ダンジョン探索
お母さんとユズ姉さんに魔力と魔法の存在を伝えたり、ロココちゃんのデビューを見守ってみたり。
そんな平穏な日々とは打って変わって、私は今、薄暗い遺跡とも言えるような建物の内部をレイネと共に歩いていた。
「――ふーむ……。さっぱり読めない」
「そうですね……。ダンジョンであれば、古代精霊語が刻まれているはずですが、見覚えのない文字のようですし」
壁面に刻まれている模様。
そういう装飾とも言えそうなそれらではあるけれど、ここに進んでくるまでに魔力に反応して一部が光っていたりもしたし、法則性もある事から文字か何かだと踏んでいるんだけれど、私にもレイネにも読めそうにない。
元々、私たちが世界から退場して、時がどれだけ経っているのかは分からない。
その間に言語が変わっていて、そのせいで文字が読めないとかも有り得るけれど……あの胡散臭い子供神が相手だもんなぁ……。
「やっぱりここ、私たちのいた世界とは違うかもねぇ」
ダンジョンの外に出るなとも言われている事を考えると、そうであってもおかしくない。
私たちの前にいた世界を指すような言葉はあったけれど、そうだとは断言してなかったしね、あの胡散臭い子供神。
そんな事を思いながらレイネにちらりと視線を向けてみれば、レイネも同じ感想を抱いていたらしく小さく頷いた。
「ま、私たちの目的は魔石を集めるというその一点のみだし、気にする事はないでしょ」
「……宜しいのですか?」
――かつての臣下がどうなったのかを確認できなくなってしまった事については。
言下にそんな意図を込めている事を察して、ついつい苦笑を浮かべてしまう。
「私がいなくなった後で時代を築いているのは、その時代を生きている者達だよ。私はそんな存在にとって過去の存在でしかない。もしも運良く当時の臣下を見つけたとしても、あるいは偉大な王だったなんて祀られていたとしても、名乗り出るつもりはないよ」
「……当時の臣下であれば、陛下に再び会えたことに感涙し、跪くかと」
「いやいやいや。ほら、部活の先輩が引退したのに、何故か先輩面して我が物顔で部活に顔出してみたりっていう、アレと同じ感じになりそうじゃない? 『うわ、何こいつ。引退したのに偉そうに顔出してきてウッザ』みたいな、あんな感じの」
「……不敬ですね、処します」
「やめてあげて?? 例え話だよ? というか魔力抑えて? ほら、また魔物逃げちゃうから」
想像してみて怒りを覚えたらしいレイネに落ち着くように告げて、魔力を抑え込ませる。
ダンジョンにいる魔物は、いわばダンジョンが生み出した防衛のための兵士でもあり、外界への侵略用の尖兵。
意志や思考能力というものもなく、ただただ敵を殺すという命令にのみ従う殺意の塊。魔石を核としていて、倒すと肉体を消失しつつ魔石と肉体の素となった一部を落として消失していくという特徴を持った疑似生命体、とでも言うべき代物だ。
そんな魔物たちではあるけれど、だからと言って命を落とす事すら厭わず突っ込んでくるかと言うと、そうでもない。
強大過ぎる魔力には怯えるし、自分では敵わないような強大過ぎる相手が迫ってきていると理解したら、逃げる事だって有り得るんだよね。
もっとも、深いところまで潜ればそういう事もなくなって、もっと機械的に突っ込んできたりもするんだけどね。
深いところにいる魔物は実力があってプライドもあるから、とも考えられるんだけど、そもそもダンジョンを防衛するのに強大な力を持ってるからって敵から逃げるなんて本末転倒もいいところだし、どっちが正しいのかなんて定かじゃないけど。
ともあれ、私たちの目的はダンジョンの踏破じゃない。
浅い層から魔物を倒しつつ小さい魔石を集めていって、それぞれに性能を確かめるっていう目的なのだから、魔物に逃げられてしまっては意味がない。
「……申し訳ございません。つい、殺意が」
「ん、いいよ。まあ、できればフルコンプするぐらいの気持ちでいきたいからね。……先は長そうだけどね。ようやく5層も探索し終って、やっと6層に入ったっていうのに魔物も弱いし、魔石はこんなんだし」
そう言いながら、ポケット――ただし空間拡張済――に手を突っ込んで、先程倒した魔物から落ちた魔石を手に取る。
紫がかった藍色の魔石。
私の人差し指の爪ほどの大きさで、前世の価値観でいくと露店で買う串焼き3本分程度の価値しかない。
これでも魔道具カメラを2時間以上は稼働させられる程度に魔力を含んでいるけれど、魔法杖とか魔法剣みたいに一瞬で出力が求められるような代物には使えないため、価値は低かった。
それでも、今の私たちが生きる世界においては凄まじい価値を持つ……かもしれない。
新たなエネルギーになるんだし、うん。
ただ、どうしても魔石に対する価値観は前世基準になってしまうものだから、「ゴミ魔石」なんて評価が口から出てきてしまいそうになるんだよねぇ。
なんとかそんな感想を口にしないよう気をつけつつ、ポケットに再びお片付け――と手を突っ込んだところで、薄暗い通路の先からカツン、カカツンと歪な足音にも似た物音が聞こえてきて顔をあげる。
「――……うへぇ、アンデッドかぁ」
「先程までは森で動物系魔物。6層から遺跡でアンデッド系魔物となると、環境型のダンジョンであるのは明白ですね」
「んだねー……」
正面に姿を現したのは、人骨の模型を彷彿とさせるようなアンデッド系の魔物。
ラノベ風に言うとスケルトンってヤツかな。
ちなみにレイネが言っている『環境型のダンジョン』という表現は、ダンジョンの形態を指した言葉だね。
ダンジョンっていうのは、いわば異界。
その内部構造はダンジョンによって様々で、たとえば王城と城下町を彷彿とさせるような一つの階層のみで構成されているダンジョンを『劇場型』と呼んだり、洞窟のような場所をひたすら進んだり、地下へ地下へと降りていくようなダンジョンを『洞窟型』と呼んだりする。
他にも色々な種類があったりするんだけど、まあそれは置いておいて。
「――撮影開始します」
「はいはーい」
カツン、カカツン、カツン、カカツツン。
不規則な足音を奏でながら、窪んだ眼窩に揺らめく光を宿した黒に近い茶色のスケルトン。
手に持った剣はぼろぼろで、その身体にも服であったはずのボロボロの布きれが申し訳程度に引っかかっている。
うーん、普通だね。
あれがファッション系のダメージジーンズとかそういう服を着ていたとかなら驚きもしたかもしれないけど、ただ風化しかけているだけだし。
緩慢な動きでゆらゆらと身体を揺らしながら進んできたスケルトンは、私達の前方10メートル程といったところで眼窩に浮かんだ光を赤く輝かせ、唐突に駆け出した。
……もっとも、駆け出したと言っても矢のように疾駆するとか、そういうレベルじゃなくて、小走りにも近い程度の速度ではあるけど。
「――ほっと」
デコピンを中空に構えて魔力を少しだけ込める。
球体となって折り曲げた中指の先に浮かび上がった赤黒い魔力の塊を、デコピンで弾いてみせれば――遺跡内の通路全体を揺らすかのように衝撃が駆け抜けた。
こちらに向かってきていたスケルトンも衝撃には耐えきれず、身体をひしゃげて斜め後方に吹っ飛び、壁面にぶつかってガラガラと崩れ、魔石と骨の欠片のようなものを残して消え去ってしまった。
「さすがでございます」
「いや、さすがにこの程度でそんな事を言われてもねぇ……手応えもないし」
そんな状態を褒められても困る。
というか、こう見えて実は私、ダンジョンに来た時はちょっとは緊張したんだよ。
ほら、前世の自分と違って戦いなんてほぼ無縁だったし、少しぐらい苦戦したり、こう、「この身体じゃまだまだね」みたいな苦戦パートとか存在するかもしれないなって、そう思ってたり。
レイネと手合わせとかもしてないし、私は今の自分――滝紅葉の娘であり、華のJKであって、魔王であった前世とは違うのだし、戦闘勘みたいなものがなくなっているんじゃないか、ってさ。
……まあ、蓋を開けてみればなんの変化もありませんでしたよ、えぇ。
普通に普段だって魔法を使っているんだから、それぐらい気づけよって話かもしれないけどね。
緊張して損した、という感想しかないよ。
「……あの程度の魔物だし、魔石の大きさも大差ないみたいだし、ちょっとペースアップして進もうか」
「畏まりました」
――――結論から言えば、10層の階層主まで大した変化もなく。
スピードをあげてさっさと踏破し、徒労感に苛まれた私とレイネは、あっという間に旅行出発の日を迎える事になったのでしたとさ。
新年明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!




