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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
閑話 とある少女の物語
140/201

魔王




《――こうして直接話をするのは初めてじゃな。改めて、はじめまして》


「っ、はっ、は、ひ……」


《慌てずとも良い。ゆっくり呼吸を整えよ。ほぉれ、吸ってー、吐いてー》


「ふ、すぅーー……。ふ、ぶふ……っ、ふー……」


《くくっ、焦るでない。そら、もう一度じゃ》


「へ、へへっ、ぁ、ふ、はぃ……っ」


 ――わーーっ、恥ずかしい恥ずかしい死ぬ逃げたい死にたい!


 配信越しに聞こえてくる声の質とはまた違う、ボイスチャットならではの少しくぐもったような声だけれど……、私が今お話しているのは間違いなくあの、あああ、あの憧れの人な訳で……!


 あーーっ、陛下リアル顔ちっっっっちゃ! めっちゃ綺麗!

 前の配信で見たけど、もう、ほんと、魔王様だやったぁっ!


 一方の私ィ! 髪ぼっさぼさで泣きじゃくったせいで目真っ赤ァ!

 こんな超絶勝ち組つよつよフェイスな人に優しく声をかけてもらって、ゆっくり深呼吸するだけなのになんか変なトコに唾が入って咽てるし変に笑って誤魔化そうとしてるしホントもういっぺん死んでどうぞ私!


 ぜはぁ、ふぅ、はふ……。

 あー……ホント顔あっっっっつい……。


 思わずカメラ表示オン――デフォ設定のせい――にしちゃったけど、今からでも消していいですか?

 ホント、そのつよつよフェイスと並んで自分の幽鬼フェイスが同じモニターの中に映ってるとか居た堪れないです消えたい。


《少しは落ち着いたようじゃの。さて、急に連絡させてもらってすまなかったの》


「っ、ぁ、その、だいじょぶ、です……。その、どうやって……」


《どうやって連絡先を知る事ができたのか、かの。それとも、どうやってバブルという匿名の質問なのに自分に辿り着いたのか、か。あるいは両方といったところかの》


「ひゃ、は、はぃ……」


 私がしっかりと言わずとも、まるで私の頭の中を直接覗いているかのようにすらすらと答えてくれたものだから、思わず変な声が出た。


《ふむ。一言で言うのなら、魔法じゃな》


「はへ?」


《いずれお主にも教える事になるであろうが、まあ今は良い。魔法でなくとも、いくら匿名であっても探る方法は色々あるようじゃし、今は『魔法なんだ』と思っておくが良い》


「ぇ、ぁ、はぃ」


 普通、こんな事を言われたら「おかしなこと言ってはぐらかそうとしている」というような感想が出てきそうなものだけれど、彼女――ヴェルチェラ・メリシスが相手となると、そんな風に頭ごなしに否定できない。


 ――ヴェルチェラ・メリシスは本当に魔法が使えるんじゃないか。


 某有名掲示板ではそんな憶測が飛び交っている。

 もちろん、魔法なんていう空想上のものを本当に使える訳ないだろ、みたいな否定のコメントだってたくさんあった。


 けれど、ちょっと前のゲリラ配信。

 魔法と言うような力を利用して敵を拘束したり、有名な政治家に凄くよく似ている3D姿の人が捕まって自白、断罪された動画が公開されて。

 しかもその後、件の似ている政治家が色々な問題を自白して騒動になってからというものの、掲示板の流れも大きく変わった。


 その道のプロとも言えるような自称技術屋の人たちが、3D技術である事を証明するなんて言って盛り上がり。

 けれどその結果、『いくら3D技術が進化しているとは言っても、説明できない技術が多すぎる。革新的な技術進歩であったと考えても、アレは現在の技術の数十歩先まで一気に飛び越えてしまっている。どう頑張っても実証できそうにない。つまり、魔法ではないか』という結論に至ったのは、記憶に新しい。


《おーい、大丈夫かの?》


「――ほ? ぁっ、すぅーー……だぃじょぶ……す」


 ああああぁぁぁぁ……。

 ぼっち極めてるせいで何も喋らずぼんやりと思考だけつらつらと並べちゃういつもの癖がぁぁ……。

 しかも私の返事、クソザコナメクジ過ぎてドン引きされそうなレベル……!


 いっそ魔法で愚かな私の思考を全部読んでやってくださいっっっっ!


《ふむ。魔法で読んでやる事もできるんじゃが、ホントにそれでいいのかの?》


「ひぇ!? ぇ、ぁ、ぁの、声、出て、ました? そ、れとも、で、できる系な、感じですか……?」


《ふはっ、すまんすまん、ついお主の顔がいかにもそんな事を物語っておったのでな。ちょいとからかってみたくなっての》


 アッ、楽しげな笑顔ふつくしい……しゅきぃ……じゃないッ!

 落ち着け、私ィ!


《まあ、なんだかんだで愉快な思考になっておるようじゃし、思考自体はだいぶ落ち着いてきておるようじゃな》


「ゔぇ゛っ?」


《早速じゃが、本題じゃ》


「ぁっ、はぃ」




《先程も言った通りなんじゃが、お主、妾の事務所でVtuberとしてデビューせんか?》




 ………………??????




《いや、そんな宇宙猫みたいな顔せんでも》


 なんて?

 え、なんて??

 ん? え、んん??


 ……私が、Vtuberとして、デビュー……?


「ひょぁーーーーっ!?!?!?」


《なんじゃそれ、鳴き声かの?》


「げっほっ、こほんっ、く、ふん゛……ッ」


《気合入った咳払いじゃのう……》


「ぁ、ちょ、ごめ、なさぃ……! ぇ? そ、その、ぇ、正気で……すか?」


 あぁぁぁーーっ、変な咳払いしちゃったよホントごめんなさいでもそれどころじゃないんですぅぅぅぅっ!


 私が、Vtuberぁぁ!?

 しかも今じゃ最大手トップオブトップの双璧であるジェムプロとクロクロとも協力していて、話題性だけならそんな両社を飛び越えて余りあるレベルの、陛下の会社でデビュー!?!?!?

 そら宇宙猫の一匹や二匹、発生するってぇもんですよっっっっ!


《――汀 結愛よ》


「――っ、はぃ」


 思わず、思考が止まった。

 魂に直接語りかけるようなその声に、緊張も動揺も忘れて、固まってしまう。


 そんな私に、彼女は続けた。


《こうして実際に声を聞いてみて、妾はなおのこと、確信しておる。お主のコンプレックスであったその〝声〟は、Vtuberというこの業界では間違いなく〝武器〟となるであろう》


「――っ」


《Vtuberという職業に必要なものは多い。しかし、その中でも最たるものこそが、〝声〟じゃ。〝声がいい〟とは、それだけで何よりも大きな強みになる。雑な言い方をしてしまえば、トーク力や盛り上げ、撮れ高なんてものは場数を踏んでいけば育てていける。しかし〝声〟だけはそうはいかぬ。その点、お主の声は強い(・・)


「……わたし、の、こえ……」


《うむ。先程も配信で言ったが、妾がVtuberとして活動すると決まった時、妾はお主のような〝声〟が欲しくてたまらなかった。ほれ、妾の声はどちらかと言えば大人びた、ハスキー寄りな声であり、特徴という点では欠けておるからの。お主のような声とは真逆とも言える》


「そ、んな、こと……なぃ、です。ゎ、たしは、陛下の声、好きなので、その……」


《そう言ってくれると嬉しい。妾も、お主の声は好きじゃぞ》


「……っ」


《お主の声は、聞いていて心地良い。柔らかく、先程の叫ぶような声すら耳障りではないと思えるような、稀有なものじゃ。そして少し鼻にかかったような声は可愛らしく、愛らしい。お主のその声は、間違いなく特別なものであると改めて断言しよう》


 ――……だめ、また泣いちゃう。


 実際にこうして話して、その上で本気でそう言ってくれているのだと伝わってくるものだから、否応なく分かってしまう。

 本当にこの人は、私の〝声〟を真っ直ぐそうやって評価してくれているのだと真っ直ぐ沁み込んでくる。


《結愛よ、面白そうだとは思わんか? お主の心に傷を刻み付けた者たちに。そして、お主の声の真価を理解できなかった者たちに、その輝きを見せつけてやるのは。そしてこれからお主の〝声〟を聞く者達へ、魅せつけてやるのは。お主を苦しめていた〝声〟が、どうしようもなく素晴らしいものであるのだと、お主自身が証明してやるのだ》


「……っ」


《妾の手を取ってくれると言うのなら、妾がその場を整え、提供しよう。お主のやりたい事を、妾が、そして妾のメイドであるレイネが支えてやろう。そして、真にお主のその〝声〟が、長らくお主を苦しめてきたそれこそが、どうしようもなく特別なものであると証明してやろう》




 ――――本当にこの人は、どうしようもなく、魔王なんだと思う。




 だって、どうしようもなく嫌いで、いっそ誰とも喋らずに、消えてしまえたらいいのになんて思っていた私の〝声〟を活かしてやる、なんて。

 しかもそれを使って、私の〝声〟を否定してきた人たちを見返して、さらに私の声を魅せつけてやろう、なんて。


 堂々と、微塵の不安もない。

 さも当然のように、既定路線を進むかのように、告げてみせる。




 そんな姿を見て、その言葉を聞いて。




 ――私みたいなネガティブ精神ゴミカスナメクジでさえ、「楽しそうだ」なんて柄にもなく思って、気がつけば口角をつり上げてしまってさえいる。




「……ぉ、お願ぃ、します……! わ、たしは……! あなた、みたいに、なりたい……!」




 ――――魔王という絶対的な強者に酔い痴れた臣下よろしく、私はその伸ばされた手を掴み取った。




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