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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
閑話 とある少女の物語
139/201

【配信】コンプレックス Ⅱ




《カーム、そしてカーム以外にも同じく、身体的なコンプレックスを持つ者よ。お主らが見ておる世界がどれだけ狭い(・・)ものであるのか、考えた事はあるかの?》


 真っ直ぐ、まるで私を直接見つめるように金色の瞳を向ける、私の〝憧れ〟。

 彼女は続けた。


《社会に出た者ならばなんとなく理解はできるであろう。学生という時分に持てる己の世界には、家を除けば学校という限られた居場所しかない。価値観を矯正し、〝普通〟を強要される学校生活。スクールカーストや成績の良し悪しによる格差。『友達付き合い』という名の妥協点の探り合い。ほんの少しでも普通ではないと感じただけで他者を叩く口実を見つけ、悪びれず、悪意もなく、ただ己の安い自尊心と優位に立ったという自己肯定感を満たすためだけに傷つけるような、幼い者達が集まる場所、それが『教育の場』という名の皮を被った名の狭いコミュニティの現実である、と》


『わかる』

『社会に出てみると、子供の頃ってホントにアホだったって思うわ』

『他人をイジめるヤツなんて、所詮は何も考えてないバカばっかだからなぁ』

『ウチの地元なんて教師も変なの多かったわ』

『公立校の教師って基本公務員だから、社会経験ないまま教師やってるしなぁ』

『ウチの先生はいい先生いたよ。まあ、一人だけだけど』


《くくっ、どうやら臣下の者も学校というシステムや体制には思うところはあるようじゃな。ま、妾は現役JKじゃし、現在進行系で学校に通っておるが》


『陛下の学校ってそんななん?w』

『それはそうww』

『忘れてたわw』

『なんか陛下、ババくs……大人びてるからなぁ』

『↑処理対象』


《ババくさい、のう。くくっ、なぁに、気にしておらぬ。妾は実際、魔王として魔界を生きてきた存在じゃぞ? 普通のJKとは精神年齢が違うからの。――ま、妾の事は良い。今はカーム、お主やお主に似た悩みを持つ者たちじゃな》


 一度脱線しかけた話題にもしっかり応えてから、彼女は再び私を見つめた(・・・・)


《妾はお主らのように、他人の心ない一言や無遠慮で失礼な物言いによって、コンプレックスを抱かされてしまった者に対して、「自信を持て」などと求めてもいない薄っぺらい励ましの言葉や、論点をずらしたかのような中身のない味方発言だの、綺麗事を並べるつもりはない。そんな安っぽい言葉なんぞ、いかに空虚で無意味かを重々承知しておるからの。そんな妾がお主ら、或いは〝今の環境〟に苦しんでいる者に向けて言える言葉があるとしたら、先達としてのちょっとしたアドバイス程度といったところじゃ》


『やめたげてよぉ! 当たり障りない事しか言わない配信者のHPはもうゼロよっ』

『ホントこの陛下、全方位刺しに行くのどうかしてるww』

『まあ、普通は炎上を怖がって綺麗事を言うだけだったりするもんなぁ』

『炎上が怖くないって最強だな……w 迷惑系とかとは違うのにw』

『大手の配信者だったりすると「※個人の見解です」で言い切ったりするけどな』


 流れるコメントの数々はもう、私の目には映らなかった。


 まるで私の半生を眺めていて、今の私を全て理解した上で言っているような、そんな物言いだと思った。

 気がつけば、私はただ何も言えず、考えられず。まるで画面に吸い込まれてしまって、直接ヴェルチェラ・メリシスという一人の女性と対峙しているような、そんな感覚に陥りながらも画面をじっと見つめて続きの言葉を待っていた。


《さて、話を戻そうかの。思春期の学生生活で刻まれたコンプレックスは、そう簡単に拭いきれるような代物ではない。心のどこかに常に纏わりつき、巣食ったままこびりついたままじゃ。こればっかりは時間が解決してくれる、という代物でもない》


 彼女の言葉に、気がつけば頷いていた。


 他人と会うのが怖い。

 他人に指摘されなくたって、「そう思われているんじゃないか、そう思っているんだろう」って思ってしまう。

 それは知らない人が相手でも、知り合って時間が経った相手にさえ、ずっとずっと付き纏う。


《学生という時分は、やれ『同じ学校』だの『同じ学年』、『同じクラス』だのという言い回しで、他人に対して他人同士であるというのに妙な共通点を作り、誰もを同一のものであるかのように扱いたがる。これは一種の防衛本能とも言えるかもしれぬな。〝一つの集団(群れ)〟にいる事で、己の自信のなさや不安感といったものを払拭し、不足を補ったつもりでいるのだろう、というのが妾の見解じゃ》


『考えたことなかったわ、そんなん』

『でも言われてみればちょっとそれあったかも』

『誰かとつるんでないと不安というか、孤立するのが怖いというか』

『※注意 これ現役JKのセリフです』

『現役JKのセリフとか言うなw 噴いたわw』


《教育の場である以上、その方が都合が良い、というのもあるであろうな。ルールを徹底し、守れなければ吊るし上げるように教師が皆の前で一人の生徒を叱る。そうして『異物を許さない』という風潮を生み出しておるのじゃ。そんな光景を見ているが為に、生徒は〝一つの集団(群れ)〟に対する帰属意識を抱きやすい。だからこそ、『異物(・・)を敵にすること』に慣れてしまうのじゃ。それが行き過ぎた結果、ともかく協調こそを是とするような者や、『異物を攻撃する』という行いを過剰に行いたがる者。あるいは、他人を攻撃して群れの中での己の強さをアピールをしたがるお山の大将なんかも生まれる。まあ、これは社会に出て組織に所属するのであれば、必然そういった節は出てくるがの》


『いたわ、そういうヤツ』

『だいたいイジメするヤツって割りと小物だったりするよな』

『ガチで不良なヤツってそもそも学校きてなかったし』

『クラスで合同で何か企画するヤツとかいたよな』

『職場飲みやりたがり勢とかなw』

『ウチの学校はそうでもなかったな。割りと個人個人自由にやってたし、不良とかもいなかった』

『帰属意識も何も、話さないなら同じクラスのただの他人じゃん』


《うむ、コメントにもある通り、世代や環境、教師の対応の仕方によってはまともな場所もあるであろうよ。ま、あくまでもそういう人間は一定数存在する、という話じゃ》


 私の通ってきた学校は、彼女の言葉が当てはまるタイプの学校だった。

 人気者と言われるような子がいて、その子が声高に私を揶揄すれば、誰も逆らえず、それどころか一緒になって周りも同調していた。


 昨日まで少しでも話していた子でさえ、その子が私を標的にした途端、逃げるようになって。


 その姿を見て、私は強く思った。

 他人なんて信じられないんだ、って。


《しかし、町を行き交うだけならば、あるいは人混みの中であれば、大して他人なんぞに興味を持たぬ。無論、そんな相手に学校のような〝一つの集団(群れ)〟であることなんぞ、求める理由もないからの。せいぜい顔の良し悪し、スタイルの良し悪しに目を向ける者はいるやもしれんが、そんなものは数分後には忘れておる。つまり、それは自分にとってもどうでも良い他人からつけられた、身勝手かつどうでも良い評価とも言える。町で行き交った者の詳細な顔をいちいち覚えるなんぞ、せいぜい変態かストーカーぐらいなもんじゃろ》


『草』

『それはそう』

『外出中にわざわざ他人の顔なんて見てないしなぁ』

『思わず見とれるような美人、イケメンなんてそうそうおらんし』

『一部変態とナンパ野郎は除くだろうけどなw』


《つまり、お主らが抱えているコンプレックスは、〝一つの集団(群れ)〟という特殊な環境で生み出されたものにすぎない、ということじゃ。赤の他人にとってみれば『興味がなければ気付きもしない、どうでも良いもの』でしかない。わざわざ揶揄することも、否定することも、嘲笑うこともない。路傍の石を見るに等しい程度のものとしてしか映っておらん。故に、外に出るだけならコンプレックスをわざわざ抱え、怯える必要はないと言える訳じゃ。もっとも、だから大丈夫だと励ますつもりも、気にするなと根性論を軽々しく口にするつもりはない。これはあくまでも、ただの事実じゃ》


 彼女の言葉は、妙にすっと胸の内側に入り込んでくるものだった。

 その理由はもなんとなく理解できた。


 だって彼女は、ただ根性論で「だから大丈夫」と言うつもりなんて一切なくて、ただただ理路整然と純然たる事実を並べてくれているだけだから。


 私だって、街中ですれ違う人の顔なんて見ていないし、いちいち気にしていないもの。

 多少目を引くような何かがあったとしても、それだって彼女の言う通り、ほんの数分後――ううん、視界から外れた時点で、もう意識から外してしまうし、いちいち思い返したりもしない。


 そう、何故か素直に納得できた。


《無論、社会に出れば人付き合いというものが嫌でも発生する。しかし、じゃ。そうなった時、お主らが抱えているコンプレックスは、使い方次第で〝武器〟になるのじゃよ》


 ……〝武器〟……?

 何を言っているのかと画面越しに彼女を見れば、まるで私の心の声に応えるかのように彼女は小さく頷いた。


《コンプレックスとなりやすい外見や身体的特徴。それは裏を返せば、『埋没する個性しか持たない人間とは違って、ぱっと見て目立つ個性(・・・・・)を持っている』とも言えるのじゃ。たとえば初めて会った人間であれば、その特徴を結びつけて覚えてもらいやすい存在であるという訳じゃな》


 彼女は一度そこで言葉を区切ってから逡巡して、すぐに何かを思いついたように人差し指を顔の横に立てた。


《ふむ、そうじゃな、会社の営業職なんかが分かりやすいかの。十把一絡げとなりやすい飛び込みの営業がいたとして、その中でも身体的特徴さえあれば、他の者とは違ってすぐに相手に覚えてもらえる。ただそれだけの事と感じるやもしれぬが、その時点で他の会社の『埋没した個性しか持たない普通の者』よりもお主は優位な立場になれるやもしれぬ》


『なーる。確かにそれはそうかもしれん』

『上司に営業する時はまず顔を覚えてもらえって言われてるわ』

『俺も学生の頃から背低くてからかわれてきたけど、営業になってから妙に先方に覚えてもらえてるし、可愛がってもらえてるよ』

『飛び込み営業とかでもだいたい似たような爽やかさゴリ押ししたようなヤツが来たりするけど、そういう連中の顔とかいちいち覚えてないわ』


《思い当たる者もいるようじゃが、このようにまずは他人に自分を覚えてもらうことが難しいと言われるような仕事では、身体的特徴という代物は充分な〝武器〟になるということじゃな。学校などという狭いコミュニティでしか形成されていない世界しか見ていないのでは見つからぬ事ではあるが、その価値は、思ったよりもあっさりと環境によって変わるのじゃ》


 ……もし、その話が本当なら……それは、確かに〝武器〟になるのかもしれない。


 ――でも、それが判ったところで……私は……やっぱり怖い……。


 彼女の言いたいことは、すんなりと私の胸に沁み込んできた。

 でも、それでも……もう誰かに笑われたくない、バカにされて、また傷つくのは、どうしようもなく怖い。




 ……あぁ、やっぱり無理だよ……。

 この怖さが消えてくれないのに、外で働くなんて無理……――――




《――という訳で、カーム。お主、妾の会社に所属せんか?》




 ――――…………ぇ?




『え』

『は?』

『なんて?』

『マ??』

『どういうこと??』

『えええぇぇぇぇ!?!?!?!?』





 俯きかけた顔が、唐突に向けられた言葉に思わず引き戻された。


 ……いま、なんて……?

 冗談、だよね……?


 そんな風に思ってコメント欄を見てみても、コメント欄もなんていうか、阿鼻叫喚というか……みんな驚きのコメントばかりを投稿していて。


 私の視線がコメント欄と彼女の顔を何度かゆっくりと行き来したところで、彼女はにやりと口角をつり上げた。





《カームよ。狭い世界でしか物事が見えておらず、内なる殻に篭っておるお主のコンプレックス、そしてトラウマにさえなっているものが何か、すでに妾は理解しておる。その上で、お主の持つそれは〝特別な才能〟であるのだと、妾が断言しよう》




「……な、にを、言って……」


 口から漏れた言葉は、震える唇と同じく震えていた。


 ――私の声を聞いた事なんて、ないはず。

 ふとそんな言葉が脳裏を過ぎったけれど、でも、彼女ならば私を知っていても不思議じゃないような、そんな気がして、否定的な感情はすぐに霧散した。


《無理に妾の手を取れとは言わぬ。が、妾の手を拒むというのであれば、決して腐らせるでないぞ。カームよ、お主の持つコンプレックスとなったそれは、この業界(・・・・)ならば間違いなく〝特別な才能〟じゃ》




 不敵で、堂々としていて――なのに、優しく包み込むように言われて。


 何故か分からないけれど、涙が頬を伝った。

 ぐしゃりと、歪んだ視界の向こうで――魔王(憧れ)が不敵に笑う。




《カームよ。お主のそれは、一時は妾でさえも羨望し、しかしどうしても手に入らなかった代物だ。誇れ、魔王ですら欲したものを持っているのだと。お主にはそれだけの価値があるのだと》





「……ぁ、あぁ……っ!」


 こちらに手を伸ばしてみせる〝憧れ〟の言葉が、私の魂を直接震わせるかのようで。

 たった一人、部屋の中であっても短い音しか発してこなかった私の声が、声なき声が、形となって溢れて、止まらない。




 ――認められたかった。


 ――真っ直ぐ受け止めてほしかった。


 ――バカにされて悔しかった。


 ――いっそ消えてしまいたいとすら思っていた。




 どれだけ泣いてみても、どれだけ嘆いても変わらなかったそれらの感情。

 いつしか、私ですらそんな願いを忘れて、全てを諦めて、ただただ俯いて、殻に篭っている事しかできなかった。




 そんな私が――それでもなお、ずっとずっと欲しかった言葉を、彼女は真っ直ぐ私に届けてくれた。




《何度でも言うぞ、カームよ。妾はお主を本気で欲しいと考えておる。くくっ、知っておるか? 巷では、『魔王からは逃げられない』と言われておるのだ。妾は、お主を諦める気はないぞ?》




「う、ぅぁ……あああぁぁぁ――――ッ!」




『なんだよ、これ……』

『うわ、うわーーっ!』

『なんだこれ、マジかよwwww』

『やば、なんかカッコ良くて鳥肌立った』

『関係ないけど泣いてる』

『陛下にここまで言われるなんて、もうこの時点で特別だろwwww』




「ぅぁっ、ああぁぁ……――――っ!」




 止まらない涙と、抑え続けてきた声が、堰を切ったかのように溢れた。








 その後、私の声が聞こえたらしいお母さんが駆け込んできて、私はこの歳になったというのに、ただただお母さんに抱き着いてわんわんと声をあげて泣きじゃくった。


 配信を盛り上げるために、私を慰めるためについた優しい嘘なのかもしれない。

 でも、もしそうだったとしても、それで良かった。

 ただ、どうしてもお礼が言いたくて、顔を洗ってからパソコンの前に座った。




 まるで、そのタイミングをどこかから見ているかのように、一通のメールが届いた。






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