【配信】コンプレックス Ⅰ
閑話ですが、今後本編にも出てくる少女のサイドストーリーになっています。
全3話(予定)編成です。
《――さて、今日の配信ではバブルを割っていこうかと思ってのう。準備するからちょっと待っておれ》
『読まれてくれー!』
『頼む、こい!』
『クソ泡は無言で割っていこw』
『できればちゃんとしたヤツ希望』
世間を賑わせる個人勢V配信者、ヴェルチェラ・メリシス。
魂を震わせるような声、多才さはもちろん、何よりも彼女の魅力は、その堂々とした姿や態度から発せられる、いわゆるカリスマ性というヤツだと思う。
一般的にVtuberの多くは、男性視聴者に媚びるように愛されようとするタイプか、真逆とも言えるような、女性らしさを捨てて親近感を抱かせるようなタイプが多いのだけれど、彼女はそのどちらでもない。
物事に対して歯に衣着せぬ物言いで断言してみせるその堂々とした姿、どんな時でも余裕たっぷりといったその在り方は、まさに彼女の設定――魔王という姿がよく似合っている。
それだけでも充分に魅力的であると言えるのだけれど、彼女の特異性はそれだけでは留まらない。
これまでの3D技術とは一線を画する〝新技術〟配信によって業界を賑わせ、自分が代表の会社まで設立。
その技術を大手V事務所の代表格であるジェムプロ、クロクロにも貸与し、頭打ちしているとも言われるV業界に新たな風を吹き込んだ。
さらに、この夏にはファンタジーテイストを入れた、アニメーションを凌駕するオープニングムービーをいきなり公開。
さらにさらに、モデルの姿と寸分違わぬリアルのつよつよフェイスを公開した上に、SNS上では『本当にあった事件をエンタメ化した』なんて言われている、世間を賑わせている政治家の汚職事件の配信をしたりと、これでもかってぐらい話題に事欠かない。
そんな彼女に、私――汀 結愛――は強く憧れている。
もっとも、私なんて一介の視聴者、つまりは〝臣下〟でしかないけれど、「こんな風になりたい」という気持ちと、どうしようもない〝憧れ〟は日に日に大きくなっていた。
――――もっとも、私には絶対に無理だと思うけど。
冷静な私が、私にそんな風に言う。
だって、私は、私の声が嫌い。
か細くて、弱々しくて甲高い、力強さとは無縁な声。
少しだけ鼻にかかったような自分の声が、嫌い。
小さい頃にこの声をバカにされたせいで、誰かと話す時もついつい小声になっちゃうし、あまり自分の声を聞かれたくない。
そうして自分の殻に篭もる内に、私は他人と話せなくなってしまった。
笑われるのが怖い。笑いものにされるのが怖い。
おかしなものを見るような目を向けられるのがイヤ。
私だって好きでこの声になった訳じゃないのに。
小学生の時は、男子にバカにされて。
中学生の時は、その時の記憶が邪魔をして他人と話せなくて、「暗い」とか「何考えてんのかわかんない」とか言われて。
高校生の時は、「そんなんじゃ社会に出たらやっていけないぞ」なんて、訳知り顔で周りの生徒とか先生に言われて。
私だってどうにかしたいと思っているけれど、声なんてものはどうしようもなくて、「やる気がない」なんて言われて。
そうして、私は去年の春に高校を卒業して――大学にも、社会にも出ていけなかった。
誰もが当たり前に出ていける社会。
それにさえ適合できなくて、私は今も一人、暗い部屋にいる。
お母さんは、「ゆっくりでいい」と可哀想なものを見る目で、そう言ってくれた。
お父さんは、「仕方ない」と言いながら、呆れたような、納得できていないような顔で私から目を逸らした。
妹に至っては、私の存在なんて目に入らないかのように無視している。
だから私は、あんな風には、なれない。
私なんかには、夢見ることさえ烏滸がましい。
……いっそ、消えてしまえば――――。
《――さて、早速だが始めようかの》
暗く昏く、そんな中に落ちていきそうになった意識が、〝憧れ〟の声で引き上げられた。
匿名で質問を応募できるアプリを通して送れる質問箱アプリ、バブル。
V界隈ではこのアプリを通して送られてくる質問を読むことを、〝バブルを割っていく〟と言って色々答えてくれる。
大手V事務所のジェムプロ、クロクロなんかではたまに『NGなし』として色々な質問に答えてくれたりもしていて、結構面白いコンテンツ。
ちなみに、私は、このバブル配信の時に時折送られてくるシュールなネタや無意味な一言――通称〝クソ泡〟については、何が面白いのか分からないタイプの一般視聴者なので、そういうのはさらっと無視してほしい派だったりする。
あれが面白いと思っている人とはきっと相容れない。
無理に拾って広げるぐらいなら、もっとちゃんとした質問に答えて欲しいって思っちゃう。
《ふぅむ……。レイネに幾つか拾い上げてもらっておるのじゃが、どうやら切迫しているのはこの3つのようじゃな》
『ん?』
『期限つきとか、そんなの無視でよくね?』
『さすがにそれは図々しいだろw』
『そういうのは無視していいと思うよ!』
《……無視していい、のう。己の都合、希望を優先したいがために、そのように他者の声を軽々しく否定するのは好かぬな。たかがコメントとは言え、その言葉は他人の目に留まる。そうである以上、己の吐いた言葉はその時点で意味を持ってしまうという事ぐらい、知っておくべきなんじゃが……どうも分かっておらぬ者が多いようじゃな》
『えぇー』
『そこまで言う?w』
『さすがにそこまで言うのはどうなの』
『調子乗ってる』
最近、陛下の配信は色々なところから注目されているせいもあってか、初見の人だったり彼女のファンとは言えないような視聴者も一定数存在している。
実際、バブル割りとは言ってもただの雑談の延長みたいな配信なのに、同時視聴者数も7万人もいるし、その反響は大きい。
そんな彼女が攻撃的な言葉を使った事に、視聴者が噛みついているのが見えた。
普通のV配信者なら、わざわざそういう言葉は使わないし、敢えて気付かなかったフリをしてやり過ごすであろう場面。
だけど、私の〝憧れ〟は、やっぱりそんな普通とは違った。
《深くも考えず、『たかがこの程度』、『これぐらいは当たり前』。そうやって自分勝手に設けた基準をあたかも当たり前のように強要する事こそがおかしいという話じゃよ。それは貴様が設けた解釈であって、共通するルールではない。インターネット上で他人の目に触れる以上、その発言を、その影響を考えるのは当然の事であろう?》
『それはそう』
『ネットでそこまで考えて発言したくないわ』
『ネットでぐらい言いたいこと言いたい』
『割りと重症なコメントが多くてちょっと引いてるw』
《ふむ、まだ分からぬ者も多いようじゃから、ハッキリ言ってやろう。他人に迷惑かけずに勝手な想いを垂れ流したいのであれば、一人でチラシの裏にでも書き殴って自産自消しておれ。他人の目に入る以上、それはもはや貴様だけの問題ではない。この程度の事も理解できぬなら、ネットは見るだけにして黙っておれ、戯けどもが》
『地産地消ならぬ自産自消は草』
『これは正論パンチ』
『同時接続減少したの笑うw』
『まあ、陛下の配信は色々と注目度上がってるからなw 軽く見て色々言うヤツも多くなるわな』
『堂々とこういう事を言えるあたり、陛下は強いよなw』
『火種になりそうなものを真っ直ぐ踏み潰す、これが陛下です』
……ふふ、思わず頬が緩んじゃったよ。
やっぱり、堂々とああいう事も言えちゃうなんて……凄いなぁ……。
《さて、愚か者どもはレイネが処理したようじゃし、続けるかの》
『処理というパワーワード』
『ひぇ』
『夏のあの配信が脳裏を』
『本当に処理されそう』
《ではまずは、このバブルじゃな――》
そう言って陛下が指を鳴らすと、文字が書かれた丸い泡が浮かび上がって陛下の横に表示された。
……いや、ほんとどうやってこんな事やってるんだろう。
そんな事を思いつつバブルの内容を見つめて――ひゅっと喉が鳴った。
『はじめまして、陛下。
私は視聴者の一人としていつも陛下の配信を観ている臣下の一人です。
どうやったら陛下のように、堂々と振る舞うことができますか?』
それは、数日前に私が陛下に向かって投稿したバブルだった。
気持ちが落ち込んでいて、陛下のアーカイブを観ている時に衝動的に書いて送ったもの。
《……ふむ。ちょうど観ておるようじゃな》
「――え……?」
『え?』
『どういうこと?』
『そういうのって分かるんだっけ?』
『普通は分からん。が、陛下なら分かりそうな気がしてるw』
《ま、これぐらいの言葉では本人とて妾がしっかりと気が付いておるとは思えまい。故に、このバブルの投稿者であるお主を、〝カーム〟と呼ぼう》
『カーム?』
『凪?』
『なんで凪?』
『さあ?』
「……ぁ……」
私の名字、汀。
それをそのまま英語にしたんじゃなくて、そこから〝さ〟を抜いて、凪。
捻りそのものはシンプルだけれど、他の視聴者にはどういう理屈で名付けたのか想像するしかできないし、私には辿り着かないであろう呼び方――けれど、私には私を指しているのだと、伝わる呼び名だ。
何故か分からないけれど、震えた。
《さて、カームよ。お主の質問は、確かにこの答えが欲しいと思っておるようじゃな。しかし、どうにも短い文の向こう側に、ずいぶんと多くのものを隠しておるように思える》
「……ぇ」
《堂々と振る舞う方法は、結論から言えば単純じゃよ。他人にどう見られようと、どのように言われようとも、ただただ『〝揺るがぬ自分〟で在ること』。ただそれだけの話でしかないからの。分かりやすく言えば、自らが誇れるものを一つでも持っておれば良い、とも言えるであろうな。知識でも良い、特技でも良い。ゲームでも、なんでも良い。手に入りやすいものでいえば、身体を鍛えるなどでも良かろう》
『あー、なんとなく分かる』
『身体を鍛えるってのは分かる』
『ジムに行くヤツ、自己肯定感強めの法則』
『偏見かもしれんが分かるわw』
……それは、よく聞く言葉だった。
自分に自信を持つ。
何でもいいから、特技だったり趣味だったりでもいいから、自信を持てれば、強い自分でいられるって聞いた事はあるし、本でもそんな言葉を見た事がある。
――……あぁ、そうだよね。
いくら陛下でも、私のことまで分かるはずはない。
私を認識したかのような言葉を口にしていたけれど、きっとそれは何かの偶然だったり、自分だと錯覚するような特殊な法則があったりとかするのかも。
――そんなので改善できるなら、私はこんな暗い部屋に居続けたりしないのに。
僅かに抱いてしまった希望だったからか、胸の内に広がる失望は重く、大きかった。
緩慢に手を伸ばして、タブレットに指を近づける。
彼女の答えを、私は違うと思ってしまった。
得意げに、一般的かつ模範的な回答を突きつけられて、それがさも正しい事のように語られるなんて。
それを〝憧れ〟がやってしまうのは、観ていたくない。
――これ以上、失望したくない。
そう思って配信を閉じようとしたところで――――
《――さて、ここまでは一般的な話でしかない。特に大きな理由もなく、なんとなく自分に自信を持てないような者にのみ通用するものでしかないのじゃ。カームよ、お主が求めておるものはこういうものではあるまい――》
「……ぇ……?」
ぴくりと指が震えて、タブレット端末に映る〝憧れ〟に目を向ければ、彼女は真っ直ぐ――まるで、タブレットではなくてガラス越しに私を見つめているかのように、ただただ真っ直ぐこちらを見つめて、ふっと口角をあげてみせた。
《――たとえば、海外の血を引く者であればその外見を揶揄され、否定される事もあるであろう。妾もまた、以前配信で見せたようにこのナリであるからな。悲しいかな、この島国は、このご時世でありながらも〝他人とは違う〟というだけで往々にして揶揄や否定の対象とし、奇異の視線を向ける者が多いのじゃ。その結果として、コンプレックスを持つ事になってしまう者は多い。そのような者は、先ほどのような行為だけでは〝揺るがぬ自分〟を得られるはずもない。何せ、そのような事では何一つとして解決してはいないのだからのう》
「……っ」
《カーム、そしてカーム以外にも同じく、身体的なコンプレックスを持つ者よ。お主らが見ておる世界がどれだけ狭いものであるのか、考えた事はあるかの?》
――私の〝憧れ〟は、堂々とした態度で、私の抱いた〝憧れ〟そのままに。
そんな言葉を口にした。




