【配信】裏 晩酌しながら鑑賞中
私の姪っ子こと凛音ちゃんから、魔法という不思議な力について聞かされたその翌日。
私――滝 楪――と姉さんは、その魔法という超常の力を目の当たりにする事になった。
……いえ、私だって魔法なんて存在には幼い頃に憧れたけれどね。
ほら、俗に言うニチアサ系の魔法少女全盛期が私の幼少時代の流行りだった訳だし?
深夜アニメのスピンオフ作品で魔法少女になってるものとかもあって、録画して観ていたりもしたぐらいだもの。
ちょっとエッッだったけど、うん。
それはほら、そういうサービスシーンも大きなお友だちには必要だものね。
だからって、まさか魔法という存在を告げられたその翌日に、いきなり無人島――しかもレイネさんこと、その実家である篠宮家所有のプライベートアイランドとでも言うようなところに、家のリビングから一瞬で移動するとか、そんなことある……?
そこに建っている、凛音ちゃんから提供された新技術配信のお披露目の際に、確かに存在していた魔王城そのもの。
島に生い茂る木々の植生も日本で見慣れたそれとは違うだけあって、実に海外らしいというか。いえ、どちらかと言うとアニメやゲームの世界に連れて来られたような気分になりながら、水着に着替えて海へと入り、魔法を教わった。
「……それにしても、常識が壊れていったわね……」
「ふふふ、そうね~」
凛音ちゃんが配信している謁見の間の近くの部屋。
魔法を教えてもらって姉妹揃って夢中になっていたものの、陽も傾いていたため切り上げる事になり、お風呂に入らせてもらって食事も済ませ、リラックス。
お酒を口にしながら凛音ちゃんの配信を眺めつつまったりとした時間を過ごして――ようやく今更ながらに我に返った私が呟けば、姉さんが楽しげにくすくすと笑って同意してくれた。
「まさか私たちまで魔法を使えるようになるなんて、ね」
「そうね~。でも、凛音ちゃんやレイネちゃんみたいな魔法を使えるようになるには、すっごく時間がかかるみたいね~。転移魔法、だったかしら? あれが使えたらすっごく便利なのに~」
「……それは凄く同意するわ」
女優である姉さんは、撮影するスタジオ、あるいはロケ地に移動する。
夜中まで撮影が続いて、翌朝の早朝から撮影再開なんていう無茶なスケジュールも存在する業界だもの。そのために、ロケ地から近いけれど居心地の悪い旅館や民宿、ホテルに泊まらなくちゃいけない、なんて状況はいくらでもある。そういう場所での眠りは必然的に浅くなるものね。
それが一瞬で自宅とロケ地を行き来できるなら、それだけで睡眠の質も向上するし、移動時間を考慮しなくて良くなるのだから。
私も姉さん程じゃないけど似たような理由で使いたい。
タレント達の統括マネージメントをしたり、あちこちに商談や打ち合わせで行き来をしなくちゃいけないものね。
オンラインでやり取りできるこのご時世に、効率の観点を無視して商談は直接顔を合わせて行いたい、なんて言い出す人は一定数いる。迷惑な話だけれど。
立場上、そんな相手との商談に参加する機会の多い私にとって、移動時間がゼロになってくれるのは非常に大きい。きっと私の残業だって減る。
「それにしても……凄いわね、凛音ちゃん。あの歳で社長になっちゃうなんて」
「あら、それを言うなら私だって子役時代から女優をしていたし、ユズちゃんだって子供の頃からマネジメントしてくれていたじゃないの~」
「それはそうだけど、姉さんは個人事業みたいなもので、私は身内として姉さんを知っている現場で、という形だもの。凛音ちゃんのように、不特定多数に対して営利活動していくのとは訳が違うわ」
確かに、私は姉さんのマネジメントという立場であちこちの現場について回ったし、しっかりと仕事をこなせるように努力していた。
でも、それはあくまでも『滝紅葉の妹として認知されているが故に通用する現場』に他ならなかったのだ、と。
私という人間は、あくまでも姉さんの看板を背負っていたからこそ仕事をこなせていたのだ、という事実を。
ジェムプロ起ち上げ当初、そんな現実を嫌というほど思い知らされたものだった。
そんな私とは違い、凛音ちゃんは社長として矢面に立つ。
篠宮家というバックがあるのは確か。でも、社長として――代表としてお飾りで居続けるのではなく、自分をプロデュースし、カメラの前で演じ、プロモーション活動を担っている。
レイネさんは確かにバックアップをしているみたいではあるけれど、凛音ちゃんを蚊帳の外に押し出して好き勝手やっている訳ではないみたい。
実は以前、その事について――つまり、凛音ちゃんを隠れ蓑にしようとしている篠宮家の策略なのではないかと疑い、私はレイネさんにその事を遠回しに探りを入れるように問いかけた事があるのよね。
でも、それに返ってきたのは曇りのない明確な回答だった。
――「凛音お嬢様がやりたくないこと、不本意であると仰せの内容はやりません。故に、決定権はあくまでも凛音お嬢様にのみございます。篠宮の家は凛音お嬢様の活動において利用価値があるからこそ利用している、それだけに過ぎません。凛音お嬢様が不要と仰るのであれば、潰す事になんの躊躇いもございません」。
……あの目は、なんの迷いもないものだった。
誤魔化すようなものでもなく、ただただ淡々と事実を告げている、そんな目をして彼女は私にそう告げた。
もしも気まずい事実を指摘され、疑われてしまった場合、人はそれを誤魔化すために何らかの感情を見せる。
分かりやすい例で言えば、敢えて気分を害したかのように見せかけて怒ってみせ、それ以上踏み込ませないようにと虚勢を張ってみたり。
あるいは、そんな事はないと笑ってみせたり、とんでもない事だと大仰に否定してみたり。
ポーカーフェイスと呼ばれるような存在である場合は、表情では白を切るけれど、一方で事実に踏み込まない。知らない、考えていない、というフリを徹底する。
でも、レイネさんの回答は、それらに該当しない。
それこそ、たとえば雲ひとつない青空の下で、改めて「今日はいい天気です」と告げているかのように。ただシンプルに事実を、現実を口にして告げているような物言いだった。
「ふふ」
「何よ、姉さん。いきなり笑ったりして」
「だって、嬉しいんだもの」
「嬉しい?」
にこにことしながら、ブランデーに浮いた丸い氷をくるりと回すようにグラスを傾けてから、姉さんは改めて続けた。
「あの子は、どこまでも飛んでいけるような翼を持っているわ。でも、それを常識や他人の目というもののせいで雁字搦めにして、隠し続けてこなきゃいけなかった。それが今は解き放たれて、こうして自由を得ているんだもの――」
配信している凛音ちゃんをモニター越しに見つめながら、姉さんは笑う。
「――確かに魔法や魔力なんて、不思議な力に驚かなかったと言えば嘘にはなるけれど。でも、あの子がこうして自然体に振る舞えているのが、私は嬉しいの。あの子がまだ、何かを隠している事ぐらい分かっているけれど、それをあの子が口にしないと決めたなら、それでもいい。あの子が幸せであってくれるなら、それでいいの」
「何かを隠している?」
「ふふ、そうよ。でも多分、それは私たちの為に、かしらね。だから気付かないであげてちょうだい」
「……そう」
私には分からないけれど、姉さんが――あの子の母親がそう言うなら、きっとそうなのかもしれない。
もともと姉さん自身、魔法使いなんじゃないかって思うぐらい物事を見透かすというか、本質を見抜く力を持っている。そんな姉さんがそう言うなら、きっと。
《――さて、そろそろ重大発表といこうかの》
『えっ』
『ここまでが重大発表なのでは?w』
『撮影機器のレンタル進捗じゃないんかいw』
『情報量多くて重大発表のハードル上がっとるぞ??』
ふと、そんな凛音ちゃんの声がモニター越しに聞こえてきて、私もモニターに目を向ける。
《皆も知っての通り、妾が率いる魔王軍は此度の事で会社として立ち上がった。妾も今後は活動を続ける予定ではあるが、華のJKである事もあり、あまり配信する時間がないような時期もある》
『テストとかな』
『懐かしいわ、テストという響き』
『え、女子高生社長ってこと!?』
『お、新参か? まずは便所掃除からな』
『古参気取り草』
《まあそんな訳で、臣下であるお主らの無聊を慰めてやろうと思っての》
『え、どゆこと?』
『これはまさか?』
《うむ、今日の重大発表は――ロココ、こちらへ来るのじゃ》
《はいっ!》
画面に映り込んだ一人の少女。
この魔王城で、今世間を賑わせている新技術お披露目配信を行った際に出てきていた巫女服を着た少女――ロココちゃん。
そんな彼女が登場したと同時に、コメント欄が凄まじい勢いで流れ出した。
『ロリっ子きちゃあああ!』
『お久しぶりのロココたそ!』
『相変わらず犯罪的に可愛い』
『犯罪的=視聴者側が犯罪に走るレベル』
『ヘンタイどころか変質者が湧いてて草』
この魔王城に住んでいるという、ロココちゃん。
身長や身体の小ささから、おそらく十歳にも満たないであろう容姿の彼女とは、私も姉さんも実は先程顔合わせをして、一緒に食事をした相手でもある。
《ふむ、大人気じゃな、ロココよ――ってこら、タブレットを手に取るでない!》
《ご、後生でございます、陛下! わたくしも文字の方々を見とうございますればっ!》
『これは草』
『いえーい、ロココちゃん、みってるー?』
『いやいやいや、というかタブレット手に取れるってマジでなんなんよ……』
『3D特有の〝手に持ったが浮いている〟じゃないんだよなぁ……』
『ロココちゃんきゃわわ』
『ロリ巫女ちゃんprpr』
《むぅ、仕方あるまい。じゃがロココ、話す時はレイネのカメラに向かって話すのじゃぞ?》
《承知しておりまするっ!》
《タブレット見ながら返事しておるではないか……》
うん、それはそうね。
ロココちゃんの視線、ずっと手元に固定しているものね。
はあ、可愛い。
……もっとも、あの子ってば、実は神様にお仕えするやんごとなき存在らしいのよね……。
レイネさんのご実家の関係で、実はそんな伝手があったとかで。
しかもあの見た目で私なんかよりも圧倒的に年上だっていう話だものね……。
この国、実は私が知る以上にファンタジーしているわね……。
《……はあ。まぁ良い。という訳で臣下の者共よ。魔王軍に新たなチャンネルを作ろうと思うてな。その名も、〝ロココのげぇむちゃんねる〟じゃ!》
凛音ちゃんがそんな一言を口にすると同時に、画面の上部に現れたチャンネル名。
ポップな字体で作られたそれらはふわふわモコモコしながら浮いている。
そんな文字を見あげて、ロココちゃんが「わわっ、あの文字、可愛いでございます! 欲しいでございまするっ!」って声をあげてぴょんぴょん跳ねている。
『ロココちゃんww』
『可愛いけどカメラ見て?w』
『ちゃんとご挨拶して??』
『というか、合成、だよな? なんで後ろ向いて本当に取ろうとしてんだ……?』
『ロココちゃん、あとちょっとで届きそうなのに文字が高度あげて逃げるの草』
『演出こだわり過ぎじゃね?w』
……演出は演出だけれど、あれ、魔法で出しているのでしょうね。
視聴者側にはこだわりの演出に見えるかもしれないでしょうけれど、なんて言っても新技術配信は実写を3Dフルアニメーションレベルの映像に切り替える代物だもの。
……あんな演出ができるようにならなきゃいけないのね、ウチも。
どうやればいいのか、ちょっと後で相談してみようかしら……。




