幕間 小話:独白、レイネの日常生活
私――レイネ――にとって、陛下……いえ、凛音お嬢様は敬愛する主人です。
そんな凛音お嬢様が夏休みという長期休暇期間に入り、一日を通して共にいられる日々というのは、私にとっては素晴らしい毎日であると言えます。
――えっと、凛音お嬢様が学校へと行っている間の私の日常生活について、ですか?
いえ、話したくないという訳ではありませんが……。
凛音お嬢様が所望すると仰るのであれば、語るに否やはございません。
凛音お嬢様が学校へと通っている日常生活では、私は朝食の準備から掃除、洗濯といった全ての家事を済ませます。
はい。もちろん魔法は使っております。
食器を洗うのも乾かすのも魔法を使いますし、文明の利器に頼ると言えば洗濯機ぐらいでしょうか。乾燥についても魔法を使っています。
乾燥機ですか?
いえ、服の皺を作らないように乾燥させるのに不向きですから、魔法でしっかりと服を引き伸ばしながら乾燥させています。
再会して凛音お嬢様のお側にやって来てからは、凛音お嬢様の登校風景、学校生活を監視……げふん、失礼しました。観察しておりました。
凛音お嬢様に懸想する愚か者はいないかと警戒しておりましたが、余計なお世話であったようですね。
いえ、凛音お嬢様がモテない、という訳ではありません。
ただ、凛音お嬢様は気軽に他者を寄せ付けさせない空気を纏っておりますので、俗に言う高嶺の花といった扱いを受けているようです。
美しい銀糸のような髪、神秘的な金色の瞳。
目鼻立ちもはっきりとしていて、薄い桜色の唇は蠱惑的とも言えます。
手足も長く、かといって胸も慎ましやかながらにしっかりとありますし――え? もういい、ですか? ……かしこまりました。
ともあれ、そんな凛音お嬢様だからこそ、異性には「手が届かないもの」として見られていらっしゃるようです。
むしろ異性よりも同性からの憧れ、敬愛といったものを向けられているようですね。
従者である私としても鼻が高いというものです。
相澤様や立花様が凛音お嬢様と交流を深められるようになったのは、凛音お嬢様がまだ前世を思い出したばかりの頃であったおかげでしょう。
時が経ってしまえば、凛音お嬢様の放つ空気に呑み込まれてしまいます。その前に親しくなれたからこそ、今の関係があるのかと推察しております。
例外と言えるのは吾妻様ですが、あの方は事情が事情でしたので別枠です。
もっとも、凛音お嬢様を生贄にするような真似をしたという時点で、消してやろうと考えましたが――あ、いえ、今はそのような事は考えておりません。
凛音お嬢様が許されたのですから、私が憤り続ける理由はございませんので。
むしろ私としては、あの御三方には感謝しております。
あの頃――前世を生き抜いていたあの頃では、凛音お嬢様と対等と呼べるような存在はなく、気さくに接していらっしゃいましたが、しかし王と臣下という絶対的な差がございました。
私もまた、絶対的な存在として凛音お嬢様を王として崇め、敬愛し、仕える日々。陛下は陛下として、その双肩に乗った重責を果たし続ける……その程度の事は、陛下ならば何の苦にもならない、できて当たり前のものだと、そう思い込んでおりました。
その結果、陛下の消失という結末を迎えさせてしまった、あの時までは。
……悔やんでも悔やみきれない、忸怩たる思いがありました。
私たちは、もっと積極的であるべきでした。
陛下ならば大丈夫だと盲信するのではなく、もっと歩み寄り、もっとお声を聞くべきだったのです。
臣下である事に甘んじて、ついぞ陛下を孤独にしてしまった自分達が、いかに愚かであったのかと、そう痛感いたしました。
あの後、陛下が消えてしまったあの日以降、魔界は大きく変わっていきました。
陛下の思いを裏切った者達を粛清し、陛下の意志を継いでいくべきだと立ち上がる者達も多くいらっしゃいました。
その行く末を見届ける事はありませんでしたが……、きっと、魔界は良きものへと変わっていったのだろうと、そう思っております。
私は、陛下の意志を継いでいくという気持ちを胸に抱く事はできませんでした。
ただただ陛下のお側に、もう一度、貴女様のお側にいたいと願っていました。
今度こそは、陛下を絶対に孤独にはさせない。
今度こそは、陛下の隣で、陛下を支えるのだと、そう願っておりました。
そうしてこの世界へとやって来て、陛下を見つけることができて。
今の陛下……いえ、凛音お嬢様は、新たな生を謳歌し、対等の関係を築けるご学友と共に日々を楽しんで過ごしていらっしゃいます。
私もまた、そんな凛音お嬢様の日々を、宝物のようなその日常を守るのだと、心に決めております。
もっとも、この世界では些か窮屈さもございますが、その辺りは私が責任をもって改善させていく所存です。魔法を自由に使い、陛下が何一つ憂いを抱かずに済む、そんな世界にするために。
――やり過ぎないように、ですか?
ご安心ください、心得ております。
最近ですと、少々私の実家――篠宮の家に色々と動いてもらっていますので、凛音お嬢様が学校に行っている間はその調整など動くことが多い、というところでしょうか。
スタジオ建設なども含めて、やる事はかなり多岐に亘ってまいります。
登記における許認可なども専門の書士の方々に依頼しておりますので、基本はチャットツール、場合によってはオンラインミーティングといった程度で事足ります。
移動に無駄な時間を浪費せずに済むというのは、やはり助かりますね。
忙しすぎないか、ですか?
いえ、そのような事はありませんね。
凛音お嬢様のお側から離れて業務に集中するなんて滅相もございません。
むしろ過負荷であると判断した場合は業務を手放しますので。
凛音お嬢様のお側を離れる時間を増やすという選択は、私には有り得ません。
――――それにしても、このダンジョンの敵は弱いですね。
え、劣竜種が階層主なのですか?
……さすがに凛音お嬢様はもちろん、私を相手にするのは無理があるとしか言えないかと。
まあ、世間に広めていくなら、質より量。
そもそもそこまで高純度の魔石を世間に浸透させるつもりはありませんし、劣竜種程度の魔石すらも流通させるつもりはありませんが……ダンジョン、ですよね?
私の記憶が正しければ、私や凛音お嬢様が踏破していたダンジョンは、当時の私ですら気を抜けない程の魔物の巣窟だったかと思います。
この劣竜種……だったモノを数段階は強化した魔物がわんさか出てきたと記憶しております。
次の階層は……ふむ、こちらは悪霊系の魔物が跋扈しているようですね。
おや、凛音お嬢様、くしゃみが出そう――……えぇと……、これは、なんといいますか。
魔物が一掃されたようです、ね……。
いえ、強い冒険者も何も、私たち以外いませんので。
……凛音お嬢様のくしゃみの勢いで僅かに凛音お嬢様から魔力が漏れたのですが、どうやら周辺の悪霊系の魔物はその魔力に耐えられずに爆散したようです。
……あ、はい。
かしこまりました、帰りましょう。




