先輩とバナナ
あたしは夏休みの宿題は夏休みが終わった後に開始するスタイル。
というわけで始業式の次の日である今日も引き続き阿修羅のごとく、それこそ顔と手が残像で三面六臂にも見えるほどに、極限まで命を削って闘っている。
一方の先輩はわりと早めに片付けてしまうタイプ。意外なんだか意外じゃないんだか。
なのであたしがこんなだし、何をするでもなく、バナナを食べながら呆けている。
いつもと違ってあたしの正面ではなく右斜め前の椅子に座る先輩。右手にバナナ。
バナナは先輩が持ってきたもので、あたしもさっき一本頂き、五秒もかからず食べ終えた。
「バナナってさあ、私あんまり好きじゃないんだよね」
「……」
別に返事を返さなくてもよい。大きめなひとりごと。先輩の方も会話をするつもりで言っているわけではない。
「フルーツってもっと水分が多い方がいいよね」
「ジューシーさが全くないよね。こいつ」
もぐもぐと。
「ぼさぼさしてさ」
「ねちょねちょだしさ」
四方に垂れ下がった皮をさらに裂き、口に頬張った。
「酸味も足りないよね」
もしゃもしゃ。
「甘ったるいだけでさ、爽やかさが全くない」
また少しむいた。
「果汁がないから逆に喉乾くみたいな」
「私はこいつをフルーツとは認めないね」
「果物ってさ、のどを潤すために食うって目的もあるんじゃないの?」
続けて一口。
「ジューシーじゃない果物は論外」
ごっくん。
「でもまあ食べやすいってことだけは認める」
「あと値段」
ぱくり。
「うわ。これ」
眉をひそめた。
「すぐ黒くなる。最悪」
多少変色してはいるものの、食べるのをためらうほどではない。
「とにかくコイツはダメ。果物失格。私は認めない」
完食。
「さてと」
黒い大魔王が黄色の死体をぶらつかせて弄ぶといった感じで、先輩は席を立った。
あたしは粛々と数字や記号を書き込み続ける。
皮を捨てて戻ってきた先輩がまた席に着いた。
「ふう」
またバナナの皮をむき始めた。
「うおいっ!!」
「うわっ!!」
先輩がきゅっと首をすくめた。
「ありえない!!」
さすがにこれは見過ごせない。
「なにが」
怪訝な顔の先輩。
「こんだけ文句言っといて二本目ってどういうことですか!!」
「嫌いだけど房のやつだもん」
先輩は悪びれる様子のひとかけらも見せず、バナナをくわえた。
「なんなんですかもう。さっきでも先輩がひとこと言うたびに、『じゃあ食うなよ!』って心の中で叫んでましたよ。完全にあたしの邪魔しに来てるでしょ」
「んなわけないだろ。お前が早く終わらせてくれないと遊べないじゃん」
「てかひとりごとならもうちょっと気が散らないような感じのにしてくださいよ。毒にも薬にもならないようなつまらなさで」
「そぉ? 私ほぼ無意識で言ってたし、そんな切れられるような内容だとも思えんけど。実際ジューシーじゃないフルーツは駄目だろ? クリとか」
「ダメじゃないですよ。バナナもクリもおいしいですよ。さっきもおいしく頂きましたよ」
「どっちも甘いだけじゃん。食感ももさもさしてるし」
「じゃあ食うなよ!!」
「だってあるんだもん」
先輩はそう言いながら三本目のバナナをむき始めた。
あたしもうバナナに代わってこの人刺してもいいんじゃないかな。




