胡散臭い
「――神の、さらにその上にいる神、じゃと……?」
「うん、そうだね。それでいて、キミとそっちのメイドのキミ、二人の魂をこの世界に運んだのもまた僕だね」
「な……ッ!?」
「キミ達のいた世界の神々からそういうお願いを受けたんだ。僕、それにもう一柱の僕の上司――とは言っても、今じゃ同等なんだけど……まあそれはさて置き。その神の間で、キミ達の世界の神のお願いを叶えるかどうか迷ったんだけどね。まあ、いい結果になる可能性もあったから引き受ける事にしたんだ」
胡座をかいて面白そうに笑みを浮かべた、神のその上位の神であると名乗った少年――ルオ。
彼は私とレイネを見つめて、実に満足げに頷いてみせた。
「うんうん、うまくいっているようで何よりだね。ユキはどう思う?」
「……正直に申し上げれば、人間がこれ程の力を有するのはどうかと思います。私の故郷……いえ、『第三世界』の基準で言えば、見たことありません」
「あぁ、あの世界の基準で言えばそうだろうね」
レイネの背後からゆっくりと移動して、ルオと名乗った少年の斜め後ろに立ってこちらを見つめるユキと呼ばれた少女。
黒い瞳に、長く艷やかな黒髪。年の頃は十代後半で私と同じぐらいに見える。
もっとも、神と名乗った以上、年齢を推察しようにも見た目なんてものはまったくもって意味を持たないものになるけれど。
「まあ、とりあえず腰を落ち着けて少しお話ししようか。メイドさん、飲み物とか出してもらえたりする?」
「……かしこまりました」
少年に言われ、ちらりと私にどうするかと視線だけで訊ねてきたレイネに頷いて返せば、レイネも私の意思を汲み取って承諾してくれた。
そうして少年がふっと腕を軽く振ってみせると、部屋のスペースに円卓、それに4つの椅子が並べられて出てきた。
驚く私を他所に、少年、そしてユキと呼ばれた少女が先に椅子に移動して腰掛ける。
その姿を見送って、私もまた会話に応じるべく斜め向かいに向かい合うように腰掛けた。
「……どうぞ。好みが分からないため、あまりクセのないものにさせていただきました」
レイネが用意した紅茶を「ありがとう」と短く告げて受け取った少年と、会釈で受け取ったユキという少女。二人は特に毒物などを警戒する様子もなく紅茶を口元に運んだ。
「……うん、シンプルだけど美味しいね。さすがメイドさんだね」
「……美味しいです」
「恐縮でございます」
……レイネ、さりげなくドヤ顔しないでもらえる?
レイネのドヤ顔に気付いたらしい少年の方に苦笑されてるんだけど。
いや、神のそのまた上の神に認められたなんてなったら、そりゃ嬉しいかもしれないけどさ。
というか神族嫌いだったのに、その上の神に認められたってなると喜べるんだね。
「ほら、メイドさんも座って」
「……お嬢様」
「うむ、言われた通りにせよ。ここに来た目的も何も聞いておらぬ以上、話を聞かぬ事には妾もなんとも言えん」
私とレイネをこの世界の異物と考えて排除しに来た、という可能性はもう考えられない。
だって、この世界に私とレイネを連れて来たっていうのが他ならぬこの神なんだから。
もしもそういう考えになるなら、最初から連れて来ないだろうし。
そうなると、考えられる目的は……魔法をこの世界の人間に教えてしまった事が問題、とか?
……うーん、それもないかな。
魂の力である魔力を消し去るなんて、私たちのいた世界ではあり得ない事だったし、神族にだってそんな事はできなかったけれど、この少年――ルオという神がそんな事をいちいち気にするぐらいなら、最初から私やレイネの魔力そのものを封じる事だってできたと思うんだよね。
うーん、読めない。
そうやって思考を巡らせる私を他所に、レイネが椅子に腰を下ろしたところで少年――ルオは改めて口を開いた。
「さて、僕とユキが今日ここに来た理由なんだけどね。キミ達、世界を渡って魔石を手に入れようとしているんだよね?」
「……っ」
「あぁ、そう身構えなくていいよ。別にそれを咎めようとか、禁忌に触れるなって警告しにきたとか、そういうのじゃないから」
思わず身構えてしまった私とレイネを見て、ルオは苦笑しながらひらひらと手を振ってあっさりとそんな風に言い放ってみせた。
「どちらかと言えば、キミ達に協力してあげようかなって思ってね」
「……どういう、意味じゃ?」
「どういう意味も何も、そのままの意味だよ。ぶっちゃけ、世界を渡るには僕か、せめて僕に届かなくても相応の権限がなくちゃできないようになっているんだ。更に言うと、その権限を与えられるのは僕と同等以上の存在だけ。もっと言うと、僕と同等以上の存在で、人の世界に姿を見せるのは僕だけだ」
「……それはつまり、その権限を与えてくれるという事かの?」
「うん、そうだね。権限を与えるだけじゃなくて、今なら直通の転移門もあげちゃうよ?」
「……どうしてそこまでしてくれる?」
「ほら、キミ達をこの世界に連れてきたのは僕だって言ったじゃないか。せっかく面倒を見る事になったんだから、最後までしっかりと手を貸してあげようかなってね」
「胡散臭いのう」
「ひどくない??」
「すまぬ、つい本音が」
「ねえ、待って? それ、謝罪と見せかけてトドメ刺そうとしてない??」
提案内容だけ聞けば、まるで私たちの為にわざわざ骨を折ってくれているというべきか、色々と至れり尽くせりしてくれているようにも思える。
乗りかかった船だから、という理由だけで面倒を見てくれているとは到底思えないんだよね、どうにも。
だから、ありがたい話ではあるけれど素直に喜べないというか、なんというか。
ただ、裏で何を画策しているのかを想定しろと言われても、正直言って何も分からないんだよね。
だって、私はこの少年も、その従者と思しき少女の事も、これっぽっちも知らないんだから。
「……もらえるというならもらいたい、というのが本音じゃ。しかし、妾にはどうにもおぬしがその裏に何か目的があって、そのために支援しようとしているように思えてならぬ。無論、先程のようなものではなく、もっと大きな何かがという意味での」
「うん、あるよ?」
「……そこはもう少し誤魔化そうとするところじゃろ?」
「え、なんで?」
……ちょ、調子が狂う……!
ちらりと従者の少女であるユキの方を見てみても苦笑しているだけで、仕方ないと言わんばかりの態度だし……!
「あはは、そう怒らないでよ。ただ単純に、キミ達が他の世界に渡って魔石を取ってくるというのが、僕らにとっても都合が良かった。だから支援する。それだけの話なんだ」
「僕ら、とは神々のことじゃな?」
「うん、そうだね。僕らの都合で配慮なんて投げ捨てて行動してしまう事もできなくはないんだけど、それをやってしまうとこの世界に文字通り劇的な変化を齎してしまうんだ。そうなったら、色々と大変な事になりそうだからね。その点、キミが他の世界で魔石を取ってきて、それをこの世界に広めてくれるというのなら、この世界は急激な変化に見舞われずに済む事になるのさ」
私やレイネが魔石を欲する理由は、あくまでも映像技術の撮影人数の限界を超えるため、というものでしかない。
魔法はもちろん、魔石の存在だって表に堂々と広めようとは思っていなかったのだけれど、それを広めてほしい、というように聞こえる。
「……魔石を広めてほしい、と……?」
「うん、そうだね。キミ達には魔石を取ってきて、それを少しずつ世間に、世界に広めてもらいたい。それだけが僕らの望みだよ」
「ふむ……。それはこの世界を急激な変化とやらに巻き込まないため、ということかの?」
「そう。キミ達が魔石を広めてくれるなら、そうならなくて済む。僕としてはどちらでもいいし、場合によってはこの世界の変化を与えなくたっていいとさえ考えているよ」
「む? その変化とやらは必ず起こるものという訳ではないのかの?」
「必ず起こるものではないよ。単純に言えば、僕がそれをするかしないかだけの話だからね」
「……だったら、やらなければいいのでは?」
急激な変化とやらが何を指しているのかは分からないけれど、それを行うも行わないもルオ次第。
だったら、別に無理にそんな事をしなければいいのではないかと思ってそう告げてみれば、ルオは特に驚く様子も見せずに緩い調子で続けた。
「僕としてはどっちでもいいんだよね。ただ、僕が何もしなかった場合、この世界の人類はこのままだと3桁の年数と経たずに滅ぶけどね」
「……え」
突然告げられた予想外の言葉。
あっけなく告げられたそんな一言に、私も、そしてレイネも思わず動きを止めた。




