【配信】裏 まさかの発表
同時刻、都内ジェムプロ社内。
私――滝 楪――はこのところのデスマーチをどうにか乗り切りつつも、社長とウチの所属タレントであり、ジェムプロを盛り上げてきたエフィール・ルオネットの中の人こと瑠琉と一緒に、凛音ちゃんの配信を見つめていた。
出だしから陽キャ陰キャ持論を展開してみせつつ、しかもそれをなんともまあ的確に表してみせるあたり、ホントにあの子ってば私より年下なのかしら。
正直に言うけど、ただの女子高校生の口から、ああも達観した、客観的な見解が生まれるなんて普通じゃあり得ないと思うわ。
……まあ、凛音ちゃんという姪っ子ではなく、Vtuberのヴェルチェラ・メリシスならではの見解、と言われれば納得できてしまうのだけれど。
過去にもイジメ問題に苦しむ子供に対して、的確にアドバイスしてたものね。
《――さて、そろそろ発表と行かせてもらおうかの》
『待ってました!』
『この技術の提供開始はよ!』
『なになに??』
『発表と言えば新衣装……いや、衣装毎回変わってんだよなぁ、この配信技術になってから』
盛り上がるコメント欄を他所に、ぱちんと指を鳴らして文字を浮かび上がらせる。
そこに書いてあるのは、『No1 新技術レンタル事業の発足』。
「……どうやってんだろ、これ」
「……普通に背景も作り物というなら、CGとして理解もできるけれど……。あのカメラで映した映像そのままのはず……」
「……それを言ったらあの子の目の前でふよふよ浮いてるタブレットもそうだけど」
瑠琉に続いて社長がぼやき、私もまた同意しつつ呟く。
これがライブ配信じゃなくて動画であると言うなら、映像に後から画像を嵌め込んでいるとも言えるかもしれないけれど、ライブ配信なのよね、これ。
つまり、あれらの映像は本物というか、現実に存在しているという事になるんだけど……。
配信の裏事情を知ってるはずなのに余計に困惑させられるわ……。
聞きたいことが多すぎるし、今すぐ家に向かおうかしら。
《まあ、予想していた者も多くいるようじゃが、この撮影と配信技術のレンタル事業を開始する事になった。まずは大手の箱からメインに、ゆくゆくは小さい規模、個人勢と広げていくつもりじゃ》
『きたああああぁぁぁぁっ!』
『やっぱ最初はジェムプロ!?』
『うおーーっ、推しがこの技術で配信できるのか!』
『さすが陛下!』
いや、コメント早すぎ。
というか同時視聴者数、13万人……!?
ウチのタレントの誕生日ライブ配信とか箱でのイベントより多いんだけど……。
《最初に貸与する――いや、正式にはもう機材関連含めて渡したのは、先日も言った通りジェムプロじゃ。よって、妾の次にこの技術で配信をする事になるのは、ジェムプロの面々となるぞい》
「ユズちゃん、告知!」
「はい、今投稿しました!」
「はい、拡散! ……うわっ、反響はや」
社長の合図と同時に私が『モノロジー』に投稿して、それを瑠琉が〝拡散〟すれば、次々に〝拡散〟とグッドが増えていく。
『やったああああ!』
『ジェムプロ箱推しの俺、無事昇天』
『やっぱジェムプロかぁぁ』
『クロクロにも! 是非!』
『リルスタも!』
「コメント、凄い事になってるね」
「こっちのモノロジー反響も凄まじい事になっているわよ」
ずっとモノロジーを見ていたのかってぐらいの早さで反応してる人がたくさんいるわね……。
ついつい反応が早すぎて笑ってしまう。
楽しみにしてますとか、応援してますとか、そういうメッセージに感謝の言葉を返していきたいけれど、それをやっているとキリがないのでそっと目を通すだけにさせてもらう。
《――陛下、どうやらジェムプロからも告知の投稿があったようです》
《ほう、タイミングバッチリじゃのう。どうやら見ておるようじゃな》
『拡散済』
『チェックしてたw』
『ジェムプロ、明日!?!?』
『うおおおお、楽しみ!』
『エフィール・ルオネット〆:うおおお、楽しみ!』
『エフィおるやんけ』
『配信する側なのに一般視聴者と同じ反応で草』
「……さっきから何やらスマホいじってたと思ったら、何してるの」
「へへへ、つい」
しっかりと配信に乗り込んで気軽にコメントなんてしちゃうせいで、コメント欄もお祭り状態。
ついでとばかりにリオやスーまでコメントしてるわね……。
あっという間に流れていったけれど。
ウチの所属タレントの個人勢への絡みについては特に禁じていない。
基本的にあまりコメントで登場したり、配信では触れないようにしているのだけど、瑠琉を筆頭にリオもスーも凛音ちゃんと絡んだ経験があるせいか、割りと配信のコメントに登場するのよね……。
もっとも、ジェムプロだけじゃなくてクロクロの水無月サツキさんとか、何人かのメンバーもたまに凛音ちゃんの配信にコメントで顔を出しているみたいだけど。
とは言え、そもそも最大手と言えるウチやクロクロといった有名な事務所のタレントから絡まれる個人勢配信者なんて、凛音ちゃん以外にはいない。
というのも、個人勢のVtuberを相手にした場合、大手事務所所属のVtuberがコメントに出てきたりしようものなら、大騒ぎしたり過剰に反応したり、騒がしくなって配信の流れを切ってしまうし、場合によっては、「配信の邪魔をした」なんてその個人勢の配信を観ていた視聴者に言いがかりをつけられて、アンチを生み出してしまうケースも有り得るのよね。
だからこそ、大手に所属しているVtuberが配信中にコメントに突撃するというのは、事務所側が許可していたとしても、普通であれば遠慮するもの。
初心者漁りをしていた瑠琉が初配信のみに現れるのは、そういった点を危惧してのものでもある。固定のファンがつく前に盛り上げてあげたい、応援したい、そしてあわよくば光るモノを見つけたいという、そんな想いでやっていたことだもの。
幸い、エフィにコメントをつけられた配信者は好意的に受け止めてくれていたし、視聴者たちも「またエフィおるやんけ」なんて言い出す程度には定番になりつつあったけれどね。
ともあれ、そういう事情もあって個人勢に表立ってコメントをできないはずなのに、なぜ凛音ちゃんの場合、多くのチャンネル登録者数を抱えた配信者が気軽にコメントできるのか。
それはひとえに、凛音ちゃんの場合は「おったんか」ぐらいの塩対応であること。
それに、そもそも視聴者に対して「観たければ観ていればいいし、観たくないなら見るな」というスタンスを地でいくタイプだから、かしら。
視聴者もまたそんな彼女を受け入れているからこそ、大手のVtuber相手に特に気負う事もなければ、塩対応すらするような凛音ちゃんの態度を見て、笑って受け入れてくれるのよね。
それに凛音ちゃんの場合、そもそも視聴者数に一喜一憂していないし、話題の提供ぶりに事欠かない、歯に衣着せぬ物言いに今回の新技術と、そもそも同業者であっても同業者がイコールして競合相手とはならないからとも言えると、私は思う。
絵描き配信者、ピアノ配信者はいるし、毒舌系の配信者だっている。
でも、社長の言うようなカリスマ性を有し、そして独自の目線で物事を堂々と、ハッキリと言い切る言動。そして個人勢とは思えない技術力。
そんな彼女に惹かれている視聴者は多く、従来のVtuber視聴者とは違う層を引き入れている。
どうしてそんな事を言えるのかと言えば、事実として、エフィやリオ、スーは凛音ちゃんとのコラボ配信以降、視聴者数が増えているからだ。
しかもそれがチャンネル登録者数だけならば偶然かとも思えるけれど、動画の総再生回数、そしてライブ配信の視聴者人数そのものが増加傾向にある。
ウチのアナリティクスの分析チームがデータ付きで認めたものね。
まあ、その事もあって凛音ちゃんをどうにかウチに引き込めないか、なんて話が出ていたのだけれど、それはさて置き。
停滞しつつあったVtuber業界に入ってきた、新しい風。
奇しくも、瑠琉が新人Vtuber漁りをしていた頃に口にしていた、待ちわびていた存在。
そんな存在が本当に実在して、しかもそれがまさか私の姪であるなんて、思いもしなかったけれど……彼女はさらに、新技術なんてものを発表して、さらなる一歩を踏み出し、Vtuber業界を激震させている。
……姉さんと言い、凛音ちゃんと言い。
私の血族は、所属した業界に名を残さなきゃいけない呪いにでもかかっているのかしら。
私は表舞台に立つつもりなんてないんだけど。
《――という訳で、次の発表にいくぞい》
思わず思考の底に沈んでいた私の耳に届いた単語。
次の発表、なんて言っていたけれど、もしかして何か人数突破記念配信でも行うのかしら――と思ったら、凛音ちゃんが指を鳴らす。
「「「…………は????」」」
社長、私、瑠琉の言葉が重なったのは、無理もない。
コメント欄も、指を鳴らしたと同時に彼女の後方上部に出ていた文字が切り替わり、その内容を見るなり困惑していることが窺える。
そんな中、凛音ちゃんは続けた。
《今回の新技術は、実際に映した被写体の映像を3Dに変換するという技術でな。裏を返せば、これまでの3D配信のように背景にCGを嵌め込むのもなかなか難しいものなのじゃ。そこで、妾はこの新技術のレンタル事業を行うだけではなく、専用のスタジオを建設し、Vtuber事務所、個人勢に安価で貸し出すスタジオ運営にも手を出す事にした》
――――『No2 Vtuber専用スタジオの運営。と、会社設立』。
彼女の後ろに現れた掲示板に書かれた言葉。
その「と、会社設立」の部分だけは付け足したかのように手書きで追加されているようにも見えるけど……それにしても。
……何言ってんのかしら?




