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その男は移住希望者に混じっていま話題の『奇跡の街』へと入った。
それは街を守る防壁さえもないようなお粗末な存在だった。建築物もほとんどなく、人々はテントで暮らしている。王都の防壁外で治療薬を待つ人々が形成する集落に似ている。
ただ、こちらは街という体裁を整えるための作業が大急ぎで行われているという違いがある。
そして街にいる人々は率先してそれを手伝い、あるいは街に来る人々の整理をしたり、住むところの世話をしたり、食べ物を提供してくれる場所を教えたりと……街のためになることを行っている。
病魔に侵され、抗うことに疲れ果て、治療薬が届くのを待つだけの人々とは違う。
ここにいる人々は疫病の症状が消えているだけでなく、活力も取り戻しているのだ。
その事実に男は驚き、そして自分にもその恩寵がやってくるのだと驚き、そして期待に目を輝かせ……はしなかった。
逆に暗い憎悪の炎を宿し、街の中心にある聖堂を睨む。
街の誰もが通りすがり様に頭を低くしたり昔ながらの祈りの作法をしたりと、それぞれに敬意を示す聖堂に向けるにしては、それは剣呑すぎる視線だった。
「あれが偽りの聖女の本拠地か」
『金色の聖女』
そう呼ばれるのは彼の聖女が金髪であるからだという。
「っ!」
金髪の聖女などいてたまるか!
聖女の髪は黒だ!
そうでなくてはならない!
黒い髪の聖女以外、存在してはならないのだ!
あんな聖堂など燃やしてやる!
そして恥知らずの詐欺師を見つけ、聖女の資格などないことを知らしめてやる。
そう思って足を進め、聖堂へと近づいていく。
「……なんだ?」
いま、奇妙な、立ち眩みのようなものを感じた。
ただの気のせいだ。この体は聖女に認められた完全なる体。おかしなことなどあるはずがない。
疫病は聖女の支配を受け入れるための過程にすぎない。
そして、支配を受け入れた時、そこに苦しみはなく喜びしかない。
だから、体がおかしくなることなど……。
ドサッ。
「なぜだ?」
気が付くとその場に膝を突いていた。すぐに手が地面に付いて体を支える。だけどそれもままならずに倒れてしまった。
「どうして?」
聖女に認められた完全な体がどうして?
金髪の聖女がなにかしたのか?
いや、そんなことがあるはずない。金髪の聖女などいるはずがない。それでは奇跡の技は使えない。
ならば、これは……?
「あっ、目覚められましたね」
「はっ? え? あ……」
気が付くと男はどこかに寝かせられていた。
視界は陽をわずかに透かす布が大半を占めている。街に入るときに見た大きな天幕の中にいるのだと気付いた。
「お、俺は……」
「街で倒れられたのですよ。でも、もう大丈夫みたいですね」
「っ! な、なにか飲ませたのか!?」
「え? いいえまだなにも。気分が悪いようでしたら医師をよびますが?」
「あっ……いや……それなら……」
寝かせられていたのは簡易ベッドらしきものだった。急造なのか少し不安定な様子のベッドから身を起こすと今まで話していた相手が見えた。
金色の聖女だった。
天幕を透かす薄い陽光を受けて金髪が輝いている。それは光の粒子となって聖女を飾っている。
その姿を見た瞬間、先ほどまで男の脳裏を占めていた暗い考えが洗い流されていくのを感じた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ……です」
現実の涙となって溢れ出すそれを拭うことさえできず聖女の質問に答える。
「大丈夫です。いえ、大丈夫になりました。聖女様、ありがとうございます」
体が、心が、こんなにも楽だ。体に満ちていたなにかがすっきりと洗い流されているかのようだ。
「わたしはなにもしていません。あなたがここに来たからです」
「そんな。俺はいま、確かに救われました。これこそ聖女様の御力」
「いいえ」と聖女は頭を振る。
「あなたがここへ来ようと思った考えこそがあなたを救ったのです。あなたを救えるのはあなただけですよ」
「おお……」
なんと謙虚な、そして尊いお方なのだろうか。
こんなにも素晴らしいお方がこの国に現れてくれた。
この国は、俺たちは、救われるのだ。
本当に。
「な、なんでも言ってください。なんでもお手伝いします。どうか、聖女様のお力にならせてください」
「それなら、一杯食事をして元気になったら、この街を作るための助力をお願いします」
「お任せくださいませ。力仕事には自信があります!」
聖女の笑顔を感涙で受け止め、男は意気揚々と天幕を出た。
†††††
「ちょろい」
男が出ていくのを、私はアンリシアの側で見守っていた。
古代の魔女の呪いに骨の髄まで支配されていたことなど忘れて呑気なものだ。
「もう、レイン。そんなこと言わないの」
と、アンリシアも苦笑している。これで何度目かってぐらいに繰り返しているからさすがの彼女もそんな感想になっちゃうよね。
「でも、本当に驚きよ。この街に入りさえすれば疫病が治ってしまうんだから」
「そりゃね。そういう仕組みをがんばって作りましたから」
ふふ~ん。
王城で仮病を使って研究していたのは空飛ぶ箒だけではないのだ。
手持ちのものでなんとか古代魔女の呪いに対抗する手段はないかと研究していたのだ。むしろ、それができたから脱出したのであって、空飛ぶ箒は連中を驚かせるための道具でしかなかったりする。
「疫病の原因は古代魔女の呪いで、ミームたちの作ってる治療薬は症状を緩和するだけでむしろ呪いそのものをより体深くに浸透させたりする効果がある。で、ここに来たらレインちゃんの作った『呪い吸収ちゃん』の効果で古代魔女の呪いそのものが吸い取られてなくなっちゃうから完治するわけ」
いま作ってる薬はこの街にずっといられない人用だ。さすがに街から離れたらまた呪いに晒されるからね。あの薬があればしばらくは抵抗できるでしょ。
「『呪い吸収ちゃん』の影響圏は順調に拡大してるからその内たまらなくなって大元が攻めてくるだろうね。その時が本番だよ」
「……戦いになるということよね」
「それはね。避けられないんじゃないかな」
「大丈夫なの?」
「逆にね、攻めてきたらこっちのものかな? 大勢を一気に解呪できちゃうし」
「そうかもしれないけど……でも、戦いになるかもしれないのはたしかでしょ?」
「それはね」
雪崩を打って攻めて来られたら『呪い吸収ちゃん』の効果が間に合わない場合もあるかもしれないけどね。
その時には私も全力で抵抗しないといけない。
連中を押し返すのはそんなに難しくないかもしれない。方法だけなら何通りだって考えられるし、その時のための準備もしている。
「でも、いつまでも怖い怖いとは言ってられないよ。このやり方ならミームと一騎打ちに持っていける公算が高いんだから、それに賭けるしかないよね」
「そうね」
結局誰かは殺さないといけないかなとは思ってる。
早いか遅いかだ。
前の時だって一歩間違えればサリアを殺していたわけだし、今回はそこにミームがいる。
うまく立ち回ればミームを殺さないでいい方法もあるかもしれない。そもそも……なわけだけど、そこはやっぱり気分の問題だし。
でも人生なんてうまくいかないことの連続が普通だ。
だから覚悟はいる。
こんなにあからさまにミームのやることに対抗してみせたんだからね。
衝突は必至だ。
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