【配信】断罪のお時間 Ⅰ
2話分ぐらいのボリュームなのですが、これを分けても冗長なので一話にまとめてます。
それなりに長めです。
トモとユイカ、それにこのみんが空中に磔にしている二人の男。
その男たちはもがいてどうにか抜け出そうと試みていたらしいのだけれど、私が掴んで運んできた一人の男の姿を見るなりぎょっとした様子で目を見開いて、困惑した様子で動きを止めた。
配信する以上、さすがに殺したりはしてないから気絶しているだけなのだけれど、はて。
なんであんな、奇妙なものを見るような目を向けられているのかな。
「陛下」
「うむ、よく戻った。残りは処分したのであろう?」
「はい、恙無く」
トモたちのいるロフトから私の傍へと移動してきたレイネが、私の斜め後ろに移動して声をかけてきたので問いかける。
処分とは言っても、さすがに殺した訳じゃない。
私も配信を見ていたのだけれど、投げ飛ばしてみせた腕は幻影の魔法だし、銃弾を指で打ち返したものの、即死するような場所は避けている。すでに魔法での治療……とまではいかないけれど、死なない程度の応急処置も終わっているんだよね、という意味での問いかけと回答だ。
「しかし、このような者共を寝所に招かずとも、私が全て捕らえてしまっても良かったのでは……」
「なに、此奴らにはちと訊きたい事があったのでな。ついでに程よく泳がせ、妾らを襲ったという証拠も撮れて一石二鳥という訳じゃ。助かったぞ、レイネ。予定通りじゃ。後ほどの裏取りは任せた」
「はっ」
レイネに労いの言葉をかけて、私は片手で運んできた男を空中で磔となった男たちの間へとそのまま放り投げる。
目を丸くする二人のちょうど間あたりに差し掛かったところで、トモが持続させていた拘束魔法の制御権を奪って破壊し、そのまま3人を空間魔法で拘束したままゆっくりと視界の高さまで下ろしていく。
「ぐ……ッ、どうなっている……っ!?」
「くそ……! 動け、ない……ッ」
どうにか体を動かそうとしているようだけれど、制御のまだまだ甘いトモやユイカ、このみんの魔法ならともかく、私の魔法にただの人間が抗えるはずもない。
というのも本来、制御された魔法を打ち破るのなら、同質の力――つまり、魔力を用いてその魔法という現象を崩壊させるしかないからね。当然、この世界の人間にそれだけの力がない事は私もレイネもよくよく理解している。
ただまあ、今は彼らと話す前に配信らしく振る舞う必要もあるし、一旦遮音結界で彼らの周りを塞いでおいた。
ぎゃーぎゃー騒がれてもほら、視聴者も聞き取りにくくなっちゃうし。
『当たり前のように魔法らしきサムシングが使われてるけど、これって合成よな??』
『編集してくっつけた映像にしては自然というか、クオリティが高すぎる。いっそ全部が創作って考えた方が現実的』
『なんかもう、アニメ見てる気分だから実際がどうとか割とどうでもいい』
『リアルだったら普通に犯罪者だからな、あの磔られた連中』
魔法で操って目の前に持ってきたタブレット。
そこに映し出されたコメントの数々を見て、ついつい私は苦笑を漏らした。
――やっぱり、今の〝新技術〟での撮影じゃこうなるか。
視聴者が魔法という存在を疑うよりも先に、まずは合成なんかを疑うだろうとは思っていた。いくらアニメやゲーム、漫画にラノベといったジャンルで慣れているとは言っても、それはそれ、所詮は空想上での出来事なのだと考えるのが普通の反応。
けれど、これから先、魔石を世の中に流通させ、魔法という存在を広めていくと決めた以上、少しずつでも情報を出していった方がコントロールしやすい、というのがレイネの見解。
彼女の実家――篠宮家が率先して研究、解明していると喧伝し、政府関係者やら国の組織を牽制しつつ、広めても問題ない技術から順に公開していく。
そういう段取りになっている以上、少なくとも私はそっち側の第一人者でいなくてはならない。
――――ともあれ、始めよう。
「レイネ、実写にせよ」
「……よろしいのですね?」
「構わん。どうせ日常生活では認識阻害の魔法を展開しておるのでな、顔を見られたところで気付かれるという事もない。おっと、あっちの3人は映さぬようにな」
Vtuberのモデルは、まだ魔王であった頃の記憶を持たなかった私が、コンプレックスと化してしまい、隠し続けていた見た目を惜しげもなく披露できるようになり、自信の表れを表現するために少々目をキリっとさせたものだ。
かつての私の、〝なりたい自分〟がこれでもかと押し込められた理想とも言える。
そして今の私は、そんな〝なりたい自分〟に相応しく、堂々とカメラに映されている。
たとえその姿を貶す第三者がいたとしても、そんな他人の声など微塵も気にせずに、堂々としていればいい。
……もっとも、私の見た目を貶したりしたら、レイネが呪いをかけるぐらいはするだろうな、とは思っているけれど。
ちなみに、Vのモデルと普通の私が同一の見た目をしているからと言って、私――滝 凜音――がイコールしてVtuberのヴェルチェラ・メリシスと繋ぐ人間はそうはいない。
ユイカやトモ、このみんに身バレしてしまってからというものの、その3人やユズ姉さんからも身バレを避けた方がいいと変装グッズを勧められるようになったんだよね。
そういう訳で、基本的にヴェルチェラ・メリシスの中の人として誰かと会う時以外、つまり日常生活では認識阻害の魔法を常に展開しているしね。
「畏まりました」
短く受け答えたレイネが、空中に浮かばせて操っていたカメラを手元に引き寄せ、私を映したまま〝新技術〟――つまり、魔法を解く。
魔王ヴェルチェラ・メリシスの衣装としてデザインされている、黒いドレスを身に纏っている私の姿が、ただの実写映像として映し出された。
『え』
『えええぇぇぇ!?』
『うおおお! 本物!!!!』
『モデルと全く一緒!?』
『尖った耳とか王冠とかがないだけで、まんま陛下じゃん!』
『やば、すこ』
『え、外国人!?』
『こんなんほんまもんのお姫様やんけ……』
『Vの中身はもっと普通というか、陰キャ系かと思ってたのにww』
コメントの流れるスピードは凄まじく、しかも大量に書き込みされているせいもあってか、一瞬止まったかと思えば急に数倍速ぐらいで流れたりと読み取りにくい。
そんなコメントの数々をちらりと一瞥して確認したところで、私はゆっくりと口を開いた。
「――さて、改めて臣下の者共よ。妾はヴェルチェラ・メリシス。魔界を統べる女王、魔王じゃ。ま、モデルと本来の姿が似ているのは当然じゃろう。そもそも妾自身をモデルに落とし込んだ、というのが正しいところじゃからの」
『マジか……! 臣下だったけどもっと推します!!』
『ホンモンが顔面強すぎて実質リアルURキャラみたいなのなんなんwww』
『こんなつよつよフェイスでVやるのは意外』
『美人と可愛いの境目というか、綺麗寄り。これは外国人っぽい』
『アイドル系の可愛さとも違うし、なんかこう、女優のめっちゃ綺麗な人っぽい感じ』
『ハリウッド映画とか出てそう』
『これでリアルJKとかマ????』
『ウチの事務所に所属して!!』
『芸能事務所です! DM送ります、見てください!』
怒涛の勢いで流れるコメントをちらりと見てから、私の顔に対する感想や反応についてはまるっと無視する。
インターネットという誰もが観れるものである以上、少なからず好みや苦手といったものはあるだろうし、私自身、あまりこういうストレートな褒め言葉というか、外見に対する賞賛を向けられた事がないので、なんというか……痒い。
「ふむ、ずいぶんと困惑しておるようじゃが……ま、細かい話は今は置いておこう。それと、妾が芸能界だのなんだので活躍する気は毛頭ない。どんなに好条件を提示しようとも、どんなに熱心に説得しようとも首を縦に振るつもりはないのでな。話し合いの場を設ける気もないからの。潔く諦めよ」
『お話だけでも、とも言わせない断言で草』
『これは脈なし!!w』
『自惚れての発言とも言えんのよな。この顔面つよつよ感じゃww』
『嫉妬勢コメントでも湧くかと思ったら、ずいぶん平和なインターネッツですねw』
「――そもそも、この光景を見て妾を抱え込もうなどと思う者がいるとは思わぬが、のう」
そこまで言ったところで、レイネがカメラを向けた先には、空中に磔にされたままの男たちが音もなく口だけを動かすかのように何かを訴えている姿があった。
『え』
『顔だけ新技術適用されてるのは配慮か??w』
『へ?』
『マジでいるん??』
『なんで??』
『配慮助かる……って、それどころじゃねぇんだが????』
『どうやって空中に吊ってんだ??』
『いや、そもそもドレス姿でモーションキャプチャーすら身に着けてない事もおかしいんだよ!!』
カメラがこちらを向いていない内にちらりと見たコメントの困惑の声の数々。
想定していた通りの反応ではあるけれど、この状況でもモーションキャプチャーがどうのこうのと言っているのは、同業者か何かなのかもしれない。
そんな事を推察している内にカメラがレイネの手を離れて浮かび上がり、私と男たちをしっかりと映す位置へと移動した。
それを確認して、意味ありげに指を鳴らして男たちの周囲を覆っていた遮音結界を解除すると同時に、顔の空間位置を固定して男たちの口を強制的に閉じさせる。
ちなみに、本来魔法を解除、発動させるのに指を鳴らす必要は一切ない。
ただの演出。
「さて、待たせてすまんの、不審者諸君。すでに察しているかとは思うが、貴様らの愚行、無様な姿は全世界に向けて配信されておる。それに加えて、貴様らのお仲間についてもすでにレイネが殲……んんっ、もとい、すでに捕らえておる。よって、仲間が助けにくる事もない。今更、ただただ妾らに乱暴するために入ってきた、などという頭の悪い言い訳も聞く気はないと明言しておこう」
『今殲滅って言おうとしたよね??』
『隠せてなくて草』
『いや、草生やしてる余裕ない程に困惑してるんだが』
『なんなの、これ、ねえ、これなに??』
……耳聡い視聴者もいるようだけれど、無視しよう。
というか、この状況に困惑している方が自然なのに、普通に配信視聴者らしい反応を貫くって、なんというかつよい……。
ともかく、そこまで言ってから、まずは一人の男の顔の空間固定を解除する。
「――ぶはッ! あ、口が、動く……」
「で、まずは貴様からじゃ。妾らを襲って、何をどうするつもりであった?」
「……っ、俺達はただ、若い女に手を出そうとしただけ――な……っ!? があああぁぁぁぁッ!?」
『ひえ!?』
『サイテーって言おうとしたらいきなり叫んでてビクッとした』
『え、何? 何もしてなくね?』
『いやいやいや、演技うっっっっっま……』
『あれ演技か……? 目かっ開いて、すっげぇ充血してるんだが……』
『え、こわ……』
魔力を知覚できるトモたち3人には、きっと男の目の前にぼんやりと霧が生まれたように見えるぐらいだろうけれど、配信越しに……というより、ただの人間がこの光景を見ただけでは、何が起きているかなんて判るはずもない。
それでも、ソレは確かにそこにいる。
私が投げ込んだ気絶したままの一人はともかく、あとの二人の目の前には今、レイネの魔法によって生み出された幻影――真っ黒な襤褸を身に纏い、大鎌を構えた、いかにも死神といった様相を呈した存在が。
誤魔化そうとしたらしい男の腹に大鎌の先端を食い込ませ、ぐりぐりとその傷を抉っているのだ。
ちなみに、当然ながら本当にそんな存在が現れ、物理的に拷問を行っている、という訳ではない。というか、そんな魔法を使ったら血が噴き出てしまうし、全世界に私が拷問している姿が公開されちゃうしね。
あくまでも、レイネが生み出した幻影に合わせて強烈な痛みを錯覚させる、いわば幻痛を与える魔法を放っているだけだ。
これなら配信上もグロテスクなシーンにはならない。
拷問した、なんていう証拠も残らないし、平和的解決だよ、うん、きっと。
「……ふむ。喋りたくないというなら、まあこの問答を繰り返すだけじゃ」
「……おま、えは……何者だ……!?」
「は? 魔王じゃが?」
「フザ、けるな……ッ! なんなんだ、この現象は……! 本当に、お前は何者なんだ……!」
「妾は魔王であり、貴様らを捕らえておるのも、この現象も魔法によるものじゃ。それ以上でもそれ以下でもないが?」
さすがに痛い目を見ただけあって、最初に痛めつけ、問答していた男には「まさか本当にそんなものが」という疑問が生まれているのか閉口した。
仕方なくもう一人の男の顔の空間固定を解除すれば、自分の口が動いた事に気がついたのか、反射的に叫んだ。
「クソアマァッ! そんなもの、存在――あああああぁぁぁぁっ!?」
……レイネ、もうちょっと言葉引き出してからでもいいんだよ?
ちょっと今の早すぎるよ??
無表情ながらに眉間に皺を寄せるのやめよう? カメラに背を向けてるからって。
ほら、トモとかユイカとかこのみんとか、ロフトから顔を覗き込ませている3人が同時に「ひぇっ」って声を漏らして顔を蒼くしてるから、もうちょっと自重してくれない??
そんな本音を無言で視線で訴えてから、私も私で気を取り直して表情を作る。
さも、愚かな相手を鼻で嗤うように。
「阿呆め。貴様らが見た事もない、存在している事も信じていなかっただけの話であろう。魔法は確かに存在し、それを貴様は体感しておる。ただそれだけの話であろうに」
『いやいやいや』
『え』
『ちょっとまって』
『理解が追いつかん』
『いや、演技だって。あれ劇団の人だろ』
『だから、百歩譲って劇団員の俳優かなんかだとして、どうやって空中に浮いてるんよ』
『ワイヤーで吊って、とか?』
『むしろ本当に魔法があるって考えた方が、納得できてしまうんだよなぁ』
『百歩どころか万歩譲って魔法が存在してるとして、つまりこれってマジで陛下がおかしな連中に襲撃されたってこと?』
『え、じゃあさっきまでの映像も全部本当のこと……?』
うん、コメント欄もだいぶ困惑してるね。
最近のCG技術なら、本当に炎を手のひらから出しているように見えるような演出だってできてしまうし、それこそ、光を放ってみせたりなんて事もできてしまうのだから、まあなかなか信じられないだろう。
いかに本物のように、いかに自然に見えるように、奇跡を演出するか。
そういった方向に技術は進化していて、今じゃ映像越しに見える全てが純然たる真実とは限らないのだから。
本当に魔法という存在を証明するのなら、誰もの目に見える分かりやすい何かを見せつけるしかないんじゃないかな。
それでも、信じる者は少なからず出てくる。
今回、わざわざ実写にしたのはそれが目的だ。
元々、視聴者全てを信頼させようとは思っていない。
ただ、魔力という存在が、魔法という存在が世間に浸透した時、私という存在を思い浮かべさせられればいいのだから。
多少魔法を使えるようになる者が現れた時、魔法の第一人者として圧倒的な力を持つ私という存在を知っていれば、それは抑止力としても働くかもしれないから。
だからこその、圧倒的な力の誇示、見せしめの為の行いだ。
そしてそれを行う以上、視聴者の反応から見ていても、Vの姿ではどこまでいっても信憑性に欠けてしまう――それ故の実写。
今後、〝新技術〟を狙ってこうして手を出してくるような輩は今回の会社のように、手を変え品を変え、次々に出てくる可能性が高い。
これだけの技術を、JKと公言している私が使っているのだ。少し脅して痛い目を見せればどうにかなる、なんて考えるような小悪党は掃いて捨てる程度にいるだろう。
いくら篠宮家が防波堤となったとしても、「篠宮家にバレなければ」とか、そもそも篠宮家を知らないような二流三流の悪党が相手じゃ意味はない。
魔法や魔力を悪用して『武器』を得たとして、増長できない程度に圧倒的な余裕ぶりを見せておく。同時に、私――延いては友人や家族といった面々に手を出せばどうなるか。
その為の公開処刑こそが、この場を演出した理由だ。
私たちに不用意に手を出せば、どれ程の痛手を被る事になるのか。
それを見せつけ、有象無象に釘を刺す。
――――だからこそ、苛烈に、鮮明に刻みつける必要がある。
「貴様の雇い主、そして貴様の知る情報の全て。それを吐くまで、これから貴様らの体感時間を引き延ばして延々と繰り返す。救いはない。こちらの一秒が、貴様らの一年に等しくなる程度じゃ。そぉら、喜べ。肉体は老いずとも、ゆっくりと時間を過ごせるぞ?」
『男たちの絶望フェイス』
『からの魔王的な不敵な笑みのお顔つよつよフェイス助かる』
『男たち「俺達を助けて」』
『男たちは助からんがわいは陛下のつよつよリアルフェイスを見れて助かるから、つまりは総じて助かる』
『軽く助かるがゲシュタルト崩壊するのやめろww』
『どうして日本人はこんな状況でも取り乱さないんだい?』
『アニメとゲーム、ラノベによって免疫がついているのさ。見ろ、面構えが違う』
『外国翻訳ニキに堂々とネタで返してるやつおって草』
――相手が、悪かったね?




