先輩と夢
そうしてまた眠れる先輩を見守る。
しかしかわいいなあ。ほんとに。
先輩ここで結構寝るんだけど、何度見てもどれだけ見ても見飽きることがない。
『いつも』という意味で『寝ても覚めても』という言い回しがあるけど、本当にその通りだよ。
永遠に眺めていられるよ。
頭撫でたいとか肌に触れたいとか抱きしめたいとか全然思ったりしないと言ったら嘘にはなるかもだけど、今は別にそういうのは必要じゃない。ただ見ているだけでいい。
とはいえ。
今日はいくらか様子が違う。やっぱりちょっとの期待はしてしまう。
そして、その期待通り、彼女はまた無意識の言葉を発した。
「……今日は……何日だい?……」
なんだろう。あの落語って時間の他に日付なんてあったっけ? まあなんとなくしか知らんしよくわからんけど、とりあえず答えておこう。
「十二月七日ですよ?」
両手頬杖でそう囁いた。
しかし、返事はなかった。
やはり、言葉は向こうからの一方通行らしい。会話は成立しないようだ。さっき噛み合った感じになったのは単なるたまたまの偶然だったらしい。
そうしてまた待つこと数分、頭がもそりと動くと、
「……空を飛ぶという夢を………………」
でも、そこまで。
声は消え入り、その続きはなかった。
を、なに? 夢をなんなの? ちょっとこら。今現在見てる夢のことなのか、願望の方の夢のことなのか、この言い方だと分からん。どっちなの? すごい気になるんですけど。
叩き起こして聞いてやろうかとも思ったけど、それは人としてどうなのかという感じなので、黙って眺めているほかない。
が、そうするまでもなく、すぐにその夢の内容が判明することとなった。
突如、先輩の丸まった小さい背中がびくんと跳ねた。
ふむ。
これ先輩落ちたな。
細かい状況は分からんけど、これ間違いなく空飛んでて落ちたわ。
自力で空を飛ぶという夢を叶えて空飛んでたら墜落する夢、というところかな。
夢の定番だね。
まあ事故はあったけど、そんなに大ごとではなかったらしい。
先輩は何事もなかったかのように、相変わらずの平和な顔ですやすや眠りこけているし。
死んでると思っていた魚がいきなり不意打ちの一跳ねをカマしてきたみたいな瞬時の反応で、椅子か机かが音を立てるほどではあったんだけど、彼女を目覚めさせるまでではなかった。
それにしても先輩、熟睡は熟睡なんだけど、なんかずっと夢見てるっぽいなあ。
殺伐としてたり、おそば食べたり、空飛んだり、あやふやだけど今日は一応の実況があるおかげでなんやかんや楽しそうってのは分かる。あたしも一緒に連れてってほしいんだけど。夢なら先輩が暴れても実害はないからね。先輩の夢なら何とかして中に入る方法があるんじゃないの。
そう考えていたところ、彼女がまたもにょもにょ喋り始めた。
「……きびふじょ……だもい……ざしっぷる……もすろぶん……べぎゃあ~ふぁ……」
謎の呪文を詠唱した。
なんだこれ。
少なくとも日本語ではない。どこか知らない国の言葉なのだろうか。先輩のことだし、どこか知らない世界の言葉かもしれない。あるいは、どこかの宇宙人と交信してるのかもしれない。でも結局のところ、それらは意味を持つ言葉ではないのかもしれない。ただ単純にバグってるだけなのかもしれない。先輩ならどれもある。
一体どんな夢なんだ。皆目見当がつかない。
そうして、また何か言いそうな気配を感じたので、まじまじ顔を近づけてみると、
「……げっふぇ……るふるーすべ……のへるんう……ふへ……るしえんますふぉ……」
また謎の羅列。
しかし、やはり先輩の口から出た言葉だけあった。それらの謎文字列に意味がないなんてことはなかった。
先輩がそれを言い終えた瞬間、何かが発動したらしい。
「!?」
でかいキノコが生えた。
こげ茶色の巨大なキノコが突然先輩の頭からにょっきり育った。
うわあ。なんだこれ。これ食べれんの?
傘を指でつんつんしてたら、その下からまたさらに呪文が聞こえてきた。
「……こんぼじ……すばぬんはーらす……だらかーんらい……へるべ……いむんら……」
「!?」
おもっ!!
突如あたしの頭上に現れたずっしり重い何かにより、首が縮まった。
頭と首で感じるこの質感と重量感、見なくても分かる。何かのキノコだ。
なんだこれ。
先輩夢の国でなんかキノコ魔法でも習得したんか?
そんなことよりとにかく頭が重い。なんちゅう重いキノコだ。首をどう支えたもんか悩んでいるところ、詠唱はさらに続いた。
「……べろうす……うるるそろまぬ……ちゃが……おいれじぇくい……ぐぺんし……」
あたしたちが座っている椅子がキノコになった。
でっかいサルノコシカケ。座り心地はまあまあだね。
「……あろんくい……げわ……むぱしーきぞうきび……んす……ろすくぐみ……」
壁も窓も床も天井も、にょきにょき元気よく繁殖したキノコに部屋中の全てが埋め尽くされたところで、キノコの世界は新たにやってきた世界に塗り替えられていった。
「おはよう」
お出迎えは聞き慣れたかわいい声。
目がくらむので大きくは開けられない。
薄目のまましばらく呆けていたところ、やがて頭がものすごくゆっくりだけど、現在の状況を読み込み始めた。
そうして、意識が五分程度甦ったあたりで、半開きの目の焦点をその声の主に合わせ、
「……はい……。……結構寝てたような気がしますけど……今何時ですか……?」
「ちょうど帰る時間だな」
「……そうですか……」
そっか……。先輩宿題やるってんで、あたしは寝ることにしたんだったな……。
ちょいと一眠りのつもりだったんだけど、だいぶ寝入っちゃってたんだな。どれぐらい時間が進行したか、すっかり変わってしまった景色よりも、全身のだるさと火照りでそれが分かる。
下校時間なら仕方がない。寝起きの重い頭を現時点における最大の頑張りで持ち上げた。
うん~といっぱいに両腕を上げて、ぬう~んと目いっぱい伸びてたら、
「お前なんかいろいろ夢見てただろ」
先輩はノートを鞄にしまいながら、にやにや黄色いからかい笑いで聞いてきた。
「あ~……、なんか先輩がめちゃくちゃ寝言言う夢見てましたよ……」
七割ほどの速度で回るようになった口でそう言ったら、
「なんだよそれ。お前こそすげえ寝言言ってたぞ」
彼女は真っ赤になって盛大に吹き出した。
「なんて言ってました?」
「なんか寝耳に水とか不眠不休とか早起きは三文の得とか、こいつ寝ながら何言ってんだって腹抱えて笑ったぞ」
「ああ……。でも先輩もそんなこと言ってましたよ」
「言ってねえし。あとお前なんかベルベロン星人とかいうのと戦ってたんだろ?」
「なんだそれ。あたしそんなん見てないです」
「でも寝言でいろいろごにょごにょ言ってて、異世界の宇宙で艦隊組んで戦ってた感じだったぞ?」
「そんな夢全く記憶にないんですが」
夢の中でもあたしはずっとこの部屋にいたし。まあなかなかの長い夢だったし覚えてないだけなのかも。
「そうなんか。まあでも一つ約束もしたぞ」
と、ここで先輩は不気味な桃色の笑みを浮かべた。
「約束?」
なんだろ。あたしなんか言った? 他にもなんか覚えてない夢見ててその中でうっかり変なこと言っちゃったのか?
九割方まで回るようになった頭を巡らせてはみたものの、思い当たる記憶などどこにも見つからない。
そうして、先輩は妖艶な紫色の眼光でじっとあたしを見つめ、
「うどん、奢ってくれるんだよね?」
「ああ……」
夢の中ではラーメンだったけど、こっちの寝言ではうどんになってたのか。
そばなんだかうどんなんだかラーメンなんだか、夢の世界って適当だな~。でもまあたとえ寝言でも約束しちゃったんならしょうがないか。
そういえば、ちょっと前の金欠の時にケーキのセット奢ってもらったことがあったんだけど、そのお礼もしたいしね。
が!
そんなことは問題じゃない。
大丈夫。今のあたしは無敵なのだ。
「いや! うどんなんてケチ臭いこと言わずに今日は高級フレンチでも満漢全席でもなんでも連れてってあげますよ!」
そう高らかに大見得を切った瞬間、先輩の顔が歓喜で光り輝いた。
それはもう目くるめくど派手な極彩色の輝き。
おでこに表示されている体温と血圧と心拍の数値も急激に跳ね上がって、真っ赤になってる。
「うわーい! やったー!」
狂喜乱舞、先輩の喜びがどれくらいか、虹色の光の舞の乱れ狂いっぷりからそれが分かる。
「はーっはっは! どんと来いですよ!」
あたしの夢はまだ続いてた。
夢なら何でも奢ったるわい。
なんたって夢なんだもん。
お金は無限にあるからね。
地球でも宇宙でも丸ごと買っちゃうよー。
――っていやちょっと待て!!!!!
バカみたいに光り散らかしている先輩だけど、そのまばゆさがあまりにも常軌を逸していたため、あたしの脳裏には逆に影が差した。
あたしは彼女のこの姿で、『ここはまだ現実ではない』っていう判断を下したんだけど、相手は先輩だぞ? よくよく考えてみれば、この化け物なら体が七色に光ってても全然不思議じゃない。あたしが寝てる間に体の成分を虹色の発光体にするなんて、そんな程度、この先輩なら全然朝飯前。極めて現実的な範疇なんじゃないの?
やべえ! 先走ったか!?
夢か現実か、即刻確かめねば。
あたしはスマホを手に取ると、アプリを開き、最速で今日の日付を、次いででたらめに数字と記号をタップした。そして、
「先輩! 127×9721は!?」
辺り構わず目からビームを乱射しまくっていたゲーミング先輩はあたしを緑色で照らすと、
「ん? なんだ? 4649239だろ?」
その答えは電卓に並んだ数字と一致していた。
なんだよもー。
ここはやっぱりまだ夢の世界、杞憂だった。
先輩がこんな問題即答できるはずないもんね。
やれやれ。
と決まれば、
「ひゃっほーーーーーーーーーーーーーい!!!! 街繰り出すぞ!!!!!」
午後五時の満天の星空をジェット噴射の先輩に乗って夜間飛行。
すごいスピードだけど息もできるし、髪も乱れない。真冬なのに全然寒くない。さすが夢。
瞬く間に大気圏を突破、あれほどの果てしない平らでしかなかった青い球体もみるみる小さくなっていった。
先輩が希望したお店は天の川の流れる先に浮かんでいる巨大な満月にあるそうな。
そこを目指して先輩はさらに加速した。
色とりどりに煌めくかわいらしい粒々の合間にぐるぐるの渦巻やらひらひらのヴェールやらが飾り付けられていて、時折大爆発の閃光が闇を切り裂いたり、ピンクのもやもやが完全なる闇にゆっくり捕食されてゆくのを、先輩の背の上でうっとり眺めていた。
なんて夢みたいな夢なんだろう。
無限の数の星々以外何もない世界を、この世でただ一人の美少女とお出掛けする。
素敵な夢をこれでもかってぐらい詰め込んだ夢。
これ以上ないってぐらい夢らしい夢。
よって、そんな王道中の王道の夢だけあって、その結末も定番なものだった。
先輩は最短を急ぐあまり、土星に近づきすぎて輪っかに接触、その反動で木星に落っこちたところで目が覚めた。




