先輩とオムライス
「というのが体育の時のアレでね、次は調理実習の時のアレ」
頭おかしい悪魔が再び残忍な笑みを浮かべながら話し始めた。
「今日は体育の後調理実習があったんだけどな、私ら同じ班だったんだよ」
おっとり風悪魔がうんうんとそれに相槌を打った。
「へー。体育の後調理実習ってなかなかヘビーな編成だったんすね」
「うん。まあでも体育はともかく調理実習は楽しいからな。んで体操服から制服着てエプロンと三角巾してメニューはオムライスで」
ほう。オムライス。なんだろう。
オムライスってやらかせるポイントが結構多そうな料理だよね。王道の展開だとケチャップの文字とか絵でなんやかやとかかな? あとは卵がひっくり返せなくてぐちゃぐちゃとか?
まあなんにしてもこの話もまた期待できそうだね。わくわく。
「うちらの班のもう一人が料理部だったからこんなの楽勝っしょって余裕こいてたな」
ほう。料理先輩。あのふわふわのかわいい人。この先輩を完全に手なずけてる稀有な人。なんだろう。
おいしい料理で胃袋を掴んだとかなのかな? あるいはこの剣道先輩みたいに何かしらのギャップがあって、それが突き刺さったとか?
まあなんにしてもこの古今無双に頭のイカれた狂犬を子犬のようにしてしまうあたり、凄い人ではあるよね。あたしも好き。
「で、やっぱさすが料理部つええって感じで作るのは順調に進んで、卵を用意しようってところになったんだよ」
と、真っ赤になってぷるぷるしてただけのおでこ先輩の揺れ方が一瞬変わった。
悪魔たちの表情も邪悪さの色を増した。
なるほど。ここか。思ってたより話が早そうだ。
「こいつ卵をお椀に割ってさ、二つ」
「はい」
「で、卵割ったら殻になるじゃん」
「はい」
「捨てるじゃん」
「はい」
ここであたおか悪魔は血走った眼をくわっと見開き、声を一段と張り上げた。
「でもね! こいつゴミ箱のところに卵の殻となぜかお椀も持って行ったんだけど! んでいきなりお椀の方を中身だばーってゴミ箱に流しちゃったんだけど!」
「しかも全部!」
おっとり悪魔も満面の無邪気な笑顔で付け足した。
オムライスならではのやらかしとかじゃ全然なかった。またもや予想外すぎて再度あたしも撃沈することに。
「なんで!? なにをどうやったらまたそんなことになんの!? また私度肝抜かれたんだけど!」
「まずそもそもなんでお椀も持ってったの? 捨てるものなんて卵の殻の一択しかないよね。でもなんでそこへ急に完全部外者だったはずのお椀が参戦することになっちゃったの?」
「しかもその圧倒的不利な二択でまさかのお椀が勝っちゃうんだもん。あまりの超展開に見てるこっちの頭が大混乱だったぞ」
「ほんと、体育のアレがあったすぐ後だったもんね。あたしもこれ笑っていいもんなのかどうかって心配の方が勝っちゃったよ」
「私もだよ」
と、ここでまた先ほどと同じように悪魔は霧散し、お母さんが降臨した。
「だからね、こいつゴミ箱の前で自分のしでかしたことに気付いて呆然と立ち尽くしてたんだけどさ、そのエプロンのワンポイントの絵が『YEAH!』って言ってウインクして目から星飛ばしてるかわいいワンちゃんだったんだよ。しかもそれが柴犬なんだよ。だからもうそれ見た私はいてもたってもいられなくなって、こいつの頭抱えて思いっきり胸に抱きしめちゃったよ。耳元で『大丈夫だから。ゴミ箱の中ビニール袋だしまだ他にはなんも入ってないし、火を通せば何でも食えるから。だからこれはぎりぎりセーフで大丈夫だから』って囁いて励ましてな。もうほんとこいつの愛くるしさにそうせずにはいられなかったよ」
「あれも最高のシーンだったよね。全米が泣いたよ。大感動のフィナーレって感じで二人の頭上からスポットライトが照らしてるのが見えたもん。だからまたクラス全員拍手だったよ。大喝采再びだよ。あたしはもちろん家庭科の先生までもが人目も憚らずにおんおん号泣してるぐらいだったもん。ほんと最高の感動をありがとうだよ」
お母さん二人じゃないよ。三人だよ。
そんなんあたしもお母さんになるよ。だってこんな顔されたらあたしだって思いっきり抱きしめたいもん。
なんてかわいい人。おでこ先輩。
と、ここまでは前回とほぼ同じ展開。でも今回は悪魔は帰ってこなかった。
先輩たちはお母さんのまま、
「お前今の話聞いてこいつのこと凄まじいポンコツだなって思っただろ?」
頭のおかしい方が非常に答えづらい問いをあたしに振ってきた。
おでこ先輩どんなものが見えてるんだろ。激しく彷徨う視線に何らかの像は写っていても、脳はそれを認識できていなさそう。
「え~っと、あの~……、あ~、それはちょっと分かんないですけどとりあえずすっごくかわいいって思いましたっ!」
まあ実際先輩の言う通りのことはいくらかは思ってしまったんだけど。
が、『本当に心底とても良かったですよ』、という嘘偽りないあたしの本心は伝わっていて欲しい。
そんなあたしのあたふたな様子にうちの先輩はちょっと吹き出しながら、
「まあこいつはそんな感じで時々とんでもないことしでかしてくれるんだけど、でも絶対失敗したら駄目みたいな土壇場とかでは絶対にやらかさないんだよ。鉄壁っていうかド安定なの」
と、おでこ先輩に対するフォローみたいなものを入れてきた。
「現にうちにも入れてるわけだしね」
うちの高校は学力のレベルが高いというわけではないけど、自分の名前を漢字で書ければ入れるというほど誰ウェルというわけでもない。そこそこはまともでないといけないので、そのあたりはクリアしているはずなのだ。もちろん、うちのあたおか先輩も。
「漫画とかでも普段は優秀だけどヤバいところでヤバい失敗して味方が大ピンチになるみたいなキャラよくいるだろ? でもこいつはそれと真逆なの。なんもないところでいきなりすっ転んでその場を和ませるみたいな癒しの笑いをちょくちょく提供してくれるんだけど、本気で勝ちに行くときのチームプレーなんかで足引っ張ったりとかのそういう笑えないやらかしは絶対ないんだよ」
「そうそう。自爆するときはものすごい派手に逝くんだけど、絶対周りに被害は出さないの。そう、あれに似てるよ。ビルの爆破解体」
なるほど。ビルが真下にだけ崩れ落ちるある意味芸術的なやつか。確かにあの映像は娯楽としても楽しめる。
だけど、本人としてはたまったもんじゃないだろう。もうおでこ先輩いつ爆発してもおかしくないってぐらいの赤さだし。
そして、その爆弾をお母さんたちが寄ってたかってさらに殴りつける。
「まあでもごくたまには人を巻き込むこともあるんだけどな。でもそういう場合でもしょうがないなあとか巻き込んでくれてありがとうとか、ちゃんとそんな感じの許さざるを得ない結果になるんだよね。具体的な例えは今は思い付かないけど」
「それは多分この子の日ごろの行いよね。この子すごく真面目だし優しいし頑張り屋さんだし、それ知ってるとこの子のやったことならしょうがないってなるのよね」
「そうなんだよな。ちゃんとやってるのに結果が出ないのが見てて歯がゆいんだよな。本当にこいつには報われてほしいと思ってるんだけどな」
「ね。もうやることなすことほんとかわいいし応援したくなるよね」
「でもかわいいつったらこの見た目はちょっといかんよな。こんなピリッとしたいかつい美人なくせに中身超へにょへにょなんだもん。これはずるいだろ」
「ね~。あたしも初めてこの子見た時すごい綺麗だけどちょっと近寄りがたいかもって思ってたんだけど、ふた開けてみたらこれだもんね。だから今ではこの子ってばなんてかわいい子なんだろうって愛おしくてたまんないよ」
「な。むしろ逆に完璧なんだよな。全然駄目なんだけどそれが逆にかわいいっていう」
「まさに奇跡のバランスだよね。多分本人の目指してるところとは真逆なんだろうなとは思うんだけど、結果として最高にかわいく仕上がっちゃってるんだよね」
「な~。もうほんとこいつかわいいんだよな~」
「ね~。もうほんとこの子かわいいんだよね~」
実際あたしもそう思ってるし、二人の顔もお母さんのままだし本心で言ってるんだろうけど。かわいいの鈍器で執拗にぶん殴られ続けた赤い爆弾がここでついに限界、大爆発。
「かわいくねえし!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そう叫びながら机にブチかましてやろうと両手を振り上げたものの、目の前にはカップやらお皿やらがあってそれを振り下ろすことができない困ったぞ、という内心がありありと分かる、そんな非常に不自然な体勢のまま立ち上がったおでこ先輩は、つむじ風のように身を翻すや否や、疾風の如く逃走した。
「ありゃりゃ」「ほんとかわいいやつめ」
との二人のその顔はやっぱり悪魔だった。お母さんの皮を被ってた悪魔だった。なんて極悪非道な。まさに悪魔の所業。恐ろしい。
とはいえ。
まあ結局は二人しておでこ先輩をからかってたんだけど、本心も多分に入っていたことも間違いない。
だって今、自分のバッグを取りにすごすご戻ってきて死んだ顔してる彼女を両側から包み込んで抱き締めている二人の顔ときたら。
あまりにも気高いその光景に、あたしもただ涙を流しながら拍手を送るばかりだった。




