ドン引きの魔王
「――大河内 俊嗣。二世代議員であり、与党内でも最大の党に所属する中堅どころ。財務省の主計局次長から出世し、議員となったエリートコースを歩んできた男。現在は派閥の中堅から、未来のトップ候補、のう。なんというかまあ、特に面白みもない人生のようじゃな」
レイネからもらっていた手元にあった一枚の紙を読み上げてから、そう締め括って紙を手に持ったまま燃やし、目の前に倒れている初老男性――大河内という名の議員を見下ろす。
突発的な事態であったとは言え、私が誰なのか、どういう状況であるのかは徐々に理解が及んできているようだけれど、一方で火種もなく紙を燃やしてみせた事に驚愕している、といったところなのか、目を大きく見開いている。
「……っ、なぜ、貴様がここに……!」
私が今日、他県の宿泊施設にいる事を知っているからこその言葉なのだろう。
困惑しつつも、やはり見た目からかこちらを侮っているのが見て取れる、高圧的な物言いと態度。
そんなものを向けられて、私は鼻を鳴らして嘲笑うように口角をあげてみせた。
「ふぅむ、貴様には分からんであろうな。実はの、妾に対し敵意を抱く者や、妾を監視し、何かあれば貴様のような存在に報告するという役割を持っておる者は、日頃から妾の配信を通して魔法の潜伏対象としておるのじゃ」
「何を言って……――」
「――黙って聞いておれ、愚物が」
魔力を込めた威圧を向ける。
全力には程遠い、多少魔力を解放しただけのそれは、レイネはもちろんトモやユイカ、このみんのように魔力障壁を操れるようになれば対抗できる程度のそれだけれど、そうでなければ息ができなくなるような錯覚に陥る代物でもある。
数秒程度、息が詰まって苦しげに顔を歪めた男――大河内への威圧を一度解いて、私は改めて続けた。
「……続きじゃ。貴様らのような存在は、最初から妾たちの魔法の対象として捕捉しておった、という訳じゃ。そして今日、捕捉した者共に対し、妾の配信や妾に関連する情報を無意識に無視してしまうよう、認識阻害を発動させたという訳じゃ。貴様の耳に情報が入っておらぬのも道理というものよ」
「……そ、そんな事ができる訳が……」
「確かに、この世界の常識で考え、この世界の常人であれば不可能であろう。が、妾にはできるのじゃよ。端的に言えば、妾は常人ならざる力――魔法が使える。認識阻害も、貴様の部下が妾の指示通りにこの場へとやって来たのも。そして、妾が今、こうしてこの場にやって来たのもまた、魔法という力を使っておるからじゃ」
「……は……?」
「……ふぅむ、実感が湧かぬようじゃな。ならば、ほれ。そっちに突っ立っておる貴様の右腕である其奴を見よ。明らかに普通ではなかろう? そうなっているのも、その力の一端という訳じゃ」
大河内の隣に佇んだまま、ぼんやりと虚空を眺めている彼の右腕と言うべき存在。
しかしその表情はまるで生気もなく、ぼんやりと目を開けたまま、だらしなく弛緩したように開かれた口からは涎が垂れ落ちている。
厳密に言えば、ああいった精神干渉系の魔法はレイネがやっているんだけどね。
私もできなくはないのだけれど、精神干渉の魔力操作は繊細さが求められる。
力が大きすぎるせいか、あまり繊細過ぎる魔力操作が苦手な私がそんな魔法を使えば、相手の自我を塗り潰してしまう。
良くて廃人、悪ければ生涯目を覚まさない程度に精神を壊してしまうんだよね。
……まあ、敵対する存在に遠慮する必要はないんだけどね。
どうせ壊すのだから。
「さて、大河内とやら。貴様を調べてる過程で、色々と興味深い情報が出てきたものよ。これまでに受け取ってきた裏金、貴様の所属する党がやってきた、与党と野党の結託によるマッチポンプ工作による税の引き上げに、マスコミや国民のガス抜きのための生贄を仕立て上げつつも裏で支援をするなど、のう」
レイネの精神干渉系の魔法を使った記憶の数々の抜き取り。
今日の配信で、クレアボヤンス所属の社員らの背景なんかを流したりしたのも、抜き取った記憶を再現させたものだったりもするんだけれど。
ともあれ、この魔法を通じてレイネがこの男の裏を洗ってみたところ、それはもう色々と政治的なサムシングが出てきたらしい。
篠宮家の力を使って息のかかった議員にも裏取りしたらしいんだけど、どうもこの男が指示したものだけではなく、組織的な隠蔽もぼろぼろと出てきたものだから、篠宮家の面々も大変な事になっているそうだ。
正直、私はこの国の政治に興味なんてなかったし、考えてもいなかったけれど、「いっそ滅ぼした方がいいのでは?」なんて脳筋的発想が浮かぶ程度には、この国は腐敗しているようだった。
「っ、な、んのこと、だ……!」
「貴様がそんな虚勢を張ったところでなんら意味などないぞ? 妾がその気になればそちらの男と同様に操り、洗い浚い吐かせれば良いという事ぐらい、予測が難しいものでもなかろう?」
「……っ」
「ま、政治的なものは置いておくとしても、じゃ。貴様が権力を用いて握り潰してきた、今回で言う妾のような事業者に仕掛けてきた悪行の数々。……よくもまあ、これだけ欲深く生きていられるものじゃなぁ。いっそ感心するというものじゃ」
中小企業で目ぼしい技術などを見つけるなり、大手企業との繋がりを利用した圧力でじわじわと追い詰めて技術を安く買い叩く。それでもうまくいかなければ、強引な手口――それこそ、先程私たちを襲おうとしてきた連中のような〝力〟を使って、家族の安全を口実に脅迫する。
そうやって常習化した犯行と、成功体験の数々で感覚が麻痺していったらしい。
多少警察とも揉めた事はあるらしいけれど、それこそ権力で上からもみ消すなんて真似もしていたらしい。
「……お前のような子供には分かるまい。政治には金がかかるのだ!」
「本気でそう思っておるようじゃから、貴様はどこまでいっても愚物なのじゃと言うておる」
「な……ッ!?」
「そも、貴様が言う〝金がかかる〟というのは、貴様らの先人共が築き上げたくだらないルールに則って根回しするだの、分け合う利権、牛耳り貪っておる利益分配のせいであろう。そんなものを国と結び付けておるからこそ、貴様らが愚物であると言っておるのじゃ」
魔王という立場であった私から言わせてもらえば、〝政治に金がかかる〟というのは、大掛かりな事業を国が主導して行う際の支出を指したものであって、決して政治家同士、癒着している事業者との仲良しごっこを指した言葉ではない。
国とは、その場所で生きる者達を支えるための形に過ぎない。
個人や小さな集団では難しい事を行うための一つの集団の形でしかなく、時に後ろ盾となって民の生活を改善させて民を守り、時に立ち塞がる壁となって侵略から守っていくために生み出された外殻――とでも言うべきものこそが国なのだと考えている。
私がかつて〝魔王〟として君臨し、国を作り上げたのは、そういった目的があったからこその話だ。
「国が巨大な生物であるのなら、その巨大な体躯を支える骨や筋肉、臓器といったそれらが、その国で培われてきた知識、技術、価値というものであり、民は細胞や血肉じゃ。対して、貴様らのような存在は、身中に住み着いてぶくぶくと肥えた寄生虫といったところかの。百害あって一利無しとは、まさにこの事じゃのう」
「……巫山戯るな……ッ! この私が、寄生虫だと!?」
「的を射ているとは思わぬか? 貴様らは民から税を搾り取れるだけ搾り取ろうと画策し、自分たちだけが甘い汁を吸いたがっておるではないか。その結果、巨大な国という生物が弱ろうが傷つこうが頓着せぬ。これを寄生虫と言わずしてなんと言う? ――ほれ、素直になってみよ」
手をあげて視線を誘導させた先で指に光を集め、レイネに合図。
死角に潜んだまま静観していたレイネが暗示系の魔法を発動させる。
冷静な判断力を鈍らせ、本能のまま、思うがままの言動をしてしまうという、決して強い精神干渉ではない代物ではあるけれど、はてさて、その効果は――――
「――は……、ははは……っ! はははははっ! 愚かな民衆がどうなろうと知った事かぁッ! 生かさず殺さず、飼い殺しにしてやれば良い! 価値のある人間のために、上級国民である我々のために、地べたを這いずり回っていれば良いのだッ!」
――――……うーん、これはひどい。
内容も内容ではあるけれど、それを心の底から、微塵も疑わずにそう思っているらしい。
手に負えない程に欲に塗れてるね。
「……ふぅむ。つまり、上級国民とやらである貴様らが何をしようとも、それは許されて当然、認められて当然とでも思っておるのかの?」
「当たり前だ!」
「うわぁ……きっつ……」
前世の自分らしく振る舞うっていうのは、今の私にとってはスイッチを切り替えるようなものではあるのだけれど……うん、思わず素が出たよ。
「上級国民とは何を指しておる?」
「我々のようなエリートだとも! 貴様のような小娘には分かるまい! はははは!」
私の感覚だとそれ、前世の世界で城で働いている文官が勝手に貴族を名乗っているようなレベルだよ。
いや、確かに前世では城、つまり行政に働く行政上の官職に対して、平民出身であったり貴族家の次男や三男、次女や三女に対して身分を与える、職務上の身分としての『法衣貴族』なんてものが与えられたりする事もあったらしいけれど、それはあくまでも職務上の身分でしかなく、正式な貴族ですらなかったりするし。
「……はあ。なんじゃ、要するに貴様は、いい歳をしておきながら自分は特別な地位に選ばれている、稀有な存在――そう思い込んでおる、中二病真っ盛りの老害という訳じゃな」
「ははは――……は……?」
「年老いてまで己をそのように履き違えておるとはのう……。なんというか、惨めなものじゃなぁ」
「……中二病、とは……?」
「本来なら成長の過程の中で起きるものなんじゃがのう。貴様のように、実態の伴わない何かに根拠もなく自信を抱き、訳の分からん設定の中で夢を見てしまう、思春期特有の代物でな。……え……その歳で思春期なのかの? ちょっとどころではなくキッツいのう……」
相手はもう60代である。
それなのに思春期て、ちょっと……いや、かなり……うん。
正直ドン引きである。




