『草案』とは(困惑)
「アタシは、やっぱ飲食系がやってみたいなぁって思ってるよ。で、トモは何も考えてなかったパターン。このみんとリンネはどうなんだろうって思って」
「コンセプトやメニューは?」
「へ?」
「飲食系で利益を出すのって、なかなか大変よ? オーソドックスな催し物だし、きっと競合も多いでしょうからね」
「利益……?」
このみんのツッコミにユイカも、そして話を聞いていたトモも目を丸くする。
ウチの学校は私立校の中でも割りと特殊なものだと言える。
芸能関係のお仕事やら家の付き合いだったりで、平日であってもスケジュール次第で普通に学校を休む生徒が多い。
生徒の自主性を尊重し、成績についても単位制に近い考え方で評価されているので、たとえ出席日数が少なくても、必要な成績を収めていれば進級もできるし卒業もできちゃうし、裏を返せば、成績が悪ければ出席していたって留年するって事でもある。
ともあれ、そんな学校であるため、学校行事のスケジュールは一般的な学校とは少々異なっていたりするんだよね。
文化祭は必ず一クラスずつ何かしらやらなきゃいけないけど、基本的に自由参加制。
さらに外部の事業者――要するに飲食店だったり、何かのメーカー、ブランドだったりなんかとも自由に連携する事も認められている。
だからと言って、全部が全部外部に委託されているようなものは認められていないけれども、色々とやりようはある。
そしてウチの学校の文化祭、その最大の特色は『クラスの催し物は、必ず黒字を出す必要がある』という点かな。
部活でやるような催し物だったら別にそういった縛りはないんだけど、クラスで行うものについては予算はしっかりと出すけれど、利益を出してみてくださいね、というスタンスなのである。
もっとも、これが達成できなかった場合に罰金とかはないけどね。
予算は1クラスあたり、最大で150万円。
ただし、具体性がなかったり実現性、実効性がないものを計画しても、生徒会によって審査で弾かれてしまう。
申請の機会は2回まで。
その2回で通らなければ、予算10万円で自由にやっていいと言われるようになるんだよね。
そんな事を改めてつらつらとトモとユイカに一通り説明した後で、このみんが更に続けた。
「――そんな訳で、しっかりとした計画を練らないと、周りのクラスが予算潤沢で色々やってる中、ダンボールとか折り紙とかで装飾されて、ホットプレートを持ち込んだような予算10万円クオリティのクラスが出てきて、他のクラスからそれを見られるという訳ね」
「それはそれで文化祭って感じではあるけど……」
「『うわ、あのクラス、ちゃんとした計画立てられなかったんだ。草』、みたいな目で見られるのに?」
「……それは辛い」
このみんから『草』が出てて草。
ともあれ、文化祭のアレコレについて、改めてこのみんが説明してくれた諸々を聞いて、トモとユイカが顔を引き攣らせつつ呟いた。
そうなんだよね。
ただ資金の贅沢な私立校特有の待遇かのように聞こえる内容かもしれないけど、その実、現実を突き付けてきているのがこの学校の文化祭だったりする。
「ま、こういった背景があるものだから、文化祭については私みたいに経営者の血族だったりっていう生徒が主導になりがちなのよね。そういう勉強も家でしているもの。今回も一応草案はまとめてきているわよ」
「さすがこのみん。あれ? ってか、去年はあっさりと決まってたよね?」
「去年は東條がいたもの。アイツの鶴の一声でさっさと決まったじゃない」
「「あぁー……」」
去年っていうと、私がまだ前世の記憶を取り戻す前だもんね。
ちなみに私は不参加勢だったし、興味もなかったから完全にスルーしてたけど。
陰キャ系パッシブスキル、気配を消してそのままフェードアウトで盛り上がってる陽キャ勢と距離を置いてたし。
「で、リンネはどうなの?」
「あっはっはっ、何も考えてなかったね! というか忘れてた」
「おっ、仲間じゃん、リンネ。いえーい」
「いえーい」
トモと一緒になってハイタッチ。
このみんからは呆れたような目を向けられて、ユイカからも苦笑を向けられた。
「ま、不参加勢ならしょうがないと思うけれど。トモとリンネは不参加なの?」
「ウチはほら、コレもある通り、ちょっと予定が未定なんよね。当日参加できるかはスケジュールによるって感じ」
染めた髪をひとつまみしながらふるふると揺らして答えるトモに頷きを返して、このみんがこちらを見た。
「リンネは?」
「んー、割りと今、色々とやる事があるんだよねぇ。だから文化祭に集中して色々できるかって言われると微妙かも」
「……そうね。リンネは自分の会社の方で、文化祭と比較にならないぐらい大きなイベントも近いみたいだし」
「あー……ね」
「よっ、シャッチョサン」
「自分の会社……ウン、ソウダネ」
私の正体――つまり、Vtuberとして活動しているヴェルチェラ・メリシスであると知っている3人に言われて、ついつい苦笑してしまう。
いや、社長だとか言われても、私はお飾りでしかないし。
実務は基本的にレイネが執り行ってくれているから、せいぜい確認されて可否を判断するぐらいだ。
もっとも、レイネの場合、私にできないこと、やりたくないようなことをそもそも持ってこないから、GOサインをするぐらいしかない。
ユイカの言うような、「シャッチョサン」レベルのハリボテ感が否めない……。
「まあこのみん案推しで手伝える範囲は手伝うよ。そこまで切羽詰まってるって程でもないから」
「まだ私の草案について言ってないのだけど……」
「大丈夫、このみんなら」
「そうそう、このみんならきっとできる」
「うん、このみんなら大丈夫だよ」
「……あなたたちねぇ……。はあ、信頼してくれているって言えば聞こえはいいけれど、丸投げじゃないの。メッセージグループに草案のPDF送るから目を通してから言ってちょうだい」
バレた。
そんな話をしている内に教室へと到着して、机にカバンを置いてからスマホを見てみる。
このみんから送られてきたPDFを開いて、っと。
「……『地域商店街コラボ、和風コスプレ喫茶』」
「あ、『あかとらや』だ。駅前の商店街の和菓子屋さんじゃん」
「あーっ、あそこのお爺ちゃんのトコかー! よくサービスしてくれるよね!」
私とは違ってトモとユイカは知っているお店であるらしい。
商店街って駅方面だから、私の家とは学校挟んでほぼ真逆にあるし、あんまり行ったことないんだよね。
「トモとユイカは知ってるんだね。ここ美味しいの?」
「割りと若者向けに新商品とか出しててね。お店の前歩いてると試食していってって言われてさ。あのお店、超美味しいんだよねー」
「それなー。このみんも知ってるの?」
「えぇ、もちろん。あのお店、私の祖父の時代からのお付き合いがあるお店なのよ。去年の冬、外で修行していたお孫さんが戻ってきたみたいなのよね。それでトモやユイカが言うように、若者向けの和菓子開発に力を入れ始めたの」
「へー、そなんだ」
「いいねいいねー。あそこの和菓子だったらみんな好きっしょ!」
盛り上がる二人を他所にこのみんの資料を読ませてもらう。
あー、なるほど。
先方が試験的に開発してきた若者向けの和菓子を大々的に売り出すにあたって、地域にいる若い世代へのプロモーション、それに試験的に大量生産を行っていけるかテストを兼ねて協力してくれるらしい。
おかげで単価もかなり抑えて販売してくれると前もって約束までしているらしく、概算もすでに出ているみたいだね。
しかもお茶も向こうのお店でオススメの組み合わせを教えてくれて、茶葉も業者から仕入れたものを原価そのままで提供してくれるのだとか。
さらに内装、衣装も商店街に古くから存在している個人商店が協賛してくれるみたいで、それぞれの概算もしっかり出ている。
目的としては……なるほど。
同世代の一般家庭生徒に和菓子を食べたことがあるか、興味があるかというアンケートと、和菓子に対するイメージで多かった意見なんかをグラフにまとめてあって、どうしても和菓子は若者世代にとってはどうにも年寄り臭いというか、和菓子の良さを知る前に敬遠しがちな傾向があることを証明している。
そこで、若者世代に興味を持ってもらう『コンセプトカフェ』――要するにコスプレ喫茶とする事で、気軽に入れる空気を作って華やかな和菓子の世界を気軽に体験できるように、というのが狙いのようだ。
茶葉販売も含めてどの程度の販売、回転率なら利益が出るかとかまで出て試験的な数値も出ているし、生徒の配置なんかも色々記載されている。
「……草案ってレベル?」
裏テーマとして地域産業、商店街の活性化とマーケティング試験、なんて文言まで書かれているし、しっかりと事前に調査までしているのに?
増してや、茶道体験教室を例年開いている茶道部の集客率の低さだとか、それに対する導線にも成り得る、なんて事とかも書いてあるけど?
「プレゼンした後で、他にも参加する生徒から面白い意見だって出るかもしれないでしょう? だから、完成じゃなくて草案よ。必要な部分の概算はもうまとめてあるし、さらに何か面白い意見が出た場合に対応できるよう、プラスアルファの余地を残しているわ。それが固まればようやく完成ね」
「ほぇー」
「はへー」
……ウチの会社の企画開発部に、このみん推薦しておこうかな。




