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4月7日(1) 嘘を重ねた結果の巻

 気がついたら、見覚えのある白い個室にいた。

 白いベッドに寝そべっていた俺は上半身だけ起き上がらせる。


「全治3日の大怪我だってさ」


 横から布留川の声が聞こえて来た。

 その声により、俺はここに来る前の事を全て思い出す。


「あれ?何か減ってね……?」


「お医者さんも驚いていたぞ。病院を抜け出した後の方が回復していたからな。お前、どこで治療を受けて来たんだ?」


「ああ、それはだな……」


 多分、異常な回復力は右の籠手のお陰だろう。

 俺は布留川に説明するために、籠手を装着しようと試みる。

 だが、幾ら踏ん張っても右の籠手はいつもみたいに現れなかった。


「あり?出てこねえ」


 右腕を振り回しながら、籠手が出るように念ずる。

 だが、幾ら力を込めても籠手は出てこなかった。


「まあ、それは置いといてだな。委員長からの伝言だ。『花見より喧嘩を優先しやがって。新学期覚えていろよ、目が合い次第血祭りに上げてやるからな』ってさ」


「………また病院送りにされそうだな」


 脅迫染みた伝言を聞いた俺は冷や汗を垂れ流す。


「まあ、良いじゃぇか。お前の尊い犠牲のお陰であの子を救えたんだ。安いもんだろ」


「あの子を救えた……って、そういや、美鈴はどうなってんだ?」


「3日間寝込んだお前より元気だよ。今は小児科病棟で療養中だ」


「3日間寝込んだ……って事は、もしかして今日春休み最終日か!?」


「ああ、残念な事にな」


「こんな所で寝ている場合じゃねえ!さっさとエロ本買いに行かねえと在庫切れでなくなっちまうじゃねぇか!!」


 俺は入院着のまま、病室から飛び出す。病室から飛び出した俺に待ち受けていたのは血走った目をした看護師さん達だった。

 看護師さん達の正当な理由しかない暴力を受けた俺は病室に叩き戻された。


「自業自得だ」


 そう呟くと、布留川は病室から出て行こうとする。


「もう帰るのか?」


 看護師さん達に殴られた頬を撫でながら、出て行こうとする彼に話しかける。


「今月末に大きな大会があるからな。練習試合も近いし、練習しないと鈍っちまう」


「んな寂しい事言うなよ。折角来たんだから、地球を孕ませるにはどれだけの人の精子が必要なのか考えようぜ」


「いや、地球に生殖器がねぇだろ」


「でも、月を産んだじゃねぇか」


「ありゃ、蜥蜴の尻尾みてぇなもんだろーが」


「じゃあ、蜥蜴の尻尾みたいに男性器が切れる世界線の話をしようぜ」


「お化け屋敷に沢山キノコが転がる事になるぞ」


「千切れる度に子どもキノコに戻りそうだな。やったな、布留川!そんな世界線だとお前は垢ずきんなんて不名誉な渾名つけられずに済むぞ!」


「んな不名誉な渾名つけられていねぇよ。お前は俺のチ○コ見た事あるだろうが。ズルッズルのムッケムケだっただろうが」


「今はな、じきに分かる」


「帰るぞ」


「あ、待った待った!!お前がズルッズルのムッケムケだから、こんな軽口叩けるんだよ!!本当に垢ずきんの奴等には垢ずきんって煽れないって!事実列挙罪で逮捕されるから!!だから、帰って来い、布留川!俺を置き去りにしないでくれ!暇で死にそうになるからさ!!」


「分かった、寮長と委員長呼んでくる」


「寮長と委員長は止めろ、間違いなく怪我が悪化する」


「なら、大人しく寝とけ。もう時間ないからもう行くぞ」


「あ、布留川」


 俺の声に振り返る事なく、彼は病室から出て行きそうになる。


「ありがとな、お前が友達で良かったよ」


「これで1つ借りは返したぞ」


 布留川はいつもと変わらない感じで返事をすると、そのまま病室から出て行った。

 彼と入れ替わるように啓太郎が病室に入って来た。


「やけに騒がしいと思ったら起きていたのか。傷の具合はどうだい?何せ、かの有名なガイア神と死闘を繰り広げたんだ。全治3ヶ月じゃ済まなかっただろ?」


「ああ、全治3日になった」


「らしいね。本当、魔法という力は摩訶不思議だ。あんな簡単に世界が滅びかけるなんて予想しなかったよ。……と、前置きはこのくらいにして、君が眠っていた間の話をしよう。聞きたいだろう?」


「ああ、聞かせてくれ。美鈴はどうなったんだ?」


「美鈴ちゃんは君より元気だよ。お医者さん曰く、軽傷だと。魔法関連の専門家であるキマイラ津奈木にも聞いたが、彼女は君が着けていた神造兵器とやらの効力のお陰で神器としての機能を喪失したらしい。傷さえ治れば何処にでもいる女の子になるって話だ」


「じゃあ、もう2度と金郷教の奴らに追われる事はなくなるのか?」


「ああ。彼女に利用価値がなくなったのもあるが、その金郷教も教主と幹部達が失踪した所為で崩壊寸前って事も関係がある。聞いた話によると、殆どの信者達は家族の下に帰る事になったそうだ」


「殆どって事は帰れない人もいるって訳だよな?その人達はどうするんだ?」


「魔法や魔術の存在を認知している、或いは帰る場所がない信者達はキマイラ津奈木同様、国際魔導機関『magica』の下部組織に所属する事になったよ。これから彼らは国際平和のために尽力する事になる」


「尽力する事になるって……大丈夫なのか、それ。怪しい事や危険な事させられたりしないのか?」


「いや、そういう事はさせないみたいだ。日本、特に九州における魔法・魔術絡みの事件を調査及び解決するのが主な仕事らしい。なんでもここら辺を担当する国際魔導機関下部組織の人員は慢性的な人手不足に苛まれているらしくてね」


「つまり、人員不足に悩んでいる国際なんちゃらの需要と行き場をなくした信者達の供給が噛み合ったって訳か。……で、元信者組のバイトリーダー達はどうなったんだ?」


「バイトリーダー達は自分達の日常に戻ったよ。彼女達は自分の居場所を持っているからね。自分の居場所に帰るのが当然だろ。ちなみに補足説明すると、美鈴ちゃんや美鈴ちゃんみたいな身寄りのない子供達は彼女達元信者組が引き取るらしい。まあ、要するにこの件は一件落着って訳だ」


 美鈴は神器としての機能を失った。

 金郷教は事実上壊滅状態。

 金郷教信者達は自分の道を進んでいる。

 そして、美鈴はバイトリーダー達がお世話してくれるらしい。

 啓太郎の話した内容を簡潔にまとめ終わった俺は安堵の溜息を吐き出す。

 どうやら、俺が寝ている間に事件は全部終わってしまったみたいだ。

 少し話が出来過ぎのような気がしたが、啓太郎が言っているんだ。

 彼の話を信じるしか術がない。


「どうせ君の事だ。話が出来過ぎだって思っているんだろ?信者じゃない君には理解し難いと思うが、それくらいガイア神を降ろす事は金郷教にとって大事な支えだったんだよ。その支えを君が全部打ち壊したんだ。そりゃ空中分解の1つや2つするさ」


「いや、金郷教が潰れたって話よりも金郷教の信者達が家族の下に帰ったとか、新しい居場所を見つけたって話の方が出来過ぎだって思っているんだよ。まだ儀式が阻止されて3日しか経ってないんだろ?それなのに、そんな簡単に家族と再会できたり、再就職先見つけたりできるのか?機械仕掛けの神様が出てこない限り無理だろ」


 啓太郎は少しだけ照れ臭そうな顔をすると、そっぽを向く。


「そりゃ優秀な中継ぎの人がいたんだろう。人間、やろうと思えば何でもできるんだ。君だって神様を倒す事ができた訳だし。それと比べると、家族や再就職先見つける事くらい簡単な事だろ?」


「それとこれとは話が別だろ。俺がガイア神どうにかできたのは美鈴が武器くれたお陰だ。あれをどうにかできたのは俺の力じゃねぇよ。ただ、運が良かっただけだ。あの場に偶々鎌娘がいたから空飛べた訳だし、キマイラ津奈木がいたから墜落死しなかった訳だし。てか、それ言うと雫さんやバイトリーダーに布留川、ついでに啓太郎が助けてくれなかったら、俺は神に挑む事さえできなかっただろうし」


「なら、その中継ぎの人も運が良かっただけだろう。多分、彼等もどっかの馬鹿がいなかったら、何の成果も挙げられずに死んでいただろうしさ」


 中継ぎの人を知っているような口振りで話す彼を眺めながら、俺はある事を思い出す。


「なあ、啓太郎。山口で会った女の子、どうなったんだ?」


「ああ、その件だが……彼女は行方を晦ましている。現在、バイトリーダーが探しているんだが……」


 啓太郎が表情を曇らせた途端、小柄な少女が病室に入って来た。

 お人形さんみたいな容姿をした傷だらけの女の子──銀髪だった髪は黒髪に戻っている──美鈴が俺の元にやって来たのだ。


「お兄……ちゃん」


 美鈴は起き上がった俺を見るや否や嬉しそうな表情を浮かべるが、罪悪感に駆られたのか、罰の悪そうな表情に変貌してしまう。


「お、美鈴。傷の具合はどうだ?」


「ちょっとズキンとするけど、大丈夫だよ。お兄ちゃんは……?」


「さっき殴られた頬がズキズキする」


「さっき殴られたの!?」


「ああ、看護師さんにな。病室から抜け出そうとしただけで鉄拳制裁を喰らっちまった」


「それはお兄ちゃんが悪いよね!?」


「まあ、それ以外はピンピンしているよ。多分、明日には病院から叩き出されると思う」


 元気そうな俺を見て、彼女は安堵の溜息を吐き出す。

 多分、俺が眠っている間、ずっと自分の事を責めていたのだろう。

 数日の付き合いだが、大体彼女の考えている事は分かってきた。


 彼女は少しだけ躊躇う素振りを見せると、頭を下げながら、謝罪の言葉を告げる。


「………ごめん、お兄ちゃん。私、ずっと嘘を吐いていた……本当は記憶なんか失っていなかったんだ。お兄ちゃんと初めて会った時からずっと覚えていた。私が神器である事も私1人犠牲になればみんな幸せになれる事も」


「嘘吐いていた、か……」


 何でも思い通りにできる彼女が自分の正体を隠す為だけに嘘を吐いた。

 つまり、彼女は嘘を吐かないと自分の正体を隠せなかったって事だ。

 何でも思い通りにできるなら、嘘を吐かなくても洗脳すれば良い筈だ。

 或いは自分の正体が気にならないように思考を誘導する事だって出来る。

 だが、彼女はそれをしなかった。

 それが意味する事はつまり。


「じゃあ、お前は何でも思い通りにできなかったんだな」


「……うん。この姿になってからお兄ちゃんと再会するまではちょっとだけ思い通りにできたんだ。けど、お兄ちゃんと交番で会ってからは何でか分からないけど思い通りにできなくなったの」


「この姿になってから……?じゃあ、お前の正体は啓太郎の言う通り、脂ぎったおっさんだったのか……!?」


「違うよ!!女の子だよ!!」


 心外だと言わんばかりに怒り狂った彼女は俺の身体を軽く殴る。

 虫さえ殺せない攻撃力にも関わらず、脳は痛覚信号を受け取った。


「まあ、おっさんだろうが何だろうが、関係ないけどな。姿形が変わっても、美鈴は美鈴な訳だし」


 美鈴にVサインを送る。

 そして、彼女のつまらない悩みを振り払うように、乱雑な手つきで撫でまくる。


「どうせお前が嘘吐いたのは自己防衛のためだろ?馬鹿正直に話したら神器として利用された挙句、金郷教の奴等に差し出されると考えたからだろ?」


 彼女は恐る恐ると言った感じでゆっくり頷く。


「なら、お前に落ち度はないよ。悪いのはお前の信頼を得られなかった俺らの方だから。……てか、そんな嘘、俺が日頃ついている自己保身の嘘と比べるとよっぽどマシだ、正当性しか感じられない。俺なんか寮長が大切に取っていたお菓子を勝手に食べたり、寮長が大切に手入れしていた盆栽割ったり、寮長が持っていた山を破壊したりとか、色々寮長に言えない事しでかしたけど、全部隠しているんだぞ」


「お兄ちゃんは寮長さんに何の恨みがあるの!?」


「いや、恨みは全くない。むしろ感謝している。けど、何故か知らないけど、寮長に言えない秘密ばかり増えるんだよなぁ。こないだなんか友達とふざけ合っていたら、寮長の車のサイドミラー壊しちゃったし」


「そのレベルになると悪気あった方がマシだよ!」


 そんな事を言っていると、廊下の方から凄まじい威圧感を感じ取る。

 ガイア神と対峙した時には感じなかった種類のプレッシャーだ。

 恐る恐る振り返る。

 すると、花束を持った寮長が来室した。


「……美鈴ちゃん、君の吐いた嘘は正当な自己防衛だ。嘘は泥棒の始まりと言うが、方便になる時もある。だが、正当性のない嘘には必ず罰が下される事を忘れないで欲しい。そこの哀れで愚かな少年は正当性のない嘘を重ねに重ねた愚か者だ。加えて、寮則というルールを破りに破った救いようのない大馬鹿者だ。だから、彼に罰が下されるのは当然の末路だと言える。君はこの愚か者を反面教師にした方がいい。そして、これから先の人生、清く正しく生き抜くんだ」


 寮長の殺気に気づいた美鈴は俺から離れる。もう逃げ場は何処にもなかった。


「りょ、寮長さん?これには深い訳がありまして……」


 延命するために(うそ)を重ねる。

 だが、狂戦士と化した寮長の耳に人の言葉は届かなかった。


「じ〜ん〜ぐ〜ううううううううう!!!!」


 寮長が俺の事を苗字呼びする時は大抵怒り狂っている時だ。

 この状態に陥った寮長を止める術はない。

 加えて、今の寮長は絶対正義過ぎて殴れない。

 手詰まりだ。

 少しでも手心を加えてもらいたい一心で、俺は謝罪の言葉を告げる。


「めんご⭐︎」


「キシャアアアア!!!!!」


 人が上げてはいけない奇声を上げながら、寮長は俺に襲い掛かる。

 その姿はガイア神よりも怖かった。


「あ、ぎゃああああああああああああ!!!!!」


 俺の絶叫が院内に響き渡る。

 病室の壁に俺の血がこびりついた事と入院日が1日伸びた事は、わざわざ語る事でもない。

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