プロローグ Ⅱ
「……うん、夏だね」
8月も折り返し。
ジジジジ、というか「ミ゛」を連打しているというか。
我が家の妙に広い敷地内は、自然を残したように木々が生えていたりもするのだけれど、そのせいで窓を開けて空気を入れ替えようとすると、蝉の大合唱……いや、むしろ魂の咆哮か何かのような鳴き声が聞こえてくる。
こういうのを聴くと、改めて夏だなぁ、なんて思う。
いや、ほら、私は魔力障壁を利用して常に快適に過ごしているものだから、体感的にはあまり変わらないからね。
魔力障壁を解いてみれば肌で夏を感じられるかもしれないけど、絶対暑いから嫌。
わざわざそんな体感したくない。
去年まで――つまり、魔王としての記憶を持たなかった頃――は、この時期はクーラーを切らず、外にも出なかったからね。
出かけるような用事というか、友達と呼べるような相手、いなかったしね……。
買い物とかも通販で済ませてたし。
それに比べて、今年は色々変わったなぁ、なんて事をふと考えていると、部屋のドアからノック音。
ドアに向かって指を振ってカチャリと開けてあげれば、案の定そこに立っていたレイネが頭を下げてみせた。
「おはようございます、凛音お嬢様」
「おはよ、レイネ」
我が家の使用人――というか、私のお世話係兼ついでに我が家の使用人をやってくれている――のレイネルーデ。
前世で私に仕えてくれていた、闇竜魔人の転生者。
レイネの今生での生家は表向きは特に権力を持っていない旧華族家、篠宮家の生まれであり、実質的な当主の立場にある。
旧華族らしく、本来は色々な柵なんかがあるはずの立場だけど、それを黙らせて――物理面と実力面で――私の傍にいる事を選んでくれている。
前世では魔王であった私は、君臨すれども統治せず、という体制を取っていた。
いざという時は腕を振るう事に否やはなかったし、民を守るためならば戦いの場に赴く事も厭わなかった。
ただ、魔界が安定して少し経つ頃から、私はそういう仕事さえ回されなくなった。レイネを筆頭に、臣下であった皆が魔界を良くしていってくれて、そういった事件も解決してくれていたからね。
結果として、いつしかただの象徴のような存在になっていたけれど、それが悪い事だとは思わなかった。
私はただ、魔界を纏めただけ。絶対的な強者、圧倒的な王として君臨さえしていれば、あとは臣下の皆が頑張ってくれて、魔界をさらに良くしていってくれると、そう思っていたからね。
まあ、結果として魔界と人界の間での争いが起こってしまって、思わず絶望すらしてしまったりもしたけれど……うん、今なら分かる。
この世界に生まれ、ありとあらゆる物語を、考え方を知ったからこそ見えてきたものが、確かにある。
まだまだ漠然としたものでしかないけど、ね。
――――まあ、私の事はさて置き。
今生でもレイネの性質というか、私のために何かをしたがるところは変わっていない。
魔道具を用いた撮影という、ある意味この世界のこれまでの在り方――つまり、科学をベースに科学的な発展をしてきた世界――に対して、魔法と魔道具という、この世界で言うところの〝規格外〟を利用してぶつけるという選択。
そして、それらを〝新技術〟として世界に発信し、宣伝し、広めていこうというのは……ひとえに、私の為に、なんだろうなと気が付いていたりもする。
わざわざ私の為にやっている健気なレイネに、ちょっとばかりくすぐったい気分になりながらも、生き生きとしているレイネを見るとね。つい、好きなようにやらせてあげたいって思っちゃうんだよなぁ……。
たとえそれが世界の常識に真正面から喧嘩を売るようなものであってもね。
そんな訳で生まれた、この世界では会社という形になった『魔王軍』。
今ではありとあらゆる企業が、メディアが、私たちに接触しようと右往左往していたりもする。
まあ、そんなものより『華のJK時代の夏休み』という日々の方が、私にとっては価値がある。
仕事なんて将来、大人になったら嫌って程やらなきゃいけなくなるんだから、二度と戻らない『華のJK時代の夏休み』の方が希少なのは自明の理というヤツだよ、多分。
なので外部からの仕事や取材のオファーは全てスルーしていたりもする。
もっとも、今では会社の社長なんていうよく分からない肩書もあるんだし、そっちを考えたら時間がある内に仕事を受けていった方がいいのでは、と思わなくもないけどね。
……しーらない。
「本日ですが……、予定通りに行う、という事でよろしいのですか?」
「うん、もう決めたからね」
少し不安げに、心配していると隠せないような面持ちで問いかけてきたレイネに、さらりと告げて、笑いかけてみせる。
「心配しなくてもいいよ。まあ、確かにちょっと不安に思う気持ちがない訳じゃないけれどね。でも、いつまでもこのまんまって訳にもいかない事ぐらい、レイネにも分かっているはずだよ」
「それはそうですが……」
「いずれにせよ、賽は投げられたんだよ、レイネ」
「……申し訳ございません。私のせいで……」
「違う違う。いつかはこういう時が来るって思ってただけ。今の流れでやってしまった方が都合がいいっていう、ただそれだけの話だよ」
ひらひらと手を左右に振ってレイネに告げてみせれば、レイネがちらりと所在なさげにこちらを見やる。
まあ、レイネの気持ちも分からなくもないんだけど、そう決めたのは私なのだし、気にする事はないのだ。
手招きしてみせると、おずおずと近づいてくるレイネ。
そんなレイネを抱き締めてあげると、レイネはぴくりと身体を震わせて、けれどゆっくりと身を預けてきた。
「レイネ」
「……はい」
「大丈夫だよ。だって、相手はあの二人なんだから。あの二人が――ううん、私の家族が、たかが〝魔法を使えるようになったこと〟とかを告げた程度で態度を変えると、本当にそう思う?」
私の問いかけに、レイネはゆっくりと頭を左右に振った。
うん、私もそう思う。
――――私は今日、お母さんとユズ姉さんに、私が魔法を使えること。
そして〝新技術〟の本質について伝えるつもりだ。
もともと、魔王城で〝新技術〟のお披露目配信をしたこと。
それに、〝新技術〟による撮影は現実の背景をそのまま3Dアニメーションのように見せるという特性を持ってしまっている点からも、つまりは魔王城の存在、カメラ技術、私がコメント確認用に魔法を使って浮かばせていたタブレットなんかも含め、説明がつきにくい諸々の存在に対して疑問を抱いているはず。
あの二人はいい意味で距離感を大切にしてくれているし、私から無理に聞き出そうとはしないけどね。
ただ、今後魔法の存在は必ずどこかで露呈すると、私は確信していたりもする。
様々な事業の既得権益を侵しているのだから、当然、〝新技術〟を付け狙う連中も湧いてくるであろう事ぐらい予測もつくからね。
ただまあ、どこかから漏れてしまって対応が後手に回るぐらいなら、いっそこちらから情報を発表してイニシアチブを握っていたい、というのも本音だ。
そうなった時に、芸能界に極太のパイプを持つお母さんや、Vtuber業界の最大手の中心にいるユズ姉さんが予め理解してくれているのとそうではないのでは、話が違ってくる。伝手を使えるかどうかというのは大事だしね。
何よりも、私自身、家族に対して隠し続けていたいとは思っていないからね。
だから、今日。
私はお母さんとユズ姉さんに、この家に集まってもらうように伝えている。
「大丈夫だよ。あの二人なら、多分驚くだろうけれど受け入れてくれるだろうし、というか、いっそ魔法を覚えたがってキャッキャすると思うよ」
「……紅葉様なら、確かにそうなりそうです」
「ユズ姉さんも、きっとそうなるよ。だから大丈夫」
レイネは、私が拒絶されたり、気味悪がられて傷つくのではないかとか、そんな事を心配してくれているのだろうけれど……まあ、あの二人が相手じゃそんなものは杞憂に終わるだろうね。
お母さんはまあ、持ち前のぽわぽわ感で受け入れるだろうし。
ユズ姉さんは……実は小さい頃、魔法少女系アニメに嵌ったりしていたってお母さんからも情報をもらっているからね。
そういう思い出は残っているし、魔法に対する憧れだって当然あったりもするんじゃないかな。
そういう背景もあるからこそ、レイネが思っている以上に私は簡単に終わると思っていたりもするんだけどね。
そんな風に思いつつも、心配性なレイネが子供だった頃のようにうじうじとした姿がちょっと可愛くて、しばらくレイネを抱き締めておく事にした。
その後、しばらくして落ち着いて……というか、我に返ったレイネが段々と恥ずかしくなってきたのか、顔を赤くして離れようとしたけれど、私が離さないせいであわあわする姿を堪能してから、朝食を済ませにリビングへと向かった。
涙目になりながらも、ちょっと恥ずかしそうに頬を染めてジト目を向けてきたレイネが可愛い、そんな夏の朝であった。
お読みくださりありがとうございます。
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