぇぇ!!』
「――は……?」
タイピングしていた指の動きを止めて、私は唖然としたままモニターに目を向けつつ固まった。




