転生した理由
遅れてすみません。
私事で少々バタバタしていました……_(:3」∠)_
世界を渡る。
そんなものは現実的じゃない。
だって、そもそもできるかできないかで言えば、普通ならばできないことなのだから。
こちらの世界の娯楽――ラノベやアニメ――には異世界転生やら異世界転移やら色々とあるし、そのおかげで割と一般的に知られつつある。
私やレイネのように、異世界転生ならば神の介入があれば行えるかもしれないけれど、異世界転移っていうのはどう頑張っても無理だ。物質的な世界間移動なんてできるはずもない。それこそ、神ですら 肉体を有した存在では世界と世界を渡れないと言うから転生を選んだとも言えるけれど。
魂という形なき存在になれたからこそできたもの。
さらにその転生にだって神族の協力というか、神族が申し出なければ起こりようのないもの、というのが常識であり、覆しようのない世界の理だ。
実際、私は前世で――あの世界で、眠るように死んだ。
心臓に杭を打たれたとか、神々の刃に貫かれたとか、そういった物理的な攻撃によって激痛に苛まれながらとかではなく、肉体という枷から魂を解き放ってもらう形で。
まあ、ぶっちゃけそれしか方法がなかったとも言えるけど。
前世の私だと杭を打たれたとか刃で貫かれたとか、その程度じゃ死ねないしね。
回復しちゃうから。
ともあれ、そうして魂だけになった私が、上位の神とやらによってこの世界に魂を移してもらい、そうして今生に生まれ変わったのだ。
「――なのに、まるでちょっと近所に出かけるようなノリであの世界に行けるなんて言われても、ねぇ……」
湯船に浸かりながら、浴槽の縁に頭を乗せて天井を見上げながらぼやく。
レイネが言うように向こうの世界に行ったとして、私は……どんな顔をしてかつての臣下たちに会えばいいのだろうか。
――――人魔戦争。
私が魔王となって魔界を統べる前から、人族――つまりは人間の住む人界と、私たちが住まう魔界の間では、幾度となく酷い争いが起こっていた。
魔族は個の力が強いと言われているけれど、実際にはそうではない。強者もいるけれど、弱者だって確かに存在していた。
ただ、魔界は弱者を救済するようなルールや法というものが存在していなくて、弱肉強食がまかり通る世界だった。
弱ければ殺されるか、あるいは生きたまま搾取されるか。
そうして環境が出来上がり、強者と弱者の差は開いていき、強者だけが光を浴びるような、そんな世界だった。
一方、人間――人族も似たようなものだった。
ただし人族の場合は魔族に比べて数も多く、個の力が魔族に比べれば劣る分だけ、それらを補うような知恵と知識を生み出し、技術を培って魔族に対抗するようになった。放出系の魔法はあまり特筆するような威力を有した存在はいなかったけれど、その分、身体強化系と武術を研鑽した戦士が多かった。
もっとも、そうして身体能力を強化したところで、そもそもの肉体的な強さで魔族の方が勝っているものだから、人族も一定の力と技術を持たないと戦いにすらならないというのが現実的なところだったけど。
それでも、この世界で獣に対して武器を携え、罠を仕掛けるようになり、狩りも効率的になってきたかのように。
この世界の長い歴史の中、人間同士の争いが幾度となく繰り返され、同じ人間をいかに容易に、いかに効率的に一掃できるかと技術が育っていったように技術は進化してきたように。
向こうの世界でも、魔族殺しの手法は次々に進化し、戦いが激化したのだ。
血で血を洗う激しい戦い。
毒を用いられ、戦いにすらならずに蹂躙された魔族もいれば、夜中に村を焼かれた人間もおり、恨み辛みは日に日に募っていった。
お互いに根絶やしにするべきという風潮まで出ていたほどに、憎悪が渦巻いていた。
自分で言うのもなんだけど、生まれながらに力を持っていた私は、その戦いに終止符を打つべく、まずは魔界を統べる事にした。
人族を滅ぼしたかった訳ではなかった。
ただ、弱者を虐げる魔界の在り方を変え、多くの魔族を守るために力で魔界を統べ、人族に対しても圧倒的な力を見せつける事で、無駄な争いを諦めさせる事に成功した。
そして数百年が過ぎてから、私は人族に再び手を出した。
もっとも、それは戦いという意味ではなく、上手く交易をしながら手を取り合う事はできないかと、そういう目的で。
まずは小さな村、交易をきっかけに人族との交流を図った。
最初は上手くいかなかったけれど、何年、何十年と経った頃には徐々に交易の規模も大きくなっていった。
うまくいっていたのだ。
徐々に遠慮なく互いに行き来し、利益をお互いに得られればと、そう思っていた。
――――そんな中、魔界の資源に目をつけた人族の貴族が、交易拠点となっていた村を焼いた。
そこには魔族のみではなく、少なからず人族も暮らしていた。
そんな彼らを闇討ちし、村を焼いて、彼らは「魔族が見せしめに村を焼いた」と宣った。
数百年かけて、ようやく踏み出せたその一歩。
その一歩を、たった一晩で台無しにされたその落胆は凄まじかった。
少しずつ積み重ね、魔族を説得し、ゆっくりとゆっくりと時計の針を進めてきたその計画が、たった一晩で無に帰したのだから。
そんな私の落胆に気がついたのが、レイネやかつての臣下たち。
みんなは私の悲しみを、怒りを代弁するかのように怒り、再び人魔大戦が始まろうとしていた。
私の言う事を聞いて止まってくれた者も確かにいたけれど、もともと戦いたがっていた者、血気盛んな若い世代は止まろうとはせず、私の命令を無視して戦うようになっていった。
私が魔王として魔界を統べようと立ち上がったあの頃とは違ったのだ。
数百年という時間を経た事で、厭戦感情を抱く者が多くいたあの頃とは違い、若い魔族たちは己の力を誇示するかのように、報復という〝正義〟を掲げ、戦いに向かった。
そうして再び始まった、血で血を洗う戦いの日々。
最初は散発的だった戦いが、互いに徒党を組み、数と数でのぶつかり合いとなり、軍と軍の戦いになっていった。
その後の戦いは、止まらなかった。
人族の教会や国が魔族という存在に責任を擦り付けるように、自分達に正義があると叫んで一丸となって攻めてくる。
その裏には利権や利益確保、国民感情の矛先を逸らさせるなど、多様な思惑が渦巻いていた。
人族は平和の為に戦っている訳ではないし、魔族とて仲間の報復の為に戦う訳でもない。
ただ、それらを〝正義〟という耳心地の良い言葉で包んで、これ見よがしに掲げて、己の欲を満たすために、利益を得る為に起こるもの――それが、戦争なのだと思い知った。
苛烈さを極めた戦いは、これまでにはない大きな被害を齎した。
それこそ、世界そのものを傷つけるほどの兵器が使われ、魔族もまたそれらに対抗すべく極大魔法を見境なく放って、世界を傷つけてしまった。
だから、神族が動いた。
存在は知っていたし、実際に会った事がない訳ではなかったけれど、積極的に神族が接触してくるというのは初めての事だった。
神族は、その戦いを終わらせるために力を貸してほしいと、私にそう言った。
どこかで落とし所を作らなくては、この戦いは世界を壊すまで続くだろうと、そう考えたらしい。
そしてその落とし所として、神族は介入を決めた。
人族側に対しては神族が神罰を執行する代わりに、魔族もまた魔王という存在を排除する。排除とは退位とかそういうものではなく、存在そのものが消えるという意味でのもの。
痛み分け、または喧嘩両成敗とも言える提案ではあったけれど、落とし所としてはそれがちょうど良いとも思えた。
私は、その提案を呑んだ。
私が生贄のようになって戦いを終わらせ、時代の節目を迎えた事にレイネを筆頭に多くの臣下が怒り、神族に殴り込みに行ったりもしたけど。
その裏で、私は神族に提案を呑む代わりに報酬を要求した。
一つは、魔界と人界の完全なる分断。
地続きであった世界と世界を、『境界門』というもので繋いで、神族のみがその通行を許可、あるいは却下するかを決めるような、そんな門の設置を頼んだ。
そしてもう一つは、『平和な世界を見てみたい』という願望。
私が魔界を統べて、徐々に平和になっていったあの世界の行末か、あるいはさらにその先でも良いから、平和な世界というものを見てみたくて、私はそんな願望を口にした。
その結果が、転生という形だった訳だけど。
そうして神々が選んだのが、この世界だったという訳だね。
ハッキリ言って、私が理想としていたような理想郷とは程遠い。
この国は比較的平和と言えるかもしれないけれど、世界では戦争だって起きているし、人殺しだのなんだのって事件は後を絶たない。
それでも、向こうの世界よりはよほど平和ではある。
世界の全てを巻き込むような大戦はないし、人間から見ても害獣は確かにいるけれど、魔物みたいに問答無用に襲いかかってくるような存在もいないのだから。
完全なる平和、まるで楽園のような暮らしなんてものを夢想した訳ではないけれど、蓋を開けてみればこんなもんなんだな、なんて思っちゃうよね。
「――考えても仕方ない、か……」
思考に沈んでこのままのぼせ上がる前に、湯船から身体を起こして出ていく。
体を拭いて部屋着を身に纏って、レイネを連れて自室へと戻り、扉を開く。
すると、そこには――――
「――やあ、お邪魔してるよ」
「ッ、何者……――ッ!?」
室内、その床に胡座をかいて座る、十歳前後といった年齢の男の子。
銀色の髪に紫色の瞳を持った、明らかに人間とは異質な空気を纏う存在が、そこにはいた。
誰何しつつもレイネが身構えて構えた、その瞬間。
いつの間にか姿を現した、十代後半といった見た目をした黒髪の少女が、刀をレイネの首に突き付けて佇んでいた。
「控えなさい。あの御方に無礼な真似をすれば、その首を刎ねます」
「……ッ、やれるものなら……!」
「――レイネ、やめい。相手が悪い」
……この世界にこれ程の力を持った存在がいるなんて、聞いてないんだけど。
そんな事を考えながら、底知れない気配の持ち主である二人組を前に、いつでも戦えるように前世の己に意識を切り替えた私が口を開けば、レイネがぴくりと肩を動かしてからゆっくりと戦闘態勢を解いていった。
レイネも、そして私すらも気が付けなかった接近。
抑揚もなく、脅す事を目的としているのではない、当たり前の通告とも言える物言いは、紛れもない事実の通告だ。
今の一瞬、私が止めなければ……レイネの首は本当に刎ね飛ばされていただろう。
おそらくだけど、私がそれを魔力障壁で防ごうとしたとしても、きっと止められない。
そして何より、正面の床に胡座をかいて座る少年。
あの少年に至っては、私を警戒すらしていない。
もしも今、私が即座に少年を排除すべく動いたとしても、レイネの背後を取ったあの女の子が私を止めると理解している。
――冗談じゃない、前世含めて初めて見るレベルの正真正銘の化け物だ。
そう思って少年に目を向けると、少年は苦笑して口を開いた。
「こら、ユキ。刀を下ろして。ただでさえ不法侵入して、その上、いきなり背後から刀を突き付けるとか。不審者どころかどう見ても犯罪だしね。そこに追い打ちをかけるように罪を重ねてるからね?」
「そ、そんなつもりはっ! わ、私はただ、主様に不敬な態度を取ろうとしたので、それを見過ごす訳にも――ッ!」
「いや、そりゃ勝手に部屋の中に入ってたら不敬な態度というか、警戒ぐらいするでしょ。むしろ歓迎されたら戸惑うよ、僕は」
「そ、れは……」
……至極真っ当な事を言っているのは少年の方だね。
それにしても、この子供が主様、ね。
子供の方が主導権を握っているのは間違いなさそう。
それに……命を狙ってやってきた、という訳ではなさそうだ。
ならば交渉というか、話し合いの余地はあると見ていいだろう。
「……ふむ。ところで、おなごの寝室に無断で侵入してくるとは、そろそろどういう了見か聞かせてもらえるかの?」
「あー、ごめんごめん。そういう欲求がなくなって久しいものだから、あまり深く考えてなかったよ」
「……ほう?」
「まあ、そうは言ってもキミ達にとっては関係のないことだ。非礼は詫びるよ、あとでそれに見合ったモノをあげるから、許してもらえると助かるかな」
「許さん、と言ったら?」
「んー、無視するかなぁ?」
「で、あろうな……」
「あはは、ごめんごめん。まあ、まずは自己紹介といこうか」
少年が片膝を立ててから立ち上がり、にっこりと微笑んでみせる。
「僕はルオ。簡単に言えば、キミ達が知るような神のそのまた上、さらにその上の上あたりにいる神とでも思ってくれればいい」
「…………は?」




