短編『甘めトランプ味のスイーツを』
――作者ですらわからない、じっくり読んではいけない何かがここにある……
ジリ、リジ、リジジ、ジジ。
目覚まし時計が、さわやかな朝の棲句を響かせる。
いつもと変わらぬ目覚めだった。
私は生クリームの中から身を起こした。溶けたチョコレートのパジャマを脱ぎ、砕けたビスケットの制服に着替える。
姿見に映る自分を、三秒間だけ見つめる。三秒より多く見つめると眼球が破裂してしまうから、きっかり三秒だ。
うん、大丈夫。いつも通りの私だ。
鏡の中でこちらを見つめる眼球たち――昔、失敗して破裂させてしまった自分の眼だ――にアイコンタクトで「行ってきます!」と告げ、部屋を出る。
階段を降りると、真っ赤なジャムになったお父さんが廊下に塗りたくられていた。
「おはよう、お父さん! ああ、もう! こんなに苺ジャムになって! ベタベタしてて拭くの大変なんだから、ジャムじゃなくてバターになってよね!」
私が小言を言うと、お父さんは「ごめんごめん」と笑った。
とはいえ、きっとお父さんは明日も明後日も苺のジャムなのだろう。
ホント、困ったお父さんだ。
お父さんが足につかないように注意しながら、廊下を抜ける。体が揺れるたび、ぽろぽろとビスケットの粉が落ちる。
「それにしても、どうして制服をビスケットになんてしたんだろ、うちの学校? すぐこぼれちゃうのに」
砕けたビスケットの制服は、いつもボロボロと崩れてしまう。学校に到着するまで持ったためしがない。
仕方がないから、制服が無くなった後は体をボロボロと崩すことにしていた。校則でもそう決まっている。
だから私を含めた生徒たちは、いつも授業が終わる頃には体が無くなってしまっていた。小柄な子なんて、昼休み前には崩れて床に積もってしまっている。放課後には、クラス全員が同じ有様だ。
おかげで学校の床は、いつだってビスケットのかすと生徒たちの身体で散らかっている。
「うーん、今日の感じだと……五時間目くらいまでは身体があるかな……?」
そんなことを考えながら、キッチンへ。吊しておいたペットのワンコを一撫でし、中に足を踏み入れる。
「おはよう、お母さん」
おはよう、とお母さんを着たエプロンが笑う。
テーブルには、いつもどおりの朝食が用意されていた。お母さんを着たエプロンが作る料理は絶品だ。
とはいえ、のんびりと食べている余裕はない。
いただきます。私は口をあける。錆だらけの歯車をかみ砕き、真っ赤に焼けたゼンマイを飲み干す。
おいしい。
「ごちそうさま!」
歯車を噛んだときに砕けてしまった歯を制服のポケットに放り込むと、私は席を立つ。慌ただしく洗面。歯がないから歯磨きは必要ない。後でポケットに入れた歯だけ、ハンカチで拭いておけばいいだろう。
お父さんが塗りたくられた廊下を駆け抜け、玄関へ。スポンジケーキのローファーを突っかけると、ドアを開く。
「うわあ、良い天気!」
さわやかな空に、私は眼を細めた。トランプ柄の雲が、ふわふわと浮かんでいる。
今日は、何か良いことがありそうだ。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
身体をボロボロと崩しながら、私はお菓子の家を飛び出した。




