タレントの多様性
明けて翌日。
さすがに現役JKであると公言している事もあって、私の会社設立発言はネット上でも大きな話題となったらしい。
ネットニュースに始まり、私を知っているトモやユイカ、このみんといった3人からも連絡が来ていたし、ユズ姉さんからも連絡が届いていた。
あの後、全員に返事をしていたらいつの間にか夜中になっていて、スマホを握ったまま眠っちゃったよ。
ともあれ反響は凄まじく、一晩経っただけで気がつけばチャンネル登録者数も100万人突破しちゃってるし。
110万人に届いちゃいそうなんだけど。
そうなる前に記念配信とかやらなきゃ……何しようか考えておこう。
「ねえレイネ、会社ってもうできちゃったの? ほら、登記とか色々あるでしょ?」
「はい。篠宮家の者を動かしておりますので、そちらは万事滞りなく。スタジオについてもすでに内装工事が進んでおります」
「はや……ってかお金大丈夫なの?」
「問題ございません。篠宮家が所有したまま寝かせていた、東京郊外に広く土地を有していた大量に設置していた倉庫を利用します。それぞれの倉庫内に、コンセプト毎に使える内装に整えるよう指示してあります」
「スケールでっか」
思ってたよりも大々的過ぎてびっくりだよ。
映画の撮影スタジオか何かみたいじゃん。
そもそも私は魔道具化した撮影カメラのレンタル事業も、スタジオの運営やレンタル事業についても関わるつもりはなかった。
どちらかと言うと広告塔でしかない訳で、実際に携わって運営するのは篠宮家の関係する人達だし。
なので、具体的に何をどうするかまでは一切聞いていなかったりする。
ただ、レイネに展望があるというから、それに任せているだけだから、何をどう動いているのかとか知らなかったんだけど。
「確かにスケールは大きいですが、遠慮する事はありません。元々は篠宮家の関連会社が事業に失敗し、篠宮家が代わりに買い取った土地なのですが、しかし立地的にも山の中なので、レンタル倉庫や工場として運用するには活用が難しい場所なのです。二束三文でレンタルするのも癪なので、仕方なくガワだけ置いてそのまま放置していた、というところであったようです」
「……いや、手放せば良かったのでは」
「存在すら忘れられていたようですね」
ひょっとして、バカなのかな……?
固定資産税とか諸々かかる事を考えたら、忘れるなんて事はないと思うんだけど。
あ、でもお金もあってそういうのをお抱えの専門家とかに任せていたとしたら、もしかしたらいちいち確認しなくなって忘れたりもするのかも。
……お金の無駄遣いとしか思わないけど。
「……そっか。まぁ、うん。土地を買ってゼロからやらなくて済んだんだし、私たちにとっては良かったって事で」
「はい。凛音お嬢様のお役に立つのであれば、それ以上の事はありません」
「いや、さすがにあると思うけどね、それは……」
レイネがそう言ってくれるのはありがたいけど、なんせ私なんて前世があったとしてもまだまだ小娘。
この世界、この国の社会のルールとかについてはまだまだ分かっていないという意味でも、大したものでもないと思ってる。
今の私は魔王でもなんでもない、ただの高校生だ。
私が魔王であった頃ならばともかく、ただの高校生の役に立つ以上の事はないっていうのは無理があるよ。
「……で、なんでお母さんはさっきからニコニコしてこっち見てるの?」
「んふふふぅ」
私が今いるのはリビングなのだけれど、そんなリビングにいるのは私だけじゃなくてお母さんもだ。
レイネが淹れてくれた紅茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごす昼下がり、休みなんだから家にいるのもおかしくはないのだけど……なんだか妙にご機嫌なんだよね。
「ねぇねぇ、凛音ちゃん?」
「ん?」
「昨日凛音ちゃんが配信で言ってた技術を使えば、私も配信者になれるってことよね~? だって、モデル、っていうの作らなくても、実際に映したものがああいう風になるってことなんでしょう?」
「そうだね」
昨日の配信でそれは言ったからね。
というのも、理由がない訳じゃない。
私やレイネならば背景そのものを魔法で幻影を被せ、作り替えてしまうぐらいの変化は容易い。
でも、たとえばジェムプロや個人勢の人ではそうはいかない。
魔法が使えないからね。
たとえばライブ会場の演出、あるいはキャラクター性にあった空間での配信。
通常の自宅配信とかなら、専用の部屋を作ればどうにでもなるだろうけれど、ファンタジーな世界っぽい、それこそ私の城や玉座の間なんかまで作って用意して、っていうのは現実的に考えて難しい。
かと言って、その背景だけをCGにしてそこに嵌め込むとなると、それはそれで合成っぽさというか、質感の違和感というか、そういうものがどうしたって生じてしまう。
実際に動くもの、触れるものだけが浮いているように見えてしまって、「あぁ、合成だな」と視聴者にあっさりと見破られてしまう。
確かにVtuberの3D配信は〝そういうもの〟ではある。
映像とは違うものに触れて、座って、動かしていて、そこに該当する絵を乗せているに過ぎない。
撮影しているその場所だって実際には違っている。
そういった技術は確かに凄いけれど、私としては、魔道具を用いた配信では使ってほしくなかったりもする。
Vtuberを応援する視聴者や私なんかは、〝そういうもの〟として受け入れて見ていられるかもしれないけれど、これからVtuberという存在を知る人、見る人が「合成です」と言わんばかりの映像を見た時に、技術とかそういうものを考えずに否定するっていう層は一定数存在する。
頑張りとか、盛り上がりとか、応援する気持ちとかも関係なく「なんだ、偽物かよ」と。
そうやって否定されたくない。
別にただただ「楽しんでほしい、夢を見てほしい」なんて綺麗事を言うつもりはないけどね。
頭ごなしに否定されたら、むかつく、っていうのが本音だもの。
そんな私が敢えて実際に映した映像である事を明言し、そういったスタジオもレンタルしますよ、って言ったのだ。そうすれば、合成とは違う、私が見せるクオリティで配信できますよ、というメッセージでもある。
この言葉の本当の意味に、私のメッセージに気がつくのは、魔道具をレンタルする事になった人だけになるかもしれないけどね。
……採算なんて考えてもいなかったのに、「では、そのようにやりましょう」なんてレイネが会社立ち上げから諸々の段取りまで進めて、すでに着手しているってのは予想外だったけどね。
だって、会社立ち上げるって聞いたのも昨日の配信前だもの……。
配信準備していたら、「あ、お嬢様。そういえばスタジオレンタル事業も本格的にやるにあたり、お嬢様を社長として会社を設立しますので、その発表もお願いします」とか言われたんだよ、私。
「――って、聞いてる? 凛音ちゃん?」
「ん、ごめん、聞いてなかった。なに?」
即断即決即行動のレイネに振り回される結果になった事にちょっと遠い目をして意識を飛ばしていたら、お母さんが顔を覗き込んで声をかけてきて我に返る。
「だからー、お母さんもやってみようと思うのよね、Vtuber」
「……はぇ?」
「ほら、お肌の曲がり角にもなってきたからね? でも、Vtuberなら実際の年齢なんて関係ないでしょう??」
「…………まあ、うん」
そりゃあ、魔法で幻影を被せているだけなんだから、実年齢なんて関係なく見た目をそのままにしておく事ぐらいはできるけどね、Vだもの。
「できるできないで言えばできるけど、本気でやるの?」
「えぇ、本気よ~。もちろん、大女優、滝紅葉としてね~」
「え、いいの? 事務所的にノーとかは言われてないの?」
「それがね、なんかウチの社長が凛音ちゃんの配信を見て、何か考えてるみたいなのよね~。で、もしも参加できるなら参加してみて、意見を聞かせてほしいって言われているのよね~」
「へー、なんだろう。Vtuber部門立ち上げでも企画してるのかな?」
芸能事務所、それも誰もが知っているような大手事務所の代表的な女優であるお母さんを起用しようというのなら、やっぱりそういう考えが妥当だと思うんだよね。
女優、俳優、アイドル、芸人っていうのは持って生まれた顔なんかも武器にしているけれど、プライベートでまで写真を撮られたり、パパラッチされる時代。
実際の顔、身体的特徴で夢を諦めた人、そういう他人からの目が怖くなってしまう人、プライベートと仕事をきっちりと分けたい人っていう、様々な人がいてもおかしくはない、多様的な社会、そして時代でもある。
特にこの国のサブカル文化、アニメ文化は世界に誇れる程に注目されている。
もっとも、頭の固い人なんかは今でも否定的な目しか向けていないけど、世界を市場として活動できる事業を生み出せているという事実を分かっていなさすぎる。
そしてVtuberというジャンルもまた、今では海外にまで広がっているのだ。
目敏い人はVtuberという、新たな〝タレント〟の多様性に目をつけ、私とレイネが提供する事業がどれ程の規模のものになっていくのか、なんて考えだってあるかもしれない。
そこに乗っかろうとするのは、別におかしな事ではないかな。
「うん、まあ目的は分からないけど、いいよ。機材貸してあげるね」
「ありがとー!」
この後、ジェムプロの配信が始まるちょっと前まで、お母さんに機材の使い方を教え続ける事になった。
そして、夜。
Vtuber事務所の最大手、ジェムプロによる新技術配信が始まった。




