第五章 プロローグ
夏休みが終わると、「あぁ、夏が終わった」なんて気分になる。
もっとも、そんな私たち学生の気分なんて知る由もないままに気温は下がらないし、「秋ってなに。もう10月ぞ? 夏続いちゃってんじゃん、太陽くたばれ」ぐらいの気分になりながら学校に行くようになるのは、世の学生ならば一度は経験したこともあるはず。
それは私にとっても過去の話。
今は昔、というヤツ。
いや、強調するほど昔でもないけど。
今年の年明け――前世、魔界を統べた魔王であるという記憶を取り戻すまでは、そんな風に太陽を忌々しく思ったりもしていた。
周りから向けられる、物珍しいものを見るような目。
自分たちとは違うとでも言いたげな、無遠慮な視線。
そのどれもが嫌で、埋没したくて、私はそうやって自分で自分を偽り続けてきたからね。
ウィッグで地毛の目立つ銀髪を隠していて蒸れて気持ち悪かったし、北欧人らしい色合いの白い肌を隠すべく、暑さに負けずに長袖を着たり、なんて事もしていたから。
でも、前世を思い出し、かつての記憶を取り戻した。
そうして己を偽ってまで埋没したがる自分とは決別して、堂々と振る舞うようになった。
魂に宿っている魔力に目覚めた。
魔力障壁によって湿度や熱風を弾き、炎天下であっても涼しげな表情をして、汗をかかずに歩いていられる。
学校に行くだけで汗染みのケアとか匂いのケアとか、日焼け止めの塗り直しだとか、そういった諸々もあまり気にしなくていいし、何よりベタついて不快な気分にならなくて済む。
……ホント、記憶蘇って良かった。
魔力、魔法ばんざい。
前世の記憶が蘇った事に対して、かなり浅い部分で喜びつつ学校に向かって歩いていく。
――それにしても……学生なのに夏休みの方がずいぶん忙しかったなぁ、なんて。
道すがらに思う。
いや、スケジュールを調整してくれている前世からの私の右腕、侍女兼メイドであるレイネのおかげで、だいぶ優しいスケジュールになってくれているのは確かなんだけどね。
ただ、夏休みの終盤――つまり、あの阿呆な議員と不快な仲間たちの襲撃騒動を配信してからというものの、忙しかったのよね。
反響が大きかったのは当然というか。
あの議員はレイネによって傀儡にされて、記者会見の場で色々洗い浚い吐かせたからね。
その結果、私たちの配信が本当のものだったのか、なんて騒がれる事になった。
いや、もちろん狙い通りではあるけど。
今後、魔石という代物を流通させていく事を考えた時、魔法という力の第一人者としての地位を確立しておきたかったしね。
まあ、表立って魔法の存在を証明した訳ではない以上、まだまだ半信半疑といったところだけれど。
しばらくはそれでいい。
というか、夏休みのラストスパートがデスマーチになりかけたのは、むしろそっちよりも年内オープン予定の貸しスタジオと、そのオープニングセレモニーに向けての調整のせいだったりする。
すでに〝新技術〟こと魔道具カメラを貸与していた、Vtuber事務所の業界最大手、二大巨塔。
お母さんの妹、叔母であるユズ姉さんが立ち上げに携わったという、アイドル路線でVtuberを売り出している『ジェムプロダクション』こと通称ジェムプロ。
そして、私の名が世間に認知されるに至った、FPSゲームのVtuber大会を主催していたりと、なんだかんだ交流のできた『CLOCK ROCK』こと通称クロクロ。
オープニングセレモニーに、この二大巨塔が参加する事になったのだから、その調整やら打ち合わせに追われて、なかなかにハードなスケジュールを過ごした。
クロクロのメンバーとも打ち合わせしたし。
なんかめちゃくちゃ濃い人いたけどね。
水無月サツキっていう、お姉さん系キャラの人で、あの『OFA VtuberCUP』にも参加していた、私のファン……というか、崇拝に近いレベルで慕ってくれているらしい人である。
あの大会の時にわざわざ煽って悪役を演じたのに、なんであんなに慕ってくれているんだろうか。
あれ以来、あまりコンタクト取っていなかったのに。
なんか鼻息荒かったし。
……うん、あの人の器が大きいってことにしておこう。
ともあれ、そんな感じで夏休みは慌ただしく終了。
あれから一ヶ月ほど。
最近はスタッフ間の打ち合わせなんかについてはレイネに丸投げしちゃってるし、私はレイネから上がってきた報告書に目を通すだけって対応にシフトしている。
「――うぃーす、おはー」
「おはよー、リンネ」
「ん、おはよ、二人とも」
高校の下駄箱で上履きに履き替えていたら、ちょうど登校してきたらしいトモとユイカに声をかけられて顔をあげる。
「うわ、トモ髪染めたの?」
「うわって傷つくんだけど? え、変?」
「ううん、驚いたけど変ではないよ」
「そかそか、リンネがそう言うならだいじょぶそーだねー。いやー、今度ちょい役だけどドラマ出るんよねー。ギャルっぽい感じって言われたから、ギャル感強めた感じ」
もともとギャルっぽさはあったけど、髪の毛が全体的に明るめのミルクティーブロンドをベースにしたような色で、いわゆる裾カラーというか、毛先をピンクに染めていてなんか派手。
いや、ナチュラルに銀髪な私が言うのもアレだけども。
「いいんじゃない?」
「アタシも染めよっかなー。トモがこんなんだと、地味に見えるし」
「こんなん言うなー。ま、ユイカはもうちょい明るくていいんじゃない? 似合うと思うし、学校も事務所も髪色とか自由だし」
タレント事務所のアイドルの卵であるトモとユイカ。
もともと女子から人気のありそうな、少し背の高い、けれどギャルっぽくてサバサバした系女子なトモではあるけれど、こういうのも別に悪くないね。
ただ、トモが言う通り、むしろこういう明るい色合いのギャルっぽさは、アクセサリー系やピアスなんかだけギャル寄りな感じで、髪の色や髪型から外見ゆるふわ系っぽいユイカの方が似合うと思うんだよね。
「トモの場合は黒ベースに青いメッシュとか入れてほしい。絶対似合うから」
「あーね、分かりみが深いわ」
「おー、リンネのそれ、採用。今度やろ」
それぞれ上履きに履き替えて教室へと歩いていく。
そんな中、ハンカチを手に汗を拭ったり、うちわをわざわざ持ってきて顔を扇いでいる生徒たちが行き交う。たまにハンディファン持ちもいるね。
湿度の高い学校内に吹き抜ける廊下の風は生ぬるい。
正直、そんな風を気持ちいいとは言えたものではないけれど、風がまったくないよりは断然マシなのは確かだ。
もっとも、今日はほぼ無風。
そりゃあ行き交う生徒たちも生気のない顔を浮かべるというもの。
「……フ」
「ふふん、これが勝者の光景というものか……」
周囲の様子に気が付いて、トモとユイカが勝ち誇ったような表情を浮かべてみせた。
あとユイカ、多分それはなんか色々と違う。
別に戦ってないし。
「……ふん。まだまだ青二才の分際で、囀りよる」
「なん、だと……?」
「一流にもなれば、ほれ。この通りよ」
周りの生徒にバレないように予備動作もなく私の周囲の空気を撒き散らす。
途端に、トモとユイカが目を大きく見開き、行き交う生徒たちは不思議そうにきょろきょろと周りを小さく見回した。
「い、今のは……」
「涼しい……だと……?」
愕然とした様子でこちらを見つめる二人に向かって、私は口角をつり上げて軽くドヤ顔を披露した。
「くくく……。その程度で慢心するようではなぁ? ここまでできて、初めて勝者である、と言っておこうか」
「そんな……」
「く……っ」
二人とも、薄っすらと魔力障壁を張っている。
魔力障壁で湿度をカットできるだけで不快指数も下がるし、太陽の熱やアスファルトからの反射熱なんかも遮れるから、かなり過ごしやすいんだろうし、それ故にさっきから余裕綽々な態度だった。
しかし、私はその上を征く!
そこに更に水魔法を織り交ぜて気温の微調整して、常に快適なのだ!
なので、私が冷気を放ってみせ、格の違いをまざまざと見せつけた、という構図――という名のおふざけ――だ。
「……何してるのよ、あなたたち」
「あ、このみんおはおは」
「おはー」
「おはよ」
「……おはよう。それで、もう一回訊ねるけど、何してるのよ」
「力に目覚めて愉悦に浸っていたら、さらに格上に力を見せつけられて、自分はまだまだだって現実を突き付けられて絶望するワンシーン」
「……はあ」
「溜息!?」
「バカなことしてないで、早く教室いきましょ」
「はーい」
なんかものすっごい呆れた目を向けられたので、私たちも素直に教室に向かって歩き出す。
いや、私たちなんてこんなもんだよ、うん。
リアルなJKなんてこんなものだよ。ノリで楽しければオーケー。
夢なんて詰まってないし。
まあ、ウチの学校の場合、スクールカーストで見下したり崇めたり、なんてアホくさい事もないしね。ウチの学校が芸能関係だったり社長令嬢だったり、そういう系の生徒が多いからこそ、っていうのもあるかもしれないけど。
若干数名――それこそ、私と敵対したようなあの、ほら、あの……なんとかって男子とその取り巻き。
アレ以外は、みんな大人びてるというか、学校なんて狭いコミュニティ以外に活動の場があるから、お山の大将に固執したりスクールカーストなんかに拘るような人がそもそもいないんだよね。
むしろ学生としての時間を大切にしてたりするから、かえって学生としてのノリを楽しんでたり、楽しんでいる子が多いかもしれない。
……ホント、この学校で良かったなぁ。
変にイジメとかスクールカーストとかあったら、私、多分まとめて黙らせようとすると思う。
「あ、そだそだ。リンネとこのみんに会ったら意見聞こうと思ってたんだ」
「あ、忘れてた」
「意見?」
「なんの?」
ユイカの一言に追従するトモを他所に、私とこのみんもユイカに目を向ける。
「ほら、文化祭。ウチの学校は生徒の仕事都合で11月じゃん。クラスで何やるか、今日決めるってイインチョが言ってたじゃん。あれ、何にするか決めたのかなーって思って」
「……あ」
「……すっかり忘れてたわ……」
そういえばあったね、そんなの。




