配信前のお話
「――……この平和な世界で、無双ってあるんだなぁ」
帰宅後、シンプルな私服に一度着替えて魔王城こと篠宮家の離島へと転移した私は、今日の学校でのやり取りを思い返してそんな言葉を呟いた。
無双と言えば、圧倒的な武力を用いて雑兵を薙ぎ倒すような様を思い浮かべるものだけれど、私が今日見たものはそういうものではない。
圧倒的な説得力で、文化祭のクラス案をあっさりと勝ち取ってみせたこのみんの姿に関するものだ。
調査に裏打ちされたデータと、他クラスの傾向。
同一コンセプトとなりがちな、お祭りの出店あるあるとも言えるようなメニューとは一線を画し、和風コンセプトを取り入れた衣装と和菓子という、若い世代にとっては物珍しい商品を扱うことによる話題性。
閑古鳥の鳴く茶道部への導線として、茶道部にパンフレットなどを作ってもらってテーブルに配置するなどはもちろん、地域にも一種の経済効果が期待できることで教師陣の関心を買い、なかなか着る機会のない和装を貸衣装としてレンタルするなどして、女子陣の興味を惹いてみせるという手腕。
ノリと勢いで陽キャメンバーが脳死したかのように定番中の定番、お化け屋敷やメイド喫茶だのと提案し、しかしその提案理由が「やってみたい、見てみたい、盛り上がりそう」というふわっとしたものが一通り出揃ったところで、突如としてこのみんが文字通りレベルの違うプレゼンを行い、文字通り格の違いを見せつけたものだから、反論など出る余地もなかった。
他の生徒から出たものと言えば、せいぜい「和装衣装に大正浪漫系はありですか!?」と鼻息荒く声をあげた女子生徒の案とか、衣装の追加なんかを認めたことぐらいだ。
――――とまあ、そんな事を私の髪の毛を梳かしてくれているレイネに話してあげると、レイネが関心した様子で「ほう」と短く声を漏らした。
「学生の時分でそこまで資料を固められるとは、素晴らしいですね」
「レイネもそう思う?」
「はい。これがビジネスであったのなら、そこに加えて市場の動きなどにおけるマーケティング調査や展開も加味する必要もありますが、学生の文化祭というレベルで考えれば充分過ぎる程に練られていると思います。おそらく、そういった企画案を作り慣れているのでしょう」
「え、まだ高校生なのに?」
「あの方のご実家が経営されている会社は、近年『社長の肝入案件』として若い世代をターゲットとした展開が増えており、それなりに業績を伸ばしております。おそらく、それらの発案者こそが……」
「このみん、ってこと?」
「はい。一通り形にしたものを作り、指摘され、研鑽されていく内にしっかりとした企画の草案を生み出し、説得力のある資料作りというものを学んでいったのでしょう」
「なるほどねぇ。レイネがそこまで言うなら、きっとそうなんだろうね。すごいね、このみん」
今の私じゃ、少なくともこのみんのようにしっかりとした企画書なんて作れない。
私が物事を考える時、その判断の基準になっている知識は前世――つまり、魔王として生きていた頃のモノが根幹になっている。つまり、膨大な時間を生きる中で見聞し、蓄えてきた経験と知識というものを軸に物事を考えているという訳だ。
けれど、この世界、この時代にプレゼンするための資料を作るとなった場合、そこには当然ソースやらエビデンスなんてものを求められるようになるので、私の考え方が通用するはずもない。
今の私は小娘に過ぎないし、説得力もへったくれもないし。
「確かに素晴らしいとは思います。しかし、凜音お嬢様にはそもそも、そのような能力は必要ございません」
「んぇ?」
「そういったものを用意するのは、私や下の者で充分でございます。凜音お嬢様は凜音お嬢様らしく在り、振る舞っていただければそれで良いのです」
「んんー、そういうもの? 社会人になったら必要じゃない?」
「社会人としては必要かもしれませんが、そもそも凜音お嬢様が一般的な会社に務める事はありませんので。不要です」
「……まあ、それはそうかもね」
ただVtuberとして活動しているだけだったのなら、確かに将来を視野に入れて普通に就職できるように、なんて考えも持つべきかもしれないけれど……まあ、私の場合はそうはならないからなぁ……。
ぶっちゃけ、魔道具技術を展開しただけで、競合が出ない以上は市場を完全に独占してしまえる。
そうなれば、それはもうしっかりと稼ぐ事もできるだろうしね。
それに加えてスタジオレンタル事業に、魔石を広めて研究協力的な立ち位置まで確立する事ができるのだから……まあ、普通にどこぞの会社に就職する必要はないと思うよ。
もしそちらがコケたとしても、レイネが私を普通の会社員になんてさせないとか言い出しそうだし。
……さすがにヒモみたいにはなる訳にもいかないし、頑張らなきゃ。
「――はい、できました」
「ん、ありがと」
声をかけられて正面にある鏡を見れば、そこには銀色の長いストレートヘアを下ろした、金色の双眸を持つ私の姿。
しっかりと髪を梳かれたおかげで、髪も跳ねたりなんてこともなく真っ直ぐ髪が整えられている。
白い北欧人らしい肌の色に対し、ほぼ黒に近い紫がかった色合いのドレス――レイネ作――が美しいコントラストになっていて映える。
魔道具としたカメラを使った撮影による、幻影の魔法。
あの魔法は現実との乖離が少なければ少ないほど、不自然さというものが消える。そういう魔法だ。
だからこそ、私にわざわざ魔王時代の衣装――というか、モデルとして私自身が作っていた、かつての自分のドレスを、こちらの世界でしっかりとレイネが再現してくれた。
あちらの世界では【狂獄蜘蛛】という魔物の吐き出す糸を使ったものだったし、魔法を付与したりなんて事もしていたから、あくまでも模造品に過ぎないけどね。
まあ、生地はともかく、前世のドレスの見た目を完璧に再現してみせているのは純粋に凄い。【狂獄蜘蛛】の糸って、布にした時に微妙に光を反射させて色合いを変えたりしていたのだけれど、このドレスも前世のそれさえしっかり再現しているもの。
……このドレス作るのにいくらかかったんだろう……。
「凜音お嬢様」
「ん、なに?」
「彼女たちの引っ越しについてですが、明日には完了いたします」
「あー、そういえばもうそんな時期だったね。思ったより早いね」
レイネに言われて思い出す。
いや、今日の私の配信に思いっきり関係している面々の話ではあるんだけど、引っ越しがどうとかそういうのは、レイネや会社にいる篠宮家の息がかかった面々に任せっぱなしだったしね。
今、私の会社――と言う名のほぼレイネの会社――には、すでに社員として篠宮家の息がかかった面々30名が在籍している。もっとも、その面々の多くはそれぞれの仕事に奔走していて、私も顔を合わせた事はほぼほぼないのだけれど。
動画の編集スタッフや外部との折衝、それにスタジオの管理業務や魔道具カメラのレンタル部門の管理部として動いてくれている。
ちなみに、ウチの会社は本社と呼べる場所は、レンタルスタジオの敷地内にある、倉庫を改装した建物の1棟。
そこがオフィスとなっているのだけれど、スタジオの管理業務担当以外は基本的にテレワークとかサテライトオフィスとかを使って、自由にフレックスタイム制で動いて仕事をしてもらえばいい、という方針。
それでサボるようなら、出勤させたってサボるタイプだろうし。
一瞬でアルバイトレベルの現場スタッフに格下げされるし、給料も減るらしい。
自由にやれるからこそ、評価は直結するという訳だね。
これだけの人数を私の動画配信、スパチャで養っていけるかと言うとかなり厳しい。
一時的にレイネが出資するという形を取ってもらっていて、事業が本格的に始動して黒字が出てから返済していくという流れになっている、らしい。
……いや、私社長ではあるんだけど、どういうお金の動きにするかとか、レイネが決めてるからね。ぶっちゃけ細かい数字とか、この世界の税金だとか経費計上ルールだとか知らないから、下手に私が動かすとレイネの仕事が増えそうだし。
……うん。
適材適所、これに尽きるね!
意地を張って無理にやる必要はないよね、きっと!
「みんな寮に入ったんだっけ?」
「はい。というより、寮の紹介をしたところ、全員とも目を輝かせて食いつきました」
「……まあ、それはそうなるよね」
何せレイネが用意した寮は、これまた篠宮家の関係者が所有、管理している代物だ。
立地もかなり良くて、ネット回線もしっかりとしたものが備え付けられていて、防音室付き。さらにセキュリティ面も充実している新築マンションである。
最近そういうマンション需要が高まっているという事もあって、篠宮家の関係者がちょうど新たに建設していたものを、レイネがウチの会社の寮用に部屋としてキープしてくれたらしい。
「……ちなみにあそこ、普通に借りたら家賃おいくらなの?」
「都心部とは言えない場所ではありますが、立地も悪くありませんし、設備や間取りを考えれば月30万程度かと」
「……それが3分の1以下の月8万円になるって言うんだから、そりゃ入るだろうね……」
私も間取りとか見せてもらった時に調べてみたけど、あの辺りのアパートなんかの賃貸物件を見る限り、月8万程度じゃせいぜい少し広いワンルームか、築数十年レベルの古い部屋で名ばかりの1LDKとか、そんなものが関の山だからね。
いい部屋だとは思うけど、私は一人暮らししたいなんて思わないから、そこに入りたいとは思わないかな。
そもそもお母さんが出かけがちで一人暮らし気分なんて昔から味わっている訳だし、配信はこうして魔王城に転移してきて行うようになったし、一人暮らしするメリットがないしね。
「ともかく、今日の配信での告知も予定通りでいいってことだね」
「はい。スケジュールは予定通り、今週末で行います」
――これはまた盛り上がるだろうなぁ。
なんて思いつつ、私はニヤリと笑ってから立ち上がった。




