第四章 プロローグ
新章突入します。
導入部なので短めですが、ご容赦ください _(:3」∠)_
都内某所。
背の高いビル内の一室に集まった、中年の男性たち6名が左右に3名ずつ分かれて座った、楕円形のテーブルの先。
壁に設置されたスクリーンに投影される文字は、今やとあるVtuberの名前と彼女に関するネット記事がずらりと並ぶ。
――『話題の新技術! Vtuberヴェルチェラ・メリシス氏が起ち上げた会社、その情報から見えてきた、資産家の存在?』。
――『ネット業界に走る激震! 今話題の〝ライブフル3Dアニメーション〟と呼ばれる新技術を用いた配信とは!?』。
――『Vtuberヴェルチェラ・メリシス氏が起ち上げた、株式会社魔王軍の今後の事業展開とは?』。
――『大手Vtuber事務所、【ジェムプロダクション】、【CLOCK ROCK】による、ヴェルチェラ・メリシス氏提供によるライブ反響』
こうした記事はVtuberであるヴェルチェラ・メリシスが新技術の発表を行った日から毎日のようにネット上にアップされている。
同業者やその視聴者層はもちろん、新技術そのものを映画やドラマに転用できないかと考える者などからも注目を集めているためか、反響もかなりのものだ。
故に――それらを見つめる6対の目つきは、どれも険しい。
「……実に頭の痛い問題だ。当の本人との連絡はまだ取れないのか?」
「現在も根強く連絡を行っているのですが、何も返事がない状況です。同業他社も似たような状況のようですね」
「似たような状況だからこそ、なんとしても先んじて接触するのだ! あの技術が世間に一気に出回ろうものなら、ウチの会社の損害は計り知れないものになるのだという事を理解しているのか!」
「当然、理解はしております。しかし、相手はVtuber――つまり、現実の容姿なども分からないような相手です。設けられた窓口以外からの接触は非常に難しく……」
「……チィッ、忌々しい……!」
――――今回ネット業界、延いてはエンタメ業界を騒がせる〝新技術〟こと魔道具を用いた映像撮影技術が革新的なものである事は彼らにも理解できた。
あの〝新技術〟があれば、これまで膨大な金額が動いていたフル3Dアニメーションの製作技術もずっと安価に抑えられるようになり、俳優、女優といった存在もまた見目の良さ、特徴といったものがなくとも、演技力さえあればガワを被って仕事ができるようになる。
実際、彼らと付き合いのある芸能事務所を運営している代表もまた、今回の〝新技術〟が普及されれば、今後のタレントの在り方というものが変わっていくであろう状況に頭を抱えている。
元より週刊誌や雑誌によるプライベートを暴いてスクープとしたがるマスコミの体質。
それに加えて、昨今のネット業界の陰湿なタレントへの誹謗中傷や、悪意のある書き込みの数々。
前者は「自重してくれ」とタレントに頼むぐらいしか対応策もなく、後者に至っては、いくら開示請求という方法を利用してタレントを守ろうにも、開示請求には時間もお金もかかる上に、次々と湧いて出てくるのだから始末に負えない。
そんな中、プライベートを安全に守れるようになり、活動していけるようになるというのなら。
当然そちらに移りたいと考えるタレントや俳優も増えるだろう事が予測できる。
事実として、タレント達もこれまでのVtuberらがやっていた活動にはあまり関心を抱いてはいなかったようだが、今回の〝新技術〟による配信を見て、そういった部門を作ってほしいという声があがっているそうだ。
大きな変革を突き付けられた事に同情したくもなるが、しかし頭を抱えたいのはこちらの方だと彼らは思う。
この場に集まる彼らの会社は、元々は昭和後期から平成の間にカメラやホームビデオ等に注力し、その業界で名を売っていた。
しかし最近はスマートフォンがあれば充分な画素数の写真、動画が撮影できるようになり、売上が徐々に落ち込みつつあった。
このままでは規模縮小も視野に入れなければならない。
そんな状況で大金を投じて開発を続けていたのが、まだまだ市場的にも参入している企業が少なく、いわゆる市場的にはブルーオーシャンと呼べる3D配信機器の開発、販売事業であった。
ようやく形となってきて、これからやっと投じてきた資金を回収し、徐々に落ち込みつつあった売上を回復させ、さらには成長させられるのではと考えていた、その矢先に発表されたのが個人勢Vtuberのヴェルチェラ・メリシスが発表した〝新技術〟であった。
たとえば、これが緩やかな変化、或いは技術進化であったのなら対応する事もできたというものだ。
しかし、あまりにも唐突に、それこそ階段を数段飛ばしで一瞬にして飛び越されてしまうとなると、既得権益も何もあったものではない。
関係のない業界、一般人たちは〝新技術〟に湧く一方、この〝新技術〟によって多くの業界、企業が損失を被るのは間違いなかった。
――――重い沈黙が会議室の中に落ちるその中で、最奥に座ったまま腕を組んでいた男が口を開く。
「会社の利益を考えるならば、やはりまずは提携できないかと持ちかけ、それを成功させるしかないな。我が社の生産能力を提供する代わりに技術提供を持ちかける、というのが妥当なところか」
「お言葉ですが、社長。向こうの背後には、どうやら旧華族、篠宮家が関わっているようでして……」
「篠宮、か……。あそこがそのような事業に手を出していたという話は聞いた覚えがないな。つまり新規参入であるのなら、我が社からの申し出も一蹴する事もないはずだ。我が社の培ってきた技術力、そして業界へのパイプを侮りはしまい」
「……だと、いいのですが――」
「――もっとも、これは正攻法を取るのなら、という話ではあるが、ね」
「え……?」
社長と呼ばれたその男が、腕を組んでいた体勢から机へと身を乗り出し、肘をついて顔の前で手を組んだ。
「聞けば、どうやらこの広告塔――Vtuberは、自称高校生という話ではないか。生活リズムの詳細までは分からないが、夏休みシーズンに入ったというこのタイミングで、配信頻度も増えているという報告があったはずだが」
「は、はい。〝新技術〟のコンタクトを取るべく、広報課の者達と配信から情報を整理したところ、配信内にてそのように発言しておりました。確かに学生の休暇シーズン中は配信頻度も増えていますので、信憑性が皆無という訳ではないかと……」
「ふむ。であれば――――」
業界に齎された〝新技術〟。
その影響によって、ヴェルチェラ・メリシスに――凛音に、大人たちの手が伸ばされようとしていた。




