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先輩とくしゃみ

 靴を履きかえて校舎の外に出た途端、


「ちゅん」


「ぐふふ。先輩、カゼですか?」

「いや、多分ホコリかなんかだと思う」


 ぐしぐしと先輩は鼻を拭った。


「でも先輩。今のくしゃみはすごくかわいらしくて先輩の見た目っぽかったですよ」

「そうか……。でもくしゃみはどうにもなら…………」


 と、先輩はまたふえっとマヌケな顔になると、両手で口を覆ってくちゅん。


 ぐへへ。これやべえ。なんてかわいい。もっと見たい。


「……まあ、自分でも変なのは分かってるけど結構パワーはあるんだよ……」


 と言いつつちゅん。も一つちゅん。おまけにちゅんちゅん。


「ふひひ。ぜんぜん変じゃないですよ。てかそんな連発するなんてやっぱ風邪なんじゃないですか? それか花粉症とか」

「うん。もう大丈夫だよ。やっぱ鼻むずむずしてただけ」


 先輩は目に溜まった涙を片方ずつ拭った。


 あまりのかわいさに抱きしめたい衝動をどうにかこらえつつ、自転車置き場へ向かった。


 あたしはこの内野市の隣の戸成野市から、自宅→徒歩→駅→電車→駅→自転車→高校と、毎朝苦労してここまで通っている。この高校が街の中心部から大きく離れた不便な場所にあるせいだ。


 先輩はここからそんなに遠くないので余裕の徒歩。うらやましい。


「まだ暑いですけど、死にそうってほどではないですよね」


 いつものとおり、先輩と別れるところまでは自転車を押して歩く。


「だな。でもちょっとのど乾いたしコンビニ行こうぜ」


 ちょうど帰り道の途中にある、学校から最寄りの生徒御用達のお店へ。


 帰宅部はとっくの昔に帰り、ガチ部員たちは汗を流したり楽器を吹いたり頑張ってる最中の時間なので、店内はあたしたちだけ。


「どっしよっかなぁ~♪。冷たいのだと寒くなりそうだし~♪、熱いのだと暑くなりそうだし~♪」


 ふふふんと鼻歌交じりに先輩に話しかけながら、どの子もいいねえと、冷蔵庫のガラス越しに色とりどりの飲み物を見比べる。


「私は冷たいのにするよ」

 先輩は冷凍庫の前まで行き、扉を開けた。


「アイスっすか? それもいいですねえ」

「いやこれ」


 先輩が手に取ったのは、あらびき氷が詰められた透明なプラスチックのカップ。Sの文字なので小さい方のやつ。


「ああ。それですか。じゃあそれならあたしも冷たいのにしよっかな~♪」


 散々迷うも500ミリリットルの紙パックりんごジュースで落ち着いた。


 先輩が先にお会計を済ませてマシンへ。


 次のあたしもストローを貰ってそこへ。


 先輩はカップをセットし終えて、人差し指をぴんと立て、ちょうどボタンを押すところだった


 ――んだけど、また例の顔でふえっとなると、


「ちゅん」


 その勢いで指はあらぬ方向に逸れてしまった。


「ああ……」


 指の先にいる文字は確かにS。でも色が赤。あたしと先輩は嘆息を漏らすも、もはやどうしようもない。マシンは待ってましたとばかりに、意気揚々うなり声を上げはじめた。


「だ、大丈夫ですって! ちゃんと大きさは合ってますし! 値段も同じですし、多分中身は同じですよ!」

「そうだよね……。冷たいやつも結局最初は熱いやつが出てくるんだしな……」


 優秀な機械はお客様のためにてきぱきと働き、内部での仕事をあっという間に終えると、ノズルから焦げ茶色のホットコーヒーを放出し、カップの氷を融かしていった。


「ほら。見た目は全然普通ですよ。」


 出来上がったものは一見なんの問題もなさそうに見えた。


 コーヒーは好きだけど苦いのは嫌いな先輩はカップを機械から出すと、ミルクとガムシロを一つずつそれに注いでストローを手に


 ――とまた、


「ちゅん」


「先輩、やっぱ風邪なんじゃないすか?」

 かわいいんだけど、こんだけ多いとちょっと心配になる。


「いや、大丈夫だよ」

 そう言いながら先輩はカップにフタをはめ、ストローを突き刺し、コンビニアイスコーヒー完成。


 さてお店を出て日陰になってるところに移動。


 あたしはパックにストローを刺そうとしたら、


「あ!」


 先輩が大きめの声を上げた。


「ん? どうかしました?」

「混ぜてなかった……」


 先輩はカップを顔の高さまで持ち上げた。上部はガムシロップとミルクの混合液である白い層、下部はコーヒーのこげ茶色。


「ありゃりゃ」

「くしゃみで混ぜるの忘れちゃってたよ。ん~どうしよっかな……」


 どうしようもなにもまたフタ外して混ぜるしかないのでは、と濃縮還元百パーセントの甘いりんご汁を吸いながら見ていたんだけど――


 でも先輩はいきなりあむっとストローを口にくわえた。


 その途端ゴボゴボと底の方から泡が立ち始めた。


 こどもか。


 でも、たしかにいい考えではある。ぶくぶく、ぶくぶく、カップの中はてんやわんやの大騒ぎ。これなら甘いのと苦いのはほどよくいい感じに混合されるはず。


 先輩は息継ぎしながら何度も息を吹き込んだ。


 が、しかし。


 色は均一なベージュになっておりもはや充分、これが最後かと思われる息継ぎをした直後、先輩はやってしまった。


 一瞬のマヌケ顔からの、


「ちゅん!」


 茶色の大爆発が先輩を襲った。


 あたしは寸前の間一髪で難を逃れたものの、先輩は惨憺たるありさま。


 たしかに先輩の言ったとおりだった。かわいらしさに似つかわしくない、恐るべき破壊力だった。


「ちょっともうなにしてんすか!」


 あたしは盛大に噴き出しながらバッグからタオルを取り出し、中身がほとんどないカップを手に呆然とする先輩に手渡した。


 先輩は無の顔で服を拭いたんだけど、白い服に染み込んだ茶色は、この布切れ一枚じゃこれ以上はどうにもならない。なので、


「シミにならないように早く帰りましょう」

 帰りを促したら、


「うん」

 先輩は悲しげな顔で答えた。


 それから最後にちょっとだけ残ったコーヒーを飲むためにストローをくわえた。


 そしてそれをずずっと吸ったと思ったら、


「うっす!!!!!!!!!!!!!!!!」


 コンビニのホットのコーヒーはアイスに比べるとかなり薄い。


 そのあまりの薄さに驚いた先輩はもんどりうって後ろに倒れ、後頭部を強打して死亡。


環境が変わってバタバタしてるのでしばらくお休みです。

また落ち着いたら再開しますのでよろしくお願いします!

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