先輩と寝言
気付いたら先輩が寝息を立てていた。
机に伏したその寝姿は無防備極まりない。
呼吸の度に肩がほんの少しずつ上下するんだけど、その穏やかな繰り返しはこっちの心まで和ませてくれる。ただいつまでも見ていられる。
ということで、今いる正面の位置から、彼女の顔が向いている右側へ移動し、それを見守ることにした。
彼女を眺めるにあたり、あたしは両手を頬に肘をつくという姿勢をとった。
あたしが眠れる先輩を眺めるときのいつものスタイル。
すやすや気持ちよさそうな美少女の寝顔を見守るのに、これが最も相応しい格好だと思ってるから。
なんもしない女の子をなんもせず見続ける。
なんて素晴らしい。
この世で最も贅沢な時間の使い方なんじゃないかな。
と、しばらく。
眠り姫のリズムがわずかに変わった。
あたしは頬杖の姿勢はそのまま、おやと注意して見てたら、
「……お主……寝首を掻かれぬようにな……」
お前がな。
なんだろう。
寝息は平穏なまんまだけど、セリフはえらい物騒だな。お主とか言ってるし、戦国時代で下克上みたいな夢でも見てんのかな?
で、寝言はそれだけ。
また彼女はすうすう安らかに息をするだけになった。
しかし、先輩の寝言なんて初めてだなあ。
疲れてるのかな? 逆に睡眠が必要じゃないせいで浅いのかな? どっちかな?
まあいずれにしても楽しい夢だといいですね。
そう微笑ましく思いながらまた見守った。
が、またしばらく。
今度は肩がもそっと動いたと思ったら、
「……しかし……いくら敵とはいえあのやり方は寝覚めが悪いものだったわい……」
目覚めてねえし。
てかこれやっぱりなんか夢の戦国で暴れてるっぽい。なんか非道な手段を使って敵を陥れた感じ? 策とか先輩っぽくないけど、乱世ならそれも仕方がないことなのか。どうもあんまりいい夢じゃない感じなのかな?
でも、それほど間を置かずに出てきた次の寝言、
「……たわけ者め……あの女狐めはただ惰眠を貪っておるわけではあるまいて……恐らくは狸寝入りじゃ……」
なんだこれ。
あやしい。
この言葉であたしの心の中に疑念が生まれた。やり過ぎ感がある。いくらなんでもこんな狙いすました寝言、ちょっと出来過ぎてる。先輩の寝言自体も初めてだし、こんなに連発することなんてないでしょ。
怪しい。これ起きてんじゃないの。
なので、ちょっと身を乗り出し、
「せんぱ~い。起きてますよね~?」
そう耳元で囁いてみた。
しかし、反応は無かった。
う~んどうなんだろ。これ何の計算もしてないんなら結構な奇跡だけど、でもこの先輩なら有り得るんだよなあ。
めちゃくちゃ怪しいけど、でもほんとに寝てるんなら邪魔はできないしなあ。
とは思いつつも、やはり疑念の方が圧倒的に勝っている。なので、もう一度そっと小声で餌を投げてみた。
「せんぱ~い。今起きたらラーメン奢ってあげますよぉ~」
「……」
反応なし。こんなに魅力的な餌なのに食いついてこないとは。むむむ。
さらに、もうちょっと煽ってみる。
「ほらほらぁ~。ラーメンですよぉ~。おいしいですよぉ~、あたしのおごりですよぉ~。でもあと五秒以内なんで早く起きてくださいね~。じゃあいきますよ~。はい、ご~お、よ~ん、さ~ん、に~~~い、い~~~~~~ち……」
と、軽く急かしてみたら、タイムリミット寸前、先輩の頬がまたぴくりと動いた。
そして、
「……に~……さ~ん……しぃ~……」
時を戻し始めた。
なんだこれ。
いやこれやっぱ起きてんだろと思ったんだけど、寝顔といったら相変わらずなまま。意識があるという感じではない。
う~んどっちだ。
そうしてさらに時は逆流し、
「し~ち……は~ち……」
と来たところでまた、
「……今なんどきでい……」
昔の人みたいな口調になった。さらに、
「……おおそうかい………………え~と……じゅ~う……じゅ~いち……」
いきなり数字が飛んだ。
知ってる。これあれだ。なんか落語のやつだ。なんかそば屋で小銭をちょろまかすやつだ。
やりやがったな先輩。現代だったら詐偽かなんかの罪で逮捕案件だぞ。夢の中の昔の世界で助かったな。
でもなるほど。向こうでおそば食べてお腹いっぱいになってんなら、ラーメンじゃ釣られないのも無理ないか。
ふむ。これはやはり完全に熟睡中ということで間違いなさそうな様子。
さすが先輩ということかな。
夢でも現実でも言ってることほとんど変わらん。




