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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第四章 手を伸ばした先に待つもの
129/201

【配信】裏 襲撃犯の末路

襲撃犯の処理話。

少々長くなってしまうのですが、凜音視点じゃないので一話にまとめて投稿します。







《――……音が消えました。どうやら眠ったようです》


《まだ日付すら変わってねぇってのに、最近の若い女はこんな早く寝るモンなのか?》


《分かりません。が、早めに終わるなら、好都合かと》


《ハッ、違ぇねぇ。痛い目に遭わせて壊す前に楽しませてもらうんだ、夜が長い方がゆっくりと楽しめるってもんだ》


 夜闇に潜み、通信機越しに聞こえてきた声。

 その報告を受けて、リーダーである男――安藤と名乗っている短髪の男がそう告げて、喉を鳴らすように笑う。


 安藤が率いるチームは、これまで数多くの〝裏〟の仕事を引き受けてきた。

 その多くは政治家、或いはその繋がりを有する大企業など、社会的に言うところのお偉方(・・・)からの依頼であり、反社会的組織とは全く異なる『何でも屋』とでも言うような少数精鋭のチームだ。


 脅迫に誘拐、果ては殺人に放火。

 依頼に応じて標的に絶望を、恐怖を与え、多額の報酬を受け取る。

 そんな、まさに〝裏〟に生きる者達であった。


 今回の依頼は、大企業と密接に付き合いのある政治家を介したものだ。

 技術を奪い、それによって得られるであろう膨大な利益を手に入れる事を目的としており、政治活動資金という名目の裏金などに充てるつもりであるそうだ。


 しかし、安藤にはそんな事は関係がない。

 こうした業界に身を置く以上、余計な詮索はしない。必要以上の情報を知ってしまえば、それは己を脅威と見做す動機に成り得る事を安藤は理解している。


 そもそも安藤という男は、己の快楽に関係のないものに対して興味を抱かない人種でもあった。


《十代の女、か。さぞかしイイ声で鳴いてくれるんだろうよ……、くくく……っ!》


 彼は俗に言う快楽殺人者であり、同時に嗜虐的な興奮を強く覚える類の男であった。


 仕事柄、大抵標的となるのは男――それも、それなりに立場のある者だ。

 その家族を壊すなどの依頼で、運が良ければその中に若い娘がいる事もあるが、事故死に見せかけて当人だけを始末するという依頼が多いため、そうそう若い女を標的に仕事が舞い込む事はない。

 せいぜい、家族を壊して絶望を与えるという依頼がある程度だが、そんな仕事は滅多に舞い込んでこないのが実状だ。


 しかし今回の標的は、十代の女だという。

 壊し、犯し、殺す上で、安藤にとってはこれ以上ない程の極上の獲物であると言えた。




 ――――という、安藤という男がこれまで行ってきた数々の行いとその性質が、世界に向けて配信されている画面に映し出されていた。




『絵に描いたような悪役で草』

『※ただし、今回の相手は魔王』

『分かりやすい程にやられ役w』

『これはフラグww』

『いや、どうやって作ってんだよ、これw アニメ制作はめっちゃ金かかるぞ』

『声が知らん声優だな。役とマッチしているが』


「……まったく、視聴者は呑気なものね。まあ、これをただのアニメ(・・・・・・)として見るのであれば、当然と言えば当然の反応なのだけれど」


 可愛い姪っ子――という枠には収まりきらなくなりそうなぐらい、おかしな方向に飛躍している姪っ子こと、凜音ちゃん。

 彼女の配信を見ながら、私はついつい独り言を漏らしてしまう。


 唐突に始まった配信。

 私自身、こんな配信をするなんて話は聞いていなかったし、そもそも個人勢であって私がマネジメントしているタレント達とは違って、私がスケジュールを把握していなくたって何もおかしくはないのだけれど……。


「――そりゃあ、気付くわよねぇ……」


 さっきからこちらに送られてくるチャット。

 凜音ちゃんと直接関与した事のある社長、それにエフィらといった面々からのものだ。


 あの〝新技術〟の裏側を知っているのだから、当然気付かないはずがない。

 この映像は、アニメーションに合わせて声優が声を当てているアニメとは違って、本当にそれらを言っている人物たちを映し、それを撮影しているのだろう、ということ。


 最初は「劇団雇ってドラマを撮ってる? あれ、でも3Dアニメーションだからアニメ?」みたいな談義が交わされたり、和気藹々としたチャットだったのだけれど、さっきまで映っていた末永という男性の独白シーンと、そこに出てきた相葉という後輩を見て、「モデルになった人物と同じ職場で働いている。実在する」というような話が出てから流れが変わった。


 ――何故か本人を含めて会社のメンバーたちと連絡が取れない。

 ――何故か会社にも電話が繋がらない。

 ――本当に末永と相葉は存在していて、彼らはブラック企業よろしく上司に無茶な命令を聞くよう言われている。


 こんな話がコメント欄上で行えるはずもないため、場を移した先――掲示板上で発信されているらしい。

 おかげでトレンドはもちろんこの配信の話題だし、今もなおその影響からか視聴者数がどんどん増えてきている。


 確かに、これはただのアニメ――ううん、俳優役を雇った作り物と考えるのが妥当ではある。

 そもそも、独白とか事前に録音して当て込まないと配信に乗るはずもないのだから。


 でも、そう判断していたというのに、現実にいる存在がモデルになっているらしいし、その本人たちに連絡がつかない。それどころか、同じ職場の他のメンバーにも何故か連絡が繋がらないらしい点など、不可解な事象も引き起こされている。

 ネット上では「同じ職場にいるというのは嘘ではないか」なんて声も上がっているけれど、同じ会社の社員を名乗る第三者が名乗りをあげていて、誰々に連絡しただのをイニシャルだけでぼかして告げて、掲示板上でやり取りしていて、信憑性が高まっている。


 そうして混乱が混乱を招いている中、それでも配信は続いているのだ。


 エフィ達からこれが本当の事なのか、凜音ちゃん達は大丈夫なのか、そもそもどうやって撮ったらこんな事ができるんだと次々チャットが飛んできている。

 ちなみに、社長は社長で「そうか、これならドラマを撮れるのか!!!!」とか言い出していて、凜音ちゃんの心配とかよりも脚本の相談がどうのって送ってきているけれど。


 それらの状況、さらに次々届くチャットを一目見て――カシュッ、と音を立てて缶チューハイを開けて流し込み、ドンッと激しい音を立てて缶を机に叩きつける。




「……言える訳ないでしょ、魔法なんてものが存在してるなんて……!」




 どうやって撮っているのか? ――魔法でしょうね!

 この状況、まさかのリアル? ――多分そうでしょうね!


 だって凜音ちゃんもレイネさんも、当たり前のように人間じゃ不可能な事を魔法で可能にしちゃうんだもの。あの二人に魔法を教わった私や姉さんでさえ魔法って代物を使えるようになっちゃったし。

 あの二人なら、今現在起こっている事を魔法でカメラを隠して撮影したり、心を読んだりなんてできそうだもの……!


 で、それを加味してこれが現在進行系で起こっている事実だとして、だよ。

 凜音ちゃん達の泊まる場所に向かう、四人の男たちが、本当に彼女たちに襲いかかろうとしているとして、だ。




 ……最低な人種だし、天誅でも喰らえと言いたくなるような存在なのは確かなのだけど、そんな存在の背景も、今回襲撃しようとしている事もバレていて、挙げ句の果てにこうしてエンタメ扱いされているのよね……。

 可哀想だとまではさすがに思わないし、いい気味だとは思うけど……うん、相手が悪すぎるわよね。人間が凜音ちゃんやレイネさんに手出しして無事でいられる訳があるか、いい加減にしろってレベルの相手だもの。


 諦めてさっさと自首でもしてこい、というのが本音だったりする。


 だって、凜音ちゃんもレイネさんも、魔力障壁を常に展開しているから不意打ちも効かないらしいし。

 そもそも魔力障壁を破壊できない以上、この世界の科学兵器の一切が通用しないって話なんだもの。




 ……こうして考えると本当に魔王になれるわね。

 世界牛耳れちゃうでしょ、パワーで。




「んぐ、ん……っ! ぷはぁ! ……まったく。これからどうするつもりなのよ、あの子ってば……」


 そんな事を考えている内に、配信画面上では男たちが凜音ちゃん達の泊まる建物の周辺に移動を完了し、周囲を見張りに散開した。

 カメラはそのリーダーの男を追いかけるように映しているのだけれど……、男の横顔を映していたかと思えば、突然。


《――な、なんだ、これは……!?》


《あん? おい、どうした?》


 配信画面に映っていた男の耳に届いているらしい、くぐもった通信音声。

 その声は明らかに動揺の色を孕んでいて、その通信を受け取った男が耳に手を当てながら眉間に皺を寄せて訊ねた。


《じゅ、10時方向に援護を要請! ひ……、ど、どうなっている……! どこなんだ(・・・・・)ここは(・・・)!?》


《は? おい、状況を伝えろ! 何が起きたかを――!》


《――5時方向、助けてくれぇッ! 化け物(・・・)だ!》


《あああぁぁぁッ!! 俺の……、俺の腕があぁ……ッ!?》


《ッ!? おい、テメェら! 何が起こっている、答えろ!》


『声優さんうますぎん……?』

『おや、流れ変わったな??』

『サスペンス系かと思えば、これはホラーな予感』

『こんなトコにいられるか、俺は帰らせてもらう!』


 次々入ってきた音声に、男が目を見開いて声を荒らげる姿が配信に映る。

 気が付けば、エフィ達からのチャットの通知音も止まっていた。


 うん、そりゃそうなる。

 私だって思わず缶チューハイ握ったままごくりと息を呑んだもの。


 男が声を荒らげるものの、届くのは砂嵐のようなノイズ音だけ。

 何か異常な事態が起こっていたかと思えば――突如、男の顔にぴしゃりと水のようなものがかかったかと思えば、その横にずしゃりと何か(・・)が落ちた。


《――ッ!? な、んだよ、これ……》


 飛んできたそれは、人の腕の残骸。

 ご丁寧に断面となる部分については黒塗りされたかのように真っ黒な影になっているけれど……うん、これも魔法で隠したとかそんな感じなんだろうね。


 男が呆然とした様子でそれを見た後で、頬を触れるような仕草をして――その顔に付着したものが、その腕から流れていた赤黒い血である事に気が付き、目を見開いた。


『ひえっ』

『※グロ注意』

『これはスプラッター』

『和風ホラーじゃなくて海外風パニックホラーでござる』

『うわ、グロ……』

『最悪です。グロとか出るなら注意書きぐらいしてください』

『なんでも先に言ってくださいの過剰配慮要求民湧いてきて草』


 コメント欄はもはやアニメを観ている視聴者のような感想が溢れていて、この映像が現実のものだなんて思っていないらしい。

 けれど、私はグロとかスプラッター系は大丈夫なんだけど、違う意味で顔を青褪めさせていた。


 ――……これ、本気で殺っちゃってるとか……ない、よね?

 魔法で撮影していると仮定したら、コレも現実って事になるし……。


 そんな事を考えていたら、男が何かの物音に気が付いて慌てて振り返り、目を大きく見開いた。

 男の視線を追うようにカメラの向きがゆっくりと変わっていき、その先に、ソレ(・・)は立っていた。


《――こんばんは、招かれざるお客様》


《……メイ、ド……?》


『レイネたんきたーー!』

『なんかいつものレイネたそと雰囲気違うくね?』

『逆光っぽくなっていて顔がしっかり見えないけど、なんか冷たい感じした。声聞いた瞬間鳥肌立ったんだが』

『ぶるっときた』


 そこに映っていたのは、確かにレイネさんだった。

 けれどその姿は私が普段見てきたようなレイネさんらしからぬ、冷徹な空気を纏っていて、感情の機微を感じさせない淡々とした物言いで、凜音ちゃんと一緒にいる時のような朗らかさはそこにはない。


 そんな彼女の、冷たく、さながら虫けらを見下ろすような紫がかった黒い瞳が、暗闇の中に浮かんでいるように見えた。


《お連れ様につきましては、早急に処理させていただきました》


《――ッ、殺したのか……?》


《はい。陛下の寝所へと招かれざる客がやって来たとなれば、排除するのがメイドの務めというもの。その残骸がそちら(・・・)です。どうぞお持ち帰りください》


『排除=処理』

『それはメイドの仕事ではないんですがww』

『これは戦闘メイド感』

『オープニングといい、これはデキるメイド』

『レイネさんの声、めっちゃぞわぞわする』

『どっちが悪役なのか分からなくなりそうなレベルで草』


《化け物が……ッ! ――死ねぇッ!》


 男が腰のベルトにつけていたホルスターから抜き取った拳銃を即座に構え、レイネさんへと銃口を向けて撃つ。

 それとほぼ同時に、レイネさんがいつの間にかデコピンするような構えを見せて虚空を打ったかと思えば、男の右腕が弾かれるように後方に押し出され、血を噴き出した。


《が……ッ!? な、にが……!?》


《不要な贈り物でしたので、弾き返しただけです》


『ふぁーーっ!?!?』

『デコピンで銃弾を弾き返したって、コトォ!?!?』

『最強過ぎるやろwwww』

『オープニングで見せていた肉弾戦の強さがここで活きるのかww』


「え……えぇーー……」


 いやいやいや、強すぎでしょ……。

 もう画面の中の悪役、どうすればいいのか分からなくて銃口をレイネさんに向けてはいるものの、ぷるぷる銃口も震えちゃってるじゃん……。


《撃っても構いませんが、それらは全てお返しいたしますよ。次は左腕、その次のものは左足の脛あたりでいかがでしょう?》


《――ッ、化け物がぁぁッ!》


 追い詰められて正常な判断もできなくなったのか、男が銃を撃ち――そして、レイネさんに弾かれて、宣言通りに左腕と足の脛あたりが弾かれ、血を噴いた。


『宣言通りで草』

『アホやんww』

『いや、そう言われても銃を撃つ以外に選択肢なんてなかったんだろ』

『冷静に考えれば逃げの一手なんだけど、他のお仲間も排除して一瞬でやって来た事を考えると、逃げきれると思えないしなぁ』

『あ、尻もちついた』


《あ、ああぁぁぁぁッ! な、なんなんだ……! なんなんだよ、テメェはぁッ!》


 思わず腰が抜けてしまい、まるで水中でもがいているかのように無事であった右の足だけをバタバタと暴れさせながら後方に下がっていく男が震えて叫ぶ。


 カツン、カツンと硬質な地面を革靴が叩いて音色を奏でる。

 逆光によってその表情は一切伺えず、僅かばかりに浮かんだ輪郭と、奇妙に暗闇の中にありながらも輝いて見える紫色がかった瞳だけが、冷たく安藤を真っ直ぐ捉え、見下ろしていた。


《拍子抜け、ですね》


《……は……?》


《確か、『痛い目に遭わせて壊す前に楽しませてもらう』、でしたか? そんな事を豪語していた割には……あまりにも脆い》


《――ッ、どうして、それを……!?》


《最初からあなた方は私の手のひらの上で踊っていたに過ぎないのです。そも、私のような純魔族を相手に、そのような玩具(・・)を使ったところでかすり傷一つつける事もできませんよ。魔力を持つ者に傷をつけたければ、魔力障壁を貫く魔力をぶつけるしかない。それぐらい常識です》


『知らない常識なんだが????』

『レイネさん、魔族って設定なのかw』

『そら仕える相手が魔王なんだからそうだろうよw』

『最強過ぎるやろww』


 コメント欄の盛り上がりを他所に、レイネさんは冷たい表情のまま告げる。


《陛下をその薄汚い欲望で穢そうとした罪は、万死に値します。そちらの残骸を持ち帰り、雇い主の元にお帰りいただけるのであれば、メッセンジャーとして生かす価値はありましたが……やはり、許す訳にはいきません。――死になさい》


《ひ――ッ》


 涙と汗、そして降り注いだ血によって汚れていた男の顔が映り、そして――画面は真っ暗になった。






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