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金色の聖女の噂は止まない。
彼の聖女の土地に住めば疫病には二度とかからない。
彼の聖女に貰った薬は王都の聖女の薬よりも長く疫病から守ってもらえる。
最初は頑なに王都の聖女ミームを崇拝していた人々も日を追うごとにその気持ちが弱っていくことに気付き、やがて金色の聖女がいるダイアモンド公爵領へと足を向けるようになった。
それは水が綿に吸われていくような自然な流れとしてサンガルシア王国の人々を動かしていった。
「もう無理だ!」
そう叫んだのはジン・ダイアモンドの父親、ダイアモンド公爵だ。
ややこしいので名前は省略。
「これ以上の人民の受け入れは物理的に不可能だ」
泣きそうな顔でダイアモンド公爵が訴えてくる。
私の作った聖堂を中心に疫病の治癒を求める人々の街は出来上がっていっているけど、やってくる人々の数に対して街作りの整備が追い付かないのが現状だ。
「食糧問題は周辺の貴族たちが援助してくれているし、衛生問題はそちらの魔女殿のおかげでなんとかなっているが……」
「ならいいじゃない」
「水と住居と衣服の問題もある! なにより治安の問題もだ! こちらはどうにもならん」
住居や衣服はともかく水はネックだ。
「さすがに弘法大師みたいに杖でちょいやと水は出せないよねぇ」
「コウボウダイシ?」
「遠い土地の偉い人」
首を傾げるアンリシアにそう説明しておく。遠い土地という言葉でなんとなく察してくれたと思う。
衣服足りて礼節を知るって言葉もある通り、生活環境のストレスは心を狭くさせる。治安の問題はそこらの不満が人を苛立たせているのは確かだ。
「そこはまぁ、我慢大会だよね。がんばって水を運んできてもらうしかないよね。貴族の方はどう?」
解決策はないと言外に言うとダイアモンド公爵は渋い顔でため息を吐いた。
「薬を優先的に回したことが功を奏して王都にいる者以外はほぼ正気に戻っている。だからこそ食料や治安維持の協力がある」
「なら、あなたが王になる下準備はできているわけだ」
「王はジンだ。陛下の従妹と結婚する話も決まった」
「やっぱり、完全な革命は無理?」
「やはり体裁はな。無視できん」
「まっ、別にいなくなって欲しいわけでもないからいいんだけど」
「……バーレント公爵令嬢はなにか意見はおありか?」
む?
あからさまに私を避けたな。
直で私と交渉してもいい返事がもらえないとでも思ったか?
だけど、いくらすっごい魔女なレインちゃんでも水を湧かせるのは無理だよ。
「井戸を掘ってみるしかないのではないでしょうか?」
とはいえアンリシアだっていい案があるはずがない。
そんなのがあったらまず私に相談しているはずだしね。
それに、彼女だって金色の聖女を演じるのに大忙しなのだ。
「すでに何度か試している。そもそも、ここに元々あった村から人が去ったのは井戸が枯れたからなのだぞ」
「それ、聞いてないし」
「う……む……」
候補地を探させた時、空いてるってだけで紹介したな。
まったく。
「いまのところはなんとかなってるんだからなんとかさせてよ」
それは為政者の仕事でしょうに。
「むっ……ならば、この状況が後どれほど続くか。予測はないのか?」
ダイアモンド公爵はすがる視線を向けてくる。
おっさんにそんな目をされてもまったくピンとこないけど。困ってるのは事実なんだろう。
「心配しなくても我慢比べをすれば向こうが先に音を上げるよ」
向こうは時間が経てば経つほどじり貧になってくるし、こっちの勢力圏が広がってるのは理解してるだろう。
実際にはあいつらの勢力圏が狭くなっているだけなんだけどね。
とはいえ、こっちも実はそこまで余裕があるわけじゃない。
なにしろネタの先取りをして対抗しているわけで臨界点がどこにあるかがちゃんとわかってるわけじゃない。
一国分程度ならたぶん余裕って思っているけど、結局「たぶん」なんて使ってる時点で自信がないわけで、実はそうじゃないかもしれないし、こっちが思っている以上に早くその時が来ちゃうかもしれない。
「王都の情報はないの?」
できれば向こうにさっさと音を上げて欲しいと思っているのは公爵だけじゃなくて私だって同じなのだ。
「王都は驚くほどに静かだ。金色の聖女の噂は口の端にも上らない。完璧な統制だ」
「逆に言えば、もう誰も信じられなくなってるってことよね」
元から信じてないって話かもしれないけど、ミームは残った魔女の呪いをかき集めて王都の人たちを完全な支配下に置いたってことだろうね。
「王都の人々はどうなるのだ?」
「さて……古代魔女の呪いを抜ければ元通りになると思うけど」
とはいえ私の策のせいで地に潜んでいるのは不利だと気付いただろうし、呪いの本体はミームとともにいると考えるべきだろうね。
剥き出しの呪い原液がミームとともにいる。
はてさて……彼女は果たして今まで通りの姿でいられるのか。
そしてなにより、そんな強力な呪いに侵食された人々が無事でいられるのか?
さすがにそれは究極美少女魔女レインちゃんにしたって予測不可能だよ。
「全員が操られている以上、王都の人々に真実を明かすことも意味はありません」
懊悩するダイアモンド公爵を労わるような顔をしつつ、アンリシアが口を開く。
「ここまで来た以上、全ての呪いを消し去るか、あるいは呪いに呑まれるか……未来は二つに一つです」
「勝手を言ってくれる」
「そりゃ、勝手を言うよ。だってこの国、私の国でもアンリシアの国でもないもの。わたしらはただ自衛をしてるだけ。その後が心配なのはあなたたち。立ち位置はちゃんと把握してもらわないと」
水問題の相談をこっちに持ってくるのにしたって頼り過ぎって話だよね。
「私にできることが他の魔女にもできると思わない方がいいし。あなたたちもいい加減、これからの国でどうするか、ちゃんと決めといた方がいいんじゃないの?」
「どうする、とは?」
「魔女の扱いに決まってるでしょ。再び追い出すのか、頼るのか、頼るにしてもどれくらいなのか」
「魔女の地位向上を求めないのか?」
「だーかーらー! ここは私にとって他人の国! 他人の家庭事情に口出す暇があったら自分の家庭をどうにかしろって話でしょ?」
「マウレフィト王国も魔女への扱いが改善されているわけではありませんし、それを国策としているわけでもありません。マウレフィト王国貴族の娘であるわたしが貴国の内情にこれ以上口出しするのは許されることではないかと」
「は~つれないのう」
「いきなりじじいになるな」
「一気に老けたくもなるわ。疫病問題に聖女の裏切りに国王の乱心……それらの尻拭いを我が家がせねばならんとは」
尻拭い……そういう考え方なのか。
貴族の癖に王様になりたくないのかな?
「でもまっ、貴族だからね。仕方ないね」
普段、特別な地位にいるのはこういう時のためだからね。
「がんばれ」
「うむむむむ……」
頭を抱えるダイアモンド公爵が鬱陶しいので早く帰ってくれないかなと考えていると、誰かがこちらに近づいて来ているのを感じた。
急いでいる様子だ。
「失礼する!」
ノックの返事も待たずにドアを開けたのはジンだ。
「どうした、息子よ」
「王都で動きがあった」
疲れた様子で尋ねる父親を無視するように、ジンはぶっきらぼうに言い放った。
「来るぞ」
どうやら我慢比べはこちらに勝敗が上がったみたいだ。
さあ、次は正念場だ。
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